三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

マイケル・モス『フードトラップ』

2018年10月28日 | 

マイケル・モス『フードトラップ』によると、糖分、脂肪分、塩分が加工食品に欠かせない三本柱です。
食べたいという欲求の源となる成分ですが、健康のことを考えると摂取を減らすべき。
しかし、それだと商品が売れなくなってしまう。

ランチャブルズという子供向けの人気商品があります。


https://ameblo.jp/onigawarawin/entry-12242293663.html

1988年に発売されたもので、トレーにボローニャソーセージ、クラッカー、チーズが入っています。
ネットで調べると、こんなの誰が食べるのかというようなシロモノですが、子供には人気があるそうです。

https://ameblo.jp/topicos/entry-12223701402.html

母親たちの最大の問題は時間。
忙しい母親たちは、健康的な食事を子どもに食べさせようと苦心しているが、食べ物を用意する時間がなくなってきた。

母親たちは、悪夢のような毎朝の狂乱について延々と話した。テーブルに朝食を並べ、学校にもたせるランチを用意し、靴ひもを結び、子どもを送り出す。

1955年には女性の38%近くが働いていた。
1980年には51%。
1999年、25~54歳の女性のうち、77%が仕事に就いている。

もう大変。何もかもが大慌て。子どもたちは、あれはどこ、それはどこ、って聞いてくる。私だって出勤の準備をしなくちゃいけない。ランチを3人分用意しなきゃならないのに、どんな食材が残っているかさえ覚えていない。子どもたちは平凡なランチじゃ満足しない。私だって子どもが喜ぶものを持たせたい。それに、私もちゃんとしたランチを食べたい。でも食品棚にまともな材料が残っていないかもしれない。

そこで、子供が喜ぶし、親も楽ができるしというので、ランチャブルズが売れるというわけです。

子供だけではありません。
ベビー・ブーマー世代のスナック消費が増えた理由。
きちんと食事を取ることは過去のものになった。
ブーマー世代は朝食・昼食・夕食という昔ながらの概念を放棄してしまったようだ。
少なくとも、3度の食事はかつてのような日常の習慣ではなくなった。
まず、早朝ミーティングが普及して、朝食が抜かれるようになった。
ミーティングがほかの仕事にも響き、遅れを取り戻すため昼食が抜かれるようになる。
夜は夜で、子どもが野球の練習に参加して帰宅が遅くなる。
それに大学生にもなれば自宅を離れてしまう。
親は次第に夕食を取らなくなる。
しかし、ブーマー世代が空腹を抱えたわけではない。
彼らは食事を抜いた分をスナック類でまかなうようになった。

格差が広がっている。新鮮で健康的な食品を食べるほうがお金がかかる。肥満問題には大きな経済問題が関わっているのだ。そのしわ寄せは、社会的資源に最も乏しい人々、そしておそらく知識や理解が最も少ない人々にのしかかってくる。


日本でも同じような問題があります。
子供食堂がはやっています。
2000か所以上あるとか。
貧困のため食べられない子供、あるいは一人で食事をする孤食の子供に、みんなと一緒に食事をする場を提供していると言われます。
しかし、日曜学校の延長みたいなところもあると聞きますし、子供たちが来ないので集めるのに苦労しているところもあるそうです。
お母さんが忙しかったり、疲れて帰ってきたりした時に、子供食堂を利用する人が多いとも聞きました。
それでも、コンビニ弁当がある日本のほうがいささかましなのかもしれません。

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藤田庄市『修行と信仰』

2018年10月23日 | 仏教

広瀬健一氏はオウム真理教の極厳修行についてこのように書いています。

第3次極厳修行は97日間だった。この修行では、睡眠を3時間の瞑想として座法を組んだままとり、姿勢が崩れると監督に起こされた。食事は1日1食であり、米が200g、野菜煮が200gだった。丹(そば粉を蜂蜜で練り焼いたもの)200g、ヨーグルト180ccのときもあった。
この生活の結果、体重がかなり減少し、顔の肉がなくなり、皮膚が突っ張る感じがした。また、居眠り防止のために立って修行しても、立ちながら眠ってしまい何度も倒れるなど、身体が極度に衰弱した。
この状況で、立位礼拝(ほぼ1日の礼拝を約1か月間続け、計500時間行った)、呼吸法(ヴァヤヴィヤ・クンバカ・プラーナーヤーマとアパンクリヤを1日につき計6時間)、小乗のツァンダリーの瞑想(注 1日につき3時間。睡眠に充てた瞑想とは異なる)、「欲如意足No1」や、「懺悔の詞章」などの詞章の詠唱(1日につき、各詞章をそれぞれ30分間から1時間)を行った。(略)
身体がかなり衰弱したために、このまま肉体が駄目になるのではないかという、肉体に対する執着も出てきた。しかし、修行の最後の時期に、肉体的には疲労して何度も倒れているのにもかかわらず、精神的には天にも昇るような解放感を感じ、何事もなく修行をこなす状態になった。


