三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

ジェフリー・S・ローゼンタール『それはあくまで偶然です 運と迷信の統計学』

2023年07月31日 | 

ジェフリー・S・ローゼンタールは統計学の教授です。
『それはあくまで偶然です』は統計学がいろんなことを教えてくれることをわかりやすく説明しています。

人は偶然に起きた出来事を何らかの原因によって必然的に起こったと錯覚しがち。
迷信、占星術、超科学、宝クジの予想が当たるとか思いますが、それも錯覚がほとんどです。

銃で遠くの的に弾を当てたとして、その人の銃の腕がいいとは限らない。
まぐれ(偶然)だったり、数多く撃ったり(下手な鉄砲も数打ちゃ当たる)、的が大きかったり、ウソの報告なのかもしれない。

ある自然医療で10人のガン患者が治ったとする。
しかし、それだけでは効果があったことにはならない。
10人は治ったが、100人は治らなかったかもしれない。
他の原因で治ったかもしれない。
治ったと思っただけで、実は治っていないのかもしれない。
治った10人に副作用や後遺症があったかもしれない。
その治療法を信奉して死亡した人は、死んだことを報告できないから、治った話ばかりを耳にすることになる。

自分のことを言い当てられたと感じさせる言い方をストックスピールという。
「あなたは裏切られた経験がありますね」
「あなたは嘘をついて人を傷つけた経験がありますよね」
「あなたは型にはまりすぎていなければ、個性的でありすぎるわけでもないでしょう」
「あなたは幅広い関心を持っています」
「あなたは自分について他人に正直に明かしすぎるのは賢明ではないと知ってますね」
「あなたは一定の変化や多様性を好みます」
「あなたは自分に批判的な見方もできる人です」
こうした誰にでも当てはまることをもっともらしく言うのは霊能者や占い師のトリックの一つ。

夢のお告げは、当たった時のことだけを覚えていて、はずれたのは忘れる。
偶然の一致にすぎないのに、関係ない出来事を関係あるように思い、神の配慮、運命といった意味を見出して一喜一憂する。

40人のクラスで自分と同じ誕生日の人がいる可能性は10%。
宝クジで一等賞を手にするよりも、宝クジを買いに行く途中で死ぬ可能性のほうが高い。
統計学によれば、近年の地球の温度の上昇はたまたまではない。

2021年、殺人は10万人あたり、アメリカで6.81件、フランス1.14件、英国1.00件、ドイツ0.83件、韓国0.52件です。
日本の殺人件数は年に874件で、10万人あたり0.23件。
世界177か国のうち、日本の殺人発生率は171位。

飛行機に乗って死亡する確率は3000万分の1。
交通事故による死者数は2022年では2610人で、飛行機より自動車のほうが死亡する率が高い。

身代金目的など悪意を持った人に誘拐される子供は50万人に1人。
子供の誘拐、テロ、ビルの爆破などがニュースになるのは、そうしたことが起こるのがまれにしかないから。
だから、犯罪や事故に巻き込まれることを過剰に心配すべきではない。

アメリカの科学アカデミーの会員で、人格神の存在を信じる人は7%。
イギリスの王立協会のフェローの64%が神が存在するとはまったく思っておらず、存在するという考え方に強く賛成する人は5%。
アインシュタインは「人間は、もし死後の罰への恐れや報いへの期待に縛られていたら、じつに哀れむべき状態になるだろう」と言っている。
ローゼンタール自身も宗教を持っておらず、死後の生を信じていないと明言しています。
ある講演会でのエピソード。

主催者が高齢の夫婦を紹介してくれた。
この夫婦は最近、息子をガンで亡くした。
息子は最後の日々を確率に関するローゼンタールの本を読むことで慰められていた。
なぜか。

罰ではなかった。
過失でもなかった。
自分がしたことやしなかったことのせいではなかった。
自分が悪い人間だったからでも、死んで当然だったからでもなかった。
ガンになったのは、ただのランダムにすぎなかった。

何かが私たちの過失ではないとき、そうと気づく助けとなりうるのだ。私たちは、自分の不運には特別な意味がないと悟ることができれば、その不運について自分を責めるのをやめられるかもしれない。過失を問われることはないから。


