アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

忍法剣士伝

2014-02-24 21:42:20 | 
『忍法剣士伝』 山田風太郎   ☆☆☆☆

 山田風太郎の忍法帖シリーズの一つ、『忍法剣士伝』を再読。これは忍法帖の中でも18作目とかなり後期、しかも作者本人の評価はイマイチということで比較的マイナーな一篇だと思う。内容的にも王道というより奇をてらったキワモノ感が強く、従って忍法帖の初心者にはあまりお薦めできないが、忍法帖をあれこれ読んでから読むとなかなか味が深い一作だ。私は結構好きである。忍法帖の裏傑作と言ってもいいと思う。

 本書の第一の特徴は、まずタイトルに「剣士伝」とあるように、いつもの忍者たちの戦いではなく基本的に剣士たちの戦いであること(忍者も絡むけれども)、そしてその剣士たちとは歴史上実在の12人の有名な剣豪たちであるということ。実在の剣豪たちとはすなわち林崎甚助、片山伯耆守、諸岡一羽、富田勢源、宮本無二斎、吉岡拳法、宝蔵院胤栄、柳生石舟斎、鐘巻自斎、伊藤弥五郎、上泉伊勢守、塚原卜伝、以上12名である。私は時代小説はあまり読まないのでもともと名前を知っていたのは4, 5人だけれども、剣豪マニアなら誰しも瞠目する名前ばかりらしい。ちなみに富田勢源は佐々木小次郎の師、宮本無二斎は宮本武蔵の父、柳生石舟斎は無論、柳生但馬守や十兵衛の父祖である。

 一人ひとりが時代小説の主役をはれる端倪すべからざる剣豪たちを、十把ひとからげで一同に会させ、闘犬よろしく戦わせようという発想からしてもうバチあたりだが、更にその戦いの理由がもう、まったくもって冒涜的である。つまりこの12人が北畠家に集まった際、その目の前で、当家の姫君である旗姫が「忍法びるしゃな如来」にかけられる。これにかけられた女人は異常なフェロモンを発し、目にした男という男は色欲に圧倒され理性が消し飛び、しかも姫から一定距離内に足を踏み入れると必ず「あ、うっ……」と白目をむいて射精してしまう、というトンデモ忍法なのであった。ア、アホか…。

 で、12人の剣豪たちといえどもこれには逆らえず、密かに城を抜け出した姫を追いかけ、色欲の虜となって互いに血みどろの死闘を繰り広げる。一方、姫を守るのはまだ若い忍者、木造京馬ただ一人。この絶望的状況の中、旗姫と京馬の運命や如何に?

 言うまでもなく主人公は若くて健気な好青年の忍者・京馬であり、京馬は旗姫をひそかに慕っている。しかし京馬一人で12人の剣豪たちを(というか、たった一人だけでも)撃退することはまったく不可能で、彼の役目は時間稼ぎをして逃げ出す程度である。幸いなことに、剣豪たちはお互いに対決し合い、潰しあう。その組み合わせの妙が、まずは本書の読みどころである。

 たとえば最初に対決するのは林崎甚助と片山伯耆守だが、この二人は両者とも抜刀術の名手である。が、同じ抜刀術といっても林崎甚助はひたすら相手より早く抜いて斬る、という神速抜刀の名手であり、対する片山伯耆守は「敵に抜かせて、斬る」というしたたかさを身上とする剣士。この二人の抜刀術が真っ向からぶつかったら果たしてどうなるか、という興味で、この対決はいやが上にも盛り上がる。まあ言ってみれば、どの対決にもこういう面白さが用意されている。

 私は前述の通り剣豪に関する知識はほぼ皆無だが、そういう人にも面白さが分かるように山田風太郎はちゃんと解説してくれる。技の解説だけでなく、それぞれの剣豪がどういうキャラでどういう過去を背負い、どういう信条哲学のもと剣を修行しているか、なんていうこともたっぷり紹介してくれる。そのあたりはそれだけで面白い剣豪小説の要約といった趣きがあり、実のところ、私が一番面白かったのはこの部分だった。いやまったく、色んな剣士がいるものである。無論山田風太郎のことなので、中には「ほんまでっか!?」といいたくなるような説明もあり、それがまた愉しいのは言うまでもない。

 ところで、この12人の中でも上泉伊勢守と塚原卜伝は別格扱いで、ほとんど仙人である。もはや剣を抜かなくても人を斬れる。気合だけで人を倒せる。塚原卜伝が晩年、一芸の達人と言われて得意になっている人を見て「まだ手を使っている」と呟いたエピソードも紹介されているが、これぞまさに神剣士である。

 ちなみにこれら剣豪を相手に回し、旗姫に「忍法びるしゃな如来」をかけるのは忍者・飯綱七郎太で、彼を背後で操るのは他の忍法帖にもよく出てくる魔人・果心居士。飯綱七郎太は京馬の兄弟子で、旗姫に懸想している。が、旗姫は京馬のことが好き、とこの三角関係もなかなか興味深い。

 物語はラストに近づくにつれて悲壮の度を増していく。京馬は旗姫を必死に守るが、その行き着く先は愛する旗姫を織田信長の馬鹿息子に人身御供として差し出すため。一方、北畠家は信長の逆鱗に触れてもはや滅亡寸前、かつ、京馬は自分自身が「びるしゃな如来」の虜になって旗姫を襲わないようにするため、自らの両目を潰して盲目となってしまう。いやー、すごい展開だなあ。

 そして絶望と破滅と死に物狂いの希望が交錯するラスト、盲目の京馬は再び旗姫を連れて城を脱出する。城は焼け落ち、北畠家は姫一人を除き滅亡、もはや孤立無援。織田の軍勢は迫る。しかし、「姫のこれからの人生のすべてをお前に委ねる!」との殿の一言を胸に、夜を疾駆する京馬と旗姫。若い二人は走る、まだ見ぬ未来に向かって……。ハッピーエンディングとはお世辞に言えないけれども、このラストはある意味法悦である。破れかぶれの一方で、めくるめく陶酔の中にすべてが溶け込んでいく快感がある。忍法帖のラストは残酷なものやハッピーエンドなどさまざまだが、本書の読後感はまた格別だ。



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