くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「コッペリア」加納朋子

2012-02-13 05:46:58 | ミステリ・サスペンス・ホラー
加納さんにしては平凡な話だなーと思いながら読んでいたので、中盤で唖然としました。えっ、そういうことだったの? ダマサレタ!
「コッペリア」(講談社)です。構成がおもしろい。こういうの大好き。
アングラ女優の聖(本名は聖子)と、人形に執着する青年了の交互の語りで物語は進みます。人形師如月まゆらを巡り、聖にそっくりな人形や彼女のパトロンである創也、ライバル視する美保、ストーカーらしき青年などなど、豪華絢爛な舞台装置になっています。
途中、まゆらの人形に欠くことのできない人物を描く三人称も加わる。複雑な人間関係の中で、毅然と生きていく聖の姿に引かれます。
わたしも人形には興味があって、その手の美術館にはよく足を運びました。
ある美術館は、観光地のはずれにひっそりと建っていて、駐車場には車が一台もない。
「なんか閉じ込められて自分がお人形にされちゃいそうなたたずまい(笑)」
といっていたんですが、結構好みの作家さんが見つかったりして、楽しかった。
しかし、妙に無口だなと思っていた娘、館内から出るとふうっ、と息をはいて、
「お人形にされなくてよかった……」
信じたのね! とちょっと申し訳ない気分になりました。ははは。
創也は、自分が見出だした真由子(まゆらの本名)が人形を作るのを助け、その人形の名を高め、やがてコレクションルームまで作るのですが、命の瀬戸際にとった行動もちょっと驚きました。彼はここまで想像していたのかしら。
生き写しのようによく似た人形が、何体か登場します。聖、あやこ、草也、まゆら。「コッペリア」は、人形に恋した男が、その人形に命が宿ったことで展開される喜劇ですが、加納作品ではむしろ人形に模される人々の悲哀が描かれているようにも思います。もっとも苦渋を感じさせるのは、如月まゆらでしょう。エキセントリックな希代の人形師。しかし、彼女の得たいものは名声ではないのです。
息子をもぎ取られ、失意の彼女に、創也は言います。「結婚しようか?」
「お断りよ。いくら形だけだって、いくら……だれがあんたなんかと」
彼にとっても、おそらくは、三人で過ごす日々は幸福だったのでしょう。まゆらにとって、それは納得できるものではなかった。形だけ、愛情ではなく。欲していたものは、手に入らない。でも、彼女の死の直前、直接引き金をひく、その心理はとてもよくわかります。
カバー見返しに作者紹介があって、「ハートウォーミングなミステリーの書き手」と書いてありますが、加納さんは決してほのぼの系列の人物ではないと思うなあ。そういう中にもピリッと苦いものを秘めている。まあ、ハッピーエンディングですけどね。
そうそう、冒頭には乱歩の言葉が載っています。「人形」という作品からの引用だとか。「人でなしの恋」といい、こういう幻想的な話は十八番ですよね。

