♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■イエスの十字架 / 板倉邦雄

2018年05月01日 | Weblog
2018/3/27放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「イエスの十字架」という題でお話ししましょう。

始めに使徒の働き2章23節を朗読します。
 「神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。」(新改訳2017)

 イエスを不法の人々の手で十字架につけて殺したのは、実は神の定めた計画と予知とによるのである、と語っている点に注目したいのです。神は私たち罪人を救うために遠大な計画をお立てになりました。人類最初のアダムとエバが罪を犯して堕落した時から既に神が救い主の約束をされています。更に歴史が下り、紀元前7世紀頃、預言者イザヤは、「しかし彼--イエス--はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。」(口語訳聖書)と53章の5節で預言しました。

 イエスの十字架は私たちの罪や非難されなければならない咎や不法・不義のための身代わりの死であったのです。イエスを十字架につけて殺したのは歴史の偶然や人間の勝手な自由意思ではなく、神様のあらかじめ知っておられた、そして神様が立てられた計画にそ沿うものだったのです。

 聖書にこのようなことばがあります。
 「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。」(2コリント5章21節 口語訳聖書)

 私たちの罪のために罪となられたイエス・キリスト信じる信仰によって、私たちは神の前に罪の赦しが与えられ、神との平和を持つことができるのです。イエスの十字架は無罪のイエスを十字架につけた不法の人々の罪の赦しのためだったという神の不思議な救いの計画でした。それは2000年前の時を越えて、私たちのためでした。イエスを十字架につけたのは私の罪でした。しかし同時にこの私の罪を赦すためでもあったのです。

 聖書のことばです。
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
           ヨハネの福音書3章16節 (新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」2018.3.27放送でのお話より )

***

このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

***

東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

***