三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

大倉幸宏『「昔はよかった」と言うけれど』(3)

2020年12月26日 | 

戦前は高齢者を大切にしたり、お年寄りに敬意を払っていたのかと思っていたら、大倉幸宏『「昔はよかった」と言うけれど』には、高齢者を虐待し、死に至らしめる事件が紹介されています。

親を置き去りにしたり、行政の担当者が保護を求めた老人を遺棄することもあった。
養老院の経営者が配給品や寄付を横領して暴利をむさぼる。

高齢者の自殺も多かったです。

我国自殺の特徴として、高齢者の自殺の夥しい高率という事実がある。六十歳以上の老人の自殺率は我国が何処の国よりも高い。(読売新聞1934年11月29日)


1940年に自殺で亡くなった65歳以上の高齢者は2054人、2000年の統計では7550人。
10万人当たりの死亡率では、1940年は59.5、2000年は34.3で、1940年のほうが高い。
1940年の自殺率は、全年齢層が13.7、80~84歳だと88.2、85歳以上は94.1と高齢になるほど高い。
戦前の日本が高齢者にとって住みやすい社会ではなかったことはこの統計からも想像できる。

核家族化の兆候は戦前から現れていました。
1920年の国勢調査によると、「夫婦+未婚の子」の世帯が約40%、「夫婦のみ」を含めると半数以上の世帯が核家族だった。
三世代同居の世帯は約23%を占めるにすぎない。
平均寿命が短かったため、三世代がそろう状況が生まれにくかったという背景もある。

「昔はよその家の子供でも悪いことをすれば叱っていた」と言われるが、子供のしつけが厳しかったわけではないそうです。

従来の風習として、我々日本婦人は他人の子供の悪いことをしているのを見た場合、彼等に対して決して親切な態度をとりませんでした。先ず悪戯をしている子供と何の関係もない者であると、子供の仕ている事が、いかほど悪いことであろうと、知らない振りをして通り抜けてしまって、蔭でその子の悪口をでもいう位のことです。もしまた、子供の家と自分とが親しい間柄ででもあると、心掛のよい人は偶々それを制すであろうが、先ず多くの人は、そうはしません。子供の仕ている悪戯が悪いことだと承知していながら、無用な遠慮心から、それを制することなく、妙な処に妥協して、そのままそれを黙過してしまいます。(帆足みゆき『現代婦人の使命』1929年)


かつての農村の家庭や都市部の下層から庶民層にかけての家庭では、親が子供を叱るのは、家の仕事や手伝いに関する場合のみで、社会的なマナー・モラルが厳しく教えられる機会はほとんどなかった。

正宗白鳥

日本では徳川時代にもその前の時代にも、特有の礼法が武士の社会にも町人の社会にも規定されていて、それを破るものは擯斥されていたらしかったが、維新後には次第に古い風習が廃れて、新しい行事作法は整わず、私などは不行儀無作法御免の時代に成長したような有様であった。(読売新聞1938年6月11日)


長谷川如是閑

維新前までの日本の教育で大いに重視されたもので、明治後全く無視されないまでも、極めて軽視されたのは「躾」の教育である。(読売新聞1940年4月5日)


明治維新を境に礼儀・しつけが廃れはじめ、戦後その傾向がさらに強くなり、そして現在、日本人の道徳は地に落ちたということになります。

しかし今は、裸体での外出、川にゴミを捨てる、他人の荷物からモノを抜き取るなどは罰せられ、子供や老人への虐待は処罰が下される。
実際は戦前の日本人よりも、むしろ今日の日本人の道徳心は戦前に比べて格段に高まっている。

日本人の他者に対する礼儀の欠如、公共の場における傍若無人な振る舞いについて、大倉幸宏さんはこのように論じています。

身内や仲間、知人には礼儀正しく、やさしさや思いやりを向ける一方で、見知らぬ人に対しては冷たい態度をとる。「ウチ」と「ソト」を区別する日本人の習性は古くから多くの論者が指摘してきました。(略)
昔のよかった面だけでなく、悪かった面にしても冷静に目を向け、先人たちがその悪い部分とどう向き合い、何を試みてきたのかを見極めることも重要です。そうした物事を複眼的にとらえようとする姿勢こそが、本当の意味で歴史から学ぶというに値するのではないでしょうか。一面的な歴史認識、恣意的な歴史解釈は、社会を誤った方向へ導く危険性を秘めています。


そして、道徳教育についてこのように指摘しています。
安倍晋三内閣のもとで、道徳の教科化に向けた検討が進められているが、本当に有効な施策なのか。
戦前は修身という教科があったが、人々の道徳心向上に寄与したかどうか疑問である。
社会の秩序は教育によってのみ高められるのではなく、さまざまな制度やシステム、環境を整えることによって構築されていく。

昔はよかったと言うことは、ただ単に現在のさまざまな事柄が気に入らないだけと思います。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大倉幸宏『「昔はよかった」... | トップ | 2020年度キネマ旬報ベス... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事