いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

休眠預金は真の「埋蔵金」なのか

2012年02月16日 | たまには意見表明
 政府は古川元久国家戦略担当相を議長とする「成長ファイナンス推進会議」において、銀行などの金融機関で10年以上出し入れのない口座の預金、いわゆる「休眠預金」を政府が活用できないか検討に入ったと報じられています。

 かつての郵便貯金においては、郵便貯金法第29条の定めるところにより、10年間出し入れのない口座は貯金事務センターより連絡の上、権利消滅となり預金が国庫に収納されていたことがありますので、休眠預金の国庫没収そのものが新奇な考えというわけではありません。銀行はなべて反発しているようですが、対象となる休眠預金は年間最大800億円程度ということです。総務省統計局のデータでは国内銀行の預金残高は500兆円ちょい、このうち休眠預金が主に発生すると見られる個人の口座は300兆円と少し。金額そのものは、銀行が真面目に反発するほどでもないな、という感想を持ちます。

 この休眠預金の活用は、元々新党日本や日本財団あたりから出てきたプランのようで、その経緯はBLOGOSのコラムに解説されています。東日本震災により多くの休眠預金が発生すると予想されている現状では、震災復興に休眠預金を活用するという趣旨はなるほど説得力があるように思います。

 休眠預金の国庫没収そのものは郵便貯金で前例があり、法律が整備されるなら十分に可能である。また震災復興を目的とするなら個人預金者にも理解が得られる可能性が高い。それに金額も銀行経営が揺らぐほどのものではない。それではなぜ銀行が強固に反発するか、と考えて連想したのが、池田信夫blog「約束の破り方」です。

 池田さんは経済学者ですから、ここで言う約束とは契約、協定などの法律上の履行義務を伴ったもの。とは言え、どうしても履行できなくなるケースは存在する。その場合にどう対応すればいいのか。これも経済学の一分野である契約理論で研究されてきたことだと池田さんは説きます。池田さんの言い方を借りるなら、日本の銀行は契約履行において実に律儀だということです。契約の不履行に対しては村八分などの恒久的な制裁、つまりゲーム理論で言うところの長期的関係で対応してきた日本社会で、それも信用第一の銀行が「お客様の預金」を反故にしろだなんて、これはもう金額の問題じゃないわけです。

 約束を守ることは確かに古代から讃えられてきた美徳です。とりわけ日本では雨月物語 菊花の約(きっかのちぎり)の如く、命を捨ててでも約束を守る態度こそ立派だとされてきました。しかし守れなかったらどうするか?「腹を掻っ捌いてお詫びを」も歴史的には一案でしょう。しかし社会に出て働いてみればわかるように、どうにもならないこと、あるいは約束を解消した方が双方に利益があることも少なくないのです。

 いわゆる医療過誤がテレビで取り上げられ、大きな問題になったことがありますね。確かに技量のない医師やいい加減な医療機関は断罪されるべきです。しかし医療過誤のかなりの部分は、「誰がどう見ても正確な診断はできない。学会に出しても意見が分かれるだろう。」という判断において、たまたま現場の判断が、後から見た最善の手段と食い違っていたことから生じるものであり、これを「医療ミス」と言われては診療行為が成り立ちません。最善の結果を提供できなかったのですから、失敗は失敗として次の診療に役立てる義務は負いますが、それをもって長期的関係による清算、つまり該当医師の刑事罰などの過剰なペナルティを要求する当時の風潮には強い反発を覚えました。そんなことをしても誰の利益にもならないからです。

 医師が刑事被告とされ逮捕された福島県立大野病院の産婦死亡事件では、マスコミの煽りもあり医師に対する周囲の処罰感情が極めて強く、「一生許さない」などの感情的な批判が渦巻いていました。その後、詳細な医学的検討によりこの医師が水準以上の技量と判断力を持っており、決して検察が指摘したような無謀な医療行為はしていない、と証明されたのは喜ばしいことで、全国の患者さんのためにもこの医師が早く復帰してその技量を発揮されることを期待したものです。その後どうなったかは存じませんが。

 このように悪意がなくても、命を守る約束ですら状況によっては履行できない場合があります。このような場合に医師や医療機関を長期的に罰しても、医療行為の萎縮や撤退に繋がるため、多くの患者にとっての状況はむしろ悪化します。失敗を追及することより、これからのことを考えるなら、無過失補償のような仕組みの方がずっと有効でしょう。

 政治においても当初と状況が変わって履行できなくなる約束は少なからず発生します。古くなった約束で利益を受けていた側からすれば、約束を反故にすることは許されないでしょう。ただしこれを配慮しすぎると利権化して、国益を損ないます。今回の休眠預金の事案は政府が「約束の破り方」、つまり適切な補償と引き換えに利権を取り上げる方法を模索しているものと解釈すれば、これから戦後70年近くにもわたって積もりに積もった利権構造に切り込む前哨戦として、なかなか興味深いものがあります。

 もっとも、政府が休眠預金を没収したからと言って、金額は震災復興にとても足りないものですし、役人がお金を効率よく使えるとも思えません。従って、休眠預金が本当の埋蔵金に化けるかどうかは、これを先途として農政や米軍基地問題、電波行政など利権の巣窟、言わば「古い約束のスパゲティボール」をばっさり断ち切れるかどうかにあると思います。現状でそんな勢いを感じさせるのは大阪の橋下さんだけですけど、目の付け所は悪くないように思いますので、野田さんや古川さんにも期待だけはしてみましょうか。
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