三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

カルトの親とカルトの子 2

2010年01月30日 | 問題のある考え

『カルトの子』の最後に米本和広氏はこう書いている。
「人がユートピアを夢想し、その実現に向けて活動するのは自由である。コミューンを夢見てヤマギシ会に入り集団農場で農作業するのも、統一教会に入って万物復帰を願って献金活動にいそしむのも、あるいはハルマゲドンは近いと伝道訪問に汗をかくのも、自由である。レトリックとして言っているわけではなく、大人には自分の生き方―どんなに社会的な批判を浴びるものであったにせよ―を選択する自由があるし、その権利は守らなければならないと思う。
しかし、自分の生き方に子どもを巻き込む自由は親にはない、と私は考える。そもそも子どもは、全人幸福社会を実現しようとか、文鮮明が選んだ人と結婚し、わが一族の血統転換を図ろうとか、永遠の命を手に入れようとか、そうしたことを希望して生まれてきたわけではないのだ。
そんな権利はないはずなのに、カルトの親たちは自分の生き方に子どもを巻き込んでしまったわけである。その結果、子どもの心を深く傷つけてしまった」

カルトの問題点として次の二点があげられる。
1,精神の呪縛
2,まわりを巻き込む

カルト宗教の問題の一つが精神的虐待である。
藤田庄市氏は『宗教事件の内側』で、カルトの特徴として「信仰による精神呪縛による人間性破壊(人権侵害)と、反社会的行為による人々の生活や家庭の破壊」をあげ、
「カルト事件の本質は、精神の深部から人間を呪縛し、「精神の自由」を侵す点にある」と指摘する。
カルトは信者を精神的に追いつめることで、どんなに無茶なことも信者を言いなりにさせる。
信者は言われるままに行動し、しかも自分から進んで行なっていると思っている。
このように、精神の自由を侵すのがカルトである。

そして、親がカルトに入信したら子どもを巻き込まずにはおかないように、まわりの人も無関係ではおれなくなる。
カルトの定義に「個人の精神が呪縛される。また、個人の問題にとどまらず、家族などの身近な人々をも巻き込み、苦しめることになる」という一文を加えていいように思う。

カルトとか精神の呪縛というと、何だかよその世界の話になってしまうのだが、健康食品のマニアだとか、占い大好き人間も基本的には同じだと思う。
日本のサプリはダメだというので海外から取り寄せる人。
100万円もする健康器具(マイナスイオンがどうしたとか)を喜んで買う人。
細木数子ファンで、その日の予定は細木本で必ず調べる人。
自分のお金で何を買おうと自由ではあるが、無駄な出費なわけで、家族にとっては迷惑な話である。
それに、こういう人たちはいろんな制約に甘んじていて、これも精神の呪縛だと思う。
もっとも、そんなことを言うと何でも精神の呪縛になってしまうわけで、精神の呪縛とは何か、マインド・コントロールとは違うのかなどをちゃんと定義しないといけないのだが。

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カルトの親とカルトの子 1

2010年01月24日 | 問題のある考え

米本和広『カルトの子』『我らの不快な隣人』を読む。
『カルトの子』は、親がオウム真理教、エホバの証人、統一教会、ヤマギシ会に入ったために、いやでも巻き込まれてしまった子どもたちを取りあげている。

「カルト」という言葉には確立した定義がないそうだ。
米本和広氏は「カルトとは、組織や個人がある教えを絶対であると教え込み、それを実践させる過程で、人権侵害あるいは違法行為を引き起こす集団である」という定義をしている。

カルトの子どもたちは親や教団から虐待を受けている。
虐待とは身体への暴力ばかりではない。
チャイルド・アビューズは児童虐待と訳されるが、アビューズを虐待と訳すと身体的虐待だけが注目されてしまうので問題があるそうだ。
アビューズはネグレクト、心理的虐待も含まれる。
心理的虐待とは、
「心理的な暴力や心理的な苦痛を与えることをさします。家族の中で常に孤立させられたり、常に差別されたり、罵倒されたり、おびえさせられたりすることなどがこれに入ります」
チャイルド・アビューズを直訳するなら「不適切な子どもの扱い方」ということになり、意訳をすれば「子どもに対する度を超えた支配権の行使」ということになるそうだ。
「子どもの欲求を無視して特定の価値観を押しつけるのはチャイルド・アビューズである」

エホバの証人では子どもへの体罰(暴行)が日常的に行われていたという。
「生後十ヵ月から叩くようにしました」
「所沢の長老は鉄のパイプや自転車のチェーンで叩いていたそうです」
「当時の長老は、『泣く、ということは悔い改めていない、反抗の表れだ。泣くのをやめるまで叩きなさい』と教え諭した。それで私もそうした」

