静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

天のマナ

2010年02月07日 | 天のマナ
 「でも → そうなんだね」 「自分のことばかりではなく」(ピリピ2:4)

 会話の中で、自分が話す言葉に気をつけて、どんな言葉が多いか注意してみました。そうすると薄々は気が付いていましたが、話し相手が考えていたことや感じたことを語った後、それに対するわたしの応答は、「でもさ」「それでも」「だけどさ」「そうはいっても」という言葉から始まっていたことが多いと確認したのです。気をつけていても、よく口からこれらの言葉がでるのです。考えが違う場合は、すぐに「受け入れる」ことは難しく考慮させられるでしょうが、「受け止める」ことはすぐにできるのに、「でも」は受け止めることさえもしないということです。

 できる限り「でも」ではなく、「そうなんだね」という言葉にしたいのです。「そうなんだ。○○さんはそう思うんだ。そう考えるんだ。わたしはこう考え、こう感じるよ」と、普段の生活の中で、相手の語る言葉とともに考えや感情を受け止めて、その上で自らの考えや感じたことを話せる者になりたいのです。そして、いろんな角度からの考え方による豊かな会話がなされ、共に受け止め、共に教えられ、主の栄光があらわされるためにさらに共に考え、主に喜ばれるものを共に築きたいのです。

2010/2/7

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