ガンになったのは、あなたのせいだ(邪教を信じている、前世の報い、先祖供養をしないなど)と責める宗教が少なくありません。

訳者あとがきにこうあります。

ある人が、本人には何の責任もない幸運あるいは不運に見舞われるのは、まったく偶然であり、本人に責任がない以上、そこになんの因果もない。そう承知しつつも、我々人間は、そうした出来事に何らかの意味を加えることで、ときに慰められ、また気持ちの整理をつけて暮らしている。
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『玉耶経』

2023年07月23日 | 仏教

『仏典説話全集』(昭和3年)を読んでいたら、『玉耶経』の話がありました(井上恵宏訳)。

給孤独長者が息子の嫁に玉耶という貴族(長者か)の娘を迎えた。
玉耶は容姿端麗で天女のような美人だったが、自分の美貌を恃んで驕豪傲慢で、舅姑や夫に仕えることをしなかった。
給孤独は玉耶の慢心を正さなければと、釈尊に来てもらう。
釈尊は玉耶に「婦人は自分の顔形の端正婉麗なことを鼻にかけてはいけない。容姿の美しいことが真の美人とはいえない。心がけが正しく、人に愛され敬われる人を真の美人という。顔形の美しいことを自慢にして好き勝手な行いをするなら、後世には卑賎の家に生まれて婢となるから、心をつちかうようにしなければならない」と語った。
そして、三障十悪、五等、五善三悪を説いた。

ネットで『玉耶経』の翻訳を調べると、住岡夜晃「女性の幸福」がありました。
http://tannisho.a.la9.jp/YakoSnsyu/Josei(4)/4_3_4.html
三障十悪、五等、五善三悪について、井上恵宏訳を住岡夜晃訳で補って紹介します。

三障
① 女性は幼少の時には父母に障えられる。
② 嫁に行ったら夫に障えられる。
③ 年老いたら子に障えられる。

住岡夜晃訳には三障はありません。
三障とは三従のことだと思います。
三従は『マヌ法典』と『儀礼』にあって、「婦人は幼にしてはその父に、若き時はその夫に、夫の死したる時は子に従う」というものです。
「障える」は「さまたげる」「邪魔をする」という意味なので、女性は父、夫、子供に邪魔されながら生きなければいけないという意味だとしたら、ちょっと面白いです。

十悪
① 女の子が生まれると父母が喜ばないこと。
② 娘は父母が一生懸命に養育しても、その育て甲斐がないこと。
③ 娘の嫁入りについて、父母は心配せねばならないこと。
④ 女性はその心が常に人を畏れるということ。
⑤ 生みの父母と生別せねばならないこと。
⑥ 成長の後は、その身を他家に嫁がせねばならないこと。
⑦ 妊娠せねばならないこと。
⑧ 子を出産せねばならないこと。
⑨ 常に夫に気がねしなければならないこと。
⑩ 常に婦人は自由を与えられないこと。
この十のことは、どんな婦人でも本来もっている特性である。

結婚、妊娠、出産が悪だとされています。
自由が与えられないということは、父、夫、子供に束縛されるという三障に通じます。
十悪とは、女であることの悪ではなく、社会の習慣が生み出している悪に女性が苦しむという意味だと解釈しておきましょう。

五等 婦人の践むべき道
① 母婦
夫を愛することが母が赤子を愛護するようにするのをいう。
② 臣婦
臣下が君主に仕えるように夫に仕えるのをいう。
③ 妹婦
兄のように夫に仕えるのをいう。
④ 婢婦
婢のように夫の奉仕するのをいう。
⑤ 夫婦
永く父母を離れて、形は異なっていても、心を同じくして、夫を尊敬して、決して驕慢の情を起こさず、家の内外をよく治め、賓客に応接し、家産を殷盛にして、夫の名を揚げる。

