あられの日記

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北インドの旅8日目午後から帰国まで

2016年04月16日 06時20分33秒 | インド旅行記
仏教の聖地サルナート観光を終えてバスが出発したのは午後12時半でした。
バスはランチへ向います。サルナートからヴァラナシの街まではわずか8キロなのですが、渋滞にはまってしまいました~。おそらく今度もどこかで停電でもしてるのか?午後の早い時間に停電に行き合うのは過去3回。4回目ともなれば旅人は慣れっこです。ならば暇つぶしに車窓ウォッチングでもするかな?

井戸発見!

街角の軽食屋さんですが、注目して欲しいのは左奥の赤いシャツの人です。IPhotoで明るさ調整したのですがこれ以上は白トビしますので諦めた!見て欲しいのは店が高床式なところです。やっぱ暑さ対策なんですかね?ファテープル・シークリーの高床式ベッドとか高床式王座に通じるものがあるような。道ばたでこの形態の店が多くありました。何とか撮影出来ないものか…。

何か違和感があるなあ~?と考えてしばし画像を眺めて気付く。この道幅なら日本だと道路に白線があるよな?歩道とか道路の真ん中に。あとこの道はもしかしてアスファルト張りじゃないのか?

いよいよ渋滞も極まり、殆ど進まなくなった!車窓云々というより同じ進行方向に進むバイクを観察するしかなくなった!だって進まないんだもの~。ってか!バイクに普通に3人乗りしてるのな。女性はよこ座りだし。見える範囲でバイク3台で8人乗ってるのに、ヘルメットかぶってるのはたった一人ってどうゆう事なのか??
ん?奥に黒い牛も座ってるね。もう見慣れたけど。

右奥に警察の人が何人もいます。どうも座ってる人とテントの間に警察の施設がある模様です。この程度の渋滞は茶飯事なのか、交通整理もしない。というか、よこ座りの女性も当たり前のようですね。サリーを着てバイクに跨がれないので横座りするしかないのだけれども。

ずっとバスに並走してる黄色いトラックがいるの、気付きました?渋滞だから追い抜く事も出来ないのな。まあだから乗り物ウォッチしてるんだけどさ。オートリキシャに何人乗ってるんでしょうか?前に乗るのは運転手だけじゃなかったんかい!白い服の人はよく落ちないなあ~?絶対半ケツ座りだよね。ンでもって身体は殆ど外!
2016.4.26デジカメ画像を画像追加しました。


ハイ出た!ボロボロのバスです。どこまで壊れたら直すんだろうか?たま~に、それ廃車しないのか??ってのが紛れてますね。

おおっ!!高床式の店がありました~!!渋滞してるからこそ撮影可能です。この形態の店はほとんど道路端にあり、何度も見かけていたのですが、見つけた時には既に行き過ぎてるのを繰り返してて今まで撮影出来てなかったんですよ。何気に嬉しい1枚になりました!

交通整理の警官です。交差点だと思われる。でもさ、画像には信号機のある気配ないよね?右手にショボい街灯は見つけましたが…。

私の足はマイフェイバリットな青い自転車です。もう10年以上愛用のチャリです。しかしですね。マイフェイバリットな自転車にこの量の荷物は絶対にムリ!なぜにインドの自転車は力持ちなのか?普通パンクするよな~?謎だわ~。

サリーの女性ですが、3人ともサリーの着方が違いますね。サリーの着方って実はバリエーション豊富な模様です。オレンジと濃紅色のおばさんの着方が年配女性の着こなしだと思うんだが…。どうやって着てるのだろうか?いやね。昨日サリーを購入した時におまけで『サリーの着方』のコピーをもらったのですが、スタンダードな着方しか載ってなかったのね。買ったならば着たいじゃないかっ!私が着るならおばさんの着方だろう?とか思いまして…。車窓にサリーを着た人を見つけるたびに観察してしまいます。

