いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

関所ビジネスしかできないレコード会社は不要

2007年11月28日 | たまには意見表明
 私はロックをほとんど聴かないので名前しか知らないのですが、イギリスのロックバンド、レディオヘッド(Radiohead)が新作アルバムでレコード会社を全く使わないダウンロード販売を始め、話題を呼んでいます。何とダウンロード料金を自由設定として、「好きなだけ払ってくれればいいよ」としてあるらしいです。思い切った作戦ですが、これだけ話題になればプロモーションの効果は絶大だと思います。

 録音あるいは録画機材の進歩により個人レベルでも相当な品質のコンテンツを製作することが可能になりました。これは単に音質が向上したというだけではありません。アナログ時代のオープンリールテープやミキサーは操作性が悪く、職人芸的な専門家がいないと商品になるレベルのコンテンツを作ることが難しかったのですが、ダビングで画質や音質が劣化しないデジタルレコーダーなら、少し熟練すれば音符の差し替えだろうがレベル調整だろうがミックスだろうが短時間で可能です。

 しかもLP時代は不可欠だったカッティングマシンによる原盤(マスターディスク)作成やスタンパーによるレコード作製といった資本を必要とするプロセスが、CDあるいはDVDを焼くだけという誰でも出来る作業になってしまいました。レコード会社(関連会社を含む)に資本を集約しなければコンテンツができない時代は過去のものです。技術的に個人でできないと言うなら、レコード会社以外にも仕事を請けてくれるスタジオはいくらでもあります。

 次にプロモーションですね。レコード会社の大規模な宣伝活動、とりわけテレビやラジオ、有線放送への売り込みこそ個人ではできませんが、その代りにインターネットを使ったプロモーションが可能です。既に知名度の高いレディオヘッドの場合、これは問題にならないでしょう。それじゃ無名のアーティストは?レコード会社はすべての無名アーティストをプロモートしてくれるわけではありません。売りたいもの、売りやすいものを宣伝するだけであり、そうでない大多数の無名アーティストにとってはネットによる宣伝の方が有効です。

 こうなると、「レコード会社は何のためにあるの?」という疑問が湧いてきます。クリエイターやアーティストは資本力のあるレコード会社と契約することによりコンテンツを商品化してもらい、宣伝や商品の供給も面倒見てもらう代わりに、契約で著作権の多くを譲渡し、コンテンツの収益の大半を吸い上げられていました。レコード会社との契約を打ち切られる、というのは往時はすなわち収入が途絶えるということでした。「売れっ子だったけどレコード会社に干されて…。」などというパターンの映画やドラマを昔は度々見た覚えがあります。資本のあるレコード会社はアーティストの生殺与奪権を持っていたわけです。

 こんなアナログ時代に決まった慣行は、今となってはアーティストに不利なものが多く、アーティストの印税より原盤印税の方がずっと高かったり、ジャケット代というわかりにくい費用が引かれたり、CDが完売しても印税はその80%についてしか支払われない、など世の常識では理解しにくいものが残っています。高価なカッティングマシンやスタンパーが必要でしかも職人芸が要求されたLP時代と違い、CDやDVDには本来の原盤という概念はありません。しかしコンテンツの製作費用が下がったにも関わらず、レコード会社が昔と同じ取り分を確保している不誠実さを、音楽ライターの津田大介さんがわかりやすく解説してくれています。

 レコード会社は著作権の強化を主張する団体の有力なメンバーです。彼らは「クリエイターのために」著作権強化が必要としているわけですが、一皮剥いてみれば、「あるある」の失態で暴露されたテレビ局の実態と同じように、実はクリエイターやアーティストを安くこき使ってコンテンツを手に入れ、著作権を取り上げて独占販売するという「関所型のビジネス」を目指しているに過ぎません。このような利権を金にするビジネスモデルでは、コンテンツのリーズナブルで幅広い流通という消費者の利益は実現されにくく、質が低くても売りやすいものを売る、あるいはコンテンツを囲い込んで値段を吊り上げるといった消費者の不利益が横行しがちです。

 津田さんのコラムで批判されている通り、小泉政権下で竹中平蔵氏(2005年10月から2006年9月に総務大臣・郵政民営化担当大臣)の秘書官として働いた岸博幸氏が、その後レコード会社であるエイベックスの取締役に就任しながら総務省の政策を左右し、レコード会社側の立場を代弁しています。つまり、規制緩和を旗印にした小泉改革の少なくとも一部は、正反対の関所ビジネス強化をたくらむ人物に任されていたわけであり、竹中さんが総務大臣に就任した当時はその「豪腕」によりITの規制緩和が大きく進み、放送と通信の融合が実現すると期待された面もあるのに、一向に実現しなかったのには、実務を担当した岸さんの「活躍」もあったのだろうと推測されます。

 このような本当の「抵抗勢力」を排さない限り市場経済のエンジンは円滑に回らなくなります。岸さんの経歴を見れば竹中さんの慶應の後輩なのでしょうが、こんな人物を重用しておいて規制改革を唱えるとは、竹中さんも理解しにくいところがあります。岸さんこそIT分野における小泉改革を頓挫させた「獅子身中の虫」なのでしょう。

 レコード会社が本当にクリエイターやアーティストを適正に遇しているのなら、レディオヘッドのような「レコード会社抜き」の試みは説明がつきません。今回のダウンロード販売では購入単価も安いのですが、ほとんどが彼らの収入になるためビジネスとしては成立するのだそうです。これに興味のあるクリエイターは少なくないと思われ、レコード会社や著作権管理者が関所化した弊害の大きい日本でこそ、この試みが注目されるべきだと思います。
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