住岡夜晃訳は、七婦の説をさとした、とあります。
七種の婦(おんな)
① 母のごとし
母婦 夫を愛念すること慈母のごとく、昼夜そのそばに侍べって離れず、食物や衣服にも心をこめて供養し、外で夫があなどられることのないように、うまず厭わず、夫をあわれむこと母のごとくする。
② 妹のごとし
妹婦 夫につかえること、妹の兄におけるがごとく、誠をつくし、敬い尊び、異体同心、みじんの隔てがない婦のことである。
③ 善知識のごとし
善知識婦(師婦) 愛念、ねんごろにして、恋々としてあい捨てることあたわず、何事も打ち明けてその間に秘密のことなからしめ、もし夫に過失があれば、教え呵めて、これを繰返すことのないようにし、よいことがあれば、それをほめ敬って、さらに善事にむかわせ、相愛してゆくこと、善知識が人を導くような態度をもって夫に侍じするのが、善知識婦である。
④ 婦のごとし
婦婦 親には誠をもって供養し、夫につかえて、へりくだってその命に従い、早く起きおそくねて身口意の三業をつつしみ、なおざりでなく、よいことはほめ、あやまちは自分の身にきて、人たるの道を歩み、心ただしく婦としての節操を持って欠くところなく、礼を守り、和を尊ぶのが婦婦である。
⑤ 婢のごとし
婢婦 常に自ら慎んでたかぶらず、まごころあり、言葉柔らかに、そまつでなく、性はやわらかく、横着でなく、心を正しく、礼をもって夫につかえ、それを受け入れられても、たかぶることなく、たとえ受け入れられなくても恨みもせず、むち打たれても、ののしられても、甘んじて受けて恨まず、夫の好むところは勧めてやらせ、嫉妬せず、冷たくされてもその非を口にせず、貞操を守り、夜食の善悪を言わず、ただ自分の足らないことを恐れて夫につくすこと、下婢が主人にするようなのが婢婦である。
⑥ 怨家のごとし
怨家婦 夫が喜ばなければ、これを恨みいかり、昼夜に夫とわかれようと考え、夫婦の心のないこと一時の客のごとく、犬のほえるようにけんかしておそれず、頭を乱して臥て、つかわれない。家を治め、子を養育する心なく、他に対してみだらな心をおこして恥とせず、自分の親里すらそしって犬畜生のように言う。いっさいがかたきの家にいるような生活態度だから怨家樹というのである。
⑦ 奪命のごとし
奪命婦 夫に対していかりの心をもって昼も夜もこれに向かい、なんらかの手段で夫から離れようとし、毒薬を与えたら人に知られはしないかと恐れ、親里にゆけば、あちこちに立ち寄り、夫を賊することをなし、夫が財宝をもっておれば人を雇ってこれを奪いとり、あるいは情夫を頼んで殺そうとする。夫の命をうらみ、しいたげ奪うから、奪命婦というのである。
①~⑤が五善、⑥⑦が三悪になるわけです。

五善
① 婦人は、夜は遅くに眠りにつき、朝は早く起きて、衣髪を整え、家事をし、おいしいものはまず舅姑や夫に勧めるようにする。
② 家の品物や家財をよく管理し、失わないようにする。
③ 自分の言葉を慎んで怒ったり恨まないようにする。
④ 常に自分を戒め、及ばないのを恐れるようにする。
⑤ 一心に舅姑や夫に仕え、家名を高くし、親族を喜ばせ、人にほめられるように心がける。

三悪
① 日が暮れないのに早く寝て、日が高く上がっても起床せず、夫に怒られると、かえってその叱責を嫌悪することがあれば、婦道にもとった悪事である。
② 美味は自分が先に食べ、悪い味のものを舅姑や夫に勧め、夫以外の男に心を向けて、妖邪の念を抱くのも悪事である。
③ 生活経済を念頭に置かず、遊蕩にふけると同時に、人の長所短所を探したり、好醜を言って、言葉を慎むということをせす、争いを好み、ついには親族から憎まれ、人々から賎しまれるのも婦道に背いたことである。

住岡夜晃訳の五善三悪は少し違います。
五善
① 妻たる者は、晩おそく臥し、早く起きて、髪かたちを整え、食事するにも目上の者を先にして、心からこれに従い、もしうまいものがあったら、目上にまず供えよ。
② 夫にしかられても恨みをいだいてはならない。
③ ただわが夫のみを守って、みだらな念を抱かぬこと。
④ 常に夫の長生きを願い、夫が外に出た時は、家中を整頓すべきである。
⑤ 夫の善を思って、悪を思わぬこと。

