世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

巨大な団地の中に実験住宅や古民家が散在する鶴川です

2019-02-03 08:00:00 | 日本の町並み
 筑波山への参道の起点のつくば市北条には、矢中の杜という昭和初期の和風住宅があり、オーナーが自身で開発した建築材料を確認する実験住宅でもありました。実験的住宅は、設計者は実験とは思っていないのかもしれませんが、建築材料やデザインなどいろいろな面で前例が無い建築は全国で見られます。今回は、数ある住宅の中から住宅というより真っ白な塊にしか見えない原広司邸のある町田市の鶴川近辺を紹介します。

 鶴川は町田市の東北部、小田急で新宿から町田のちょっと手前、急行は止まらない鶴川駅が最寄りとなります。鶴川団地を中心に、東京などへのベッドタウンになっています。

 
 原広司邸は、鶴川駅から小田急の線路に沿って町田方向に300mほど行ったところ線路際に建っています。30年ほど前に牛田&フィンドレイの設計で建てられトラスウォールハウスと呼ばれています。外壁は現在ではかなり汚れていますが、真っ白で、平面と開口部が無くぐにゃぐにゃした感じです。航空写真で見ると、開口部は上部と外壁に囲まれた中庭のような部分のようで、まさしく実験的なデザインのようです。

 
 
 駅を挟んで実験住宅とは反対側には、茅葺の古民家の可喜庵があります。旧街道沿いに唯一残った古民家で、ギャラリーやミニコンサート会場として利用されているようです。隣にはツタのお生い茂った工務店の建物が建っていて、対照的な風景を作っています。道路を隔てた北側には階段の上ったところに妙行寺があります。ここから、先ほどの対照的な建物の屋根が連なって見えます。

 
 
 ここから北に行くと龍が谷神社が小高い丘の上に建っていて、その途中にもちょっと趣のある民家があったりします。神社を超えて、調整池の横をさらに北に行くと、鶴川第二小学校に突き当り、その左隣には石川邸という農家の古民家があります。藁ぶき屋根の中央部分だけがトタン張りになっていてちょっと、異様な感じに見えますが、内部は明治期に建てられた農家の様子が残されています。

 
 西に坂を下って鶴川街道を渡った先の小高い丘の途中に能が谷きつねくぼ緑地があります。マンションの新築途中に違法が発覚し工事が中断、裁判が結審するまで、証拠物件として存在した場所です。工事の途中の建物は、壁のないこんくりーとの廃墟としてお化けマンションとして、映画のロケなどに使われたそうです。現在は、廃墟は取り壊され、雑木林が茂る、市の公園となっています。

 
 この緑地公園の左側に、白洲次郎夫妻が暮らした武相荘が建っています。太平洋戦争末期に戦況の悪化に伴い新宿からこの鶴川の農家に疎開し、戦後もなくなるまで暮らした家です。雑木林の中に建つそっけない古民家で、内部には白洲夫妻の関連資料が展示されています。また、前庭には次郎が乗り回したというクラシックカーのベントレーが展示され、別棟にはレストランもあり、白洲ファンの方々でしょうか、かなり繁盛しているようです。

 原広司邸は上部にのみ開口部があるようですが、周りに土地の余裕がある郊外より都心の密集地に有利な建物かもしれません。周りの目を気にすることなく、開放的な窓などを作れるわけですから。できれば、平面を円形にして、太陽とともに回転できると、もっといいかもしれません。ただ、TVなどの指向性のあるアンテナ類は、天体望遠鏡の赤道儀のように動きを打ち消す仕組みが必要かも。TVアンテナの話でちょっと役に立つ話です。都会で、方角を見失った時には、衛星のバラボラアンテナを探せば、おおよその方角がわかります。地上波のアンテナは、送信所の方角が地域でバラバラですが、衛星の方角は日本中で南南西だからです。