「ダークルーム」近藤史恵

2012-02-12 13:36:19 | ミステリ・サスペンス・ホラー
えっ、そんなっ、角川文庫の新刊? 早速買いに行かなければっ、と学区の本屋に走ったのですが、棚にはなく……。一週間して改めて行ったところ、発見できました。よかったよかった。近藤史恵「ダークルーム」です。
わたしはわりと解説から読んでしまうのですが、藤田香織さんが、「脳内ベストランキング」を勝手にしてしまうとおっしゃっていて、それは楽しそうだな、と。わたしなら、「パレードがくるよ」「桜姫」「にわか大根」「薔薇を拒む」かなー。でも、藤田さんのように、あれもこれもランク入りさせたくなっちゃう気もするし。
とりあえず、この文庫で、近藤さんの上手さがまた堪能できちゃうことは確実です。
読み終わったあとに伏線の見事さにうなってしまった「SWEET BOYS」。真紀と涼子は親友で、ルームシェアして暮らしていました。隣に越してきたのは、鑑賞に堪えうる美形の毅と孝哉。
毅と涼子が結婚し、残る二人も同居を始めるます。真紀は、孝哉と暮らしながら、時々毅のことを考えてしまう。実は、二人と同時に付き合っていた時期があり、肉体関係もあった。
真紀はその関係に苦しみ、涼子に打ち明けることもできずに悩みます。しかし、涼子が毅の子供を妊娠して電撃結婚。
それなのに、まだ幼い息子を残して、涼子が自殺したというのです。「育児ノイローゼ」だと毅は言います。赤ん坊を五階の窓から投げ捨てようとした。それを止めた毅が、赤ん坊の安全を確保し、振り返ると涼子が飛び下りていた。
この説明、ラストを知ってから読み返すとかなり衝撃的です。涼子と真紀との違いも、鮮やかに浮き上がる。
同じことをしていても、涼子は悪びれることなく自信にすることができる。裕福に暮らせる方を選べるのです。
どの作品が好きかとなると、やっぱり迷いますね。「水仙の季節」も「窓の下には」も、ダークな中に清楚な明るさがある。真実を知ってしまったことの苦悩。でも、加害者との秘密の共有があることも、否定できません。受け入れて、赦す。
自分を認めてほしいと考えた青年の行動が裏目に出てしまう「過去の絵」も印象的です。芸大で絵を描く二人、タッチも思想もまるで異なる。「わたし」から見れば紋切り型な絵の牧くんには、抽象的な作風のシホちゃんのことが理解できない。シホちゃんは、彼がそういう絵を描く人である限り、好きになったりはしないだろうということが、傍から見ればわかるのですが。
芸大の文芸学科に在籍する高子(「わたし」)から見ての出来事が描かれます。近藤さんの学生時代の思い出も加えられているのかなーと思ったり。
エンディングが結構爽やかでいい。考えてみれば、現実に「事件」というとこういう盗作問題も充分大事件ですよね。
「ダークルーム」も、写真に情熱をかける同級生二人の物語。写真の焼き付け作業は手伝ったことがあるので、なんだか懐かしい。
書き下ろし「北緯六十度の恋」、園子の告白に泣きそうになりました。
様々に形を変えた「恋」が、この作品集には見つけられると思います。「ダークルーム」と聞くとなんだか不穏な感じですが、いやいや、素敵な短編集ですよ。

「同級生」その3

2012-02-10 05:43:18 | ミステリ・サスペンス・ホラー
灰藤先生、そんなにひどい人なんでしょうか……。
後半に明かされる、御崎への態度やヒロ子にたいする行動、西原を陥れるための画策は、たしかに姑息です。
でも、地学の授業をしながら、彼が生徒に語る言葉(「灰藤節」と書かれています)は、特別げんなりするような内容ではないと感じるのは、わたしが教員だからでしょうか。きちんと授業の内容を理解するように聞け、と。
地学は選択ですよね。灰藤が嫌なら、生物なり化学なり物理をとればいいのでは。高三なら古典も必修ではないと思うんですが、御崎の教科も選んでいる。
受験に必要な科目選択とは思えません。古典をとるなら、文系かと思うけど、そういう人は生物・化学を選びそう。国立志望でしょうか。
ミステリに社会派的な真実を盛り込むことや、ヒロ子の献身に感激する人が多いでしょうし、読後感もいいと思います。
この作品、勧善懲悪なんですよね。西原にとって。
ただ、もっと大きな悪に、彼は迎合することになるのでしょう。社会派の側面を加えながら、結局ヒロ子の父親の会社には太刀打ちできない。
生徒指導と公害問題、どちらが糾弾されるべきかといわれれば、わたしは西原の選択は訝しいと感じるのですが。
ミステリなんだから謎の鮮やかさに着眼するべきだと感じる方も多いのでしょうが、わたしにはどうも違和感が残るのです。
もしも由希子が事故にあわなかったら、どうする気だったのでしょうね。