現在は激しい懲らしめは姿を消しつつあるそうだが、今度エホバの証人がうちに来たら、あなたは子どもを殴ったことがありますかと聞いてみよう。

ヤマギシ会も子どもたちへの暴力では負けていない。
広島少年院で法務教官4人が収容少年に繰りかえし暴行していたとして実刑判決が出ている。
だけど、広島少年院の暴行はヤマギシ会に比べると実にかわいいものである。
子どもは親から離されて集団で生活する。(つまりネグレクト)
起床は5時半で、6時から作業。
なのに朝食抜きの一日二食(その日の最初の食事は学校の給食)だから、子どもたちはいつもお腹をすかせている。
病気になってもほったらかし。
驚くのは世話係の暴行がすさまじいこと。

1998年、ヤマギシ会が私立小学校、中学校設立の計画書を三重県に提出する。
普通なら問題なく認可されるのだが、三重県はヤマギシ学園で生活する小中学生407人に直接アンケートを記入させた。
その結果、5人のうち4人が世話係から暴行を受けていたことがわかる。
どんな暴行がヤマギシ会で行われていたかというと、
「パジャマの首の所と足の所を持って、ベランダに叩きつけられた」
「思いっきり蹴ったり、ほっぺを両手で叩いたり、投げ飛ばしたり、体を持ち上げて壁にぶつけたり、ガラスに突っ込まれたり、殴ったり、一回で鼻血が止まらなくなるくらいやられる。泣いてもさらにやる」
「服とか全部脱がされて、夜ベランダに出されて三十分から一時間ぐらい放っとかれたこと。しかも冬。死にそうに凍えた」

などなど、『カルトの子』に数ページにわたって書かれている。
こうした暴力が日常的になされ、しかも学校はヤマギシ会の教育に問題があることを知っていたにもかかわらず、驚くことにヤマギシ会は警察の捜査を受けていないし、世話係は逮捕されていない。
三重県はアンケートの結果を文部省と厚生省に報告しているが、信じられないことに両省とも警察に通報していないし、何の対策も講じていないそうだ。

オウム真理教や統一教会では子どもたちに直接暴力をふるうことはしないらしい。
とはいっても、統一教会やエホバの証人の信者は伝道などの教団活動ばかりして、子どもはほったらかしにしている。
オウム真理教では親と子どもが別々にされ、世話係が子どもたちの面倒を見ていたのだが、食事はお粗末だし、部屋は掃除をしないのでゴミだらけ、ずっと同じ服を着ていて、風呂にもほとんど入らないというように、ろくな世話はしていなかった。

『カルトの子』にある、児童相談所に保護されたオウム真理教の子どもたちの回復の記録を読むと、インドの狼に育てられた少女の話が作り話であることがわかる。

とはいっても、エホバの証人や統一教会などをやめた二世は10年以上経っても影響が残っているわけで、心の傷の深さは他者にはうかがい知れないものがある。

で、米本和広氏は「親がある教えを絶対であると信じ込んだ結果(これは宗教やイデオロギー、信条一般に通じる)、子どもにふりかかる不幸はどの組織でも同じことなのだ」と言う。
そりゃカルトの話だろう、うちとは関係ない、とすましてしまうわけにはいかないということだ。
私も加害者だとほんと思うし、ほとんどすべての親だって無関係とは言い切れないと思う。
ほんと他人事ではない。

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宗教と布施 2

2010年01月21日 | 問題のある考え

藤田庄市『宗教事件の内側』によると、「献金することが自体が宗教的実践行為であり、一種の修行と位置づけている宗教団体も多い」そうだ。
たしかに天理教では信心とは献金と伝道(信者を増やすこと)、創価学会では寄付と弘宣(これも入信させること)だと説く。
信心が質ではなく、量で判断されているわけだ。

それにしても、「[宗教ガイドライン]に対する見解」を書いた人は、「物欲を離れる体験を得させるためには、しばしば当人が無理だと感じるほどの金額であることが必要になる場合がある」と本気で信じているのだろうか。
教団は「当人が無理だと感じるほどの金額」を何に使うのか。
執着するなと説いて寄付を強要するんだったら、自分の教団ではなく他の教団や福祉などに寄付してもいいはず。
また、「布教の際に必然的に過去世からの因縁を説いたり、また病気や経済苦を克服するには当該宗教の信仰によるしかないとの説明がなされることはごく自然のこと」だとしたら、霊感商法や霊視商法を批判できない。
私に言わせたら、「過去世からの因縁」や「病気や経済苦を克服するには当該宗教の信仰によるしかない」と説く宗教は、自らインチキだと公言するようなものだ。

霊視商法で解散命令が出された明覚寺の西川義俊は地裁判決後、被害者弁護団から「ほかの伝統宗教や新興宗教と明覚寺の宗教活動を比べて差異があるか」と尋ねられ、こう答えている。

「宗教において詐欺行為が成立するかどうか、それをもし認めるとするならば、おそらく全宗教は詐欺になると思います。いかなる宗教も、自分の独自の教義を述べ、その優越性を述べ、その法力を述べて、名目の如何にかかわらずお金をいただいているわけですから、一つイチャモンつけたら全部潰せる。今は、その宗教不信の時代ではないかと思っております」(藤田庄市『宗教事件の内側』)
京都仏教会は西川義俊の言葉にどういう反応を示すのかと思う。