藤田庄市『修行と信仰』は天台、真言、東大寺、禅、修験、神道などの修行が取り上げられています。
読みながらオウム真理教の修行や、修行によって得る体験とどう違うのかと思いました。

比叡山で十二年籠山を行ずるには、懺悔滅罪すべく一日に三千回の礼拝を行い、仏が出現するまで好相行を続けねばならない。
それが成就してはじめて戒を受けることができる。

礼拝の動作は五体投地である。映像でよく流れるチベット仏教の身体を地に投げ出す礼拝法と酷似していると思えばよい。右手で焼香し、樒の葉を散華し、大声で一仏一仏の名を唱えるごとに磬を打つ。そして、一日に三千仏、つまり三千回の礼拝をくり返すのである。三度の食事と用便のほかは原則として不眠不休で続ける。仮の休息は縄床にてとるが、横臥することは一切できない。なにより緊張状態のため、眠ってもすぐ目ざめてしまう。身体はアセモだらけになり、手の甲は固いタコだらけ、脛毛はちぎれて無くなってしまう。疲労の蓄積はいうまでもない。これをたった一人で遂行するのである。期間についても、回峰であれば千日という限りがある。しかし好相行では、常識的にはあり得べくもない仏の顕現という奇瑞まで行の終結はない。


好相の様子は入行者によって異なるそうです。
堀澤祖門師(天台宗)の体験です。

三カ月も過ぎた頃、一礼一礼、ただ拝するのが精一杯となった。雑念はおろか考えることもできなくなった。「はからい」はすべて捨てさせられた。自己が「洗い流された」時、それは起こった。真夜中の一時過ぎ。堀澤師が疲労困憊の身を縄床に置き、うとうとしていた時だった。突如として一メートルほどの仏身が現れた。衝撃以外のなにものでもない。目を明けたが、その姿は厳然として空中に立っている。灯明のみの暗闇に掛け軸から抜け出たようにそこだけが明るい極彩色であった。


法然の宗教体験の記録が『三昧発得記』です。

二月四日の朝、瑠璃地分明に現したまふと云。六日後夜に、瑠璃宮殿の相、これを現すと云。七日朝に、またかさねてこれを現す。すなはちこれ宮殿をもて、その相影現したまふ。(略)始正月一日より、二月七日にいたるまて、三十七箇日のあひた、毎日七万念仏。不退にこれをつとめたまふ。 これによりて、これらの相を現すとのたまへり(略)。
元久三年正月四日、念仏のあひた、三尊大身を現したまふ。また五日、三尊大身を現したまふ。(建久9年(1198)2月4日早朝に極楽の瑠璃の大地がはっきりと見えた。6日の後夜に瑠璃の宮殿のすがたが現れた。7日にもまた重なって現れた。そうした様々な極楽の光景は正月1日から2月7日までの37日の間、毎日7万遍の念仏を称えたことにより、これらの光景が現じた。(略)
元久3年(1206)正月4日、念仏中に阿弥陀仏、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が大身を現した。五日にもまた現れた。

20時間×60分×60秒=72000秒
7万回念仏を称えるためには1秒に1回のペースが必要です。
法然が比叡山から下りて吉水の草庵で生活するようになったのが承安5年(1175年)ですから、専修念仏に帰した後も仏の相好を観じる行を続けているわけで、いささかがっかり。

堀澤祖門師の好相行に対する認識。

戒律、特に大乗戒を受ける際に、汚れたままの心身で戒律を授かることはできないわけで、誰でも生きているからには心身が汚れているわけで、まずこの汚れをすっかり洗い落としてから、神聖な大乗戒を授けていただこうというのである。(略)そして懺悔を繰り返してついに心身が全く汚れを離れた時に、「好相」が現れるのである。好相というのは一口に言って、「仏に関する種々の神秘現象」といってよいかと思う。