「同級生」その2

2012-02-09 02:40:07 | ミステリ・サスペンス・ホラー
でも、西原に嫌な感じがする最大の理由は、おそらく御崎先生が自分と共通項をもつ人物だからでしょう。
四十代、古典を教えているんだから当然国語の教師。あまり化粧は好きじゃないし、本だけやたらと所持している。
死ぬ直前の御崎が、「方丈記」のテスト問題を作っていたと伝えられる場面。「家で仕事してる教師って結構多いらしいけど(略)殺される前までそんなことをしてたのかと思うと、悲しいものがあるな」
「それで俺は思ったんだ。なんか違うんじゃねえかってな。熱心なのはいいし、自己犠牲も結構だけどさ、どっかまともじゃないものを感じるんだ」
「うまくいえないけど(略)そういう人に教育されるのって、なんか嫌だよね。人間性が歪んじゃうんじゃないかと思う」
順に、川合、西原、薫の台詞です。
えーと……。
テスト問題を死の直前まで作っているのって、「どっかまともじゃない」の? 実際には擬装工作だったわけだけど、殺されるかどうか普通はわからないよね?
それとも、「そういう人」っていうのは、鏡台もなければ化粧品も最低限、本と自作のファイルをたくさん持っている人のことを指すのでしょうか。
西原自身だって、水質汚染についての調査をファイルにまとめていたって言ってるよね?
東野さん、よほど過去に嫌なことがあったんでしょうか。たしか、教員対象の講演会だったか新聞だったかに原稿要請されたとき、謝礼がなかったと怒っている文章を見たことはありますよ。プロに無料で仕事をさせる神経がわからないとか言っていたような……。(記憶に混雑があったら、ごめんなさい)
でも、東野さんのお姉さんも教員だよね?
まあ、別にそれはいいですが。
御崎先生の行動は、たしかに変です。陸上部の部室から、テーピングを取ってきて(部員が保健室から勝手に持ち出したものなんだって。それくらい部費で買いなよ)、それを縦に二つ折りにする。そして、そこに連綿と灰藤先生への恨み言を書き連ねる。池に数日入ったままでも充分読み取れるんだから、油性マジック使用ですね。テープの太さを考えると、相当細かい字でないと、すぐ改行になってしまって読みにくいよ。まさか裏には書かないでしょう? あ、でも字は上手そう。
残ったテーピングテープは、箱ごと部室に戻しておきます。部屋から見つかるとまずいからね。
これが、自殺する日の朝、西原が打撃練習でテーピングをしているのを目撃してからの計画なんですよね。かなりの実行力! さらに手先が細かくないと、途中で嫌になりそうな作業です。
で、部室から今度はダンベルを持ってきます。何回にも分けて運ぶんでしょうねー。死亡推定時刻は8時過ぎですから、部室から三年三組まで真っ暗でも我慢して運ぶんです。それとも、明るいうちにどこかに隠しておいたの? いやいや、それはありません。だって、ポケットに部室の鍵が入れてあったんだもんね。開けて出してくるとしか思えないじゃないですか。
この鍵が、また謎です。部室の鍵って、集中管理だと思うんですよ。だから、御崎先生が持ち出したなら、翌日以降の陸上部室には鍵がかかったまま。(施錠しなかった可能性もあるけど、やっぱり閉めたはずの部室が開いていて、鍵がなくなっていたら騒ぎになりますよね)
顧問だからスペアキーを持っている?
その場合はタグがついていないと思うけど……。やっぱり警察が、どこの鍵なのかいちいち調べたんですかね。
西原は自分がテーピングをしていることを、警察に疑われていると感じていますが、実際張り合わせたテープを開いて自分の手に巻くのは無理でしょう。で、保健室の在庫はなくなったはずですが、その後のテープは入手しないのか。普通使い捨てにするものだと思うのですが。

