不染鉄展 没後40年 幻の画家
東京ステーションギャラリー 7月1日(土)~8月27日(日)
不染鉄(1891-1976)という画家、これまでその名前も知らなかった。日本画を始めてまもなく伊豆大島・式根島に数年いたということから、田中一村みたいな?という想像をしたが、そうではないようで、戦前の作品の多くは朦朧体を使ったものもあり、ほのぼのとした風景、それも民家がたくさん並んでいるものが多い。このあたりは日本画の巨匠たちを見慣れていると、それらによくある「どうだ」という感がなく、押しつけがましくはないが、このまま?という感じがしていた。
そこへ一階下の第二会場で戦後の薬師寺東塔、富士山をはじめとする新しい画題のものになると、一気に不染ワールドともいうべきユニークでインパクトのある、しかも多様な作品群を見ることができる。
それらの中にも、多くの民家があり、それら一つ一つの背後に生命があることを感じながら入念に描き続けたことは一見して理解できる。
年譜によれば、村山槐多と親交があったようで、感じるところ多く、槐多の早死を悼んだようである。不染と槐多の画風を比べると、二人の不思議な縁を感じる。
画家の本名は不染哲治、珍しい姓である。
東京ステーションギャラリー 7月1日(土)~8月27日(日)
不染鉄(1891-1976)という画家、これまでその名前も知らなかった。日本画を始めてまもなく伊豆大島・式根島に数年いたということから、田中一村みたいな?という想像をしたが、そうではないようで、戦前の作品の多くは朦朧体を使ったものもあり、ほのぼのとした風景、それも民家がたくさん並んでいるものが多い。このあたりは日本画の巨匠たちを見慣れていると、それらによくある「どうだ」という感がなく、押しつけがましくはないが、このまま?という感じがしていた。
そこへ一階下の第二会場で戦後の薬師寺東塔、富士山をはじめとする新しい画題のものになると、一気に不染ワールドともいうべきユニークでインパクトのある、しかも多様な作品群を見ることができる。
それらの中にも、多くの民家があり、それら一つ一つの背後に生命があることを感じながら入念に描き続けたことは一見して理解できる。
年譜によれば、村山槐多と親交があったようで、感じるところ多く、槐多の早死を悼んだようである。不染と槐多の画風を比べると、二人の不思議な縁を感じる。
画家の本名は不染哲治、珍しい姓である。