ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

マイナス金利の行きつく先

2016年05月16日 | マイナス金利導入をどうみるか

  友あり、遠方より来たる。

  先週末、遠方からの友人が東京で展覧会に行くために上京。私も2日間にわたり、彼にお付き合いしました。本命は他でもない生誕300年記念の伊藤若冲展です。今回はめったに公開されないシリーズ絵画が一気に30点、たった1か月だけ展示されているのです。宮内庁三の丸尚蔵館の「動植綵絵」です。

  江戸中期に活躍した伊藤若冲のことはご存じない方もいるかもしれませんが、優れた作品を残している割には日本での評価は低く、アメリカ人のジョー・プライス氏が戦後に見出し、大きなコレクションを持っています。それが日本でも遅ればせながら近年になって非常に注目されるようになりました。

  めったに見ることができない宮内庁の所有する動植物を精密に描いた「動植綵絵」30点を含む展覧会が開かれるためか、この2か月余りで若冲に関する多くのテレビ番組が放映されました。そのおかげで展覧会は近年まれに見る混在でした。私は列に並ぶのが嫌いなのですが、このときばかりはあきらめて並びました。開場前から前売り券を持っていて並んだのに、待ち時間はなんと2時間。開場まもなく当日券は売り切れとのアナウンスがありました。連休や土日はもっとひどかったようです。

  しかし30幅もの動植綵絵の見事さは、並んだ時間を忘れさせてくれるほどの素晴らしさでした。かなり大きな掛け軸の絵で、彼は40歳代の油の乗り切った時代に10年もの歳月をこの30点に注いだと言われています。当時は非常に高価だった絵の具をふんだんに用いたため、彩色は今でもみずみずしく、並んだ疲れも吹き飛んだほどでした。


  さて今回の本題は、マイナス金利に関する追加情報です。

  私はGWに何冊かの本をまとめ読みしたのですが、その中の一冊、タイトル「マイナス金利」、副題「ハイパーインフレより怖い日本経済の末路」についてです。2・3か月前にどなたかがコメント欄で取り上げていたと記憶します。

    著者については買ってから気が付いたのですが、なんとソロモン時代の同僚でした。名前は徳勝礼子。私よりかなり若く、あとの入社で、ソロモン内のヘッジファンドであるアービトラージ(裁定取引)部隊に入社してきました。部門のヘッドは伝説的トレーダーの明神茂氏で、彼が朝礼で紹介したのをよく覚えています。「今度採った「とくかつ」です、よろしくね。なんで採ったかって言うと、名前がよかったから。なんたって得して勝つだからね(爆笑)」

    この部隊は社内でもピカイチの頭脳を有する人たちの集まりで、彼女も東大経済学部からシカゴ大でMBAを取り入社してきました。著者である彼女の名前に何故早く気が付かなかったかと申しますと、実は明神氏が「得して勝つ」と言ったため、私は「得勝」だと思っていたからです。社内ではネームリストなどが全部英語だったため本の著者名を見ても全く気が付かず、略歴を見てやっと元同僚だと気が付きました。彼女は明神チームの中で「クォンツ」と呼ばれるアナリストの一人として活躍していました。

    本のサブタイトルは「ハイパーインフレより怖い日本経済の末路」と、かなり刺激的です。きっと出版社が付けたのでしょう。内容は相当に高度なことが多く含まれているため、一般の方にお薦めするのはかなりはばかられます。でも挑戦したい方はぜひお読みください。

    サブタイトルと書いてある内容が重なる部分はさほど多くはありませんが、私はその部分をみなさんに紹介させていただきます。

  概略は以下のとおりです。

    彼女はあとがきで、「短期国債金利がマイナスで取引された理由を解明しようと筆をとったが、よりおおきなテーマになっていった」とのこと。

    そのことの解明自体は、2-3か月前にこのブログでも解説した、「マイナス金利でも運用益、何故」と同じ理由です。つまり海外勢がドル円のベーシス・スワップで日本勢からプレミアムを得るという有利な立場にある。それがために運用をマイナス金利で行っても、自分たちのファンディング・コストがより大きなマイナスのため、十分にペイするという理由です。

    そして彼女は「邦銀が負担しているそのジャパン・プレミアムは、裏を返せば日本の信認低下のコストを払っているのだ」、と続けます。そしてさらに、

    「現在国債の破たんを防いでいるのは海外保有が低いのと経常黒字というのが一般論だが、それが終わりつつある。海外投資家の保有比率上昇し、経常利益も趨勢的に低下している。それでも低金利なのは日銀による財政赤字ファイナンスによるものだ。」

    重要なことは、「こうした金融抑圧=マイナス金利のツケは、ドルの調達コスト上昇を通じて日本全体が払わされている。海外投資家にとってマイナス金利での円調達が可能なため、かれらの利回りは米国債利回りをしのぎ、社債並みになっている美味しい投資だ」。そして、

    「日銀によるこうした抑圧によりハイパーインフレや国際暴落は起こらずとも、衰弱死が起こる可能性がある」。という結論を導いています。邦銀の調達コスト上昇は一般の人の目には見えないため目立たず、しかししっかりと日本をむしばんでいる。そして目立たないことをいいことに、政府は財政を弛緩させたままに放置し、一般の論調も最近は財政から目を逸らしてしまった。」

   以上が私の読み取った概要です。みなさんの関心を引く一番の点はたぶん「日銀によるこうした抑圧によりハイパーインフレや国際暴落は起こらずとも、衰弱死が起こる可能性がある」という部分でしょう。

   ではこの「金融抑圧による衰弱死」ということに関して、私のコメントを書きます。

   これは死に至る新たな視点を追加してくれたように思われます。決して大胆な分析ではありませんし、実際の文章は慎重な彼女らしい言い回しが多いのですが、最後の衰弱死に至るプロセスは詳しく説明されていないため、若干の不満が残ります。

    どういうことかと申しますと、財政が弛緩したままで推移すると、まず格付け会社は黙っていないでしょうし、マイナス金利がまかりとおるような低成長あるいはマイナス成長だと、円安は着実に進行すると思われます。その場合、海外への資本逃避が劇的でなくともじわじわ進行し、インフレもじわじわ進行する可能性があると思われます。それがコントロールの効く程度のペースならよいのですが、いつしかかなり劇的になる可能性が大いにあるように私には思えるのです。

   大きな視点から見れば、私と徳勝氏の考えには、ことが起こるスピード感以外にさほどの差はないように思えます。みなさんはどう思われますでしょうか。彼女の本をお読みになっていなくとも、みなさんの感想を聞かせてください。

                                            以上

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする