「終活読本ソナエ 2015年春号」に、高齢者の生活保護受給が増えているという記事がありました。
総務省の2013年家計調査年報によると、1人暮らし無職高齢者(60歳以上の単身無職世帯)の実収入は12万308円、支出は15万6953円で、3万3645円の赤字。
夫婦2人暮らし(夫65歳以上,妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の実収入は21万4863円、支出が27万2455円で、5万7592円の赤字。
多くの人は赤字分を貯蓄の取り崩しなどで補っているとみられる。
年金生活20年で亡くなった場合、月に5万円の赤字だと、1200万円の貯蓄が必要になる。
ということは、貯蓄が1200万円以下だと、20年以内に生活が破綻するわけです。
そのためか、生活保護を受ける高齢者が年々増加しており、2011年に生活保護を受給している高齢者は約78万人。
2012年に生活保護と年金を同時に受給している高齢者は約35万人。
生活保護受給世帯の47.2%は高齢者の世帯で、高齢者の人口に占める被保護者の割合は2.63%。
生活が苦しくなっても、家やマンションを持っていたら生活保護を受けることはできません。
不便な場所だと大した金額では売れないし、売れたとしても、生活保護を受けるとなると、家賃4万円程度のアパートぐらしになります。
楽ではありません。
では老人ホームはどうでしょうか。
「ソナエ」を見ると、これまた厳しいようです。
2014年3月で、特別養護老人ホームの入所待ちが全国で約52万人、2009年より10万人増えている。
要介護4や5の待機者が約8万人。
ところが介護職の有効求人倍率は全国平均で2.26倍、東京都と愛知県は4倍を超えている。
なぜ人手不足なのか、その原因の一つが低賃銀。
2013年、介護施設職員の平均月給は約21万2000円で、全職種の平均より8万円以上安い。
就労支援機構の人が、介護職につきたいと言う人にはやめたほうがいいと言ってる、給料が安いし、増えないからと話してました。
私の父はデイサービスとショートステイのお世話になっていますが、職員の方たちに申し訳ない気持ちになりました。
ジョン・ファヴロー『シェフ』を見た後、映画館でキューバサンドイッチを売ってたので、買いました。
1つ450円。
映画ではたしか7ドルで、食パンを2枚重ねたものを半分に切ってたから、2つ分としたら900円です。
となると、1ドル130円ぐらいで、だいたい値段的には合います。
映画を見ながら感じたこと。
主人公が作るキューバサンドイッチをブログの評論家が絶賛するわけですが、店によってそんなに味に違いがあるのかと、味覚音痴の私は思いました。
キューバサンドイッチがお好み焼きとかたこ焼きみたいな感じだとすると、たしかに店によってうまいまずいはありますが、ホットサンドイッチはどこも似たり寄ったりだと思うし。
そんなに腕のいいシェフなら、元妻がレストラン開店資金を出資すればいいのに。
それと、10歳の息子のお迎えに10時に行かないといけないのに、1時間遅れたので息子が傷つくということ。
アメリカ映画を見てたら、子供の野球の試合や学校での発表会には家族そろって見に行かないといけないみたいです。
日曜日も仕事があったり、残業があったりしたら、親はどうするのか。
父親がやむを得ない事情で来れなくても、子供がその程度で傷つくのだから、アメリカはカウンセリングや自助グループがはやるんだと思いました。
福田和也『作家の値うち』は石原慎太郎『わが人生の時の時』に96点をつけていて、どんなものかと興味を持ち、図書館に出かけたのはいいものの、粗忽な私は間違えて『わが人生の時の人々』を借りてしまいました。
『わが人生の時の人々』は石原慎太郎が芥川賞を取ってからの交遊録というか、自慢話。
世の中には、家族や経歴や顔の広さを自慢したり、知識をひけらかす人がいて、聞かれたのならともかく、自分から自慢話を得々と話す人の気が知れません。
『わが人生の時の人々』はその手の本で、こんな有名人と親しいんだとか、この人に何でも言えるのは自分ぐらいだ、どうだ、すごいだろうといった感じ。
そして、人を見下したり、バカにしたり、これだけしてやったのにと恩着せがましいことを書いたりしてて、「してあげたことしか覚えてない不幸 三谷ゆりえ」という川柳を思い出しました。
浅見雅男『皇族と帝国陸海軍』に
とありますが、その点は『わが人生の時の人々』はどうなのでしょう。
昭和55年の都知事選立候補について、石原慎太郎はこのように書ています。
沢木耕太郎「シジフォスの四十日」(『馬車は走る』)を読むと、ちょっと違ってます。
「勝目は薄いが、大義のために、余儀なく、しかし潔く立った」と言われているが、いくつかの疑問符が付されると沢木耕太郎は書いています。
昭和49年の暮、浅利慶太に石原慎太郎は「やりたい」と言っている。
余儀なく立ったわけではない。
毎日新聞の内藤国夫が「あなたは自民党のスケープゴートにさせられますよ」と言うと、石原慎太郎は「いや、勝算がなければ私は出ませんよ」と断言した。
そして、典子夫人に「こんどの選挙は、美濃部と僕と、千票差の大接戦になるかもしれない」と洩らしている。
勝算がまったくなかったわけではない。
なぜ負けたのか。
新聞のカメラマンが食事をしているところを撮りたいと申し出たのを引き受けているにもかかわらず、数枚撮られると「もういいだろ!」と険のある声で言う。
個人演説会で話の途中、酔っぱらいが「おーい、慎ちゃんよ!」と二度ほど呼びかけ、三度目に「慎ちゃーん」と呼んだ時、いかにも不快そうに「酔っ払いだろ、それ、早く連れ出せよっ」と会場係に命じた。
参謀グループとステーキを食べに行ったときのこと、庭で石原慎太郎とボーイがハチ合わせしたが、二人はどちらも譲ろうとしない。
石原慎太郎は「おまえ、ボーイだろ、どけよ!」と言った。
そして沢木耕太郎は次のようにまとめています。
石原陣営の参謀だった浅利慶太と牛尾次朗は、口をそろえて「都民の判断は賢明だった」と言っている。
石原慎太郎は変わらなかったけど、都民、そして国民が変わったということでしょうか。
『わが人生の時の人々』の解説は田辺聖子。
よいしょのうまさといったら。
『おみおくりの作法』は、ロンドンのある地区で民生係をしている44歳の独身男が主人公です。
独り暮らしの人が死んでから発見されるという孤独死がテーマ。
主人公はそういう死に方をした人がいると、身内の者や親しい人がいないかを探す。
そして、葬式には信仰していただろう宗教の教会を探し、牧師が読む弔辞(?)を書き、音楽を選び、ただ一人参列し、土葬の場合は埋葬の手配をして立ち合い、火葬の場合は骨壺をしばらく保管し、誰も引き取り手がないことを確認して墓地で散骨をする。
上司は「葬儀は生きている者のためだ。誰も葬儀をしたいと思わないなら必要がない。さっさと火葬するなり埋葬したらいい」といったことを言う。
どういう葬儀をしようと、遺体をどのように扱おうと、死んだ人は文句を言わないし、死後の世界で困るわけではない。
だからといって、島田裕巳氏が提唱する0(ゼロ)葬(葬式をせず、遺骨は持って帰らない)がいいとは思えません。
某氏からいただいた「終活読本 ソナエ 春号」に島田裕巳氏へのインタビューが載っています。
「(喪主などとして)葬式を経験した人に聞くと、『厄介なことばかり』『何でこんなに高額なのか』と口々に不満を語ります。遺族は形式的で高額な現代の葬送に翻弄され、じっくりと故人をしのぶ時間もありません。(略)」
不満を解決する手立てとして0葬を示したのだそうです。
樹木葬や自然葬は、業者に依頼して費用がかかるし、自分でするとなると負担なので、0葬がいいとのこと。
「0葬では火葬したあと、必要があれば追悼のための「お別れの会」や追善供養をやればいいのです。遺骨を引き取って墓地に埋葬する習慣は、火葬が普及した戦後にできあがったもの。それ以前の時代は、遺骨とともに供養する習慣自体がなかったのです。(略)」
だったら最初から葬式をきちんとしたほうがいいじゃないかと思います。
それと、島田裕巳氏は明らかなウソを平気で言うのですが、遺骨を墓地に埋葬する習慣は戦後からだということもその一つです。
またこんなことも言っています。
