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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■汚れた霊よ、出て行け(2)  美しい人間の輝きの回復 

2008年12月06日 | Weblog


世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。

 マルコの福音書5章という所には、悪霊にとりつかれていた男のことが出てきます。

 この男は墓場に住んでいた、とあります。 裸で昼も夜もなく墓場や山で叫び続け、石で自分の体を傷つけ、人々が彼を何回鎖でつないでも、物凄い力でそれを引きちぎってしまうのです。 レギオンと名乗る無数の悪霊がこの男の心と体を支配して、まるで獣と同じで、美しい人間の輝きを奪っていたのです。

 いつからなのか、何が原因でこの男に悪霊がとりついたのかは分かりません。 現代から見れば特殊な状況とも言えます。 けれども一歩間違えば現代の私たちの誰もが同じような状況に置かれるのではないでしょうか。 いやむしろ、現代社会にあって悪霊は巧妙な姿で私たちの人間性を奪うのです。

 幾重にも押し寄せる波のようなストレスで心も体もボロボロに傷つきます。 そして傷ついた人間が他人を傷つけることが日常的に起こるのです。 自分で自分を救おうとして増々、絶望の底に落ちてしまう。 そして遂には自分で自分を墓場の中に追い込んでしまうのです。 私たちは鎖につながれていた男の状況と似ていないでしょうか。

 しかしこの悪霊にとりつかれた男は、人間性の喪失した絶望の中でキリストに出会ったのです。 キリストはこの男にとりつく悪霊に言います。 「汚れた霊よ。この人から出て行け。」(マルコ 5章8節) すると悪霊レギオンは二千匹の豚の中に移り、湖の中になだれ落ち、滅びました。 そして見れば、誰も近付けなかったこの男が着物を着て正気に返って座っているではありませんか。 神からいただいていた本来の美しい人間の輝きを取り戻したのです。 

 あなたも今日、キリストに拠り頼むならキリストはあなたを苦しめているもろもろの力を打ち砕き、あなたが神からいただいている本来の美しい輝きを取り戻してくれるでしょう。 

 聖書のことば

 「この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救われた。主は彼らをやみと死の陰から連れ出し、彼らのかせを打ち砕かれた。」 (詩篇 107篇13節、14節)
 
  ( PBA制作「世の光」2008.12.06放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として http://yonohikari.biblical.jp 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

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■天にある交わり 〈 交わりの恵み(1)〉

2008年12月05日 | Weblog

 世の光の時間です。 お元気ですか? 岩井基雄です。

 今年は、私も私の家内も地上での親との別れを経験しました。 一月には家内の父が、そして九月には私の母が、それぞれ天に帰りました。 二人ともクリスチャンでした。 キリストにある救いを与えられ、平安の中、神様のみもとに召されて行きました。 地上での別れの寂しさは確かにありますが、天国が近く感じる喜びもあるのです。 神様にある人との繋がり・交わりというのは本当に不思議ですねえ。 年代や国籍・時間をも越えた豊かな広がりがあり、永遠の交わりがあることが聖書に約束されています。

 母の葬儀の時、牧師がこう語りました。 「キリスト教の葬儀は礼拝だ、と言われます。 夫は妻を与えてくださった神様を礼拝し、子どもたちは優しい母を与えてくださった神様を礼拝するのです。 そして本人もまた神様の前に出て永遠の礼拝に参加しているのです。」と。 その時、地上にいる私たちと、天の御国にいる母が一緒に神様を礼拝している姿が私の心に浮かびました。 神様にある家族の繋がり・人との交わり、それは本当に素晴らしい経験でした。

 神様からの救いを受けて天の御国に戻った人たちのことについて聖書はこう語っています。 

 「彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」(黙示録 7章16、17節)と。

 この小羊とはイエス・キリストのことです。 この方が、イエス・キリストを信じ天に戻った人々の悲しみも涙もすべてを拭い取り、苦しみや痛みから解き放ち、いのちの水の泉に導いてくださるのです。 その道はあなたにも用意されています。 あなたがこの地上の生涯を終える時、そこにはいのちの水の泉が用意されているのです。 あなたもこの約束を信じ、祝福の交わりの中へと御一緒しませんか? 死を恐れる必要のない永遠のいのちがあなたを待っているのです。 

 それではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2008.12.05放送でのお話しより)

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
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■ご自分を現した神を知ろう

2008年12月04日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「ご自分を現わした神を知ろう」です。

