静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

主日礼拝説教要約

2009年02月08日 | 説教要約
「神の民が大ぜいいる」(使徒行伝18章1~11節)

 アテネを去ったパウロは、コリントに行きます。港町コリントは大商業都市であり、活気あふれる町でした。しかし、その反面、風紀は乱れておりました。

Ⅰ 人を通しての神の励まし
 マケドニア(ピリピとテサロニケ)の教会を心配していたことと、アテネでの宣教の結果が思うようでなかったことによりパウロは、意気消沈していました。しかし、神はそのパウロに対して、人を通して励ましを与えました。それは、プリスキラとアクラという信徒でありました。彼らはパウロの宣教の働きを経済的にも支えたのでした。また、マケドニアに行っていたシラスとテモテからの信仰の報告を聞き、パウロは再び宣教の情熱を与えられ、フルタイムで宣教をしたのでした。

Ⅱ 神の言葉による神の励まし
 ある夜、神の言葉がパウロに、「恐れるな、語りつづけよ、黙っているな」と語られました。再び使命を確認させる言葉であります。神様は、パウロに使命を与える時、その使命を全うする根拠を与えてくださる方です。「わたしがついている」「神の守りがある」「この町にわたしの民がおおぜいいる」です。
 こうしてパウロは励ましを受け、一年半福音伝え、コリントの教会が建て上げられたのでありました。

 私達も、使命をいただいています。その使命を神の励ましと神からの力により、全うさせていただきましょう。

2009/2/8 説教者 杉本守
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天のマナ

2009年02月08日 | 天のマナ
「喜び溢れるクリスチャン」

「あなたはニワトリですか?ワシですか?」と自問してみました。私はクリスチャン(キリストに属する者)として、どっちだろうか・・・・。ニワトリとは、立派な羽があるのに、たまにパタパタとするだけで、飛ぶまでにいたらず、時には甲高い声をあげ、地面を見てはついばむ。ワシとは、立派な翼を羽ばたかせ、風に乗り、自由に大空をかけめぐる。

 すべてのクリスチャンは、与えられた信仰の翼を広げ、聖霊の風を受けて、喜びの大空を自由に羽ばたくワシクリスチャンとされているはずであります。それは、罪赦され義とされ、神の子とされ、神との豊かな交わりを回復し、永遠の命をいただいているからです。これ以上の喜びの源はありません。しかし、私達は自分がワシクリスチャンであることを忘れ、ニワトリのように信仰の翼を休め、時々思い出したようにパタパタと、そしてまた、地上の世の細かいことに目を奪われてついばむ、ニワトリクリスチャンになっているのではないでしょうか。

 もう一度、救われている喜びに溢れ、ワシクリスチャンである自覚と恵みに生きていこうではありませんか。
 「わしのように翼をはって、のぼることができる」(イザヤ40:31)

2009/2/8
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講壇の花

2009年02月08日 | 生花

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