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地政学上のリスク 2  ポピュリスト独裁者たち

2016年11月08日 | 地政学上のリスク

  FBIによるヒラリーを「訴追せず」の決定を受けて、金融市場はほっと一息ついていますね。すっかり男を落としたのはFBIのコミー長官でした。

  NY市場の9日間続落は対記録だそうですが、一日でその半分を取り戻しました。金利も1.8%台に戻り、それをうけて円ドルも戻しています。

   明日の今頃は、選挙の結果が出ていることでしょう。アメリカ大統領選挙の結末は、通常負けた方が最初に「敗北宣言」を出して終わるのですが、きっとトランプは「オレに不利な選挙システムが仕組まれた」といって訴え出るでしょうから、型通りの終了にはならないでしょう。ヒラリーが「勝利宣言」を出して終わらせるものと思われます。

   「誰が首相になっても変わりゃしない」とか、「誰が大統領になっても変わらない」というようなのんきな世界は過ぎ去った。政治上=地政学上のリスクは経済や金融市場の大きなリスクになるし、一国の行えを大きく変えてしまう可能性が増してきた、それが今回の大統領選から得られる教訓です。

   今週末に予定している私の講演会でも、「地政学上のリスクが経済・金融市場に与える影響について」がメインテーマです。

   トランプのように荒唐無稽な公約を掲げる人間が共和党の大統領候補にまで上り詰め、実際大統領の席をつかむ寸前まで到達しました。もし彼が大統領になれば、世界が一瞬奈落の底を見るほどの衝撃を受けることになるでしょう。アメリカ大統領はそれほどの影響力を持っています。

   しかし世界にはトランプと同じような大衆扇動政治を行い、しかも支持率の抜群に高い政治家が多く存在します。その周辺国は大きな悪影響を受けています。

   ロシアは世界から制裁を受け、経済が苦境に立たされています。それを「欧米の反ロシア政策のせいだ」として、自分たちの領土拡大策が根本原因であることを消し去っています。苦境に立たされれば立たされるほどプーチンを中心にまとまる必要があると信じ、支持率は高いままです。その上こうした独裁者はメディアから報道の自由を奪い、大衆をおもうがままに扇動しています。すでにロシアでは報道の自由が全くない状態になっています。

   同じようなことがトルコでも起こっています。エルドアンは大統領権限をどんどん拡大し、イスラム化を推進し、これまで営々として築きあげたトルコの西欧同化策・近代化策を一気に巻き戻してしまいました。政府を批判するメディアはすべてつぶし、経営者や記者は捕らえられ、批判的言論は封殺されました。

   4日前には、合法的に政治活動をして議席を得たクルド系政治家12人を逮捕し投獄しています。どの国でも国会議員には不逮捕特権があるはずです。トルコの場合、数か月前のクーデター未遂事件以来、大統領が非常事態を宣言し、超法規行為がまかり通っているのです。エルドアンの対クルド人政策は、かつてヒトラーが行った民族浄化を思い起こさせるものがあります。

  4日前のニューズウィーク日本語版を引用します。

「トルコ当局は3日、クルド人を主な支持基盤とする国民民主主義党(HDP)の共同党首2人と、少なくとも9人の議員を拘束した。現地メディアによると、治安当局は対テロ捜査の一環としてHDPの共同党首のセラハッティン・デミルタシュ、フィゲン・ユクセクダー両氏をそれぞれの自宅で拘束した。

トルコ国内では現在、ソーシャルメディアにアクセスができない状態になっている。野党政治家らの拘束から間もなく、ツイッターやフェイスブック、ユーチューブ、ワッツアップが使えなり、VPN(仮想専用網)による国内の規制を回避する手段も使えないという。

トルコでは今年7月にクーデター未遂事件が発生して以来、非常事態宣言下にある。このためエルドアン大統領と内閣には、議会の承認なしの立法や、権利や自由を制限する権限が与えられている。

トルコ政府はナチのような独裁を始めつつある。要するに、国際的に認められた議会制民主主義の基準を順守するのかどうかが、トルコ政府に問われている」

   私はかつて二十歳代の半ばに、日本航空からドイツに派遣され、ドイツ語学校に通っていました。同じクラスには男女数人のトルコ人がいて、よく一緒に食事をしたり遊びに行ったりしていました。その仲間はみなイスラム教徒でしたが、トルコが近代化されアラビア文字を捨て、アルファベットを採用したことを誇らしげに語っていました。彼らは語学学校を出るとドイツで大学に行き、あるいは仕事を得て、将来はトルコに帰って国に貢献する夢を語っていました。そして、国がイスラム法による統治から脱却し、近代的法治国家になったことを自慢げに語り、いつかは経済的にも日本に追いつきたいと言っていました。エルドアンの独裁色が強まる中、ツイッターやフェイスブックにすらアクセスできない彼らが、どこでどのような状態に置かれているのか、とても心配です。

   中国は一人の独裁者の国ではなく、共産党による一党独裁の国です。しかしそこにも変化が表れています。それは先月の共産党6中全会で、習近平が「党の核心」であるとされたことによります。

   「党の核心」とは、ほとんど神格化に近く、これまで核心という称号を得たのは毛沢東、鄧小平、江沢民の3人しかいません。そこに彼が並び称されることになったのです。

   彼のやりかたも巧妙で、人民受けする「汚職の摘発」を名目に、自分への反対者を消し去っています。法の支配をお題目には掲げているのに、オランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決は、「無効だ」と宣言する傍若無人の国のどこが法治国家なのでしょう。

   そして昨日、ホンコンの立法会選挙で当選した若手議員二人は、議員資格をはく奪されました。昨日の日経ニュースを引用します。

「中国からの独立を志向する香港立法会(議会)2議員の就任宣誓を巡る問題をめぐり、中国の全国人民代表大会(全人代、国会)常務委員会は7日、香港の憲法にあたる香港基本法の解釈を示した。規定に沿わない、故意の宣誓は無効で、再宣誓の機会は与えられず、直ちに議員の資格を失うとした。2議員の資格剥奪が事実上、決まったことで香港の混乱がさらに拡大する可能性もある。全人代常務委が香港基本法の解釈を示すのは5回目。香港は「一国二制度」の下で高度な自治が保障されているが、近年の中国は統制強化に動いている。」

  来年はホンコンが中国に返還されて20年になります。1国2制度を保証したはずの中国は、見事に約束を反故にし、本土並みに彼らの様々な自由も奪っています。

  言論そして報道の自由度は、以前も申し上げたとおり、時の政権の本質を表しています。国境なき記者団による世界の国々の「報道の自由度ランキング」を、再度掲げておきます。上に述べた国々の政権の本質をしっかりと見ておいてください。

  ロシア=148位  トルコ=151位  中国=176位  ホンコン=69位

  そして忘れてはならないのは、わが日本です。

  ホンコンより劣る72位

  わずか4年前、安倍政権に交代するより以前は11位でした。

「首相など誰がやっても同じ」などでは決してありません。しっかりと心に留めておきましょう。

コメント (16)
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