「同級生」東野圭吾 その1

2012-02-08 05:45:50 | ミステリ・サスペンス・ホラー
東野さんて、相当嫌いだよね、教員が。学園ミステリのほとんどで、殺されてたり犯人だったり。あとがきを見ても「なんでそこまで?」と思うんですが。
「同級生」。光文社版のの単行本で読みました。
野球部の部長西原荘一は、五月のある朝、マネージャーの由希子が事故死したことを知ります。彼女は妊娠しており、そのため出血が止まらずに亡くなったことが噂されます。
西原は由希子と一度だけ関係をもったことがあり、そのことに衝撃を受ける。
やがて、彼女がトラックの前に飛び出したのは、生徒指導部の御崎という教師に追い掛けられたからだと判明。西原は授業中にそのことを糾弾し、由希子のクラスメイトたちは授業をボイコット。
さらにその御崎が、絞殺死体で発見され、西原は「容疑者」に……。
いやー、月曜の夜だというのに、12時近くまで読んじゃいましたよ。続きが気になって。主人公「俺」(西原)がすごい嫌なのですが、最後まで読まずにはいられません。
由希子のことをこれっぽっちも好きではないんですよね。罪悪感とか、緋ろ子(字が出ません。人名漢字にあるの? 面倒なので以下「ヒロ子」)に見せつけたいとか気持ちが入り交じって。
ちょうどヒロ子の父親と対峙して、妹がその会社の薬害で心臓に欠陥があることを訴えたのに真剣に取り合ってもらえず、交際もやめて自棄になっていた時期だったというのです。ヒロ子自身、西原がそのことに怨みを抱いているのを知っていて近づいたことも追い撃ちとなっている。彼女が持っているものも、育てられた過程で使われるのも、全て妹のような弱者を踏み台にして作った金だと彼は思っているわけです。
でも、今回の事件で、ヒロ子が身を賭して西原の弱みになるような事情を揉み消そうとしたことが、彼の心を打ったのでしょう。ラストシーンでは、公式大会での労いに走り寄る姿が描かれます。
結局ラブストーリーだったんだ?
まあ、それはいいですよ。タイトルも絡めて、このシーンに感動した人も多いでしょう。でも、わたしにはなんだかもやもやしたものが残ります。
わたしが同級生だったら、死んだ女の子のお腹にいた子の父親が自分だと授業中に宣言するような人物はちょっと敬遠します。さらに、そんな真似をしながら、夏の大会では別の女の子と付き合っているんでしょ?
本気ではなかったといわれる由希子が、かわいそう。もっと気の毒なのは、彼女のお父さんだよね……。自分の怒りをなだめて、名乗り出るには勇気がいったはずだと西原のことを理解しようとしてくれたのに。
傍から見ると、節操のない男に感じられるのですが、こういう人、共感できるでしょうか。真相を知った川合くんと薫が、「許す」のも納得いかない。好きだった女の子を妊娠させて、自分にはいかにも本気だったような嘘をつくんだよ。彼女が亡くなったきっかけも彼にあるように思いますが。
いやいやいや、ロッカーにボールをぶつけたのは、彼の怒りの表現で、「殴る」云々はともかく、夏の大会以降は疎遠になるかもしれないよね。表面切って訣別宣言するのは、やっぱり交遊関係に支障をきたすし。(こういうことを考えるわたしは腹黒いでしょうか)

