世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

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天正少年使節団が訪れ弾いたというパイプオルガンのあるカテドラルも建つ古都エヴォラ(ポルトガル)

2009-01-18 15:31:11 | 世界遺産
 日本橋という名前の橋もあり、鎖国前夜には日本人町もあったのがベトナムのホイアンでしたが、同じ頃に東南アジアはおろか、遠くヨーロッパまで出かけた日本人達が居ました。九州のキリシタン大名の名代としてローマに派遣された天正少年使節団です。彼らが立ち寄ってパイプオルガンを弾いたといわれているのがポルトガルのエヴォラ大聖堂です。今回は、エヴォラ大聖堂を含んだ世界遺産のエヴォラ歴史地区を紹介します。

 エヴォラは、ポルトガルのやや南東、首都のリスボンの東130kmくらいのところにあります。公共の輸送機関は一日に数本のバスで2時間~2時間半ほどかかってしまいす。往復すると一日が完全につぶれてしまいますが、1日かかってこの町だけを見ても十分に訪れる価値がありそうなところです。エヴォラの歴史は古く、紀元前のローマ帝政時代以前からアレンテージョ地方の首都として機能し、ローマの支配下に入った頃に二重の城壁を持つ都市になりました。歴史地区にはローマ時代のディアナ神殿の遺跡も残されていて他の建物群とは異質な感じがします。

イスラム支配を経た後はレコンキスタの中心となりました。15~16世紀にはルネッサンスの中心となり、ポルトガル国王も好んで滞在したようです。少年使節団が訪れたのも、エヴォラが一番輝いていた時代だったのかもしれません。
歴史地区はリスボンからのバスを降りて少し東に歩いて城門を入ったところからで、1km四方程度の広がりですから、歩いて廻るのにちょうど良い広さです。中心となる広場までは10分足らず、中央に噴水があり周りをアーケード状の庇のある建物が囲んでいます。広場のパラソルやアーケードの下で、ちょっと一休みをしてお茶をしても気持ちが良い空間です。

 エヴォラ大聖堂までは、広場からお土産屋が連なる曲がりくねった道を少し歩きます。この道から分岐する路地には家々の白い壁と微妙にカーブする石畳の道がどこかで見た絵のような風景を作っています。

 エヴォラ大聖堂の原型は12世紀の終わり頃に作られ、その後14世紀にかけてゴシックとマヌエル様式による大規模な拡張が行われ

18世紀にはバロック様式の主礼拝堂が完成して現在の姿になったようです。

 少年使節団が弾いたといわれるパイプオルガンは、16世紀、使節団が訪れる少し前に設置された真新しいものだったようです。このオルガンは聖堂の壁面に現在も使用できる状態で保存されています。聖堂の後部のテラスに上ると、すぐ近くで見ることができました。

聖堂の周りには、前述のディアナ神殿をはじめサンフランシスコ教会やロイオス教会などの教会やカダヴァル公爵邸など歴史的な建物が集中しています。水道橋というとローマを思い起こしますが、ローマ時代ではなく16世紀に当時の国王によって作られた送水路の遺跡も町の中を横切っています。

 パイプオルガンは、楽器の女王と言われています。数千本のパイプに空気を送って、いろいろな音色の音が出せ、ホール全体が響く楽器は他にありません。3~4段も鍵盤の他に2~3オクターブのペダルも付いていて、さらに音色を決めるストップの操作も必要で、さぞやオルガン奏者は大変な技術が必要なのだろうと思います。足でペダルの操作を行うため、常に足が浮いている状態になるので、腹筋の力も要るそうです。ただ、このパイプオルガンも、ピアノやギターのように弾いた音量が減衰するような音を出すことは苦手です。シンセサイザーなどの電子楽器では、このような音色も苦も無く作ってしまいます。この電子楽器の一つのエレクトーンを30年ほど前に購入しましたが、ずいぶんと高価な買い物でした。しかしながら、現在の最新機種に比べると、音色も機能も雲泥の差、おまけに現在は驚くほど安い価格で手に入るようになりました。アコースティックな楽器が値上がりするのとは反対の現象ですが、電子楽器はまさしく電子装置の一種ゆえ当たり前でしょうか。