藤田庄市氏は五来重「東大寺二月堂のお水取り」から引用しています。

日本人の庶民信仰では、苦行による滅罪が重視される。これは仏教からきた理念ではなくて、日本の原始宗教に、人間のすべての不幸や禍は人間の犯せる罪と穢のむくいとする論理があるためである。
したがって飢饉や疫病や災害などの不幸をまぬがれるためには、その原因となる罪穢をほろぼさなければならない。しかも滅罪には苦行による贖罪が第一であるから、宗教者が代受苦者となってこれを実践するのである。


「汚れ」「穢」とは業(カルマ)と同じだと考えていいのではないかと思います。
「汚れを離れた」とか「宗教者が代受苦者」するということ、オーム真理教のカルマの浄化、カルマの交換、カルマ落としといった教義と違うのかと思います。

カルマの浄化

解脱、つまり輪廻からの開放に必要なのは、転生の原因となるカルマを消滅(浄化)することになります。ですから、オウムにおいては、カルマの浄化が重視され、修行はそのためのものでした。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/d6d3a340f9f9659d7c9a8a7ef2e69d2c

カルマの交換

麻原は、私たちに「エネルギー」を注入して最終解脱状態の情報を与え、また私たちが蓄積してきたカルマを背負う――つまり、カルマを引き受ける――とも主張していました。このようなカルマの移転は、「エネルギー交換」あるいは「カルマの交換」と呼ばれていました。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/2b0dcc7613655d08633c4409736150fd

カルマ落とし

麻原は、竹刀で信徒を叩くことがありました。竹刀が折れるほど強く。また、様ざまな〝働きかけ〟をして、信徒を精神的に苦しめることもありました。よく聞いたのは、信徒の苦手とする課業を故意に指示し、信徒が強いストレスにさらされる状況を形成することです。このような方法で対象のカルマを浄化することを、「カルマ落とし」といいました。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/cd331bfbd4debe96de283f7a614bbd39

藤田庄市氏は「死刑大量執行の異常 宗教的動機を解明せぬまま」(「世界」2018年9月号)の中で、「麻原がヨーガもチベット仏教も正式に師についてきちんとした修行をしていない」と書いています。

釈尊も独りで覚りましたが、2人の師匠に瞑想を習ったり、苦行者たちとともに6年間の修行をしています。
その体験を通して快楽と苦行という道を否定しました。
そして、サンガが成立すると、少しずつ戒律をみんなで定め、新しく入った出家者の指導を整えました。
麻原彰晃は師資相承を受けていないことがポイントだと思います。

藤田庄市氏も「神秘主義的修行が高位にあると理解してはならない」と注意しているように、神秘体験=悟りではありません。
天台宗では、好相行を終え、十二年籠山を行ずる侍真となる。
先輩の侍真たちに報告を行い、その吟味によって好相の真偽は判定される。
堀澤祖門師の得た好相は真であった。
オウム真理教はこうした組織、指導体系ができていなかったのでしょう。

もっとも、元禄から明治時代までの侍真106人のうち22人が途中病死しているそうです。
修行によって死ぬ人は少なくなかったわけですから、釈尊はどう思うか。

死者が出たときの対応にも違いがあります。
オウム真理教では1988年9月、真島照之さんが修行中に死亡しており、その死を隠して遺体を処分したことが田口さんの殺人につながりました。

それでもやはり、オウム真理教がなぜ多くの事件を起こしたのか、他の宗教はどうなのかという疑問は残ります。

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ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』

2018年10月16日 | 映画

外国映画の場合、描かれる物語の背景を知っていないと、何のことかわからないことがしばしばあります。
たとえば、テイラー・シェリダン『ウインド・リバー』。



先住民居留地で死んでいる女高生を見つけ、主人公はFBI捜査官と捜査をするという話。
町山智浩氏の解説を読み、こういうことなのかと思いました。
https://miyearnzzlabo.com/archives/50620

ウィンド・リバー先住民居留地は鹿児島県と同じぐらいの面積があり、2万人以上の先住民が住んでいるのに、警察官が6人しかいない。
アメリカの警察は連邦警察(FBI)、州警察、市警察がある。
保安官は郡に所属していて、警察官ではなく、政治家に近い人。
州とか市を超えるとそれぞれの警察はそれ以上追跡できない。
州を超えた犯罪の場合には連邦警察が出てくる。
この先住民居留地は連邦政府の土地だから、殺人事件だとFBIが出てくる。

