ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

雑感

2009年02月19日 | ノンジャンル
「歯医者」

昔から嫌いだったが、何より治療費が高いというのが、
家計に負担をかけると気にしていた。
長年、虫歯や歯痛には悩まされた。

自分で稼ぐようになってから、治療を受けてきれいに治した。
それから定期的に検診を受けて、メンテしている。

食べるという事は基本だから、しっかり噛めることは
大切であると本当に実感している。
噛めない歯で食事を楽しむことはできない。

今や食事が大切な楽しみの一つである以上、これからも
大事に歯の手入れをしていきたい。


「MとW」

人生、良い事も悪いことも半々といわれるが、M型か、
W型かどちらが良いか?
上昇、下降、上昇、下降のM型か、
下降、上昇、下降、上昇のW型か。

肉体的にはM型が普通なのだろうが、精神的にはW型で、
上昇の気魂の中で逝きたいと思う。


「胎内記憶」

始めから終わりまで陰鬱とした曲には滅入るが、どんなに
明るい曲でも、どこかに哀愁を感じることができれば、
その人の感性が成熟してきている証左だろう。

生まれた頃の曲は、その後聴き覚えがあるから懐かしく
感じるのだろうが、自分の生まれた年の頃の曲を聴いて
みると、何となく母親のおなかの中で聴いていたような
気がする。

これも珍しいフランスの曲だが、ひょっとすると母親が
好きで聴いていたかもしれないと思うのである。

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ところで、胎内の安心から一転、産道を通って苦しみながら
生まれ出た嬰児が不安や不快、空腹で泣くのはわかるのだが、
耳も良く聞こえない、目もまだ開かない時期に笑うのが
不思議で仕方がなかった。

何が嬉しいのか楽しいのかさえわからない時期で
あるはずだのに、笑うということは、何か記憶を持って
生まれてきたのではないかと、飽きもせずにその顔を
眺めていることも多かった。

そして、言葉も話せない幼児が、幼児同士で確かに何らかの
コミュニケーションを取り、仲良くしていたり、
わかりあっている様子は、これまた不思議であった。

五感の発達と成長とともに、そのもともと備わっていた
感性というか能力が退行していくのであろう。

不謹慎ながら、五感のいずれかに障害を持つ人は、
それを補って余りある潜在能力を開花させているの
かもしれない。


「自分の目で見る」

情報技術の発達により、座していて様々な情報を簡易に
得ることができるようになったが、実際に現場を見て
状況を確かめるという基本的なことが徐々に蔑ろに
されてきている。

これは、ひとつ情報が誤っていれば、その影響する
ところは甚大で、致命的な弊害をもたらす可能性もある
ということを認識した上でないと、非常に危険である。

空理空論で机上の議論を繰り返すよりも、実際に現場を
見て確かめ、その上で判断、決定をする原則を見直すべき
時期に来ていると思われる。

もちろん、全ての現場を訪れて確かめるというのは物理的に
不可能ではあるが、それでも、大切なことは自分の目で見て
確かめるという原則に変わりはない。

氾濫する情報に蠢動されている自身に気がついたなら、
現実を直視して、実際を確かめるほかはないのである。

全ての情報に懐疑的になる必要はないが、疑問を感じる
ものには自らの行動で確認し、判断する姿勢を常に
持ち続けたいと考えている。



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2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (heart)
2009-02-19 20:30:45
mとwなんてうまいこといいますね。
あたしはmで(笑)。
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Unknown (jetlinks)
2009-02-19 23:28:50
heartさん、そのMは、意味が違うのでは? ^^

saikiさんもMですね。

え? お名前の話ですが、なにか? ^^


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