三悪
① 親や夫に礼を守らず、おいしいものを早く食べたがり、早く寝ておそく起き、夫が教えしかると、夫をにらみつけ、これをののしる。
② 夫のみを思わないで、他の男のことを思う。
③ 早く夫を死なせて、さらに他に嫁かそうと考える。以上が三悪である。」
http://tannisho.a.la9.jp/YakoSnsyu/Josei(4)/4_3_4.html

齊藤隆信「女性徳育と『玉耶女経』の韻文」によると、5本ある『玉耶経』の一つは『増一阿含経』のものです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/59/1/59_KJ00007115332/_pdf/-char/ja

原始経典の時代から女性のあるべき姿が説かれていたわけです。
では、舅や姑、夫はどうあるべきかを説いた経典があるのかと思いました。
仏教と道徳との関係もどうなんでしょうか。

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橋本健二『新・日本の階級社会』

2023年07月16日 | 

A・R・ホックッシールド『壁の向こうの住人たち』やJ・Dヴァンス『ヒルビリー・エレジー』を読み、日本の労働者階級、貧困層はどうなのかと思いました。

『近代子ども史年表 昭和・平成編』に、1950年の国立世論調査所によれば、世の中は身売りを必ずしも否定していないことがうかがわれる、とあります。
「親が前借して子どもを年季奉公に出す」ことに
「構わない」9%
「家が困ったり、親の借金を返すためなら仕方がない」20%
「子どもが進んで行く場合や子どもの幸せになるなら構わない」51%
http://ns.crc-japan.net/contents/guidance/pdf_data/h15research.pdf

条件付きも含めて、なんと8割が児童労働を肯定しているのです。
それから70年が経ち、日本の貧困はどう変わったのでしょうか。

橋本健二『新・日本の階級社会』の冒頭に、現代の日本社会は、もはや「格差社会」などという生ぬるい言葉で形容すべきものではく、明らかに「階級社会」だと書かれています。

本書は基本的に、現代日本では格差は容認できないほど大きくなっており、格差を縮小させ、より平等な社会を実現することが必要だという認識に立っている。

格差が大きいと貧困層が増加する。

橋本健二さんは非正規労働者をアンダークラスに位置づけます。
ジョン・ケネス・ガルブレイスはアンダークラスを、誰からも嫌がられるつらい仕事を低賃金で引き受け、都市の快適な生活を支えていると指摘する。
貧困層は健康を害しやすく、十分な医療を受けられないことがある。

格差について日本人はどう考えているでしょうか。
2015年の調査
「今後、日本で格差が広がってもかまわない」
そう思う 1.8%
どちらかといえばそう思う 4.1%
どちらともいえない 21.5%
どちらかといえばそう思わない 29.9%
そう思わない 42.6%

格差拡大を肯定する人、容認する人は自民党支持者が多く、ティーパーティーの支持者の考えと重なるように思います。

2016年の首都圏調査
格差に対する意識についての設問。
①「日本では以前と比べ、貧困層が増えている」
とてもそう思う 16.7%
ややそう思う 43.1%
あまりそう思わない 20.0%
まったくそう思わない 1.2%
わからない 10.0%

②「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」
とてもそう思う 23.5%
ややそう思う 52.5%
あまりそう思わない 18.1%
まったくそう思わない 1.2%
わからない 4.7%

③「貧困になったのは努力しなかったから」
とてもそう思う 5.0%
ややそう思う 30.4%
あまりそう思わない 42.3%
まったくそう思わない 13.7%
わからない 8.6%

④「努力しさえすれば、誰でも豊かになることができる」
とてもそう思う 4.4%
ややそう思う 33.0%
あまりそう思わない 48.4%
まったくそう思わない 9.4%
わからない 4.8%

③と④の設問は自己責任論についてです。
自己責任論は、豊かさと貧困は自己責任によって生じるのであり、格差は問題視するに値しないという価値判断を含んでいる。
格差を肯定し、格差が生じるのは自己責任だと考える人が少なくありません。

