三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

コロナ陰謀論(2)コロナ陰謀論を信じる人数

2021年06月20日 | 問題のある考え

新型コロナウイルスをめぐる陰謀論を信じている人はどれくらいいるのでしょうか。

石田雅彦「新型コロナ感染症:「陰謀論」を信じる人は「感染防止の社会規範」を守らない」(2020年6月11日)
オックスフォード大学の研究グループが、地域や性別、人種、収入などが偏らないようサンプリングした成人の英国人2501人を対象に、新型コロナ感染症とその対策について陰謀論に関係したアンケート調査を実施した。約半数の人は陰謀論を信じていなかったが、残りのうち1/4の人はある程度、信じている傾向がみえた。さらに残りの25%のうち、約15%の人は陰謀論に一貫して支持を示し、約10%の人は確固として陰謀論を信じていたという。これらの陰謀論を信じる人は、新型コロナ感染症に関するものだけでなく、ワクチン接種や気候変動などの陰謀論にも支持を示し、制度や社会に対する強い不信感を持つ傾向があった。
https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20200611-00182749/

少々わかりにくい文章ですが、コロナに関する陰謀論を信じていない人が50%、ある程度信じている人が25%、支持している人が15%、確固として信じている人が10%だとすると、イギリスではコロナやワクチンの陰謀があることを否定しない人が国民の半数もいることになります。

アメリカの世論調査では、共和党支持者の79%がアメリカ大統領選挙に不正があったと答えている。
共和党の支持者が国民の約4割だとすると、不正があったと信じる人は国民の3分の1です。
https://mainichi.jp/articles/20201121/k00/00m/040/004000c

共和党支持者やトランプ信奉者の多くがワクチン接種への懸念や反発を持っており、共和党員の4割以上がワクチンを接種しないつもりだと答えている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/04/3-254.php

2020年6月時点で、米国の成人の71%が「コロナ感染拡大は権力者によって意図的に計画された」という陰謀論を聞いたことがあり、25%がそれを「確実に真実」「おそらく真実」と回答している。
https://mainichi.jp/articles/20210516/k00/00m/040/228000c

國枝すみれ「フェイクを信じ、正しい情報に耳を塞ぐ 陰謀論者の思考とは」(2021年5月18日)
・影の国家(ディープステート)が世界を支配しようとしている。
・トランプは彼らと戦っている。
・バイデン大統領たち政財界の悪魔崇拝者、小児性愛者が子供を誘拐している。
https://mainichi.jp/articles/20210516/k00/00m/040/228000c

こうした主張をQアノンはしています。
アメリカ人全体では15~20%がQアノンの主張に「完全に賛同」または「ほとんど賛同」と答えており、単純計算で約5000万人近くになる。
https://www.businessinsider.jp/post-235696

「コロナワクチンに監視のためのマイクロチップが含まれている」と信じている人は9%で、人口換算すると約3000万人になる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c26fb5afb0ca9adfe35c0e11a9173964641ddfd5
日本ではどうなのでしょうか。

籏智 広太、千葉 雄登「「世の中は狂ってる」ある看護師が“反ワクチン”の陰謀論に染まるまで」(2021年6月8日)

渋谷駅周辺には「ノーマスク」の人たちによるデモが開かれていた。「ワクチンは危険だ!」「テレビは嘘だらけだ!」「新型コロナは科学的根拠なし!」
大きな声をあげ、拳を突き上げる参加者たち。BuzzFeed Newsが目視で数えたところ、300人近くが集まっていた。
未成年と思しき少女たちから、家族連れまで。ベビーカーを押して参加する女性の姿もある。

https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/conspiracy-theory-5
日本でもコロナ陰謀論を信じている人はかなりいるようです。

コロナ陰謀論を信じる人が多いのは、新型コロナウイルスの存在を否定し、マスク・緊急事態宣言・時短・自粛などは必要ないと主張し、さらには陰謀論を説く人がいるからです。
その中には、大学教授、医師、ファイザー社の元副社長といった人たちもいます。