レイプは連邦法には規定がなく、州の法律で規定されている。
州警察や市警察は居留地では行動ができないから、レイプ犯は裁くことができないし、捜査することもできない。
だったら、先住民居留区でレイプをしても逮捕されないということでしょうか。

先住民の失業率は80%。
平均寿命は48才。
10代の自殺率が全米平均の2倍以上。
先住民の女性がレイプされる率が全米平均の2.5倍以上。
先住民が殺人事件の被害者になる率は全米平均の5倍から7倍。
もっとも、こうした先住民の置かれた状況を知ってるアメリカ人がどれだけいるかと思います。

ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
レバノンのことは知らないので、わからないことが多いので、ネットで調べました。



ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
主人公2人が何を考えているか、映画を見てもわかりません。

自動車修理工場を営むレバノン人のトニーはレバノン軍団(キリスト教マロン派の民兵組織・右派政党)の熱心な支持者。
レバノン軍団の集会に参加し、家には党首の写真を掲げ、仕事場ではいつもテレビで「パレスチナ人を追い出せ」というアジ演説を聞いている。

トニーが住んでいるアパート(2階)のベランダ(違法なもの)で水を流して掃除をしたので、排水のホースから水が道路に流れ落ち、下で働いている人たちが水を浴びてしまう。
現場監督のヤーセル(パレスチナ難民)は、ベランダの排水管を新たに作って、水が下に流れ落ちないように補修した。(住人であるトニーの承諾は得ていない)
なぜか激怒したトニーは配水管を壊してしまう。
ヤ―セルは「クズ野郎」とトニーに向かって言う。(大声ではない)
すると、トニーは怒り、ヤーセルにしつこく何度も謝罪を要求する。

ごたごたを怖れた工事会社の所長がヤーセルに謝罪するよう説得し、トニーの自動車修理工場に行く。
ところが、なかなか謝罪しないヤーセルにトニーは「お前なんかシャロンに殺されていればよかった」と言ったので、ヤーセルはトニーを殴り、トニーの肋骨が折れてしまう。
裁判に訴えたが、トニーの父親からは「もとはお前の言葉からだ」とたしなめられるし、妻も夫を非難する。

この裁判が日本とは違っています。
傷害事件だから刑事裁判かと思ったら、検事も弁護士もいない。
トニーが裁判長に訴え、質問に答えます。
二審では双方の弁護士が相手をさえぎっては自分の考えをしゃべりまくる。
レバノンの裁判はこんな感じなのでしょうか。

大統領が仲介しますが、怒りのおさまらないトニーはこれまた拒否。
トニーはずっとこんな調子ですから、たちの悪いクレーマーとしか思えません。
ヤーセルにしてもどうしてそこまでかたくななのかと思います。

しかし映画の最後に、トニーが生まれたダムール村は、1976年の内戦で村が襲われ、500人が虐殺されたことがわかります。
『判決』の背景にはレバノン内戦があるわけです。

1975年から1990年までレバノンで内戦がありました。
ファランヘ党(キリスト教徒)、イスラム教徒・パレスチナ解放機構、シリア、そしてイスラエルなどが争った戦いです。

ウィキペディアにはダムールの虐殺についてこのように記されています。
1976年1月18日、レバノンのキリスト教徒の民兵組織はベイルート東部のカランティナ地区を制圧し、パレスチナ人とイスラーム教徒を殺害(最大1500人)した。
1976年1月20日、レバノン国民運動と提携したパレスチナ人の民兵がカランティナの虐殺の報復としてダムールの村のキリスト教徒の民間人150~582人を殺害した。
1976年8月12日、レバノンのキリスト教徒の民兵がテルザアタルの難民キャンプに侵入し、1500~3000人を殺害した。

1982年のイスラエルによるレバノン侵攻作戦では、レバノン軍団は自由レバノン軍などと共にイスラエル軍の補助部隊としての役割を担っています。
1982年9月16~18日、サブラーとシャティーラの住民(主にパレスチナ難民とレバノンのシーア派)が難民キャンプで、地域を取り囲んでいたイスラエル軍の助けを得たキリスト教徒の民兵組織「レバノン軍団」により700~3500人が殺害された。国連総会は虐殺を非難し、ジェノサイド行為と宣言した。
イスラエルの国防相だったシャロンは引責辞任する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