2015年の調査
「チャンスが平等に与えられるなら、競争で貧富の差がついてもしかたない」
肯定的な人は52.9%、否定的な人は17.2%。
男性では60.8%が肯定的。
貧困層でも肯定的な回答が44.1%と多く、否定する回答は21.6%に過ぎない。
排外主義、軍備重視を支持する人々は、格差拡大の事実を認めず、所得再分配に反対する傾向が強い。
これまた自民党支持者はその傾向があるそうで、ネトウヨが同調しそうです。

自民党支持者は、排外主義と軍備重視に凝り固まったカルト集団であるようにも思えてくる。


貧困層に生まれた人が中間層になるのは困難だし、まして富裕層に上昇するのはよほどのことです。
また、社会が自己責任だとして格差の是正をしないなら、階級が固定することになります。
なのに、アンダークラスの中には自己責任論に肯定的な人がいます。

戦後の平和運動や左翼運動では、平等への要求と平和への要求が、常に結びついてきた。これらの運動に参加、あるいは共感する人々は、平等を求めると同時に平和を求めてきたのである。逆に右派は、平等への要求を「悪平等」「効率の無視」などとして否定すると同時に、軍備の拡張を求めてきた。同じように平等への要求は、アジア・太平洋戦争での戦争責任の追及と、日本がかつて侵略した国々の人々に対する贖罪意識と結びついてきた。そして右派は、平等への要求を否定すると同時に、侵略の事実を認めず、あるいは合理化し、戦争責任を問う中国や韓国、そして左派の主張に反発してきた。だから政治的立場としては、格差是正・平和主義・多文化主義の立場と、格差容認・軍備重視・排外主義の立場こそが、論理整合的な左派と右派の立場だと考えられてきたといっていいい。
こうした構図はかなり崩壊しているように思われる。(略)
貧しい人々が所得再分配による格差の是正を求める一方で、外国人の流入を警戒し、戦争責任を問う中国人や韓国人の主張に反発する。アンダークラスには、このような立場をとる人が多いらしいのである。追い詰められたアンダークラスの内部に、ファシズムの基盤が芽生え始めているといっては言いすぎだろうか。


貧困層が保守化、排外的になるのは世界的傾向なのでしょうか。
平野啓一郎「悲しみとともにどう生きるか」(『悲しみとともにどう生きるか』)は、社会的弱者に金を使うのがイヤだという人が増えていると指摘しています。

2011年に震災が起きて、日本は一体になって頑張らなきゃいけないというある種のナショナリズムが高揚した。それ自体はあの時期、必要あったと思いますが、個人の生活よりも国のことを考えなければいけないという風潮が醸成された頃、日本の財政状況が非常に厳しいということをみんなが意識し始め、国家の予算を何に使うかということに過剰に意識的になっていった。その時に、社会保障費を使うことに激しく反発する人たちが出てきました。予算を誰に使うべきかに関して、使われる対象をセレクトしようとする動きが出てきて、それが外国人の排斥や、生活保護の人たちにお金を使うことに対する批判など、いろいろなものにつながっていく。自己責任で病気になった人や貧乏になった人は社会保障費や医療費を通して「国に迷惑をかけている」連中で、お金持ちたちが払った税金をその人たちが食い物にしていると非難するようになった。(略)それはもはや新自由主義というよりも、一種の全体主義ではないかと思います。


バブルが崩壊してから平成の30年間で、一人あたりのGNPも賃金が増えません。
https://www.sbbit.jp/article/fj/113491
新自由主義的な考えがはびこり、自己責任論が広がって、社会的弱者に厳しくなっています。
社会の分断が日本でも起きているようです。

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J・D・ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』

2023年07月10日 | 

『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』の著者J・D・ヴァンスはオハイオ州の出身で、貧しい白人労働者の家に生まれました。
貧しい子供たちが苦境にあえいでいるのは、南部、ラストベルト、そしてアパラチア。
アパラチアに住むヒルビリー(田舎者)は代々貧困だった。

ケンタッキー州北東部のアパラチア地方で育った祖父母は、祖母が13歳で妊娠し、貧困から逃れるためにオハイオ州ミドルタウン市に引っ越す。
ヴァンスは高校卒業後、海兵隊に入り、4年で除隊。
それからオハイオ州立大学を卒業し、イェール大学ロースクールへと進んで弁護士になります。
トランプ前大統領を批判してたヴァンスは、トランプの支持をもらって共和党候補となり、オハイオ州選出の上院議員になりました。
まさにアメリカンドリームを体現したような人です。