2006年に開かれた統一教会系の大集会に、安倍晋三、中川秀直、保岡興治、羽田孜、上田清司ら政治家が祝電を贈っているそうだ。
西川義俊は真言宗醍醐派で修行し、真如苑や阿含宗の教祖も醍醐寺で得度している。
福永法源は生長の家、自然の泉の信者だったし、ワールドメイトの深見青山は世界救世教、大本の信者だった。
麻原彰晃は阿含宗に入信、新実智光は崇教真光、阿含宗を経てオウム真理教、中川智正と林郁夫も阿含宗の信者。

彼らは宗教遍歴しながら現世利益、輪廻、前世体験、神秘体験、そして教団経営のノウハウ(修行のマニュアル化、短期間の修行、新聞広告による書籍販売など)を自らの教団に取り入れている。

豊田商事事件の永野一男は親鸞会の信者だった。
「商売の基本に仏法を据えているんです」「商売に仏法を使と儲かるんです。大体、病気にかかったり悩んだりする人間は、欲の多い金持ちばかりです。そいつらを相手にしたら、金に糸目をつけないので、ええ金儲けになると。五億円かけて造りました。あわせて仏法も説きたい」(藤田庄市『宗教事件の内側』)と語った永野一男は、宗教施設を高層ビルのワンフロアを使って作ったそうだ。

コニー・ウィリス「インサイダー疑惑」(『マーブル・アーチの風』所収)は、霊媒やチャネラーのインチキを暴く雑誌の編集者が主人公(超常現象懐疑派)である。
言うまでもなく霊媒やチャネラーは金儲けが目的の詐欺師である。
もっとも、「布教の際に必然的に過去世からの因線を説いたり、また病気や経済苦を克服するには当該宗教の信仰によるしかないとの説明」をする京都の僧侶たちは、霊媒を詐欺師だとは思わないだろうが。

で、懐疑主義商売には三つの基本法則があると、主人公は言う。
第一の法則は、「とてつもない主張にはとてつもない証拠が必要」
第二の法則は、「現実とは思えないほどすばらしいことは、たぶん現実ではない」
第三の法則は、「自問せよ、向こうはこれでどんな利益を得るか?」
これはインチキ宗教を見分ける基準にも使える。

でも、どういうことが「とてつもない主張」なのか、人によって違っている。
人間が空中に浮かぶこと、先祖の霊が災いをもたらすこと、前世の行いの報いを受けることなど、私には「とてつもない主張」なのだが、京都仏教会の人たちのように「ごく自然のこと」と考える人も多いだろう。

先祖の霊については孔子の次の答えが正しいと思う。
子貢が孔子にたずねた。
「死人は意識をもつものでしょうか。それとも何もわからないものでしょうか」
孔子は答えた。
「死人に意識があると言ったら、自分の生活を犠牲にしても盛大な葬式をするおそれがある。かといって、死者に意識がないといえば、不心得者の子孫は親の葬式をしないで野に捨ててしまうだろう。だから、私はどちらとも言えぬ。もしお前がどうしても知りたいと思うなら、死んでからゆっくり実見してみるがよい」(劉向『説苑』)
この問答は実際にあったことではなくて作り話らしいが、釈尊の説法と通じる話である。

路上生活者の永原健二氏は次のように語っている。
「みんな信じたいって思っていても、宗教がどこにあるのか、どうして入ればいいかが分からない。宗教家は独りよがりしているけど、宗教はなんの普及もしていないで。ええ宗教だったら証明して、自分がその生き方をして、みんなを入れて幸せにしてあげるのが宗教家や。なんにも言わんし、どこにどんな宗教があるかも知らん、世の中のやつは」(『貧魂社会ニッポンへ』)
もっともな意見である。

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宗教と布施 1

2010年01月18日 | 問題のある考え

「ムー」1985年10月号に麻原彰晃の空中浮揚写真が載ったから、それからしばらくしてのことだと思う。
麻原彰晃が空中浮揚しているポスターを見て、知り合い(ニューエイジに近い考えの人)に「人間が空中に浮き上がることなんてあるんだろうか」と尋ねたら、「誰でもできる」とあっさり答えた。
「じゃ、あなたはできるのか」とさらに聞くと、「できない」と言う。
それならと「空中浮遊を見たことがあるか」と聞いたら、「ない」と言う。
これには驚いた。
自分ではできないし、見たこともないのに、どうして空中に浮くというとんでもないことを信じるのだろうか。
もっとも私だって、手かざし(レイキとか)でひょっとしたら病気が治るかもしれないと思った時もあったですから、人のことは言えません。

