草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

「人ひと盛り」であるのに耐えられなかったのが清原の悲劇だ!

2016年02月03日 | 社会風刺

若くしてスターになったがために、かえって人生を誤ることがある。世の中そううまくはいかないのである。西武や巨人で活躍し子どもたちの憧れのまとであった清原和博容疑者が昨日、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕された。野球選手から芸能界に移り、テレビ出演も増えてきていたという。まだ48歳である。これからというときに捕まったのである▼豪放磊落な性格だと思っていたらば、実際は気が小さくて薬に頼るしかなかったのである。世間から脚光を浴びていた絶頂期が忘れられなかったのだろう。普通の人に戻ることができなかったのだろう。これからマスコミは寄ってたかってさらし者にするに違いない。落ちた偶像は叩きがいがあるからだ▼野球をやることしか能がなかった人間に、それ以外のことを求めるのが無理なのである。パトカーに乗せられて連行される清原容疑者は、世間に恥ずかしいことをしたと思っているようで、顔を上げることはなくうなだれていた。有名人はマスコミがつくりあげた虚像でしかない。すぐに飽きられて過去の人となっていく。使い捨てにされるのである▼山本夏彦の「命ながければ恥多し」というエッセイがある。「人の才能というものは一つしかない、行きづまっても他に転じることはできない。花いっとき人ひと盛りである」と書いていた。まさしく清原容疑者にあてはまるのではないだろうか。「人ひと盛りである」わけだから、野球をやめたらじっと耐えて生きるしかなかったのである。清原容疑者の逮捕は、過去の栄光を忘れられなかったがゆえの悲劇なのである。

  

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