「現世を存分に謳歌した」といって、残された者の悲嘆は変わりません。
あまりにもあっさりと割り切った島田裕巳氏の発言には薄情さを感じます。
『おみおくりの作法』を見て、遺体をモノとして廃棄処分することは死者の尊厳を否定することだと、あらためて思いました。
主人公も一人で暮らしています。
自分が担当した人たちの写真を持ち帰り、アルバムに貼って時々眺める、そのシーンを見ながら、写真に写った人たちはどういう人生を過ごしたのかと私も想像しました。
死者を思い出していくことが死者の尊厳を大切にすることになると思った映画でした。
堀川惠子『教誨師』は、東京拘置所で死刑囚の教誨を50年間勤めた渡邉普相へのインタビューをまとめた本です。
死刑囚と面接をして対話を重ね、死刑執行に立ち会うといった任務の過酷さに、心がもたなくなる教誨師が多いそうで、渡邊普相もアルコール依存症になったことがあります。
実際に死刑の執行をする刑務官の気持ちはどうなのでしょうか。
(生きている人のためにも、ですか)
そう、人殺しですから。「人殺し、人殺し」って言うとね、拘置所の人らは「人殺しって言わないで下さいよ」って嫌がるんだけどね。人殺しじゃないか、あんた、人殺しやっているんだぞと。
(前にも「人殺し」という言葉を使われましたね?)
だって人殺しじゃないですか。良いことをやっているわけじゃないでしょう? みんな仕方なしに……
以前は死刑囚の目の前で刑務官がレバーを引いていたそうです。
刑務官だって死刑の執行をしたいわけではありません。
死刑囚はどんな人たちなのでしょう。
幼い頃から家や社会で虐げられ、いわれのない差別や人一倍の不運にさらされて生きてきた者が圧倒的に多い。
知能指数の平均は70ほど。
事件が悲惨であればあるほど、その犯人には気の小さい者が多い。
死刑囚の多くが殺人を犯す前に自殺を試みている。
死にたいというので、通りすがりの見知らぬ人を殺すという事件が起きますが、拡大自殺のようなものなのでしょう。
死刑囚には被害者的な恨みに捉われている者が多く見受けられるそうです。
事件を犯すに至ったやむを得ない経緯があっても、警察も検察も裁判所も耳を傾けません。
死刑囚の家族が置かれている状況は悲惨なものがあります。
タバコ屋の老夫婦を殺害した大橋(仮名)の家族は、店で食糧を売ってもらえなくなったり、子どもたちが登校を拒否されたりと、村中からひどく迫害される。
一家は明日の米にも事欠き、子どもまで餓死寸前の状態に追い込まれた。
現場検証のために村を訪れた一審の裁判長は、一課が置かれている状態を知り、地元の新聞に実名で記事を掲載しています。
訴えもむなしく、大橋の両親は村から追われるようにして引っ越し、老齢の身に鞭打っての土木の日雇い仕事で身体を壊して寝たきりになり、子どもたちも各地の親戚に引き取られ、散り散りになりました。
連続殺人犯の大久保清の姉が渡邊普相を訪れ、大久保清の骨壺を預かってくれないかと相談します。
何ともひどい話ですが、地元の人がそうしたのはこういう事情があるからです。
この上、大久保清の墓まで出来たとなれば、それこそ新たな〝観光スポット〟にされかねない。忌まわしい事件の記憶が静かに風化していくのをじっと耐えている町の人たちにとっては、傷口に塩をすりこまれるような事態が続いていた。
今ならネットでの誹謗中傷が加わります。
渡邊普相は被害者と加害者をつなぐことができなかったことを悔いていたそうです。
「FORUM90」VOL.140に、小川秀世弁護士(袴田事件弁護団事務局長)の「袴田事件をとおして死刑を考える」という講演録が載っています。
袴田事件の再審請求裁判では、裁判所が「警察による捏造の可能性」を認定しました。
小川秀世氏によると、捏造には二種類あり、自白の強要と5点の衣類などの証拠の捏造です。
検察は捏造をわからなくするために証拠を隠した。
裁判所は警察や検察が捏造していることがわかっても、それについて何もしていなかった。
これは袴田事件だけの問題ではない。
当時、静岡県では冤罪事件が続いたが、死刑判決が出て、最高裁で無罪になった幸浦事件では、被告人は焼け火箸を耳の後ろにくっつけられ、耳の後ろに焼けただれた跡があったにもかかわらず、裁判所は自白の強要や証拠の捏造の指摘をしなかった。
