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芸術の秋 2 音楽編

2017年11月30日 | アートエッセイ

  先日家内と、佐渡裕指揮のケルン交響楽団によるコンサートを東京のオペラシティコンサートホールに聞きに行きました。

  演目は前半がワーグナーのジークフリート牧歌、シューベルトの交響曲「未完成」。後半がベートーヴェンの交響曲5番「運命」という極めつけのポピュラー曲です。昔のLPレコードやCDなどでは、「未完成」と「運命」がまるで同じ作曲家によるものであるかの如く表裏一体、A面とB 面になっていうものが多く見受けられました。両者に共通項などないのに、不思議です。いや、売れるものを並べるのは音楽出版社としては当然なのでしょう。

  コンサート会場で当日配られたプログラムに、おしゃべりな指揮者佐渡裕による「運命」の解説があました。その中にやけに気になる部分があって印象に残りました。

  それは、「運命の例の『ジャジャジャジャーン』という冒頭のフレーズは、実は八分休符から始まっている」という言葉です。そして彼は「わからないかもしれないが、あの始まりは『ジャジャジャジャーン』ではなく、『ん、ジャジャジャジャーン』なのだ」と解説しているのです。

  いやー、知りませんでした。当たり前ですね、交響曲のスコアなど見たことないのですから(笑)。

  何故八分休符から始めるのか。彼の解説は、「指揮者は冒頭で八分休符に向かって腕を振り下ろすが、振り下ろした瞬間に音は鳴らない。八分休符の長さの分だけ奏者は音を鳴らすことを待たなければならず、その分蓄積されたエネルギーがつぎの瞬間に放たれて、あの爆発的、衝撃的な『ジャジャジャジャーン』が生み出されるというわけだ」。なるほど、タメを作ることでより大きな爆発になるんですね。

  休憩時間が終わり後半の「運命」を聞くために席に着いた私は、冒頭の佐渡裕の指揮棒が振り下ろされる瞬間を見逃すまいと目を凝らし、聞き耳を立て集中しました。「ん」を見分けよう、あるいは聞き分けようとしたのです(笑)。

  彼は演奏の最中にしょっちゅううなり声をあげます。その日の席は10列目の中央と、指揮者にかなり接近していたので、彼のうなり声がよく聞こえるのです。もしかすると「ん」が聞こえるかもと耳をそばだてたのですが、もちろんなにも聞こえず『ジャジャジャジャーン』が始まってしまいました(笑)。しかし目は確かに指揮棒が降ろされるタイミングと音のタイミングのズレはとらえることができました。

  でもまてよ。指揮棒の動きと奏者の出す音は、常に微妙にズレていて指揮棒がわずかに先行しています。残念ながら目にとらえたズレは通常の指揮のズレなのか八分休符のズレなのか、素人目には全くわかりませんでした(笑)。


  今回の話題はベートーヴェンの「運命」というどなたでも知っているポピュラーな曲についての思い出です。私にとってはとても大事な友人の一人で、博多織の織元をしていたH氏との1980年ころの思い出です。彼とは私が博多に赴任していた時代、娘の幼稚園のパパ友でした。

  マッキントッシュ・マークレビンソン・インフィニティの組み合わせ、と聞いてピンとくる方は相当なマニアです。これはアナログレコード時代にレコードを鳴らすための、『世紀のオーディオ・コンポーネント』と言われた名器の組み合わせです。マッキントッシュのプレーヤーでレコードを回して音を拾い、マークレビンソンのアンプで増幅し、インフィニティのスピーカーで聞く。それが80年ころには世界最高のオーディオセットだと言われていました。H氏の自宅リビング兼織物のショールームは40畳敷の広さがあり、それがセットされていたのです。私が初めて自宅を訪ねた時のスピーカーはJBLのパラゴンという木造建造物でした。高さ90センチ、幅2メーター60センチもあり、80年当時は新品で200万円ほど。現在でも中古品が400万―500万もします。写真をご覧になりたいかたは、下記のサイトへ行くとみられます。特殊な形状ですが、内部構造の図をみると10個のスピーカーが組み合わされていて、「へー、そういう構造なんだ」と思えます。

http://audio-heritage.jp/JBL/speaker/paragon.html

  JBLのパラゴンでも十分にすごい代物でしたが、ある日彼から「遂にインフィニティのセットができたよ。日本で3台目だ。一番好きなレコードを持っておいでよ」と電話がありました。

  インフィニティの大型スピーカーシステムはすべて受注生産で、当時は納期までに半年かかりました。超巨大なため、普通の家に設置するのでは売ってくれません。音を出すのにふさわしい場所であるか否か、まず実地検分があるのです。彼の新築の家はそれにふさわしく作られていました。そして運び込まれてからオーディオセットとつなぎ、理想の音が聞こえるまでに専門家2人が様々な機器を使い3日間もかかっていました。スピーカーにつなぐためのコードの値段だけで1m当たり2万円もすると聞き、度肝を抜かれました。

  これも写真をご覧になりたい方は販売会社のHPに行くと、最近のセットの写真が見られます。IRSという機種ですが、昔も今も外見はほとんど同じものを売っているようです。

  http://audio-heritage.jp/INFINITY/speaker/index.html

  左右2X2、4台でワンセット。スピーカー数は54個、高さ2メーター30センチとマンションの天井近くまであり、幅は片側2つで1メーター50センチもあります。天井高のある広い部屋でないと、意味をなしません。価格はプレーヤー・アンプにこのスピーカーを含め〆て3千万円。80年当時の普通の家一軒分でした。

  私はオーディオマニアではありませんが、音を聞き比べるには最も聞きなれた曲で、しかも大きな音量で性能が試せる必要があります。そこで選んだのが「運命」だったのです。ベルリンフィルを絶頂期のカラヤンが指揮し、時代の最先端を行くPCM方式の録音レコードだったと思います。

  どんな音色だったかって?

  こればかりは文章では表現のしようがありません。でも一言で言うなら、「本物の音源に極めて近い音」ということでしょうか。

  今でもベートーヴェンの「運命」を聞くたびに、「世紀のオーディオ・コンポーネント」と、40代の若さで亡くなった友人のことを思い出します。

コメント (8)
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