「夢の花、咲く」梶よう子

2012-02-07 00:10:14 | 時代小説
発売から、朝顔同心中根興三郎ものと聞いて、楽しみにしていたのです。
梶よう子「夢の花、咲く」(文藝春秋)。
時期は「一朝の夢」よりも前ですね。見知った人といえは、藤吉と留次郎くらいでしょうか。ありゃ、こんなに親しい仲なのに、どうして「一朝」には出てこないの、といういわずもがなの疑問には、最後でちゃんとかたをつけてくれるので心配いりません。
興三郎の家で知り合った、岡崎同心と植木職人の娘のお京。二人の祝言が間近に迫った時期、お京の父の作った朝顔が、花合わせで「天」に輝きます。同じころ、山谷堀で男の死体が発見され……。
なんというか、他人事としては読めませんでした。というのも、このあと、江戸じゅうを震撼させる大地震がおこるのです。お京の家のあたりは火事で焼けてしまい、朝顔の種を売る約束で支払われた金を返すあてがありません。
興三郎は、岡崎とともにお救い小屋の面倒をみるように言われますが、そこに現れたのは以前兄の許婚だった志保。兄の突然の死で縁が切れたものの、今は材木問屋の後妻となり、この小屋にも援助を申し出てくれます。
しかし、お救い小屋の立ち退きの日が近づき、かけあってもどうにもならない。
一瞬、東日本大震災をモチーフに書かれた話なのかと思ったのですが、どうもそうではないようです。でも、なんとなく仮設住宅問題を彷彿とさせる。
このお救い小屋、復興で羽振りのいい大工なんかもいて不平を言う。できるだけ公平にしたいというと出て行ってしまう。大工や左官やら、手間賃を底上げして自分だけ得をしようとする。
そういう手合いをこらしめる「鯰組」なんて集団も現れ、興三郎の周囲は騒がしくなります。
震災後、ある店が値段を吊り上げたという噂があって、実際そこで買い物をしたわけでもないのに怒っている人もいました。風評で商売がたちいかなくなる人もいるのでは、と不安になったものです。
今回の魅力的な人物といえば、河鍋曉齋(周三郎)でしょう。卓越した絵描きとして、様々なものを描いていきます。
曉齋と仮名垣のコンビについては、たしか米村圭伍や北森鴻も描いていましたね。
そうそう、「一朝」を読んだあと、台場の科学みらい館(多分)に行ったのですが、遺伝に関する展示にこの変化朝顔を用いての説明があったんです。今回も「青渦立田葉照紅色采咲牡丹二重咲」という名前が出てきます。(葉、茎、花の色や形状を順に並べてあるのです)
知識があるというのは、世界が広がるな、と。それまでの自分だったら、十分以上もしげしげとパネルを眺めてはいませんからね。
変化朝顔が江戸期に大流行したことは、「お江戸でござる」でも見たことがあります。あー、でも確かこの番組で、「花火」はまだまだささやかなものだったといっていましたよ。
ともあれ、江戸と明治が近い、ということがにおいたつしみじみとした小説でした。