証拠を捏造した警察や、証拠を隠した検察は、証拠がないし自白もしていないのに、本当に袴田さんが犯人だと信じていたからそんなことをしたのでしょうか。
今も検察は袴田さんが有罪だと思っているのでしょうか。
無実の人間を殺すことになるかもしれないとは考えなかったのでしょうか。
ほんと不思議です。
小川秀世氏はさらにこう言います。
DNA鑑定などの科学の進歩、証拠開示、取調の可視化によって誤判の可能性は減少するかもしれない。
しかし、完全な制度はないし、完全な人間もいない。
それなのに死刑という絶対的な刑を科すのは誤りである。
誤判と死刑について死刑存置論者は二つの批判をする。
一つは、誤判は死刑だけの問題でなく、無期や罰金刑でもあるということ。
もう一つは、現行犯で捕まった人も死刑にしてはいけないのかということ。
これに対する小川秀世氏の反論です。
無期や罰金刑と違って、死刑は取り返しがつかないから、無実で死刑執行された人を救済できない。
また、どういう人を死刑にし、どういう人を死刑にしないのかをどうやって区別するのか。
自白した人は死刑にして、否認したら死刑にしないのか。
あるいは、現行犯で逮捕されても、精神が正常でない状態で事件を起こしたかもしれない。
死刑は憲法違反だと小川秀世氏は言います。
このことはあまり言われていないが、死刑は人権の制約である。
かつては、人権は公共の福祉によって制約できるとして、最高裁は公共の福祉によって命を奪うことができるという判断を下している。
今は、公共の福祉とは他の人権を守るためであれば、必要最小限度で制約できるという考え。
要するに、ほかの人権を守るためでないと人権を制約することはできない。
人の命を守るためでなければ死刑はできないが、死刑の犯罪抑止力は証明されていない。
だから、死刑は憲法に違反する。
『心臓を貫かれて』は、「ローリング・ストーンズ」などに音楽評論を書いているマイケル・ギルモアが自分の家族について書いた本です。
1976年、マイケル・ギルモアの次兄ゲイリーは2人を殺し、死刑になる。
ゲイリーが事件を起こしたのは、連邦最高裁判所が死刑は合憲だとして死刑制度を復活させた直後だった。
アメリカでは過去10年以上、死刑の執行はなかったのに、ゲイリーは刑の執行を求め、1977年に銃殺される。
事件から20年経った1996年に『心臓を貫かれて』が出版される。
読みながら「魂の殺人」という言葉を何度も思い出しました。
マイケルは4人兄弟の年が離れた末弟。
父親は何度も結婚しては妻子を捨てている人間で、マイケルの母や兄たちに暴力を振るいます。
父よりも23歳年下の母は殴られながらも、夫とケンカをし、息子たちを支配しようとします。
ゲイリーは小学生のころから非行に走り、少年院や刑務所に何度も入っていました。
三兄のゲイレンも12歳から酒を飲むようになり、最後は刺されたことが原因で死にます。
長兄のフランクとマイケルは犯罪とは無関係ですが、結婚して子供を育て家庭を営むということはできませんでした。
カポーティ『冷血』には殺人犯の親に社会が寛容だったことが書かれています。
しかし、マイケルやフランクに対して世間の目は冷たいものでした。
長兄のフランクも同じような経験をしています。
川崎市での中1殺害事件で逮捕された少年たちの家族の実名や顔写真がネットでさらされています。
社会が加害者の家族を排除するなら、家族はどうやって生きていけばいいのでしょうか。
被害賠償もできません。
政府は再犯、再非行防止のため社会復帰支援に取り組むそうです。
マイケル・ギルモアはこのように書いています。
事件から10年以上経っても、フランクはゲイリーの肉親であることがばれてしまい、解雇されています。
仕事がなくて生活できずに犯罪を犯せば、「やっぱり。殺人犯の家族は……」と非難されるんでしょうね。
こないだある人が「正義と悪は紙一重だ」と言ってて、なるほどと思ったものですが、正義を振りかざす前に、自分のしていることはどっちのなのかを考えてほしいものです。