♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■心の貧しい者は幸いです / 関根弘興

2018年05月18日 | Weblog
2018/4/13放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 新約聖書のマタイの福音書の中に、イエス・キリストがガリラヤ湖を見渡す小高い丘の上で人々にお語りになった山上の説教と呼ばれているものがあります。その中でイエス様は、本当に幸いな人とはどのような人かということを教えてくださいました。イエス様はまず最初に、「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」(マタイの福音書5章3節 新改訳2017)と語り始めたんです。
 
 私たちはこのことばを聞くと驚きますね。なぜなら日頃、「どんなに貧しくなっても心だけは貧しくなってはいけません」ということばを耳にしているからです。「心が貧しい人」ということばの中には、心が卑しいとか不平不満の多い人とかひがみやすい人などのイメージがあるからです。ですから、そんな人がどうして幸いなのかと思ってしまうわけですね。しかしイエス様はそういう意味でこのことばを使われたのではありません。

 ここで「心が貧しい」という意味は、心に何もなくて無力な状態、つまり心が貧しい者とは自分が全く無力であることを自覚し、希望も進むべき道も見失ってついには神様により頼むことしかできないような状態、そんな中にある人のことだと教えるんです。

 人間は高慢になりやすいですね。神を信じるのは弱い人間だけだ。私は神に頼らなくても自分の力で生きていける。そういう風に思ったり、困った時だけ神様に頼ってあとは自分の好きなように生きていけばいい、そういう風に思ってしまうことがありますね。そしてせっかく神様が与えようとなさっている恵みや祝福を受け取ることを拒否してしまうことがあるんです。

 しかし自分の無力さを認め、いつも神様に力と助けを求めていくときに、神様の恵みと祝福を十分に受け取ってことができるんです。ですから、心の貧しい者こそ幸いなのだよ、神様に助けを呼び求めることのできる人は本当に幸いなんだよ、イエス様は言われるんですね。

 そしてイエス様は、「天の御国はその人たちのものだからです。」と言われました。これはいつか天国に入れますよという意味ではありません。天の御国とは神様の支配を表すことばです。つまり心の貧しい人々は神様の愛と恵みの支配を実際の中で具体的に体験することができるんですよ、だから幸いなのですよ、と教えられたんです。
               
  (PBA制作「世の光」2018.4.13放送でのお話しより)

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