「七人の敵がいる」加納朋子

2012-02-06 05:37:35 | 文芸・エンターテイメント
今まさにわたしと同じように、加納さんの本を読みたい誰かが、どうやら市内にいるようです。先週、本と本の間に二冊分くらいのすき間があり、それでも六七冊はあった本が、今回は、もう三冊しかなかった。しかも、一冊は既読……。
選択の余地はないので、二冊借りました。で、「七人の敵がいる」(集英社)です。
編集者の山田陽子は、夫の信介、一人息子の陽介との三人暮らし。近くには義母もおり、困ったときには手伝ってくれます。
順調な暮らしぶりと思いきや、陽介の小学校入学に伴い、PTAの役員を決める会で不平を言ったことから、大顰蹙を買ってしまい……。
学童保育の父母会、スポーツ少年団の会長、自治会の会長、小学校PTA役員。次々に陽子にふりかかる役員人事。くじだったり、夫が勝手に引き受けたり、知り合いのためにやらざるをえなかったり。
でも、持ち前の有能さで、波紋を起こしながらも高いレベルで役職をこなす陽子なのでした。
まあ、簡単に言うてPTA役員小説なんですが。まついなつきの同趣向の本よりもずっとおもしろい。
わたし自身、PTAの「T」として二十年、子供が学校に入ってからは保護者としても関わっております。保育園の会長、小学校の広報委員、学年委員長、ベルマーク委員等を経験しています。(Tの方はずっと広報です)
自分が若い頃、特別支援関係の事務局をやることになり、次いで地区の国語教育研究会でもやることになって、いっそ「事務局」をテーマにした小説でも書くべきではないかと思ったことがあるのですが、まさにそれ。
何をしたらいいのか、とにかくこなしているうちに引き継ぐときがやってくるのですが、本当に自分が役に立っていたのか、非常に疑問です。ごめん、学年委員長なのに、授業参観日が重なって、ほとんど行っていないし。
中心になって活動してくださる方々には頭が下がります。
会費について、経験があるかどうかで支払い姿勢も違う、と分析する陽子には、なんとなく頷いてしまいました。
陽子は、夫からも「花嫁の父」と言われてしまうほどのスーパーウーマン。女同士の噂話なんて興味ありません。ある作家には「ブルドーザー」とも呼ばれます。テキパキと物事を片付けていくんですね、勢力的に。
いつもの加納さん的ヒロインとはタイプが違うなーと思いながら読んでいたんですが、なんとなんと、こんなことが隠されていたとは! さすがです。
「きみと僕に、この子のことを頼むって」
もう、涙が出ました。そういうことか、と推測してはいたのですが……。
正直、ラストはあまり好みとは言えないのですが、着々と自分の位置を築く陽子が、小気味よいです。「当然夫も敵である」「我が子だろうが敵になる」「先生が敵である」がおもしろかった。
まさか村辺さんや五十嵐さんがこんな重要な役どころだったとは。岬さんのしなやかさ、遥さんの気風のよさ、上条さんのシャープさ。沢さん、小川さん、それに陽子本人を入れて七人。うん? 会長の話を統合するともう一人必要かと思うんですが、わたし数え間違っていますかね。
はっ、信介と陽介が入るんですね、きっと。
一人一人の生活に、様々な苦労がある。PTA活動を描きながらジェンダー問題まで提起する、盛りだくさんの内容でした。

「スペース」加納朋子

2012-02-05 06:48:58 | ミステリ・サスペンス・ホラー
幸いにも駒子シリーズは二冊とも読んだのです。だから、細かいところは忘れていましたが、納得しながら読むことができました。今度読み返そうっと。しかし、瀬尾さん、結局駒子以上に事実を知っていたのでは?(笑)
加納朋子「スペース」(東京創元社)。ずいぶん前に、読書感想画の審査でこの作品を描いてきた子がいたのですが、そこにトランプがちりばめられている意味がやっとわかりました。
マリモちゃんが英文タイプで重ね打ちして見せた「space」と「spade」。短大近くののどかな場所。平泉への研修旅行と迷子騒動。現れる「ドッペルゲンガー」。
静岡に住む「駒井はるか」に向けての手紙を通じて語られる日常が、みずみずしい。わたしも学生時代は高校のときの友達と、就職してからは学生時代の友人と、手紙のやり取りをしていました。懐かしいな。
この間まで顔を合わせていた相手ですから、共通する話題があり、話したい出来事がある。日々の喧騒に紛れて滞ることもあるでしょうに、はるかに宛てた手紙はいつも長く、親密な愛情に満ちています。
手紙を書く楽しさ以上に、会っておしゃべりするのは楽しい。そして、自分のいる場所というものについて考えてしまう。
手紙の後半で、そのようなことが書かれていて、ちょっと胸が痛かった。
本を返してしまったので、うまく再現できませんが、二人が一緒にいることはある種のアイデンティティであり、片方にはコンプレックスであることが、もう一方には羨望であるというようなことも感じました。
なにしろ、シリーズの中ではそれほど時間が経過していないのですから、登場人物たちは携帯を持っていないしメールもしない。迷子になったら誰かのお世話になるしかない。そういう背景もおもしろい。
「バックスペース」は、いくらなんでもそりゃご都合主義でしょうと思わないこともないですが、やっぱりどこか物語に運命的なものを語ってほしいという気持ちがあるのでしょうね。
まどかと八重樫の距離の近さにホッとする物語でした。
平泉で道に迷ったまどかが助けを求めたのは、観光バスの運転士さん。短い時間に彼が連れていってくれたのは、とある食堂で……。
「スペース」を裏側から見ると同時に、道は戻ってやり直すことができるというまどかの強い意志を感じました。
なかなか距離の埋まらない駒子と瀬尾さんが、まあ、どうやらハッピーエンドのようでなによりです。
作中ではわたしにとって結構身近な平泉や花巻の様子が書かれていて、非常にワクワクしました。毛越寺で見た舟、今は池の辺というか、そんなところに置いてあります。たしかにバックヤードみたいな場所ではありますね。
高村山荘、賢治記念館、中尊寺、実際に加納さんが訪れてこんなふうに感じたのかなーと。
それから、「銀河鉄道の夜」について。途中原稿が紛失していたり、複数の筋があったり、順番がよくわからないといったことが紹介されていました。
わたしが中学生くらいのときに読んだ「銀河鉄道」は、まさにその通りで、間に注意書きがたくさんあって戸惑ったものです。今は、そんなことはないのかな。原稿が発見されたのではないですよね。再編集?
「よだかの星」はすごく好きなんですが、そういうわけで賢治の本をそれほど読み返してはいないわたしです。

