静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

天のマナ

2010年05月30日 | 天のマナ
 「信念と信仰」

 先日のあるニュース番組の特集で、「近年は政治家を始め、信念を通す者が少ない」ということが放映されていました。それが己の利益や己の職の安泰のためだけの信念ならば、通してもらっては困るのですが、国民主権であることを踏まえ、国民のためになることならば、その信念を通してほしいと思うのです。しかし、人間の信念というのは、揺らぎ変わりやすいことも認めるのです。「初心忘るべからず」と言われるほどです。

 私たちキリスト者のいだいている信仰は、そのような信念とは異なります。信念は自己の確かさに根拠を持ち、信仰は神の確かさに根拠をもつ事柄であるからです。信念を持つ人は自己の確信の固さが強さでもあり、限界でもあります。キリスト者の信仰は、自分のうちに絶対がなく、神の御手の中にあってすべてが保たれることを知り、それ故に大胆に願い、その結果与えられたものを最上のものと信じて受ける生き方であります。神の言葉を信じて、敬い、その恵みの御言葉にみずからを委ねて生きることを喜びとする者たちの姿であります。

この信仰のゆえに以下のみ言葉を告白し体験できるのです。
 「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」(ヘブル11:1)

2010.5.30
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