『ヒルビリー・エレジー』で、ヴァンスの家族や親戚、知人たち白人労働者階級について書いています。
アメリカでは8.2%、約12人に1人の子供が、母親の離婚、再婚を経験しており、労働者階層ではもっと多くなる。
ラストベルト地帯では、貧困、教育、失業、薬物依存、離婚などの問題がある。

ヴァンスの親しい友人は両親の離婚や再婚、父親の逮捕など、家庭内に問題を抱えている。
夫婦親子が大声を上げてケンカをし、近所の人が警察を呼ぶ。
ネグレクトの母親は、料理をしない、必要ないのに家を買う、子供に新しい服を着せる、そして借金をふくらませて破産する。

ショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』はフロリダのモーテルで暮らす人たち、『レッド・ロケット』はテキサスに帰ってきたポルノ男優とまわりの人たちが描かれています。
そこで描かれるのは、どうやって生活しているのだろうと思うような、社会の底辺層の人たちです。

ネットで売春相手を見つける。
ヤク中と売人。
ショッピングモールで小さな星条旗を売る。
入れ墨だらけの夫婦〈肥満)。

『レッド・ロケット』はテキサス州ガルベストンが舞台です。
ガルベストン市の人口は約57000人。
世帯ごとの平均収入が28895ドル、人口の22.3%、18歳未満の32.1%は貧困線以下の生活を送っている。

ポルノ男優のマイキーは自分のことしか考えておらず、無責任なろくでなし。
だけど、相手をしゃべりで圧倒するマイキーはなぜか憎めない。
2016年の大統領選挙でのトランプの演説がテレビで映されますが、たしかにトランプは似ています。
 
オハイオ州ミドルタウン市も同じような町です。
人口は約5万人。
公立高校に入学した生徒の20%が中退する。
大学を卒業する人はほとんどいない。
ヴァンスの知り合いの両親の多くも大学を卒業していない。

多くの親はこうした状況に甘んじている。
周囲の大人たちを見て育った子供たちは、自分の将来に多くを望まない。
子供は勉強しないし、親は勉強させようとしない。

就職しても、遅刻したり無断欠勤したりして、仕事が続かない。
公的扶助を受けながら怠惰に暮らす白人女性が少なくない。
しかし、政府は何もしない連中に金を与えていると怒り、エリートに敵意と懐疑心を持つ。

労働者階級の白人は人生を悲観している。
黒人、ラテンアメリカ系住民、大学で教育を受けた白人は、「子供の世代は自分たちより経済的に豊かになる」と答えた人が半数以上。
労働者階級の白人は、「はい」という答えが44%、「親の世代より自分たちのほうが貧しくなっている」と答えたのは42%。
「敗者であることは、自分の責任ではなく、政府のせいだ」という考えが広まりつつある。

A・R・ホックッシールド『壁の向こうの住人たち』で描かれるルイジアナ州よりもひどい状態じゃないかと思う地域があちこちにあるわけです。
ホックッシールドがインタビューをした白人労働者と、ヴァンスのまわりにいる白人たちとの違いは、ホックッシールドが会った人たちは40歳以上で、キリスト教の熱心な信者たちだということがあるかもしれません。

ヴァンスは、中西部から南部のバイブルベルトの真ん中では礼拝に参加する住民の割合はかなり低いと書いています。
教会が中心だが、保守的プロテスタントで教会に定期的に通っている人は少ない。
教会に定期的に通っている人は、まったく教会に行かない人と比べると、犯罪者になる可能性が低く、より健康で長生きし、稼ぎも多い。
高校中退者も少なく、大学を卒業する人が多い。
人生がうまくいっている人が、たまたま教会に通っているのではなく、教会がよい習慣をつくるのに寄与している。

ヴァンスは実父の影響で福音派の信者と親しくなります。
福音派の教会ではお互いが支え合うコミュニティがある。
しかし、福音派は聖書の解釈が違う人はクリスチャンとして認めない。

ちなみに、ヴァンスは後にカトリックに改宗しています。
それにしてもヴァンスは、トランプが白人貧困層のこうした状況を変える方策を持っていると、本気で考えているのかと疑問に思いました。