マイクル・シャーマー『なぜ人はニセ科学を信じるのか』に、「これまた私見だが、奇跡や怪物や謎を信じている人々のほとんどは、嘘つきやペテン師でもなければ、気が狂っているわけでもない。ごくふつうの一般人で、何かのせいで誤った考えかたに足を踏み入れてしまっているだけなのだ」とある。
変なのにはまってしまう人は変な人だというわけではない。

インチキ宗教とか霊感商法、霊視商法にだまされる人、たとえば先祖の霊が迷っていると言われて不安になり、借金をし、ついには家を売り払ってまで布施や献金をしつづける人がいる。
どうしてそこまで信じ込めるのかと不思議に感じることがある。
しかし、その人たちが愚かだからではない。
だます側が人の弱点を巧妙についてくるからだし、一度言うことを聞いてしまうとやめることは困難になる。
私だっていつ同じことをするかもしれない。

1987~2007年までの21年間に、全国霊感商法対策弁護士連絡会に寄せられた被害相談は合計2万8996件、被害額は約1兆74億円、2006年は約40億円の被害。
これは全国弁連へ寄せられた相談であって、氷山の一角にすぎないそうだ。
総理府の消費者問題に関する世論調査では、もちこまれる被害相談は全体の約3%である。

もっともインチキ宗教だけがそんなあくどいことをしているわけではないのかもしれない。
というのも、1999年に日弁連がまとめた意見書「反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」の中に「宗教活動にかかわる人権侵害についての判断基準」があって、その中で次のようなことが書かれてある。

第3. 宗教的活動にかかわる人権侵害についての判断基準
反社会的な宗教的活動がもたらす消費者被害等救済のための指針
1. 献金等勧誘活動について
(1) 献金等の勧誘にあたって、次の行為によって本人の自由意思を侵害していないか。
① 先祖の因縁やたたり、あるいは病気・健康の不安を極度にあおって精神的混乱をもたらす。
② 本人の意思に反して長時間にわたって勧誘する。
③ 多人数により又は閉鎖された場所で強く勧誘する。
④ 相当の考慮期間を認めず、即断即決を求める。


しごくもっともな判断基準だと思うが、京都仏教会は「宗教に対する無理解、偏見」だとしてこの指針を批判していることを、藤田庄市『宗教事件の内側』と米本和広『我らの不快な隣人』を読んで知った。
京都仏教会HPで「[宗教ガイドライン]に対する見解 日本弁護士連合会意見書「反社会的な宗教活動にかかわる消費者被害等救済の指針」の問題点」を読むことができるが、そこにこういう文章がある。

「物欲を捨て、執着を離れ、あるが儘にすべてを受け入れ、生を神にゆだねて生きるということを知性で理解することはできても、現実にそのように生きることは容易ではない。したがって、宗教によっては献金の指導通してこれを実践的に体得せしめようとする教団もあるのである。そして物欲を離れる体験を得させるためには、しばしば当人が無理だと感じるほどの金額であることが必要になる場合がある。もちろん、それは対象者の信仰の状態を見極め、慎重に指導を進めなければならないわけで、指導に失敗すればトラブルに発展することもありえる。しかし、このような指導は一概に批難されるべきものではなく、実際このような体験を通して信仰に生きる喜びを獲得する者もいるのである」

「宗教においては、程度の差こそあれ吉凶禍福を説くことはごく通常のことである。全ての宗教がその教義において先祖の因縁やたたり等を説いているわけではないと思われるが、宗教の中には、その教義・理念として輪廻や罰などを説いている場合もある。そのような宗教において、布教の際に必然的に過去世からの因縁を説いたり、また病気や経済苦を克服するには当該宗教の信仰によるしかないとの説明がなされることはごく自然のことであって、まさに当該宗教の本質にかかわるものである」

このことに対する批判は次回のお楽しみとして、京都仏教会に加盟している真宗寺院に、このことについてどう考えているのかをお聞きしたいものです。

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センター試験問題集に挑戦

2010年01月15日 | 日記

私が入っている点訳サークルでセンター試験の世界史問題集を点訳することになり、私は先史時代と古代オリエント、中国(元まで)を担当した。
私は世界史が得意だったけど、けっこう難しいというか、私が高校で習わなかった問題がかなりある。
たとえば
「新人は更新世の初期に登場した」かどうかなんて習った記憶はないし(答えは×)、古代ペルシャ諸王朝の国王の名前とか東南アジア諸国の王朝名は世界史の教科書には載っていなかったように思う(たぶん)。
「ホスロー1世の治世中に起こった事柄を、次の①~④のうちから1つ選べ」
「ヴェトナムで、字喃(チュノム)と呼ばれる文字が使用され始めたのはどの王朝の時か、選べ。①李朝②阮朝③西山朝④陳朝」
という問題に答えられる高校生は30数年前にはほとんどいなかったのではないだろうか。
中にはやたら簡単な問題もあって、
「ブッダの教えは、カースト制を肯定するものであった」
「ナーガルジュナ(竜樹)によって、大乗仏教が体系化された」
といった問題はウフフで楽勝です。

