ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

加東四国霊場第三十八番-上田の教王院

2017年05月30日 05時39分22秒 | Weblog
 

 加東四国八十八ヶ所霊場の第三十八番は上田の教王院です。上田地区の公民館からにしへ少し行ったところにあります。
 法道仙人の開基と伝えられ、大日如来を御本尊として、大いに栄えたようですが、天正年間(安土・桃山時代)に兵火にあい、堂宇、古文書はことごとく灰燼となった、と加東郡誌に記されています。その後、17世紀のはじめに再建され、現在に至っています。
 入口には「歓喜山教王院」と刻まれた石柱と「第三十八番霊場」と刻まれた石柱の2本が門柱のように立っています。境内に入ると、本堂、大師堂、北面観音菩薩像などの建物が並び、そして、その奧に2本の門柱のような石柱と大きな石碑が建てられていました。
 門柱の脇の石碑には、「木戸孝允(桂小五郎)碑」と刻まれており、奧の石碑には、「内閣顧問前参議木戸公碑」と刻まれています。この碑は教王院の住職だった松本宥愉と旧識のために来遊した木戸孝允を偲んで、大門村の蓬莱元堂らが明治16年に建立したものです。『社町史こぼれ話』(吉田省三著)によれば、家原の観音寺に赤穂義士の墓碑を建立した山口県出身の僧明範との関係があったのでは、としています。
 御詠歌は「教王や院のとなえの尊さに また立戻りして伏し拝むかな」です。
 
 
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