一昨日はクリスチャン・ペンクラブの例会に行ってきました。帰りに三鷹の実家に寄り、母と久し振りにゆっくりおしゃべりしてきました。
先日連載した童話 「チャメとグレイ」はいじめの問題を扱ったものです。それに関連して書かせていただきました。
最近のいじめは、何の理由もなくいじめのターゲットにされる場合が多いそうです。つまり、だれにでもいじめの標的にされる可能性があり、今日いじめていた人が明日にはいじめられる側になることがあるのです。
個性的な人や少数派は、いじめのターゲットにされやすいということで、意識的に目立たないようにしたり、本当は違うと思っていても大勢の人が唱える意見に合わせてしまったりすることがあります。
学校などでは何かを決定するとき、よく多数決で決めます。そのこと自体は問題ないのでしょうが、大勢の人が正しいと思っている方が真理とは限らないこと。少数の意見が真理ということもあると知ってほしいです。
集団でいじめると、罪悪感をおぼえなくなります。ひとりだったらとてもできないことを集団だとしてしまいます。そして、いじめはどんどんエスカレートしていきます。いじめている人の中には、次は自分がターゲットになるのではないかと恐れている人もいるでしょう。
とくに思春期にさしかかる小学校高学年から中学生にかけてのいじめは、深刻な問題になっています。
ずっといじめにあってきたA子さんは、「この世界からいじめを一掃したい」と言っていました。わたしもそれを願いますが、いじめをなくすことはとても難しいです。人間の心の奥底には醜い思いが潜んでいるからです。
人のことを妬む思い、他者と比較して自分を優位なところに置いて安心したいという思い、憎しみなどがいじめをする者の心にあります。それは、潜在的には誰もが持っている思いかもしれません。
自分は何者であるか…… 『神様に愛される者、生きる価値ある尊い者である』(このことは、例外なく、すべての人にあてはまります)という自己認識を持つことが、いじめられてもつぶれてしまわない方法です。
以下は今、いじめにあって苦しみ、死を願っている人へのメッセージです。
たとい誰かから「人間じゃない」、「死ね」とか「消えろ」と言われても、その言葉であなたの価値がなくなるわけではありません。あなたがお母さんのおなかの中にいるときからあなたのことを知り、愛し、尊いと言って下さるお方がおられるのですから、誰が何と言おうともあなたは価値のある人間です。だから、死んではいけないのです。
神様はひとりひとりを個性ある者として造られました。そしてひとりひとり異なる才能を与えてくださいました。何の才能もない人はいません。隠れた才能に気づいてないだけです。ダメ人間などいません。人と比較してはいけません。神様はそのままのあなたを価値ある者としてくださっています。
いじめが続いてどうしてもつらいとき、大人の誰かにいじめられていることを話して下さい。
心配かけるから親にだけは話したくないと思っている人がいたとしても、ご両親は子どもが困り、苦しんでいるのならそれを知りたいと思っているのです。
どうしてもご両親に話せなければ、信頼できる大人に話して下さい。「いじめられるのは、いじめられる君にも原因があるんだ」なんていう人はダメです。ちゃんと親身になって聞いてくれる人に話して下さい。
どんなに絶望的に思えても、必ず解決の糸口がみつかります。誰かに話すことによってさらにいじめられることを恐れないでください。ひとりで悩まないでください。
苦しんでいるのは、あなたひとりではないことを覚えて下さい。あなたと一緒に涙を流して下さる方がおられることを知って下さい。あなたは、かけがえのない人です。あなたは愛されています。
空一面が雲におおわれていても、雲の上には太陽があるように、神様のあなたへの愛は変わりません。必ずこの辛い日々が終わり、トンネルから出られる日が来ますから、どうか生きぬいてください。
2008年11月18日の記事いじめにあわない方法もあわせてお読みください
同意してくださったのですね。
『アーメン』の言葉が嬉しく心に響きました。