トニーがパレスチナ人を嫌うことは理解できるし、ヤーセルが「シャロンに殺されていればよかった」という暴言に怒ることも当然のことです。

1990年にレバノン内戦が終結すると、レバノン軍団は政党化され、パレスチナ難民排斥を訴えています。
トニーの修理工場の入り口にシオンの星をペンキで描かれます。
レバノン軍団とイスラエルはつながりがあるわけです。

トニーがつけているテレビでレバノン軍団のパレスチナ人を非難する声は、1994年のルワンダ虐殺を描いたテリー・ジョージ『ホテル・ルワンダ』で、ラジオのディスクジョッキーがツチ族を「汚くて病原菌を撒き散らすゴキブリ」などの攻撃を思い出しました。



在特会が「死ね」とか「殺せ」と言ってるのと同じです。



レバノンの内戦が終結して30年弱。
光州事件から30~40年たって、チャン・フン『タクシー運転手』、チャン・ジュナン『1987、ある闘いの真実』 という映画になりました。
若松孝二が連合赤軍や三島を映画にしたのもそれくらいかかっています。
歴史として語るには時間がかかるということでしょう。

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越智啓太『つくられる偽りの記憶』

2018年10月05日 | 問題のある考え

世界こどもサミットでは、胎内記憶や前世の記憶を語る子供たちがスピーカーとして参加していました。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/d18b1c1184e8e324a6274a807d87dde6
生まれた時のことだって覚えていないのに、まして胎児や前世のことなど記憶しているものかと思い、越智啓太『つくられる偽りの記憶』を読みました。

自分がもっている思い出は間違いないものと考えるのが普通だが、近年の認知心理学の研究で、記憶はそれほど確実なものではないということが明らかになってきている。

ある出来事の後から入ってきた情報によって、記憶の一部が書き換えられてしまうことを「事後情報効果」という。
事後情報の入力によって記憶を変容させてしまう時、二つの可能性が考えられる。
一つは、もとにあった記憶の該当する部分が、事後に入力された情報によって上書きされて、記憶は書き換えられてしまう。(上書き仮説)
もう一つは、もとにあった記憶と事後に入力された記憶の両方が存在する。(共存仮説)
共存仮説の場合、どちらが本当の記憶なのかわからなくなってしまうため、記憶が混同される。
上書き仮説と共存仮説はともに生じるが、多くの状況で記憶が上書きされてしまうことがわかっている。

情報を聞き取る側の先入観や思い込みが記憶に影響を与える。
たとえば、事件の捜査官が犯人を「めがねをかけた30代の男」と思っていて、目撃者に「犯人はめがねをかけていましたか」とか「犯人は30代くらいでしたか」などと聞くと、目撃者の記憶の中の犯人にめがねや30代が導入される危険性がある。
また、相手の期待に応えようとする思いから、記憶の変容が加速することもある。

記憶が存在しないにもかかわらず、実際には体験していない出来事の記憶をつくり出させることは可能で、記憶を植えつける方法が開発されている。
しかし、一度植えつけられてしまった記憶を消す方法は開発されていない。

この体験していない記憶をフォールスメモリー(虚偽記憶)という。
なぜフォールスメモリーがつくり出されるのか。

記憶を思い出そうと思いをめぐらせると、いろんな記憶の断片が思い出される。
その記憶の断片を「そのとき」の記憶が蘇ってきたと考えてしまうと、ヒントとして提示されたストーリーに従って、それらの記憶が貼り合わされていき、次第に現実感のある記憶が完成されていく。
さらに、これらのイメージを反芻するに従って、記憶はより鮮明で一貫した構造を獲得し、最終的には、リアルな偽の体験の記憶が形成されてしまう。
出生時の記憶、前世の記憶、宇宙人に誘拐された記憶などがそうである。

・生まれた瞬間の記憶
幼児期健忘といって、三歳児よりも幼い時期の記憶は想起できない。
思い出せないのではなく、エピソード記憶(体験した出来事の記憶)という形で保存されないからである。

新生児の目の焦点は20~30cmに合っていて、それより離れるとぼやけてしまう。
だから、出生直後には周囲の光景や両親の姿を認知することが難しい。
そして、新生児は視覚的なイメージを処理する脳の部位が未発達だから、赤ちゃんが知覚しているイメージが記憶され、催眠によって引き出すことが可能だとしても、それはぼやけてはっきりしない色彩の混沌であり、人の顔や周囲の光景をはっきり見える形にはならない

