メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

綿矢りさ「インストール」

2022-09-06 09:03:13 | 本と雑誌
インストール:綿矢りさ 著  河出文庫(初出 2,001年)
先に新刊の「嫌いなら呼ぶなよ」を読んで、それではデビュー作を読んでみようと思った。
 
大学受験をひかえている女子高校生が、なにもかもいやになり、親になにも言わないで自分の持ち物を全部ゴミ捨て場に持っていき、不登校になる。ゴミ捨て場で会った小学生の男の子は彼女が持て余していたパソコンをもらっていいかといい、それを再生、男の子の家で内緒;の「仕事」を一緒に企てる。それはチャットを使った疑似風俗で、それで金儲けになればということ。
 
それぞれの母親、しだいにわけありということがわかってきて、見つかるかどうかというスリルよりは、二人がこの世界に入っていって、さて相手が見えない中でどうなっていくか。
著者が17歳ということは、考えない方がいいといっても多少は頭に残っている。それでも読み進むうちに、この幾分ませた二人の子の世界、読んでいるこっちもちょっと不思議の国にワープしているようになる。
 
さてどうなるかというところで、すっともとのところに戻ってくる。とはいってももちろん二人とも以前の二人ではない。
 
小説にはこういうのとは違うものもあって、主人公の思いを中心に、想念が深くなったりひねくり回されたりすると、たいてい最後は悲劇的なことになるか、無理して終結する。
「インストール」はそうでなくて、穴からポイっとでてきた軽さもあるが、生きていくということはこういうことでもあるかなと納得した。「嫌いなら呼ぶなよ」にも通じるところがある。
  
そうなるのはおそらく作者の文章の卓抜さによるのだろう。このところ、この数十年に書かれた作品、そんなに読んでいないけれど、一般的に文章としてのレベルは落ちていて、私でもこれはなんでもおかしいだろうという、句読点、接続詞、助詞などのレベルでつかえてしまうことが結構ある。いわゆる第三の新人の人たちも日本語より内容(?)だったのだろうか。
 
比較の対象ではないが、この20年ほど少しずつ読んできた谷崎潤一郎は、一部の作品など、句読点がなかなか出てこないにも関わらず、読み続けて違和感はなかった。
綿矢りさにもそういうところに通じる、日本語に関する意識があるのだろう。

 


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