もっとも、ファイザー社の副社長はデマだそうです。
籏智広太「コロナワクチンが「不妊症」や「流産」の原因に? 誤情報が世界で拡散。“ファイザー元副社長”が発端に」(2021年5月3日)
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/vakzin-fc-2
おまけにマイケル・イードン氏は副社長ではないし、2011年に退社しているそうです。
https://factual.afp.com/las-falsedades-del-cientifico-britanico-y-exempleado-de-pfizer-sobre-las-vacunas-y-el-covid-19

陰謀論をあおっている人たちが陰謀論を信じているとは限らないようです。
國枝すみれ「最大の問題は「偽情報」 ワクチンをめぐる在米研究者の警告」(2021年2月14日)

峰宗太郎氏(米国国立研究機関博士研究員)は「一般人から科学者までが不確実・不正確な情報を流している」と警告する。(略)
「遺伝子を書き換えられて違う人間になってしまう」「不妊になる」「ワクチンの中にマイクロチップが埋め込まれている」――。世界では今、荒唐無稽な偽情報がSNSやYouTubeで拡散されている。
科学者までもが偽情報を拡散
「まったくの一般人からワクチン研究をしていた科学者まで、いろんな人が偽情報を流しています。承認欲求、ビジネス目的、信者をつくりたい、愉快犯、所属組織への復讐など、目的はさまざまでしょう」。恐ろしいことに、米国立衛生研究所のワクチン研究グループでプロジェクトを率いていた女性までが偽情報発信の中心になっているという。

https://mainichi.jp/articles/20210213/k00/00m/040/122000c

アメリカ大統領選挙の不正を主張する人もそうです。
トランプ派のシドニー・パウエル弁護士は大統領選挙に不正があった、票がすり替えられた、イランと中国が投票機に侵入したと主張した。
シドニー・パウエルに非難されたドミニオン社は約1300億円の名誉毀損訴訟を起したのですが、シドニー・パウエルの弁護団は「(彼女の発言は)政治的方便なのだから一般的な人は信じるわけがない」という主張を展開した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8ef8a0b9d29664d8612807cebfd1b98d78e8145f
つまり、ウソを信じる人がバカなんだと言ってるわけです。

内田樹「反知性主義者たちの肖像」(『日本の反知性主義』)にこうあります。
反知性主義者は、少し時間をかけて調べれば簡単にばれる嘘をつき、根拠に乏しいデータや事例を駆使して自信たっぷりに語る。これほど自信ありげに断言するからには、きっと真実に違いないと人々は推論する。けれども、時間が経つうちに話につじつまの合わないところが出て来る。疑問に思って話の裏を取ろうとする人も出てくる。すると、彼は「そんな話をしているんじゃない」と一喝して、また違う話を自信たっぷりに断言する。こういうことが何度が繰り返されているうちに、人々はどうも彼はその場しのぎで嘘を言っているだけではないのかと思う。

こういった人たちは、嘘をついていることが暴露されたら失うものが多いのがわかっていて、なぜ嘘をつくのか。
本当に不思議です。

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コロナ陰謀論(1)

2021年06月13日 | 問題のある考え

新型コロナウイルスを否定し、ワクチン接種を拒否する人が増えているそうです。
私の知人もフェイスブックでそうした主張の投稿をたくさんシェアしています。

たとえば山本太郎さんに「コロナの茶番劇はいつ終わるんですか」と質問しているものです。
https://www.facebook.com/268759603556377/videos/1167675300320872/
「コロナウイルスなんか存在しない」
「PCR検査は数々のウイルスに反応する。陽性反応が出たのをすべて新型コロナウイルスにカウントしている。陽性反応者は新型コロナウイルスの感染者ではない」
「メディアと政府がコロナの騒動を作った」
「厚労省が各自治体に亡くなった人はコロナ感染者にしろ、虚偽の報告をしろと通達を出している」

