アブソリュート・エゴ・レビュー

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Let The Right One In

2014-02-22 11:18:59 | 映画
『Let The Right One In』 Tomas Alfredson監督   ☆☆☆☆

 スウェーデン製の抒情的なヴァンパイア映画、『Let The Right One In』を観た。邦題は『ぼくのエリ 200歳の少女』という、まるでTVのワイドショーか週刊誌の煽情記事並みに悪趣味なもので、これを付けたあまりにもセンスが悪い配給会社の担当者はただちに職を変えた方が良いと思われるが、この邦題のせいで「安っぽいB級ホラー映画じゃねーの?」と疑った私のような人は、実は安心して観てもらってよい。これは静謐とスタイリッシュな映像とひんやりした不安感、その中に一抹の倒錯の美を織り込んだ、きわめて審美的な映画である。

 ヴァンパイア映画ということで多少ホラー風味があり、それなりに流血シーンはあるけれども、ホラー映画としては控え目で、はっきり見せるよりむしろ隠して想像させようという姿勢があり、そういうところもスタイリッシュだ。そしてもちろん、不安と恐怖の情緒がこの北欧のゴシック譚の美しさを深くする。

 夜空に雪が舞う導入部の映像から、この映画独特の凍りつくような詩情が画面全体に広がる。映像の基調は、雪と氷の白。さらにシンメトリックな構図、全編に漂う冷気がこの映画の静謐を研ぎ澄ましていく。物語は少女と見まがう色白、金髪の少年と、黒髪のミステリアスな少女の出会いから始まる。少年は学校でいじめを受け、少女は夜しか遊べない。少年は夜のジャングルジムで少女にルービック・キューブを手渡す。そこから友情が始まり、しだいに心を通わせていく二人。一方、少女のまわりで変死事件が頻発する。少女の世話をしている中年の男は殺人未遂で捕まり、自らの顔を酸で焼く。少女は男の病室の窓を叩き、男の首筋に顔を埋める。少女の唇は血で真っ赤になる。男は窓から墜落して死ぬ。「君はヴァンパイアなの?」と少年が訊く。「そうよ」と少女。「嫌いになった?」少年は首を振る。

 少女は少年に、いじめっ子達に無抵抗でいるのではなく、殴り返すようにアドバイスする。「でも、相手は何人もいるんだよ」「だったら余計にそうしなくちゃ。それでもいじめが終わらなかったら、わたしが手伝ってあげる」

 少年はいじめっ子を殴り、いじめっ子は怪我をして泣き崩れる。一方、庇護者を失った少女の身辺に危険が迫り、少女は町を去る。再び孤独の中に自分を見出す少年。彼がプールにいると、いじめっ子達が復讐のために戻ってくる、年長の不良少年を連れて。不良少年はナイフをひらめかせ、目を抉り出すぞと脅す。少年の頭を掴み、プールの水の中に沈める。その瞬間、少女が戻ってくる。彼を助けるために、そしておそらくは、二度と離れ離れにならないために。

 ストーリーに大きな起伏がある映画ではない。少女の身の回りでいくつも起きる殺人、少女のために殺人を重ねていた中年男(この男の素性は映画の中では説明されない)の死、そして少女が襲った中年女性がヴァンパイア化し、太陽光に当たって燃え上がる、などホラー風のエピソードはいくつもあるが、それらは静謐な中に淡々と積み重ねられるだけだ。ひょっとして後半、少年と少女が町の人々に追われて逃亡することになるのだろうかと思ったが、そんな展開にはならなかった。そういう意味でも静かな映画だ。ただし少年に悪質ないじめを仕掛けるいじめっ子達の存在が、エンタメ的なラストのカタルシスを担保している。『キャリー』方式だ。しかも、ヴァンパイアである少女の逆襲はすさまじい切れ味、壮絶さで、観客の度肝を抜くこと必至である。

 特撮がいかにもCGバリバリでないところも、個人的には好感が持てる。かなりアナログな工夫で撮影している感じがするが、その抑制がむしろこの映画にはふさわしい。特に最後のプールの場面は、簡単な特撮とアイデアを組み合わせ、全体を見せないで観客の想像に委ねる手法で、あっと驚く効果を上げている。非常にスタイリッシュであるために、逆に血みどろのバイオレンス・シーンを期待している人には肩透かしかも知れないが、とにかく、こんな斬新なアクションシーンは他で見たことがない。

 それから先に「一抹の倒錯」と書いたのは、この少女は実は去勢された少年、との暗示がこの映画の中にあるからだ。少女は少年に向かって何度か、「もしわたしが"少女"じゃなかったら?」と問いかける。私は最初これを、普通の"少女"じゃなくヴァンパイア、という意味に解釈したが、少女の着替えを覗いた少年がその局部にある傷跡を見る場面があり、これは少女が去勢された少年だとの暗示と思われる。

 しかし映画が暗示するのはそこまでで、少年と少女の関係性も、愛情も、何も変わらない。少女はやはり少年のガールフレンドであり続ける。だから少女を少女として見ても物語上何の不都合もないが、もし少女が去勢された少年だとすれば、そこに複雑なニュアンスが醸成される。単に倒錯的な美というだけでなく、彼らの年代ではおそらく、性の違いはそれほど重要なことではないのだ。少年は少女に容易に変換され得るし、また少年少女同士の愛情は性を超える。彼らは世俗の垢にまみれた大人になる前の、いわば天使的な世界の住人なのである。日本版DVDでは着替えの場面にぼかしが入っているという噂もあるので(ここにぼかしを入れる意味がまったく分からないが)、参考までに書いておく。

 大傑作とは言わないが、独特の抒情性と美意識で魅せる、ヴァンパイアものの佳作である。冬の夜長に似つかわしいフィルムではないだろうか。



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