 それでは聖書の中のヨハネの福音書1章18節から読んでみましょう。 

 「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

 もし自分のことを誰かに知らせようと思うならば、どうするでしょうか。

 普通は写真を送ったり、手紙を書いたりするでしょう。 電話をする、メールを書くという方法もあります。 本を書く人であれば、自分が書いた本を送るでしょうし、芸術家であれば自分が作った音楽や絵画なりの作品を送ることもあるでしょう。 しかし一番良い方法は、自分から出かけていって直接会って話すことではないでしょうか。

 実は神様もそうされたのです。 神様はまず素晴らしい大自然をお造りになり、人間をその地上に置かれました。 人は大海原に日が沈む美しい光景や飛行機の中から見下ろす大地の素晴らしい光景に感動し、神がおられることを覚えます。 神様は人に自分の作品を送られたのです。 また神様は様々な預言者を送って御自分のことばを語らせ、考えを知らせました。

 しかしそれだけでは十分ではない、というので自らこの地上においでになられたのです。 12月に入り、クリスマスのシーズンになりましたが、まさにイエス・キリストの誕生がそうですねえ。 神様は私たちと同じ姿になってくださって、同じ生活をしてくださって、私たちに御自分を現わされました。 神様がいるならば見たいものだ、そう思った方はいるのではないでしょうか。 実は神様はちゃんと御自分を現わしてくださっています。 それがイエス・キリストの降誕でありイエス・キリストの生涯である、という訳ですね。

 あなたは、神様を知りたい、信じたい、と思っていらっしゃいますか? そうならば、まずイエスのことについて書かれた聖書を読むことが大切です。 聖書が説き明かされている教会に行って、本当にあなたのことを愛し祝福される神がおられることを知っていただきたいと思います。
 
 (PBA制作「世の光」2008.12.04放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■心の不思議

2008年12月03日 | Weblog
 

 世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。

 えー、羽鳥(明)先生がですね、いつかこういう詩を紹介してくださったことがあるんですね。 ちょっと読んでみますね。 

   心って不思議だな 心が暗くなると 外まで暗くなる
   心って不思議だな 心が明るくなると 周りまでが明るいんだ
   心って不思議だな 心が踊ってると 家中が踊り出す
   
 まあ、こういう詩なんですけど、この詩のように本当に心って不思議なものだなというふうに思うことがありますねえ。

 周りの環境にその心が左右されるっていうこと、これはありますよね。 でもそれよりも、もっと強く、実は私たちの心が周りを生活環境を作り出しているっていうふうに言えるんじゃないか、って思う時がありますね。

 この詩にありますように、心が喜んで踊っていると家族まで家中が踊り出すんだっていうね。 私が、あの人が悪い、この人のせいで、っていうふうに何かそれで自分が暗くなるっていうふうに思ってしまうこともあるかもしれませんけども、でも自分の心が何かこう明るくなっていくと周りまでもが明るく見えてくる、そして周りにもそれが影響して周りを明るくしていくってことがあるのではないでしょうかねえ。

 私はイエス様を信じる前は本当にこう希望がない、目的がない、そういう中でいつも暗い気持ちで、生きるってつまらないなあって、そんな思いで過ごしていました。 でもイエス様を信じて、本当にイエス様から罪赦していただいて、こんな者も神様の子どもとしていただいたんだ、というふうな喜びが湧いてきた時に、あれっ?、というふうにですね、同じ聴こえてくる小鳥のさえずりも、同じ空気もですねえ、何か変わってきたように思えたのを忘れることが出来ないんですね。 

 旧約聖書の箴言という中に4章という所にですね「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。」(箴言4章23節)っていうことばがあるんですね。 その心が乱れてくると、心が暗くなっていくと、何もかにもが暗くなっていくというふうなことを考えますならば、心の中に憎しみとかいろいろな暗い思いとか、そういうものに支配されるのではなくって、聖書の中に「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。」(コロサイ人への手紙 3章15節)ってことばがあるんですけれども、本当にキリストがお与えくださる平安・平和、それが私たちの心を支配して、それが私たちの心をコントロールするならば、私たちの心はいつも平和な心で明るくなる。 そうすると周りまで変わってくるっていうことですねえ。 

 ( PBA制作「世の光」2008.12.03放送でのお話しより )

