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世界の10大リスク  

2017年01月14日 | トランプのアメリカ

  前回、トランプの初記者会見についてコメントしました。多くの報道がありましたが、会見の中身を最も的確に言い当てていたと思われる解説がありましたので、引用します。私が常に耳を傾けるうちの一人、慶応大学教授でアメリカ政治が専門の渡辺靖氏がNHKニュースで行った解説です。

1.言い訳がほとんどだった

2.商務長官の会見だった

3.後ろ向きの防戦一方で、将来なにをしたいのかわからない

  まったくそのとおりで、実に的確に言い当てていると思います。彼は選挙中も数多くテレビ出演していましたが、かなり早くからトランプの確率はヒラリーと互角だと言っていました。

  吠えまくるトランプのせいで陰が薄くなっていますが、閣僚候補のヒアリングが継続しています。その中でかなり重要なことが起きていますので、一言触れます。前回の記事で触れたことにもかかわりますが、トランプと閣僚候補の発言内容の齟齬についてです。私は大きな齟齬として以下の2点をあげました。

1.国務長官候補がTPPに反対しないと言った

2.司法長官候補(法務長官はあやまりですね)が、イスラム教信者の入国禁止は誤りだと言った

それに加えて新たに一昨日、

3.「狂犬」マティス国防長官候補が、ロシアとプーチンの危険性に言及した

4.CIA長官候補ポンペイオ氏はトランプに従わないこともあると言明した

これについては昨日のロイター記事を以下に引用します。

「必要があれば次期トランプ大統領に従わない覚悟があるとし、CIAの活動を政治利用する動きから職員を守ると表明。大統領に厳しい尋問手法を再び使用するよう命じられた場合は、命令に応じない姿勢も示した。」

  重要閣僚が公聴会のたびに反トランプ姿勢を取ることもありうるとはっきり言明していることは、実に注目に値します。いずれも今後の上院での採決を有利に運ぶための布石とみなせなくもありませんが、しっかりと記録に残る公聴会でこれほど鮮明に反対意見を表明するのは、尋常ではないと思います。

  ということは、各候補とも心の内はトランプに必ずしも従順ではなく、彼の極端な考えに全面賛成ではないと言えます。わずかな光明を見る思いで今後も公聴会を注目していきましょう。

  これらの発言に対するトランプのつぶやきが笑わせます。

  「みんなすきなことを言っていいんだよ」

 

  では毎年恒例のユーラシアグループによる「今年の世界10大リスク」についてです。

  私が尊敬する政治学者、イアン・ブレマー氏が主催するリスクアセスメント会社によるリスク予想です。彼は数年前から世界がアメリカ一極のG1からGゼロの世界になることを予想し、オバマの中東撤退政策を持ってそれが正しい予測だったと結論づけています。そして今回トランプの掲げる「アメリカ・ファースト」でそれが決定的になったとみています。

  今年の予想の中心は他でもない「トランプリスク」です。10大リスクの記述の前に、「まえがき」があるのですが、その内容もほとんどが「トランプのアメリカ」でした。そしてもちろん10大リスクのトップも「わが道を行くアメリカ」と題し、トランプの独自路線の危険性を大きく取り上げています。全部で24ページからなる「10大リスク」のプレゼン資料の3分の1にあたる8ページがトランプのアメリカのリスクに割かれています。トランプインパクトがいかに大きなものであるかの証左でしょう。

  まえがきを少し省略しながら引用します。英語版も日本語版も、長たらしくてとても読みづらい文章ですが、ちょっと我慢してください。

「衝撃的なドナルド・トランプの米国大統領当選を以て G ゼロの世界が本格的に到来した。世界唯一の超大国において「アメリカ・ファースト」が外交の主たる原動力として勝ちを収めたことは、何十年にもわたる米国のリーダーシップが不可欠であることに対する確信との決別を意味する。それによって、グローバル化と米国化が密接に結びつき、安全保障、貿易及び価値の推進における米国のヘゲモニーが世界経済の防護壁として機能していた「パックス・アメリカ―ナ」の 70 年にわたる地政学的時代も終わりを迎えることとなった。  2017 年、世界は地政学的後退期に入る。」

  最後の地政学的後退期という難解な言葉を、以下のように解説しています。

「大規模な国家間の軍事的衝突や主要国における中央政府機構の破綻を引き起こすような地政学的後退期に発展していくとは限らないが、そのような成り行きが、国際的な安全保障及び経済取引それぞれの枠組みの弱体化及び世界最強の国々の政府間の不信の高まりの「テールリスク」として、今や想定可能になっているのだ。」

