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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■非常に恐れた / 福井 誠

2016年09月22日 | Weblog
2016/9/22放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「非常に恐れた」です。それでは第一サムエル記21章12節、13節から読んでみましょう。
 ダビデは、このことばを気にして、ガテの王アキシュを非常に恐れた。
 それでダビデは彼らの前で気が違ったかのようにふるまい、捕らえられて狂ったふりをし、門のとびらに傷をつけたり、ひげによだれを流したりした。

 サウル王に命を狙われるようになったダビデは、とうとうイスラエルの敵ガテの王アキシュの所へと逃れました。しかしダビデを知っている者たちが王に訴えますねえ。「この男はイスラエルの王となるダビデで、『サウルは千を打ち、ダビデは万を打った』と女たちに誉めそやされた人物ではないか。」と。ダビデは敵意ある視線にさらされ、恐怖のどん底に落ち入っていきます。何と、苦肉の策として敵陣に逃れたはずが、敵はあくまでも敵、絶対絶命の状況です。そこでダビデは狂ったふりをして門の扉に傷をつけたり、髭によだれを流したりするのです。実に惨めですねえ。いっそのこと本当に気が狂ってしまいたかったことでしょう。神様を信じてもどうにもならない、という感じですね。少なくとも純粋に神様を信じて神様のために戦い、イスラエルに勝利をもたらした善人のダビデには神様にもっと親切にしてくださってもよいのではないか、こんな扱いじゃ誰も神様を信じませんよ、と言いたくなるところです。

 けれども人生の出来事はすべての人に平等なのです。ですから神様を信じていても人生のどん底を歩むことがあるものですね。実際、イエス・キリストですら、どん底を突き破るような、神に見捨てられる経験、十字架の死を味わっていますね。

 ダビデはこの時の心境を詩篇34篇に綴っています。
 「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、霊の砕かれた者を救われる。正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。」(18節、19節)

 気持ちがボロボロになるような状況ですらダビデは、神が共にいてくださることを信じています。私たちがどん底にいようが絶頂期にあろうが神が存在することに変わりはありません。いつでも共にいて支えてくださる神様を信頼して行きたいものですね。

(PBA制作「世の光」2016.9.22放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


 

 

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