インドらしい画像がゲット出来ました!渋滞万歳っ!シャッターチャンスを逃がさないって素敵です。私の反射神経でも撮影が楽だわ~。

渋滞時間が長いので、ガイドさんが暇つぶしに世界一有名なインド人ガンジーさんのお話をしてくれました。
『ガンジーは1869年、西インドのクジャラート州の藩国の宰相の息子として産まれる。
13才で生涯の妻と結婚。
18才で弁護士になるべくロンドンに留学。
卒業後の1893年、南アフリカ連邦へ。南アフリカで22年間過ごす。
やがて南アフリカの有色人種差別が激しくなりインドへ戻り、ムンバイに住む。
1914年第一次世界大戦勃発。
戦後もイギリスのインドへの植民地支配が続き、自治の拡大は進まなかった。ガンジーはイギリスからインドの独立を目指すようになり不服従運動をする。
ガンジーはカーストの下位の人を支援したが、カースト制度をなくそうとはしなかった。(この辺りはカーストと職業の記事で紹介しました)
やがて第二次世界大戦勃発。
1945年9月、イギリスは戦勝国となったが、国力は疲弊。本国から遠く離れた上に独立戦争が続くインドを植民地として支配して行く事が困難となり1947年8月15日にインド独立。しかし、ガンジーの「ヒンドゥーとイスラムが融合するインド」とはいかず、インドからイスラム教徒の国となるパキスタンが分離独立した。
1948年1月30日、ヒンドゥー教徒の過激な原理主義者により暗殺。享年78才。
ヒンドゥー教徒のガンジーの遺灰は、ガンジス川とヤムナー川(アグラの街を流れるガンジス川最大の支流の川)にまかれた。オールドデリーにガンジーの墓はあるが、中には何も納められていない。』
世界一有名なガンジーさんなのに、ヒンドゥー教徒だからお墓ないんですね。
孫文のお墓とかすんごく立派なのにさ。信じる宗教の差ってこういう事?
ちなみに、インドの紙幣は必ずガンジーさんの顔がついています。しかし今ではガンジーさんの考え方は古過ぎて共感する人もいないとガイドさんが言ってました。
あ。バスがどこかのホテルで停まりました。今日のランチもホテルのレストランの模様です。
時刻は13時20分。って!!確かサルナートとヴァラナシって8キロしか離れてないんだよね?移動に50分かかるって…。インドって…。
はっ!てか、私のサリーブラウスがここで手渡しのハズだった!今度はちゃんと出来てるんだろうなっ!!もうやり直す時間はないんだよっ。頼むよ~。