山本太郎さんは「あなたから出されることにファクトが一つも確認されない」とあっさり論破しています。
こんな説得力のない動画をどうして投稿するのか不思議です。
質問した人は「コロナはただの風邪だ」と言ってた立花孝志さんが感染したことをどう思っているのでしょうか。
https://www.chunichi.co.jp/article/270909

新型コロナウイルスの存在を否定するだけならまだしも、そこに陰謀を主張する人もいます。
「ワクチンで「黒幕が人類管理」「人口削減が狙い」…はびこる陰謀論、収束の妨げにも」(読売新聞2021年5月16日)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210515-OYT1T50339/

コロナ陰謀論とアメリカ大統領選挙での大規模不正がどうして結びつくのか。
福井県議会議員の議会報告(2021年2月22日発行)に驚くべき「事実」が書かれています。
http://www.ss.apdw.jp/pdf/hot102.pdf

アメリカ大統領選挙は共産主義による全体主義をめざすディープ・ステート(闇の支配者)と光りの勢力(トランプ陣営)との戦い。
「トランプ大統領が戦っていたのは、アメリカ大統領選ではなく、地球45万年を支配してきた悪魔崇拝者、闇の勢力だった」
闇の勢力が米大統領選で不正を行ってトランプを落選させた。

悪魔崇拝者の儀式に子供たちが生贄として殺され、性的・肉体的に虐待されている。
毎年、世界では百万人、日本では3万人の子供が誘拐され、行方不明になっている。
世界中の地下には誘拐された子供たちが閉じ込められており、バチカンやホワイトハウスの地下が含まれている。
昨年5月5日、東京ディズニーランドの地下から2千名あまりの子供が救出された。

新型コロナ騒動は、「闇の勢力」が随分前から計画してきたもの。
計画の概要
・まず死亡率が大したことのない新型のウイルスを開発する。
・それをドローンを使って大々的に世界に散布する。
・各国政府、医療機関に指示を出し、あらゆる原因の死者を何でもかんでもこのウイルスによる死者にカウントする。
・マスコミに指示を出し、連日大々的に報道させて恐怖心をあおる。
・ロックダウンを起こし、人間を分断する。
・一度騒ぎを収束させ、その後もう一度パンデミックを起こして、2度目のロックダウンを行う。
・恐怖におののく人々に、ワクチン開発成功の知らせを届ける。
・ワクチンを世界中の人々に強制接種させ、それによって人口の削減と個人の支配を完成させる。

「DNAワクチンは殺人兵器」
ビル・ゲイツは人口を削減する目的でのワクチン活用を明言している。
mRNAワクチンを打つことで、本来持っている自然免疫システムが崩壊し、あらゆるウイルスの侵入に対して免疫細胞が正常に防衛反応しない状態に変異する。

勇気ある医師の発言
「ワクチンは数百万の大量死を招き、人口が半減する」
「ワクチンを打てば、5年以内に死ぬ」

ワクチンを打たせることで何を実現するのか、3つの説がある。
1.ワクチンに毒を入れる、もしくはワクチンの副作用で多くの人を殺す。
2.ワクチンに不妊となる薬を混入し、出生率を減らす。
3.ワクチンにマイクロチップを混入し、人々を管理する。

他にもこんなことが書かれています。
バイデン大統領の就任式はスタジオで録画されたもの。
大統領就任式に出ていた人の多くは役者やゴム人形。
バイデン親子は国家反逆罪で逮捕されており、多分この世にはいない。
テレビに出たバイデンは影武者で、クローンが用意される。
9・11にツインタワーに旅客機が突っ込んだ映像はCG。

1871年、クーデターによってアメリカ合衆国を法人化したワシントンDCという外国法人がアメリカと国民から財産を奪い続けてきた。
バチカンからイスラエルに通じる地下道から発見された金塊は世界のGDPの4年分、3垓円もあった。
ディープステートが世界から搾取していたお金が分配されるようで、日本国民1人当たり6億円と見積もられている。
ベーシックインカムで、1人が毎月数十万円もらえるようになる。

