くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「とっておき名短篇」北村薫・宮部みゆき編

2012-02-14 05:46:08 | 文芸・エンターテイメント
「山頂の広場の太鼓が鳴りやむと、太陽や月は永久に光を失ってしまうため、族長の一家は絶えず交替で太陽を叩き続けていた」
見えてしまう。この村の風景と、族長の一族の姿が。背後で重低音のように流れる太鼓のリズム。これだけの文でしかないのに、彼らが背負う宿命が。
もしかすると、太鼓をやめてしまっても、太陽も月も変わりなく輝いているかもしれない。昼も夜も、規則正しく鳴らされていく太鼓。連綿と続いてきた、その一族の最後の一人……。
そんなイマジネーションを一瞬にして脳裏に浮かび上がらせるのですよね。すごい実力!
飯田茂実「一文物語集」の一節です。こういう作品が108話!(やっぱり煩悩の数なんでしょうか……)
「月からかかってきた呼出電話なのだから、こんなに何時間もただ泣いていたのでは通話料金がかさんで破産してしまうとわかっているのだけれど、十数年間忘れられずにいた恋人の声をいつまでも聴いていたくて、どうしても受話器を置けずにいる」
「城の地下室に設置してある城の模型を揺すってみると、たちどころに足もとの床がぐらぐら揺れるとわかって面白くなった王子は、次に模型を足で踏みつぶしてみた」
「その生き物は闇をこねて造るしかなく、朝が来るといつも未完成のまま溶け消えてしまう」
「一枚ごとに日時と場所を記録しながら、二千万枚をめざして、都会のビルの窓ガラスをパチンコで割っている」
もうこの文たちのためだけにでも買う価値はあると思うんです。北村薫・宮部みゆき編「とっておき名短篇」(ちくま文庫)。
前半は軽くさくさくと読めます。既読の作品もあるんですが、巻末対談でまた違う見方が堪能できるのが楽しい。
「酒井妙子のリボン」、単行本で読んだときはすうっと読み流したのに、実はこの話者は「中村雅楽シリーズ」の中心人物竹野記者であることが明かされ、なんか複雑な気分。
持ってるんですよ文庫! でも、一話しか読んでいない……。
実録ものが二本続けて入っていますが、わたしには読みづらかった。清張と大岡昇平なんですが。
「悪魔」(岡田睦)もインパクトあります。小学三年生担任の若い木本先生が、庄田くんという男の子に掻き回される、というか。たしかにこれは「あくま!」だな、と。ちょっと救いのない話ですね。
同僚が意地悪く腕をつねるシーンが印象的です。
でも、もっとも衝撃的な作品は、最後の「異形」でしょう。これを、北杜夫が描いたんですよね。ひょえー。「楡家の人びと」途中で挫折したよわたしは。
一人秋の山に登る喬は、山小屋で「花岡」と名乗る人物と出会います。「山高」の生徒で、数日前まで「松高の寮」にいたというんですね。
シニカルな花岡の態度に不穏なものを感じる喬ですが、な、なんと……。
きょーれつです。ぜひ読んでください。でも好みじゃなくても怒んないでね(笑)。

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