点訳で困るのは、点字は平かなで文章を書くようなものなので、どんな言葉であろうともどう読むのかをちゃんと調べないといけない。
たとえば
「宋代の社会経済と関係が最も薄いものを1つ選べ。①占城稲②行・作③市舶司④新安商人」
という問題でも(これも習わなかったはず)、「占城稲」「行・作」「市舶司」「新安商人」の読みをいちいち調べなければならず、これがかなり面倒なのです。
ちなみに「」は「こう」と「さく」なのだが、視覚障害者の人たちは「こう・さく」でわかるのだろうか心配になる。


人名もそうで、「王安石」は「おうあんせき」か「おうあんこく」か自信がないので辞書を調べたのだが、そんなのはまだいいほうで、「孔穎達」は「こう何とか」かと思ったら、なんと「くえいたつ」もしくは「くようだつ」なんだそうだ。
孔穎達が生きていた唐のころはどのように発音していたかわからないが、日本では「くえいたつ」「くようだつ」で読み習わしている。
いわゆる読みぐせです。

読みぐせというのは昔からそう読んだというわけではないらしく、たとえば『白氏文集』を「はくしもんじゅう」と読むのは明治中期ごろからだそうで、平安時代以降「はくしぶんしゅう」だったというのだから、読みぐせというのもいい加減なものである。

それで思いだしたのだが、「法身」をどうして「ほっしん」と読むのかと某氏から聞かれ、「読みぐせだ」と答えたことがある。
後日、「ほっしん」と読むのは音便かもしれないと思いついたのだが、ッ音便(促音便)はイ段の音がつまる音に変化するということなので、残念ながら音便ではないのだろう
「報身」を「ほうじん」と濁るのも濁音便ではないようだ。
となると、「報身」「法身」のどちらも「ほうしん」では混乱するから、「ほうじん」「ほっしん」と読み分けをしたということかもしれない。
『白氏文集』を「はくしもんじゅう」と読もうと「はくしぶんしゅう」だろうと相手はわかってくれるが、「法身」を「ほうしん」と読んだのでは話が通じない。

ある僧侶と話をしてて「三宝」は「さんぽう」か「さんぼう」か、うーんと頭を悩ました。
ほんと漢字の読みは難しい。
それはともかく、点訳サークルの人が「うちの子もセンター試験を受けるぐらいだったらいいのに」と言ってて、そうそうと思わずうなずいてしまったのでした。

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小選挙区制と完全比例制

2010年01月12日 | 日記

某氏より「溜息通信 58」をいただく。
「政権交代は民意か」として、比例区の得票率から完全比例制であれば各党の議席数がいくらになるか算出してあった。

民主党  203
自民党  128
公明党   54
共産党   33
社民党   20
みんなの党 20
国民新党   8
新党日本   3
幸福実現党 6

得票数から言えば、民主圧勝、自民大敗ではないわけである。
小選挙区では自民党は9.09%得票率を減らし、民主党は10.96%増やしており、比例区では自民党が11.43%減り、民主党は11.35%増えている。
「わずか10%、得票数にして約700万票が自民党から民主党に移るだけで、激的な議席数の転換をもたらしている」
小選挙区制では得票数がそれほど違っていなくても、大量議席を獲得することができる不公平な制度だということができる。

選挙制度を小選挙区制に改正する時に日本も二大政党制になるべきだ、二大政党制は成熟した政治制度だと言われた。
だが、『グローバル化する厳罰化とポピュリズム』に掲載されているタピオ・ラッピ=ゼッパーラ博士の論文によると、二大政党制がいいというわけでもないらしい。

民主的政治システムには合意形成的民主主義と多数決民主主義がある。
合意形成的民主主義は多党制で、比例代表制の選挙システムを採り、少数与党政権か大連立政権である。
多数決民主主義は二大政党制となる。
「合意形成的民主主義は、民主主義の質、民主的代表制、そして公共政策の志向性における情け深さと紳士的傾向などの点において多数決民主主義より優れている」

多数決民主主義と合意形成的民主主義の違い。
「多数決原理は勝者が全てを独り占めすることを意味するのに対し、合意形成はできる限り多くの観点を考慮に入れることを意味する。多数派によって動かされる政治が通常二大政党の競合と対決に基づくのに対して、合意形成によって動かされる政策は妥協を模索する」

多数決民主主義の特徴。
「多数決民主主義は競争と対決に基礎を置いている。多数決民主主義は亀裂を先鋭化させ、競争を高め、葛藤を促進する」
「多数決民主主義や競争的な政党システムにおいては、野党にとっての主たる仕事とは、社会的・政治的危機を叫び、与党を権力の座から引きずりおろす火急の必要性があることを説得すること、である」
「二大政党制は、対立型で、相手の政策を完全否定する傾向が強いため、いろいろな意味で危機感が煽られやすい傾向にある」