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A・R・ホックッシールド『壁の向こうの住人たち』(6)

2023年07月03日 | 

ラッセル・オノレ中将はハリケーン・カトリーナに襲われたニューオリンズで州兵を率いて救援活動にあたり、市民の救出に力を尽くした。
ここ数年は小規模の環境保護団体を統轄する組織のリーダーを務めている。
A・R・ホックッシールドはオノレ中将へインタビューをしています。

オノレ「石油会社は、汚染を招いたのだから後始末をするべきです。彼らは何もしていません」
ホックッシールド「なぜ住民たちは政治家に環境を浄化するよう求めないのですか」
オノレ「ルイジアナの人たちが耳にするのは、仕事の話ばかりです。それがすべてだと思ってしまうのには、それなりの理由があるんです。なんらかの心理操作に取り込まれているからですよ」


2010年、ルイジアナ沖でBP社の海底油田掘削施設が爆発し、87日間もメキシコ湾に原油が噴き出した。
オバマ大統領は安全対策が決まるまで深海掘削を6か月間停止することを命じた。

当然の措置だと思いますが、数か月後のアンケート調査ではこんな結果でした。
「新たな安全基準を満たすまで、海洋掘削を停止するという措置に賛成ですか、反対ですか」
半数が反対、賛成する人は3分の1。
「今回の原油流出事故をきっかけに、地球温暖化や野生生物保護など、ほかお環境問題に対する考え方が変わりましたか」
7割の人が「いいえ」と答えた。

ホックッシールドが聞いた人たちの声。

ある女性「会社は流出や事故を起こしても、なんの得にもならないでしょう。彼らは一所懸命にやってるのよ。だから原油を流出させてしまったら、会社としてはもう、あれ以上のことはできないの」
ある男性「過剰規制が流出事故を引き起こしたんだ。政府が監視なんかしていなければ、BP社はちゃんと自主的に規制をかけていたはずだ。流出事故なんか起きなかっただろうよ」

ある女性は一言で締めくくった。

事故が起きたことは悲しいけど、掘削停止措置には腹が立つんです。


なぜ公害企業を擁護するのかと思いますが、考えてみると日本でも、チッソに抗議する人たちを白眼視していました。
福島第一原発処理水の海洋放出に反対する人たちに非難する声もあります。

連邦政府の「過剰な規制」にはがまんならないが、規制全般を憎むわけではない。
白人男性の好むもの(酒、銃、オートバイのヘルメット)については規制がかなりゆるい。
しかし、女性(人工妊娠中絶)や黒人男性に対する規制はもっと厳しい。

ホックッシールド「企業が事故を起こしたくないと思っているのなら、なぜ政府が必要なのですか」
オノレ「規制がゆるやかな産業ほど事故が多く、規制が厳しい産業ほど事故が少ないからですよ。規制には効力があるのです」

そして、オノレはこう言います。

心理操作によって、みんなが自由ではないのに自由だと思わされている一面があると思います。会社は自由に汚染を引き起こすことができるかもしれませんが、それはつまり、人々が自由に泳げなくなることを意味するのです。


心理操作には、仕事か、きれいな水や大気か、どちらかひとつを選ぶ苦渋の道しかないと思わせる効果があった。
石油は雇用を生み出す。
雇用は収入につながる。
収入はよりよい生活をもたらしてくれるのだ。
石油=仕事

チッソがつぶれたらどうする、被害者への補償金も払えないなどと、二者択一の問題ではないのに、そう思い込まされていました。
自由ではないのに、自由だと思わされているのは日本も同じ、
日本は世界報道自由度ランキングでは68位と、G7で最下位です。
忘れるということも心理操作の一つだと思います。
人々は環境汚染について人々は話さず、そうした問題を直視せず、忘れてしまう。

日本人も忘れます。
森友加計桜統一教会などの問題や、それらについての首相の国会での虚偽答弁がいくら騒がれても、いつも結局はうやむやに終わってしまいます。
住民にとって望ましくない土地利用にあまり抵抗を示さない住民特性の一つ、「社会問題に関心がなく、直接行動に訴える文化を持たない」は日本のことでしょう。

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