井上日召は大正元年から参禅し、大正13年に開悟した。
「ニツシヨウ」
と叫んだ。「ニツシヨウ」が何の意味だかも知らぬ。
麻原彰晃も似た体験をしています。
広瀬健一『悔悟』によると、麻原彰晃が立位の姿勢から五体を大地に投げ出しての礼拝を繰り返じていると、「アビラケツノミコトになれ」という声を聞きました。
アビラケツノミコトは「神軍を率いる光の命(みこと)」という意味で、シャンバラの実現のためにアビラケツノミコトとして戦うように命じられた、というのです。
見性したかどうかは師が判断します。
しかし、井上日召も麻原彰晃も無師独悟です。
血盟団事件とオウム真理教事件は似ていると思います。
井上日召は門下の若者たちとテロリズムに傾倒し、昭和7年に血盟団事件の首謀者として入獄した。
昭和8年、収監先で悟り体験を得た。
この時はじめて山本玄峰から悟境を認められた。
井上日召がなぜテロリズムを肯定するようになったか、大竹晋さんはこう書いています。
悟り体験者の中には戦時中に好戦的な発言を行なった人が複数いる。
宗教と道徳は違います。
悟った人が殺生を肯定することはあり得ないし、人に殺生させないはずです。
見性した人の中には超能力を持つようになった人がいるそうです。
絶大な叡智獲得体験において、超能力のレベルに達するほどの叡智がしばしば獲得される。
経典に覚醒体験に伴って六神通を獲得することが説かれる。
盤珪永琢(1622年~1693年)は、濃尾にいながら大坂のことを言い当て、播磨にいながら大洲のことを言い当てた。
これは天眼通です。
エマヌエル・スエーデンボルグも遠方を透視する能力があると考えられています。
1759年、スエーデンボルグはストックホルムから約500キロ離れたイェーテボリで、「今、ストックホルムで大火災になっている」と友人たちに告げた。
大竹晋さんは田中木叉「日本の光 弁栄上人伝」に書かれた山崎弁栄(1859年~1920年)のこんなエピソードを紹介しています。
中川智正は麻原彰晃に言いつけられた用事をすませ、買い食いをして戻ると、麻原彰晃から買い食いをしたなと言われています。
井上日召も悟り体験によって超能力を獲得したそうです。
悟り体験者は相手の声や動作の音を聞いただけで、悟り体験をしたかを知るそうです。
白水敬山「老師は障子の内側から「自恭か、やったネ」と声をかけられた」
絶大な悟り体験者には、その人に接した誰もが「この人は確かに悟っている」とわかり、悪念を捨てて浄化されるらしい。
四元義隆「玄峰老師は自分にとって親以上の存在とも云える。傍についているだけで自分の人格が良くなるようなそんな人物だった」
これまた広瀬健一『悔悟』に麻原彰晃の浄化能力が語られています。
田中木叉は山崎弁栄のこんなエピソードを書いています。
これは親鸞と弁円の話と似通っています。
弁円は親鸞を殺そうと思って親鸞と会いますが、なぜか弟子になりました。
実際にあったことかもしれません。
国柱会の壮漢や弁円は悟り体験者ではないでしょうけど。
悟り体験によって得られるこうした超能力をどう考えたらいいのでしょうか。