合意形成的民主主義の特徴。
「合意形成的民主主義においては、自分と意見を異にする者との関係をつねに良好なものに維持する必要性がある」
「合意形成的モデルは、多数派のもとに権力を集中させるのではなく、さまざまな方法で権力を共有し、拡散し、抑制しようとする」
「合意形成はまた、安定性と討議をもたらす。そこでは政治的変化は漸進的なものであり、政治的リーダーが一度に総入れ替えとなるような多数決型のシステムのように全面的なものではない。合意形成的民主主義においては、新たな政府が劇的な方針転換を行って耳目を引く必要はほとんどない」
「合意形成においては、過去の政府が達成したことを批判するのは、成功ではなくむしろ失敗に終わることがより多いし、また、政策や改革がその過程においてできる限り多くの政党間の協働によって準備されていく、という事実からも、そもそも批判や不満が高まりにくいのである」
「政治的意思決定プロセスは合意形成によって特徴づけられる。そこでは積極的に協働し合う、よく調整され、集権化された諸利害集団との交渉が模索されるのである」

タピオ・ラッピ=ゼッパーラ博士の論文を読む限り、二大政党制よりも連立政権や少数与党のほうがましだという気がする。
そうはいっても、公明党が54議席、幸福実現党が6議席も獲得するのは正直言っていやだけども。

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怨霊と忠臣と姦臣と

2010年01月09日 | 

上横手雅敬『日本史の快楽』を読んで、菅原道真についてあれこれ考えた。
菅原道真が没した903年の6年後(909年)に藤原時平が39歳で亡くなり、923年醍醐天皇の皇子保明親王が21歳で死去、さらにその子の慶頼王は925年に5歳で亡くなった。
道真の怒りかと噂され、醍醐天皇は道真を右大臣に任命し、名誉を回復し、従二位から正二位に昇らせた。
しかし930年、清涼殿に落雷があり、天皇は恐怖のあまり病床につき、三ヵ月後に亡くなった。
人々は天皇が道真の怨霊に殺されたと考えた。

で、私の疑問。
1,時平の死、皇子の死、清涼殿への落雷と道真とをどうして結びつけたのか。
2,怨霊となって祟った道真がどうして忠臣なのか。
3,時平の讒言を入れて道真を左遷したのは醍醐天皇なのに、どうして時平が悪役なのか。

 1について
御霊信仰(怨んで死んだ人間の霊魂は祟るから、御霊として祀ることで祟りを免れようとする信仰)がまずは答えである。
だけど、時平が死んだのは道真の死後6年も経ってから。
まして醍醐天皇の皇子が死んだのはそれから14年後、道真が死んで20年だし、さらには清涼殿に落雷があったのは道真の死後27年も経ってからである。
そんなに時間が経っているのに、そうした事件と道真をどうして結びつけるのか、不思議である。

御霊信仰であるが、菅原道真以外にも早良親王、崇徳上皇、平将門が有名である。
慶応3年、国学者の矢野玄道が祀られるべくして祀られていない鬼神を国家が祭祀するよう主張した建白書が、
安丸良夫『神々の明治維新』に引用されている。
その中に「御霊社ニ祭ラレシモ有之候得共、南朝ノ諸名公ノ如キ、尚怨恨ヲ幽界ニ結バレ候モ多ルべく」という文章があり、安丸良夫氏はこう言っている。
「記紀神話などに記された神々と、皇統につらなる人々と、国家に功績ある人々を国家的に祭祀し、そのことによってこれらの神々の祟りを避け、その冥護をえようという思想である。こうした神々が、たんなる道義的崇敬などからではなく、祟りをなす怨霊への恐怖にもとずいて祭祀されなければならないとされたことは、注意を要する」
怨霊や祟り神を恐れる御霊信仰が神道の正統なわけである。

矢野玄道の建白書によるものか、楠木正成など南朝の忠臣、讃岐に流された崇徳上皇たち、ペリー来航以降に国事に殉じた人々を祀る神社が幕末から明治にかけて次々とつくられた。
だけど、いくら神としてあとから祀ったとしても、菅原道真たちが怨霊となったのは天皇の失政が原因だと思う。

 2,怨霊となって祟った道真がどうして忠臣なのか
上横手雅敬『日本史の快楽』にこうある。
「敗戦以前の小学校の教科書は道真を重視し、一章を割いていた。当時の天皇中心の史観から見て、道真がそれほど評価されたのはなぜだろうか。
一つは道真が藤原氏と対立する立場に立っていたからであろう。藤原氏はしだいに天皇から政権を奪っていったのだから、藤原氏に対立した道真は、天皇に対する中心だったことになる。もう一つは、道真はかつて醍醐天皇から拝領した御衣をささげ持って君恩をしのび、天皇に対する忠誠心を失わなかったということであろう」

