6月1日は私の原点の日である。
毎年、この日だけは必ずクリニックへ行き、処置室で
あの日のことを振り返る。
それがまた、新たな一年を過ごす上で、大きな力にも、
支えにもなってきた。
今年も、その日がもうすぐやってくる。
ところがどうやら、出張で、その日に通院どころか、
日本にいない公算が高くなってきた。
初めての事ではあるが、それはそれとして、改めて節目を
しっかりと心に刻みなおす気持ちに変わりはない。
もうあれから6年。
中学にあがったばかりだった娘は大学生。
小学生だった息子も高校生。
如何に生きるかを、これほど真剣に自身に問いかけた
年月はそれまでなかっただろうと思う。
そして、これからも、その問いかけがやむことはない。
その時に、最善と出る応えを、ともかくも具体化していく
他はない。 修正もやり直しも、具体的な行動によって
得られた結果を基にしなければ始まらない。
また私の新たな行動の一年が始まる。
毎年、この日だけは必ずクリニックへ行き、処置室で
あの日のことを振り返る。
それがまた、新たな一年を過ごす上で、大きな力にも、
支えにもなってきた。
今年も、その日がもうすぐやってくる。
ところがどうやら、出張で、その日に通院どころか、
日本にいない公算が高くなってきた。
初めての事ではあるが、それはそれとして、改めて節目を
しっかりと心に刻みなおす気持ちに変わりはない。
もうあれから6年。
中学にあがったばかりだった娘は大学生。
小学生だった息子も高校生。
如何に生きるかを、これほど真剣に自身に問いかけた
年月はそれまでなかっただろうと思う。
そして、これからも、その問いかけがやむことはない。
その時に、最善と出る応えを、ともかくも具体化していく
他はない。 修正もやり直しも、具体的な行動によって
得られた結果を基にしなければ始まらない。
また私の新たな行動の一年が始まる。