「ここに死体を捨てないでください!」東川篤哉

2012-02-04 06:06:24 | ミステリ・サスペンス・ホラー
聞いてください。わたくし、金曜日の朝普段通り通勤していたんです。
大雪は当地でも他人事ではなく、圧迫された雪で路面がつるつる滑り、非常に怖い。山坂の下り(降り口は十字路で、一時停止あり)にさしかかったところ、なんと前の車が、バックで坂を下りていくではないですか。わたしと同じ側の道路を、運転席をこちらに向けてするーっと下りていくんです。な、何故?
わたしはブレーキを何度も踏んで、車間距離が充分とれるようにしましたが、頭の中では車が雪道を滑り落ちるとか、ハンドル取られて激突するとか、そんな嫌な想像でいっぱい。怖い。
普段の何倍もの時間をかけて、手に汗を握りながら下り切って、問題の車が十字路でターンするのを見届けたら、おじさんは方向転換して違う道に去っていきました。わたしは雪にタイヤを取られて、ものすごくエンジンをふかしたあげく脱出。その後も道は大渋滞で、学校に着いたのは、始業5分前です。ふーっ。
あの車、怖くなかったんでしょうか。わたしは全く腑に落ちない気持ちでいっぱい。この謎は、迷探偵(?)の鵜飼杜夫に解いてもらわなければ!
ってことで、東川篤哉「ここに死体を捨てないでください!」(光文社)。いや、現実のこととは思えないフィクション(えっ?)とくれば、烏賊川市シリーズかなって。(といいつつ、読むのはこれが初です。買い置きと、借りた本が一冊ずつあります)
駅前のアパートで一人暮らしをする有坂春佳のところにやってきた見知らぬ女。驚いて果物ナイフを振り回すうちに女は倒れ、おびただしい血が……!
逆上した春佳は死体を部屋に放置したまま、何故か仙台行きの新幹線に飛び乗り、姉の有坂香織に電話をします。「死んじゃった……」
香織は事情を聞き出し、落ち着いて仙台でホテルに泊まるように話します。夕ご飯には牛タン、そして、クリネクススタジアム(香織はいまだ「フルキャストスタジアム」と言っていますが)で楽天の試合を見、ノムさんとマーくんを応援するように言うのです。実際に春佳が見た試合の先発は岩隈だったようですが。
うーん、宮城に住んで四十年余り。実は牛タン定食を食べたことは一度しかないわたしです。ま、いいかそんなことは。
香織は、この間になんとか死体を始末しようと考案。廃品回収トラックの作業台にあったコントラバスケースに目をつけます。
運転席にいた馬場鉄男を巻き込んで、どこかに死体を捨てにいく算段をしようとしますが、そう簡単にいくわけはなく。
また、山田慶子と名乗る女性が、依頼人として事務所を訪ねてくる予定だったのに全く音沙汰のないことに業を煮やした鵜飼は、ビルのオーナー朱美、助手の戸村流平と、事件が起こるかもしれないペンションに向かいます。
一大リゾートの開発予定地として目をつけられているらしいこの場所、所有権を持つ男性が滝から滑落して死亡したことから、さらに大事件に……。
いつの間にかぐっと仲が進展している香織と鉄男がおもしろい。…の使い方やら、視覚的な「」やら、東川さんのコミカルな表現についつい笑ってしまいますね。
べつにサッカーファンでもないんですが、男性陣がこそこそと一室に集まってバーレーンとの試合を見る(リゾート開発社の社員だけ内緒にされています)場面が可笑しかった。(でも、なんとこれも伏線なんですよ。すごいな)
作中での季節は夏。かなりギャップはありましたが、楽しく読みました。
さて、鵜飼探偵に代わって、夫が「坂道を後ろ向きに下る車」の謎を解いてくれました。
「坂の途中で上れなくなったから、方向転回できるような場所までバックしたんでしょ」
そ、そうかー。
でも、わたしならそんな恐ろしい技は使いたくありませんね……。

