生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

宇宙の果てにあるものは?

2016-04-05 16:19:11 | エッセイ
桜が満開になりました。土浦亀城公園の今日の桜です。お花見には寒い日です。

先日4年生のヒックンとつくばエキスポセンターに行ってプラネタリウムを見てきました。
「宇宙の果ての向こう側」というタイトルに惹かれました。
ところが始まった途端、睡魔が襲ってきてうとうと眠ってしまいました。「眠ったらお金がもったいないよ」というヒックンの声に起こされましたが、10分ぐらい眠ったようです。

いくら科学が発達しても、宇宙は謎だらけです。広大すぎて宇宙の全体を知ることはできません。ましてや果ての向こうがどうなっているか、想像するしかありません。果てがあるかどうかもわからないのです。

そもそも、宇宙はどうやってできたのでしょう。ビッグバン宇宙論を唱える人が多いですが、説明を聞いていると、偶然という言葉が何度も出てきます。
生命の芽生えた地球がどうしてできたのかも、偶然の仕業なのでしょうか……。

わたしは、偶然ということを考えません。
宇宙が、地球が、動植物が、人間ができたのが偶然であったとしたら、もしなにかがひとつ違ったら、自分はこの世界に存在しなかったことにもなります。
生命体のいる星が、地球ではなかったかもしれないということにもなります。

ここにいるのは偶然なのだから、わたしじゃなくてもよくなるわけです。それは悲しいですね。

わたしの存在が偶然でなく、必然だとしたらどうでしょう。誰かのために備えられていたとしたら。
いつか起こる出来事の中で、なくてはならない役目を担っているとしたら……。

神様は宇宙を創造し、地球を作り、人間を造ってくださいました。わたしやあなたのことも目的をもって造られたのです。偶然ではありません。この宇宙が偶然にできたというには、あまりにも不思議で満ちています。

あなたやわたしが今、生きているということは、ずっと前から神様によって計画されていたのです。

宇宙の果ての向こう側には何があるでしょう。わたしは、そこに神様がおられると思います。そして、あなたやわたしのすぐそばにも神様はおられるのです。

何のためにここに置かれているのか。神様はわたしに何を求めておられるのか……。広大な宇宙の中にいる小さなこの者にできることは何でしょう。




にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。