ここらはまあいいとして、
「天皇を殺したのなら、道真は不忠の逆臣のはずだが、それは怨霊のほうで、真実の道真は君恩に感泣する忠臣ということなのだろうか」と上横手雅敬氏は矛盾を指摘する。
そして、
「道真が君恩を忘れていなくても、天皇のほうはつれなく、生前に流罪を解かなかったのである」と皮肉り、「無実の罪を科した醍醐天皇は、暗君のそしりを免れない」ときついことを上横手雅敬氏は言う。
「時平の讒言が原因だったとしても、それを容れて道真を流したのは天皇である。後年これを撤回したのは、天皇が前非を悔いた結果である。道真への同情は、「延喜の聖王」とされた醍醐の過誤を指弾することになりかねない」
なるほどね、たしかにそうだと思います。
ということは、後世では延喜・天暦の治として醍醐天皇の治世が理想視されたが、それほど立派な天皇ではなかったということになってしまう。

 3,時平の讒言を入れて道真を左遷したのは醍醐天皇なのに、どうして時平が悪役なのか
国政をほしいままにする悪大臣や王を翻弄する寵姫によって国が傾くことは古今東西よくある話で、失政の原因は結局のところ王が無能ということなのに、なぜか王が批判されることはあまりないように思う。

たとえば忠臣蔵で、浅野内匠頭を切腹させて吉良上野介にはお咎めなしという裁定をしたのは徳川綱吉である。
責められるとしたら将軍綱吉なのに、なぜか吉良が悪役になっている。

226事件でも、そもそも反乱軍兵士は政治家や財閥が諸悪の根源だと考え、天皇親政が実現すればすべてはよくなると思い込んだのだが、しかし首相を初めとする大臣、元老を任命したのは天皇である。
将校たちはその天皇の責任を問うことなく立ち上がり、天皇によって反乱軍として鎮圧されてしまった。
彼らは勘違いしていたわけである。

中国の歴史で有名な悪役が南宋の秦檜
南宋の岳飛は金の侵攻に対して抗戦したが、金に買収された宰相の秦檜は岳飛を無実の罪で投獄し、殺害したというので、秦檜は中国史上最大の悪役とされている。

蒲松齢『聊斎志異』に「秦檜」という話がある。
「憑中堂(人名)の家で一頭の豚を殺し、毛や鬣(たてがみ)を焼いてしまうと、肉のなかに、秦檜七世の身という文字があった。煮て食おうとしたが、肉が臭悪で、食えたものではなかったから、捨てて犬にやった。ああ!秦檜の肉!犬も食わないだろう」
訳注はこう書かれてある。
「秦檜は、宋の靖康元年、金の兵が汴をおとしいれた時、徽宗欽宗二帝とともに、捕らえられて金に行ったが、撻頼善に取りいって、帰ることを許された。帰って来ると、高宗の意を迎えて宰相となり、岳飛、韓世忠等の忠臣を殺して、売国的和議を金と結んだ姦臣中の姦臣である」
それに対して岳飛はこう説明されている。
「岳飛は、少にして気節に富み、左氏春秋や孫呉の兵法に精通して、靖康の際には、しばしば敵を破り、金兵の恐るるところであったが、秦檜の誣いるところとなって、ついに殺された。大忠臣である」

岳飛は関羽のように神として祀られ、岳王廟があちこちに作られているぐらいの人気者だが、中国が社会主義国家になっても秦檜はぼろくそに扱われている。

それなのに秦檜を重用した高宗が非難されることはなぜかないらしい。

で話は飛んで、『聊斎志異』にある「秦檜七世の身」の「七世」ということ、「七生報国」の「七生」と同じ意味だと、上横手雅敬『日本史の快楽』を読んで思った。
「七生」とは七たび生まれ変わるというだけでなく、永遠をも意味するそうだ。
「秦檜七世の身」ということも、秦檜は永遠に豚として生まれるようなクソ野郎だということかもしれない。

楠木正成が「七生報国」と言ったと思われがちだが、湊川の合戦の際に正成の弟正季が「七生まで同じ人間に生まれて、朝敵を滅ぼさばや」と言ったのが、いつのまにか「七生報国」という言葉になったそうだ。
上横手雅敬氏によると、「七生報国」という言葉が使われるようになったのは昭和10年ごろからである。

「「七生滅敵」であり「七生報国」ではない。だれが「七生滅敵」のかわりに「七生報国」などという言葉を捏造したのか、何か腹立たしいような気持ち」だと上横手雅敬氏は言う。
なぜ腹立たしいか、上横手雅敬氏は「朝敵を滅ぼすのは後醍醐天皇には忠義かもしれないが、永遠に殺戮を続けると誓うのは悲しいことだ。だから正成はそれが「罪業深き悪念」であることを自覚している。そしてこの悪念によって成仏できず、怨霊となるのである」と書いている。
正季の言葉に対して正成は「罪業深き悪念なれども、我も斯様に思うなり」と答えている。
つまり、罪業が深いことを自分たちはしようとしていることを楠木兄弟はわかって、なおかつ七たび生まれ変わるぞと言っているのである。

