ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

雑草

2011年05月27日 | ノンジャンル

雑草は強いから、どこにでも生えてくるのではない。

過酷な環境に耐え、踏みつけられ、刈られ、
引っこ抜かれてきた経験が、コンクリートやアスファルトの
割れ目からでさえ芽を出す生命力を育んできたのである。

人もまた、苦難によってこそ成長がある。

初めから強い人などいない。
乗り越えていくその苦闘の中に、強さというものが
育まれていく。

それは、他者をなぎ倒して、今の自分を高い位置と
することとは根本的に違う。
自らが一ミリでも、一歩でも前へ進もうとする
力なのである。

強ければ強いほど、他者に優しくなれるのである。

雑草という草はない。 それぞれにちゃんと名前がある。

どんな苦境にあっても、それぞれの芽をだし、
それぞれの花を咲かせていけばよい。

自分らしくというのは、そういうことなのである。