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■偏見と差別

2008年12月02日 | Weblog
 
  世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。 今日もさわやかに一日を過ごしていきたいですね。

 ま、歴史を通じて私たちがいつも目にするものの一つは、様々な対立や反目ということだと思います。 ま、その理由は、時には人種的な偏見であったり、過去の様々な失敗であったり、いろいろですねえ。 

 新約聖書の時代、当時のユダヤ人と隣の地域に住むサマリヤ人もまた互いに強く反目していました。 この両者の反目の歴史は、イエス・キリストの時代から700年以上も前に遡るんですね。

  もともとは同じ国の仲間だったんですけれども、ソロモン王様の後、国は、北イスラエル王国、 --ま、サマリヤの地方ですね-- 、そして南ユダ王国 --エルサレムを中心とする地方-- 、この二つに分裂してしまったんです。 そして北イスラエル王国はアッシリヤ帝国に滅ぼされてしまいました。

 アッシリヤ帝国は占領した国の民族性を薄めるために雑婚政策をとっていくんです。 つまり、北イスラエルの人々の多くをアッシリヤに連れて行き、その代わりに他の民族を、まあ様々な地域から連れてきてそこに住まわせていきました。 イスラエルの残された人たちは、それらの異民族と結婚するようになり、人種的な純粋性が失われていってしまいました。 そしてまたその結果、いろんな国の神様もそこ(サマリヤ地方)に入ってきたんです。

 こうした歴史的な背景から、南のユダヤ人たちは特に北のサマリヤ人を軽蔑し、互いに激しい反目状態になっていました。

  しかしヨハネの福音書の4章という所を読むと、イエス・キリストはわざわざユダヤ人が嫌い軽蔑していたサマリヤの地を通って旅をされたことが記されているんですね。 イエス・キリストの生涯を見ると、そこには偏見や民族的な差別や過去の失敗をあげつらねて裁く姿はどこにも出てきません。 偏見や民族的な差別などイエス・キリストは一つも持っていませんでした。 

 聖書にはこう記されています。 エペソ人への手紙2章14節 
 「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、」 こう記されているんですねえ。

 イエス・キリストが来られた目的は、人々に偏見や差別意識をもたらすために来たのではなくて、隔ての壁を打ち壊す方として来てくださいました。

 偏見や差別、意外に私たちの心の奥に潜むものです。 だからこそ、もう一度このクリスマスの時期にイエス・キリストの姿を見つめてみませんか? そして、ぜひお近くの教会に行ってみてはいかがでしょうか。 

 (PBA制作「世の光」2008.12.02放送でのお話しより)

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■神のことばによって

2008年12月01日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、旧約聖書の詩篇という所にですねえ、119篇というのがありますねえ。 で、その119篇というのは非常に長い章で、何と176節もあるんですね。 で、この中に何回か繰り返されていることばに、「私を生かしてください」ってことばがあるんですねえ。 「私を生かしてください」というのは、私たちがこう生きているのは決して自分で生きているのではない、生かされてこそ生きることができるのだ、ということがその前提にあると思いますねえ。 ですから、神様によって生きることができるように「私を生かしてください」ということな訳です。 

 で、その中でこの119篇の154節という所にこういうことばがありまして、「みことばにしたがって、私を生かしてください。」ということばですねえ。

 で、この詩篇の119篇は先程申し上げたように176節もあるんですけれども、一句一句ですねえ、この「みことば」ということばを「さとし」とか又は「戒め」とか「おきて」とか「知恵」とか「定め」とか、そういうふうな表現でですね、一句一句にそういうことばが出てくるんですね。 で、意味から言うと、それは「みことば」って言われるのと同じような意味でして、そこには人間が生きる上でのルールって言いましょうかねえ、それがある訳で、そのルールに従って神様が私に望んでおられる所のその戒め・その掟・そのルール・そしてこうするんですよとおっしゃってくださる神様のことばに従って生かしてください、ということですね。

 で、ただそれだけではなくって神のことばには力があるっていうことばが他にもありますけれども、この天地創造されたのも神のことばによってこの天と地とは創造されたというふうに言われるように、神のことばには力があるんですね。

 私たちの毎日の生活の中で自分が弱ったり、何か xxxx(※聞き取れず)してしまうような時にも、神のことばが臨む時に、そのことばによってまさに力づけられる・生かされる。毎日の生活の中でみことばによって生きる生活というのは本当に素晴らしい生活だっていうことを知っていただきたいですねえ。

 ( PBA制作「世の光」2008.12.01放送でのお話しより)

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ


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