右翼の街宣車に「七生報国」と書かれてあるのを見かけるが、彼らは自分たちは罪深いことをしているとどれだけ自覚し、地獄に落ちて怨霊となる覚悟があってのことなのだろうか。

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『アラビアン・ナイト』

2010年01月06日 | 

『アラビアン・ナイト』全18巻(東洋文庫)を読破する。
『千夜一夜物語』というと、「アラジンと魔法のランプ」とか「アリババと40人の盗賊」といった有名な話が思い浮かぶが、これらはアラビア語の定本の中には入っていないし、「空飛ぶ絨毯」となるとアラビア語の原本すら見つかっていないそうだ。
それに、「シンドバッドの冒険」みたいな奇想天外な話やエロチックな話ばかりかと思ったら、イスラム教と結びついた教訓的な話が多いのには驚いた。
イスラム教の教義が長々と説かれたり、篤信者たちの言行についてのお説教が続いたり、異教徒をばったばったとなぎ倒す聖戦の話はワンパターンだし、正直退屈になることもある。
中にはいくら何でもと思う話もあって、たとえば、ムスリムに誘拐されて奴隷として売られたキリスト教国の王女を父王は手を尽くして連れもどすのだが、ムスリムに改宗した王女は夫と逃げ出し、追ってくる兄弟を殺してしまうというような無茶苦茶な話もある。
二言目には「アラー」という言葉が出てくるし、『アラビアンナイト』は日本でいうと節談説教みたいなものなのだろうか。

その他、思ったこと。
・酒を飲むこと
イスラム教では飲酒を一切禁じているのかと思ったら、酒を飲む場面がよく出てくる。
町には酒屋があるし、カリフだって飲んでいる。
・一目惚れの話が多いこと
イスラム教徒の女性はヴェールで顔を隠しているはずなのに、どうして一目惚れできるのだろうか。
・イトコの夫婦が多いこと
注によると、アラブ社会では伯叔父の娘と結婚するのは当然のこととされてきたそうだ。
・障害者差別、女性差別が目につくこと
これはそんなもんではあるが、たとえば「ひとりのせむしと出会いました。その格好と申しましたら、悲しみに沈んでいる者も笑い出し、嘆いているものもその愁いをやめるほどのものでした」で始まる「せむしの物語」がそう。
女性について言えば、
「女は頭脳も信仰も足りないのです」「男というものは生まれつき女に欲情を抱くものでして、女こそ男衆の求めを拒むべきものなのです」などなど。

高校の時にバートン版『千夜一夜物語』の1巻だけ読んだ。
『千夜一夜物語』の発端は、シャハリヤール王兄弟は妻が黒人奴隷と浮気しているのを知って女性不信に陥る。
どうして黒人奴隷と浮気をするのか、リチャード・バートンの注はこうなっている。
「淫蕩な女たちが黒人を好むのは、彼らの陰茎が大きいからである。私はかつてソマリランドで、ある黒人のものを測ったが、平時に、ほぼ六インチあった。これは黒人種やアフリカ産動物、たとえば、馬の一特徴である。これに対して、純アラブ族―人も、動物も―はヨーロッパの平均水準にも達しない。
ついでながら、エジプト人がアラブ人種でなく、いくぶん肌の色の白い黒人であることは、右の事実がもっともよく証拠立てている。しかも、この巨陽は勃起中、もとの大きさに比例して、太くなるわけではない。したがって〈性行為〉は非常に長い時間がかかり、大いに女の愉悦を高める」
高校生の私はなるほどそういうものかと思ったけど、今読むとちょっとなあという解説でした。

コメント (5)
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ユニクロの驚異

2010年01月03日 | 日記

ユニクロに買い物に行き、ズボンを三本買った。

初めての子どもが生まれた時に、私と子どもとどっちの髪の毛が多いかと妻に聞いたら、妻は「子ども」とあっさり答えた。
髪の毛の量もさることながら、足の短さでもおそらく人には負けない自信がある。
私より身長が15cm低い娘と腰骨の位置を比べたら、私のほうがちょっとだけ上だった。

で、ユニクロのことだが、買ったズボンのうち二本はいつのものようにごっぽりと短くしたのだが、あとの一本は裾上げしなくてすんだ。
うーん、ウエストと比べてこんなに短いズボンを誰が買うのだろうか、と思ったわけです。
ユニクロの品揃えの豊富さに感嘆した次第でした。

コメント (3)
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今年の目標

2010年01月02日 | 日記

「ドラゴンクエスト7」の進捗状況はというと、ゼッペルとの対決まで来た。
前途はまだまだ遼遠、なのにむらむらとして「ドラゴンクエスト8」を注文してしまった。
いやはや「ドラゴンクエスト8」をクリアするまで生きたいものです。
あ、30年以上前に買った『佐々木月樵全集』などなどツンドクにしている本も死ぬまでにちゃんと読み終える予定ではあります。

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