ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

『お國自慢』の中の加東②-嬉野高原の風景(昭和20年代後半)

2019年06月26日 04時06分26秒 | Weblog
 昨日に続いて、兵庫県町村会が昭和27年に出版した『お國自慢』の加東郡社町の頁に「牧歌的情緒豊かな嬉野高原の風景」」という題で、広々とした嬉野高原の景色の写真が掲載されていました。
 その景色をよく見てみると、遠くの山並、山容は五峰山(光明寺)で、手前の高原の真ん中に白く写っているのは、社中学校(旧)の運動場と木造平屋の校舎に間違いありません。この写真は、嬉野台地の高位面から北西を望んだものだと思います。
 現在では、兵庫教育大学附属小、中学校の校舎、大学の官舎、さらに住宅が建ち並んでいます。60余年の歳月は、嬉野高原の風景を大きく変化させてしまいました。「情緒豊かな牧歌的異色風景は観光地として都人士の杖をひくものが多い」との紹介文を現在風にすると、「嬉野高原には、こども園から小・中・高、そして教育大学、教育研修所、生涯教育センターまで揃った兵庫県の教育のメッカとなっている」となります。変わらぬのは五峰山の姿でした。
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