13時20分、ホテルのロビーでヴァラナシシルクのお店のおじさんが待っていた!
よ。良かった~っ。
ハッ!!安心するのはまだ早いっ。もうね。恥ずかしいだとか言ってられません。すぐにブラウスと半袖Tシャツを脱いでランニング姿になりサリーブラウスを着てみる。
~~~~~今度は大きいんですけど~??
何つーの?購入の時に採寸した意味ないよね?でも大きいならマシだ。自力で詰められるかもしれんしな。
とはいえ、シルエットチェックはしておきたい。お店の人を待たせ、とりあえず鏡のあるトイレへ向う。
見た!やっぱり変!脇がだぶついているやん~。
もうね。妥協するしかないな。
って事でお店の人に「OK」を出して受取完了です。はあ~。
今からインドに行くみなさん。インドで服を作るのはありですが、必ず受け取る時にフィッテングを確認するのを忘れずにね。
さて。お昼ご飯~。

今日は中華料理です。ビール500ルピのお店です。ってか。ウェイターさんがガンガン皿に料理を載せて回る!
そ・そんなにたくさん食べられないよ~。

おそらく渋滞にハマった時間が長かったからね。レストランに予約してた時間より到着が遅れたんだろうね。次の客の予約時間が近づいてるようで、レストランは早く追い出したいのかな?もしくは空港に到着予定時間に遅れないように、添乗員がレストラン側に頼んだんじゃないかな~?
頑張って食べてる間にも、ウェイターさんはどんどん皿に盛ってくれ、あっちゅー間にデザートとマサラティが運ばれて来ました。
なんつーの?天かすのシロップかけとバニラアイス?
う~~む。カロリーどんくらいなんだろうか?原価は安いだろうが…。
30分でランチタイム終了です!
また車窓ウォッチング開始です。

道ばたに果物屋さん。毎朝フルーツ積むんですかね?大変そう~。







ガソリンスタンドです。初めて見た気がするわ~。

15時ヴァラナシ空港到着です。ここでスーツケースを預けたら、成田までスルーです。そしていつもの如く時間がかかる。
まずはパスポートを添乗員に預けて続きを待つ間に旅人は空港内のお店をチェックする。搭乗券が配られてたらまたまた保安検査にそこそこ時間がかかり、搭乗時間まで自由行動です。ヴァラナシ空港には布屋さんが3軒もありまして~。うち2軒の取扱い商品はほとんど同じ。そして気付く。
もしかせんでもジャイプールで4枚35ドルで買ったシルクのロングスカーフを1枚5ドルで売ってる!!ええ~??空港で買うのって値段上乗せして高いのが普通じゃないの~~??
するとそのうちの1軒は「スカーフ1枚500円!」と呼び込みが…。マ・マママママジでぇ~~??
ああ~。残ったドルはスーツケースに入れてしまった~。予備の5ドルしか持ってない~。

選びに選び1枚購入しました!つーかこれしか買えなかった~。
でかいです。一辺が98センチあります。当初から壁に飾る用に購入しました。帰国後アマゾンで額を検索したら、1辺100センチにもなる正方形の額はとってもお高く…。500円で購入したスカーフにそんなにお金は掛けられない!って事でキャンソン紙で土台を作り糊でスカーフを貼付けました!スカーフは元々壁に飾る用として購入したので後悔してません~。

17時搭乗開始。17時45分定刻にフライト。

まさかの機内食が出て来ました~。ええ~~っ!!
今回の搭乗機は、ヴァラナシからデリーの直行便です。フライト時間はわずかに90分しかないんですよ。それで機内食って…。エア・インディア太っ腹!

今回も通路側の席をお願いしたのですが、3人席の向こう。窓の外の夕焼けが綺麗でした。実はこの後寝落ちしちゃいまして~。ダンナに起こされた時には既に着陸してた。デリー到着、定刻の19時15分でした。
さて、実はここからが大変でした!この後国際便の乗継ぐのですが、手続きが一々時間がかかるのですよ!まずはエア・インディアに列!全然進まない~。荷物がとても重くくじけそうになる。
エア・インディアの受付を終了した後でガイドさんとお別れです。
もうね。毎朝Q&Aをかけた私は、とてもお世話になり本当に嬉しかったです。もしまたインドに旅行来る事があれば、その時のガイドさんはまたランジットさんがいいな。心からお礼を言ってお別れです。
その後が更に大変でした!次は出国手続きです。これがもう全く進まない!並んでるのに窓口が少ない!軽く小一時間並んだ気がするわ~。ンでもっておそらく私がツアーの中でほぼ最後で出国手続きが終わった気がします。
でもまだだ!まだ保安検査が待っている!ここでダンナと私が男性側女性側に別れてチェック。女性は小さなBOXで係員の身体検査があります。これは国によって選抜でチエックしたり機械でチェックするだけの国もあるのに~~~。
そして全てのチェックが終わった時、ダンナの姿はなかった!しかも既に搭乗時間が過ぎている…。
そんなんあり~~??この時点で時刻は21時15分でした!つーかさ、21時15分ってそれ、フライト時刻なんですけど~~??
ええ。エア・インディアと出国手続きと保安検査だけでまる2時間かかってるんですよっ!
もうね。ダンナを探してる場合ではない!一刻も早くゲートへ行かねばなりませんっ!!
私悪くない~~~っ!!
ってか、インディラガンディー空港の国際線の免税店とかインド土産の店とか見たかったのに~~~っ!!
横目に見るのも時間が惜しく、出発ゲートへ走ります。これがまた遠い遠い!
既に夜のお薬を飲む時間も過ぎてしまい、めまいがあるのに脇目もふらず歩くんだよ~~。更に詰め込めるだけ詰め込んだリックサックとショルダーバックが重い(だって2時間ほぼかつぎっ放しだしさ)何が言いたいかというと、つ~ら~い~~。
ヘロヘロになる頃ようやく出発ゲートに到着しました。既にフライト予定時刻は過ぎてましたが、手続きが終わってない乗客多数!なので、搭乗機もちゃんといた~。ダンナもいた~。ツアーの人全部いた~~。
私、悪くない~~~っ!!
へろんへろんでなんとかかんとか搭乗機のシートに座り、ダンナと旅の感想を言い合った所でそこから先の記憶がないっ!
