「モンティバイソン」と言うイギリスのコメディ番組がある。この番組の「ギャグ」は、はっきり言って自分にはまったく笑えない。アメリカのホームドラマなどによくあるが、番組中に笑う場面が出るとドラマとは関係なく笑い声が聞こえるが、視聴者側の笑いをさそっているのだろう。「モンティパイソン」にも同じシチュエーションがある。だから自分がこの番組をみていた時は、テレビだけが笑っていた。やはり異国の番組だけにそのギャグセンスと呼ばれるものが理解できないほどクセの強い物となっているのだろうか。かならずしもイングリッシュコメディーが日本人の体質に合わないわけではないらしい。
同国には「ミスター・ビーン」と呼ばれるコメディーがある。こっちはとても受け入れられいるし、ロワード・アトキンソン(主演・ビーン役)のファンも少なくない。2つの番組を比較すると、次のような違いを見つける事ができた。ミスター・ビーンの中では、主人公であるビーンが非常識な行動をとり周りの人とのギャップの違いをあからさまにし、そこから笑いを作りだす。この番組内の関係が日本の漫才のボケとツッコミの聞係にてらし合わせられる。つまり非常識なビーンがボケ役であり周りのおそらくは常識人がツッコミ役である。
モンティパイソンの場合を漫才で説明すれば、出てくる人間の全てがポケ役にあたるのだろう。そう考えるとかなり型やぶりなギャグだ。自分は好きではないが、「モンティパイソン」の大好きな友達が一人いる。仮りにm君とする。m君は録画した「モンティパイソン」のビデオを持っている。一本に6時間近く入っている超大作であった。そのm君に「奇人達の晩餐会」というフレンチコメディー映画を見てもらった事がある。この映画もポケとツッコミの役がらがはっきりと別れている。
自分は、この作品がけっこう気に入っていたが、m君には気にいらなかったらしい。感想に一言「スゲーおもしろい」と皮肉まじりに言った。どうやら途中までしか見なかったようだった。ギャグセンスの違いだろうか。それともギャグに関しては目の肥えたm君にとっては型やぷりな「モンティパイソン」の方が新鮮でおもしろ味を感じるのかもしれない。ギャグにもそれぞれのスタイルがある。だから「モンティパイソン」や「ミスター・ビーン」などの一個人に関して笑える物と笑えない物が出てくるんだと思う。
「ミスター・ビーン」役のロワード・アトキンソンは、番組内のビーンからは想像もできないほどまじめな感じのする男性である。その人の素顔を見たときはどちらがどちらを演じているのかと思うほどである。自分はその人の演技力に驚きを覚えずにはいられなかった。またその番組の構成のしかたも一年に何本しかできないというスローペースであり関係者が総動員で練り上げていく。「モンティパイソン」にいたっても同じ事だと思う。そうした中でそれぞれの「ギャグ」のスタイルが長い時間の内に、いくつも組みたてられてゆく。
最後にチャプリンの事を少しだけ書く。チャップリンは子どもの頃から舞台に立っていた。よく独特のアドリブでお客を笑わす。人を笑わす事が好きでなければそんな事は思いつかないと思う。そんなチャップリンの芸風にロワード・アトキンソンのスタイルが似ている。余談・テレビタレントのえなりかずきさんは、チャップリンを最も尊敬しているらしい。また映画評論家の淀川長治さんがチャップリンの熱狂的な大ファンであったことは有名である。さらに余談だが、この作文の題名に意味は特にない。ただ人の感性が五つにかぎったものでないと思ってつけてみた。ギャグセンスなども五つだけではないと思った。