  簡単に言いなおしますと、「テールリスク」と言う可能性の低いリスクではありますが、大規模な国家間の衝突も起こり得ないことではないと言っています。いつもと違い、かなり恐ろし気なことを指摘しているのが今年の特徴です。

  彼は政治学者で地政学上のリスクの専門家ですから、常にそのリスクを強調するのは当然なのですが、今回ばかりはいつにもまして説得力が大きくなっていると思います。

  かくいう私自身も11月の講演会のメインテーマが極めて政治寄りになっていて、講演会も経済問題そっちのけと言ってよい状態でした。


  では、「10大リスク」の項目を番号順に上げておきます。

1.    わが道を行くアメリカ

2.    中国の過剰反応

3.    弱体化するメルケル

4.    改革の欠如

5.    テクノロジーと中東

6.    中央銀行の政治化

7.    ホワイトハウス対シリコンバレー

8.    トルコ

9.    北朝鮮

10.  南アフリカ

 

  項目のタイトルには、見慣れない、あるいはわけのわからないタイトルがいくつかあります。それについて内容を引用しながら簡単に触れておきます。

 

2 中国の過剰反応

習近平は万人の目が自分のリーダーシップに注目している時に、国益に対する国外からの挑戦があることに対して極めて敏感になっているので、外交政策上の挑戦に対して中国の国家主席として強硬に対応する可能性がいつにもまして高まることになる。そこで米中関係が急激に悪化する可能性が高い。

4.改革の欠如

先進国、新興国ともに政権を担う政治家たちが構造改革を回避し、成長及び投資家たちの新しいチャンスへの期待を損なうことになる。

5.テクノロジーと中東

アメリカでのテクノロジーの発達=シェール革命は中東諸国の収入源をもたらし、政治状況を悪化させる。インターネットはテロリストの武器となり、不満を持つ者同士を結びつける。テクノロジーの発達は教育水準の低い若年人口が多い中東諸国では雇用機会を奪い、不安定化に結び付く。

6.中央銀行の政治化

中央銀行が新興国だけでなく米国、ユーロ圏及び英国で も攻撃に直面している。政治家たちは、そもそも中央銀行に独立性を与えるに到った論理的根拠をさしおいて、ありとあらゆる政治的、経済的問題を中央銀行のせいにするようになっている。こうした攻撃は、金融及び経済の安定を提供するテクノクラート機関としての中央銀行の役割を覆す恐れがあり、それが 2017 年における世界のマーケットにおけるリスクとなっている。

   以上、わかりずらそうな項目を引用しながら解説してみました。

  再度申し上げますが、全ページの3分の1がトランプのアメリカのリスクになっています。それにもかかわらず、「本当にアメリカ大丈夫か?」と聞かれれても私の回答は従来と同じで、

「アメリカそして世界の地政学上のリスクが高まれば高まるほど、米国債の威力が増すことになる」

以上です。


  明日からまたスキーです。今回は3泊4日で初めての蔵王に行きます。スキー大好きなのに、蔵王だけは今まで行くチャンスがなかったので、楽しみです。

  先週までは蔵王のゲレンデの積雪が80cmと少なくて少し心配でしたが、この寒波と大雪で一転。むしろ雪が多すぎることを心配しないといけないくらいになっています。山形新幹線は大丈夫そうですが、山形駅から30分ほどかかるホテルまでの道のりがちょっと心配です。と言っても雪に慣れた雪国のこと、きっとしっかりと道路を確保してくれるでしょう。

では行ってきます。

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6 コメント

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ヘリコプターマネー議論に終止符でよいのでは・・・ (シーサイド親父)
2017-01-15 17:14:55

トランプさんの4年間・・・悪夢と思うことにします。



話題の本を読みました。

稚拙なレビューですが、参考までに。




「債務、さもなくば悪魔 ヘリコプターマネーは世界を救うか? 」
アデア・ターナー著


5つ星のうち 5.0 金融危機以後の過剰債務に対する一考察に過ぎない, 2017/1/15




ヘリコプターマネーという刺激的な政策を推奨するからには、それなりの理由がある筈という興味で読んでみた。

著者は2007年―2008年の金融危機以後、「効率的市場仮説」や「合理的期待仮説」に依拠した現代経済学の主流を信奉する先進国中央銀行が民間銀行の信用創造機能を使ってストックマネーを増やすマネタリーベース政策を主に採用した結果として、金融イノベーション等により、世界的に債務が膨張したと考えている。