ええ、遂に寝落ちですわ。あれだけ寝られなかったのが嘘みたいです。
次にダンナに起こされたのは機内食の時。飲み物とおつまみを配るパーサーさんが横にいた!んでも殆ど熟睡してたからね。もらったオレンジジュースをこぼしたのは覚えている。その後どうなったか記憶にない!
んで、またまたダンナに起こされたのはメニュー選択でした。時刻は23時30分

どうせ食べないのでベジカレーをオーダーしました。
ボケボケの画像ですみません。こんな感じの機内食でした。ほとんど手つかずのまままた寝落ち。
本当はね、機内で旅のメモの整理やネタをまとめたり、記憶が鮮明な間にじっくり書き出すべくリュックサックの中に筆記用具と記憶補完の為にガイドブックまで用意していたのに…。寝落ち!あ・あり得ない…。あの時の私を殴ってやりたいぜ。
しかし次に起こされたのも真夜中の午前3時です。2回目の機内食提供のお時間です。

もちろん手つかず。すぐ就寝。ってか、後々思えばクロワッサンサンドとかロールパンとか持ち帰りすれば良かったわ~~。朝食は必要だもの。
そして成田空港到着は定刻の朝8時(時差プラス3時間半の時計の針を進め日本時間に戻しました)でした。到着直前にようやく~~ってか、もしかしてダンナに起こされました!うををををを~~っ!!せめて旅仲間の住所とかメールアドレスだけは聞き込みしておくつもりだったのにぃ~~。
デリー~成田間の所要時間は7時間15分もあったのに、まるまる寝落ちするとは…。もう年かしら~?ってかインド滞在中連日4時間程度しか寝てないから当たり前でした!
前日、添乗員発表の天気予報によると、2016年2月21日の東京の天気は雨。最高気温13度・最低気温11度でしたが、幸い雨は止んでました。傘を使わなくていいようなので、折り畳み傘はリュックサックの底に入れたままでOKですわ。でもさ前日のヴァラナシでは半袖Tシャツだったのですよ。長袖ブラウスは既に機内で重ね着してますけど。冬用のジャケットも着込みましたけど。11度だとこれでは寒いのです。既に降りる準備万端整った乗客の中、いそいそとリュックに詰め込んだ圧縮袋からセーターを取り出し着込みました!
ンで~。トイレだっ!生理中なのにまるっと一晩寝落ち!!ないわぁ~~。
って事で、日本に到着して真っ先にした事はトイレを探す事!ここでツアーメンバーとはぐれてしまいまして…。
日本の通関手続きはあっちゅー間です。
入国審査手続きの場に既にツアーメンバーの姿がないっ!
マジでぇ~~??
そのままダッシュでスーツケースのターンテーブルに急ぐ。と?
まさかの既にスーツケースが出てるじゃあありませんかっ!!
あのインドで2時間かかったのは何だったのか?いやね。朝到着便が少ないのもあるんだろうけどさ。あまりの違いにびっくらポンですわ…。
凄いわぁ~ニッホン!こんなに便利だったのね。
ああっ!驚いてる場合じゃないわ~。まだスーツケースの出るのを待ってるメンバーを探し、急いで住所とか連絡先の聞き込みをしましたが、時既に遅しです。一組お二人様しか連絡先が聞けなかった!あ~、カンジス河の舟の上で写した写真を渡せない~。凹む。
いや!凹んでる場合でないっ!ダンナが追いつめられてます。
ダンナ「思った以上にスムーズだったから、午前中に出勤出来るかも?」
そうなのね。旅の間毎日Facebookを楽しんだダンナに、アグラのホテルで後輩から「可能な限り早く出て来て!」と無茶ぶりの書き込みがありましてね。この後出社しないといけないのです。
本当なら旅仲間に名古屋在住の方がいて、上野の美術館を見たいと言ってたから案内してあげたかったんだけどな~。そういうの得意なんだよな~。上野なら東照宮とか上野大仏とか彰義隊の石碑とか西郷さんとか滝廉太郎が作品発表した音大の奏楽堂とかかつて帝国図書館だった国際子ども図書館とかとかとか。案内したい場所が目白押しなのにぃ~~。しょうがないよね。
この先は本来なら空港バスが楽なんだけども、地下の京成の切符売り場へ急ぐ。
出発が一番早い便の切符を購入したのですが…。

これさ。成田発8時39分のモーニングライナーじゃん!つーか、もしかせんでも出発時刻の遅い京成スカイライナーの方が先に日暮里に着いたんじゃ…。
ヤバいっ!!ダンナには内緒にしておこう…。
8時39分成田発だと日暮里到着は9時47分だもの~。
って、気付きましら?8時調度に飛行機が到着して、8時39分発の京成に乗れるんですよっ!ああ。日本の空港って素晴らしいですねっ。
さてと?日暮里からJR山手線と小田急を乗り継いでなんとか午前中に家には着けるけどさ。
私「会社に直行するなら、アンタのスーツケースも私が押してくけどどうする?」
ダンナ「それはいいねって~~~~。ダメダ~。家にパソコン機材がある~。一旦帰宅しないと仕事にならない~」
って事で、仲良く二人で帰宅することに。
帰宅後すぐにダンナは会社の人へのばらまき土産のスナック菓子を持って飛び出して行ったけど…。
そして夜9時に「いまからカエルコール」があったのに、ダンナが帰宅したのは午前様だった。おそらく小田急で寝落ちした模様です。私はエア・インディアの中でほぼ全ての飛行時間を睡眠にあてたので大丈夫だったけどさ。ダンナ、何してたんですかね?映画でも見てたか??
呆れたのがイカンかったのか?翌朝二人揃って寝坊しました!「うわ===っ!!」ダンナの叫び。どうやら遅刻で減給になる模様です…。何やってんでしょうか?しかしダンナを笑えない。うっかりうたた寝した結果、私も次に起きた時にはすっかり風邪を引いていたのです。
最後はしまらなかったけど、とっても楽しい旅でした!次の海外旅行先もインドがいいと思う程に。
さて、北インド旅行の旅日記は今日が最終回ですが、明日もまだインドの記事が続きます。明日の記事はガンガーの岸辺からバスまで歩いた時の撮影画像を時系列で貼付けました!もうね。混沌とするインドがまるっと見れていい感じだったのです。お楽しみに~。

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