「あやかしファンタジア」斉藤洋

2012-02-03 05:45:09 | YA・児童書
わーい、斉藤洋の不思議話ですー。やっぱり、こういうそこはかとない「怪異」が好きですね。子供の本にしておくのはもったいない。ぜひ文庫にー。
「あやかしファンタジア」(理論社)です。
「わたし」の住む町には根の少し上で五股に別れている銀杏の木があるのです。大学の道の中心に、どっしりと構えている銀杏。そんな場所にあるせいか、切ると祟りがあるのだと言い出す人もあり、いつの間にか噂も定着していきます。
「わたし」は、この大学の事務員・梶原郁夫と親しく付き合っているため、なんの気なしに銀杏の話をします。それなら、実際に見に行きますかということになり、もう夜の時間だとは思いながら、大学に付いていく。そこで、守衛さんに声をかけるのですが、案内された木は、もともとは林の木の中の一本だったのだと話されます。
それなら噂は無関係?
いえいえ、数日後、その守衛さんから電話がきて……。
この三田守衛さん、どうやら不思議な力をお持ちのようで、「桜坂」にまつわる物語では魔性のものを退けることもします。普段は野球が好きな温厚な方です。
梶原郁夫は、この出来事からもわかるように、思いつきで行動するタイプなんでしょうね。「桜坂」では異界の者の怒りを買うことになります。
「わたし」も、ちょっと怖いもの見たさで坂を通るのですが、霊障があってその後しばらく体調を崩したことがあります。そのことを言わないでしまったことを後悔している。
反面、霊の影響下にありながらも、頑強な室井敏之には意志を通します。幽霊も閉口、といったところでしょうか。
わたしは、「クラス会」の杉下京子の雰囲気や、桜坂の女性のたたずまいが好きです。怪談は、むやみにグロテスクだと品質が落ちてしう。
エンディングの地蔵堂のところ、絶妙の余韻です。ぽぉんと放り出された感じ。
怪異とは、存在するのか。「ない」と証明するのは難しいですね。一度でも「ある」ならば、覆されてしまう。
この町には「噂」として、銀杏の木のことや桜坂のことが伝えられているのですよね。不思議なレストランもある。で、人々はその中で日常を送っている。
こういう淡々とした怪異の世界、引かれます。江戸の怪談ものの流れが感じられるように思いました。