退行催眠を用いて思い出す人がいるが、出生時の記憶を催眠によって思い出すことができると信じている施術者の反応を見ながら、施術者が喜ぶような方向にイメージを形成し、その結果、施術者の思っているとおりの記憶を「思い出す」ようになる。

また、出生時記憶を想起する人は、出生時の記憶があることを固く信じており、催眠によって思い出すことができると考えている。
彼らの多くは「出生時記憶を思い出させてもらうために」催眠にかけてもらう。

・前世の記憶
催眠によって前世の記憶を話し出したという事例は、本格的な調査が行われると、以前に読んだ本などの内容を語っていたなど、話が眉唾だったことがわかる。

前世記憶を思い出すことで、知らない言語を流ちょうに操るという真性異言現象があるとされる。
しかし、真性異言を本物と確認したケースは実際にはほとんどない。
応答的なものではなく、繰り返し的な発話であり、発音も不正確である。
めちゃくちゃな言葉が一方的に話されているのをまわりが真性異言だと解釈していることが多い。

イアン・スティーブンソンによる前世の記憶を持つ子供たちの研究は、多くの研究者が生まれ変わり以外のメカニズムで生じた可能性が大きいと考えている。
たとえば、生まれ変わりを信じる家族、親などがそばにいることが多い。
子どもは容易に大人の誘導に従った証言をしてしまいがちであり、その結果、記憶がつくられることがある。
イアン・スティーブンソンのもとで助手を務めた弁護士は、インタビューがあまりにも誘導的に行われたことなどを指摘している。

実験的に前世の記憶をつくり出すことができる。
カナダのカールトン大学の実験では、110人中、35人が過去の人生を想起した。
83%が前世での名前を想起し、74%がその時代について年まで特定できた。
1人を除いて他のすべては前世が北アメリカか西ヨーロッパだった。
韓国の実験では、過去世が動物だった者が4人いた。
西欧では前世が動物だという輪廻転生思想は存在しない。
このことは、想起される前世の記憶の内容は文化や思想の影響を受けている証拠だと考えられる。

・エイリアン・アブダクション
エイリアンに誘拐されたと主張する人がアメリカには大量にいる。
催眠療法によってエイリアンに誘拐された体験を想起した人と、自発的に想起した人がいる。
しかし、ヨーロッパではそれほど盛んでなく、日本やアジアではほとんど発生しない。

自分がやってはいけないようなことをしてしまう理由、やらなくてはならないことをしない理由、落ち込んでしまう理由、うつになる理由、体調が優れない理由、恋人ができない理由、セックスが嫌いな理由、勉強ができない理由、夜中に起きてしまう理由、虫が嫌いな理由、なにかしっくりこない理由、自分だけが特別だと感じる理由、これらすべてがエイリアンに誘拐されたせいだと考えることができればずいぶん楽になる。

アブダクティー(エイリアンに誘拐された人)の特性
1 思い出す記憶が実際に存在する可能性を信じていなければその記憶を思い出すことはない。つまり、UFOやエイリアン・アブダクションを信じている人ほどエイリアンに誘拐されやすい。
2 催眠にかかりやすい人ほど、エイリアンに誘拐されやすい。
3 頭の中に鮮明なイメージを浮かべやすい人ほど、エイリアンに誘拐されやすい。
4 生じたイメージを現実のものなのか空想のものなのか区別しにくい人ほど、エイリアンに誘拐されやすい。

UFO体験する人は、ESPやサイコキネシス、死後の生存などを信じている傾向がある。
また、自分が予知能力などの超能力をもっていると信じていたり、超自然的な体験、不思議な体験をしている。
これらの特性は出生時や前世の記憶があると主張する人たちにも共通すると思います。

ダウエ・ドラーイスマ『なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか』に、自分の経験を記憶に結びつける「私」がある場合にのみ、自伝的記憶(エピソード記憶の一種)は展開されるとあります。
自己意識が子供に現れはじめる兆候は1歳の誕生日以降で、鏡に映っているのが自分だと理解するのは18カ月ころになってから。
「私」という意識がないときの記憶は作られたものだということでしょう。

孫(3歳10カ月)に「妹が生まれたときのことを覚えているか」とか「お母さんのおっぱいを飲んでいたころを覚えているか」と聞くと、「うん」と答えました。
さらに、「お母さんのお腹の中にいる時は?」と尋ねると、「うん。自動車でお腹に入って・・・」と話してくれました。
胎内記憶や前世記憶を思い出す子供は、質問する大人の誘導で物語を作っているんじゃないかと思います。

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