そしてその解決方法として、これまでタブー視されていた、「国債を無利子の中央銀行債務に恒久的に起き換える」いわゆるヘリコプターマネーの採用を提案している。ヘリコプターマネーの用途は減税でも財政でも同じことである。

著者は日本について、日本は世界で最も公的債務/GDP比を抱えていて、少子高齢化のため、成長プラス財政再建という公的債務残高を引き下げることはできないと言及している。これは現在の異次元金融緩和、長短金利操作つき質的・量的金融緩和と変遷した日銀金融政策を含むアベノミクスを暗に否定しているものである。最近では日銀の金融政策の失宜に対する反省もなく、ヘリコプターマネーが議論に上がる傾向も見られる。

日本に残された政策の選択肢は日銀が保有する国債を「永久無利子の債務」にバランスシート上で書き換える以外に道はないと述べている。これは実質上のヘリコプターマネーである。政府と日銀の統合政府で考えれば、現実の公的債務は小さくなるので、うまく伝えることで、日本の国民、企業、金融市場に与えるショックはさほど大きくないと楽観視している。(効率的市場仮説や合理的期待仮説を否定する著者が、日本に限っては、かくも効率的、合理的期待を持つことが不思議である)

本末解説で、早川秀雄氏(元日本銀行理事)は
「ヘリコプターマネーを行っても、中央銀行が独立してその規模を限定できればインフレの昂進に繋がる恐れはないという政治経済学的主張については、専門家の間でも疑問視する見方が多い。国家がデフォルトの危機に直面すれば、中央銀行にはインフレによる救済以外に選択肢はない」と述べている。(全く同感である)

この本を無批判に読み進めれば、著者のロジックに”目ウロコ”で、きっと取り憑かれる若き経済学徒も多いことでしょう。
是非、早川秀雄氏の本末解説を読んで”毒消し”することをお奨めします。

知的興奮は得られたので星は5
返信する
訂正あります (シーサイド親父)
2017-01-15 17:26:23

成長プラス財政再建という → 成長プラス財政再建という通常のプロセスでは
返信する
Unknown (Owls)
2017-01-15 19:33:01
こんにちは

ヘリコプター推進論者の大疑問な点は
政府債務を無くせることを力説しても
その結果、国民生活がどうなるかはあまり
語らないことなのです

ただ、良識派が建前で主張する
正統的な方法での財政再建は既に手遅れだと思います
立場上手遅れですとは言えないのは察しますが・・・

返信する
プライムニュース (山ちゃん)
2017-01-19 20:03:17
林さん、こんにちわ。
 以前のプライムニュースを見たときに、おもしろいことを言っていました。なお、出席者は小野寺元防衛相、手嶋龍一氏、デイブ スペクター氏。
まず、トランプは批判された時の反応、対応を見ていると、70歳の子供である。
世界で起きていることについて、またいろいろとデリケートな問題を含んでいる過去の交渉について、あまりにも無知である。
発言を聞いていると、物事を考え抜いた跡がない。
私がそんなことを断片的に申し上げても説得力はないでしょうが、二時間にわたるあの冴えた三人のやり取りをきいていると、なるほどなあと思わざるをえません。
なお、バラエティ番組で、そこそこしっかりしたことを言っているなあというくらいにしか思っていなかったスペクター氏が、手嶋さんに負けず劣らずの卓越したコメントを述べておられたことにびっくりしました。
返信する
林 敬一 (シーサイド親父さんへ)
2017-01-20 19:18:09
話題の本の読後サマリーと感想を掲載していただき、ありがとうございます。

シーサイド親父も感じてらっしゃるように、ヘリマネ論議は今後ますます盛んになりそうですね。

近々、そうした論議を私なりにとりあげてみたいと思っています。
返信する
山ちゃんへ (林 敬一)
2017-01-20 19:19:48
小野寺元防衛相、手嶋龍一氏、デイブ スペクター氏とは、なかなかのメンツが集まった議論でしたね。

トランプとはどういう人間かを言い当てていると思いました。

老人になっての負けず嫌いも、幼稚な人間性の発現ですね。
返信する

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