こうしたことが書かれています。
光と闇の戦いについては、大田俊寛『現代オカルトの根源─霊性進化論の光と闇』にあるように、昔から同じような主張がされています。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/m/201401
陰謀論は基本、同じ考えのくり返しなのです。

町山智浩『トランピストはマスクをしない』を読むと、コロナ禍がなければトランプは再選されていたかもしれないと思います。
トランプ支持者がコロナ陰謀論を信じるのはそのせいでしょうか。

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『アンモナイトの目覚め』と『メアリー・アニングの冒険』(2)

2021年06月06日 | 映画

吉川惣司、矢島道子『メアリー・アニングの冒険』によると、化石の発掘は簡単ではありません。

ライム・リージスにある数マイルにわたる崖は海岸線と接しており、大岩がゴロゴロしていて、しかも濡れているので歩きにくい。
頭上から岩が落ちてくることもある。
メアリー・アニングはそういうところを時には1日十数kmも歩いた。

大きな化石は急斜面の崖の中腹から出る。
大きな岩は1m以上はあり、数人がかりでも動かすことはできない。
地層はもろく、化石を壊しかねないので、はしごや足場を組むなどして発掘しなければいけない。
数人を雇って足場を組み、岩を運ぶには十数人を雇う必要があるため、数日分の日当がいる。

フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』には、メアリーとシャーロットが化石を掘り出して持って帰る場面がありましたが、あんな簡単なものではないようです。

さらに、化石を観察可能な状態にするために骨の周囲の岩をはがすには解剖学の知識が必要となる。
メアリーは現生生物を解剖して化石と比較し、大学教授と研究者と渡り合っていた。

木箱に梱包し輸送する費用は化石の売却料金に含まれる。
化石が売れても元が取れない場合もあると想像できる。
アニング家の生活が楽ではなかったのは映画でもうかがわれます。

1825年、ロデリック・マーチソン(1792~1871)と妻のシャーロット・マーチソン(1788~1869)がライム・リージスを訪れる。
2人は1815年に結婚、子供はいない。

映画では、メアリーよりかなり年下のシャーロットは独断的な夫の言いなりになっています。
しかし実際は、シャーロットはメアリーの11歳年上。
地質学を学んでいたシャーロットは夫に地質学に関心を向けさせ、夫の経歴や地位が向上することに尽くした。
ロデリックは1831年に地質学会会長になり、1846年にはナイトの称号を得、1866年には准男爵になっている。

1829年、メアリーは地質学会から招請されてロンドンに行き、マーチソン家に泊まる。
映画とは宿泊の目的が全然違います。

マーチソン家には数千通の手紙が残されており、その中にメアリーからシャーロット宛に書いた手紙が3通ある。
よくもまあそんなにたくさんの手紙を長年保存していたものだと思うし、マーチソン家の広さが想像できます。

『メアリー・アニングの冒険』を読んで、シャーロットは夫の名声のために、メアリーは化石を売るために、お互いが利用し合っているように感じました。
映画でのメアリーとシャーロットとの関係は、残念ながらまったくのフィクションらしいです。

1831年と1832年、家族とライム・リージスを訪れたアンナ・マリア・ピニー(18歳か19歳)はメアリーと親しくなった。
若くして死んだアンナ・マリア・ビューはシアーシャ・ローナン演じるシャーロットのモデルかもしれません。

メアリーが30歳のころから化石の産出量が減ってきて、いいものがなかなか見つからなくなった。
しかも、経済恐慌のために化石の価格が下落し、メアリーは経済的に追い詰められた。
1838年に政府から報奨金300ポンドと年金25ポンドをもらうが、生活は相変わらず貧しかった。

メアリーが40代になると、新発見は途絶えた。
1842年に母親が78歳で亡くなる。
ですから、映画は1840年ごろです。

1843年、4フィート3インチのプラチオドンの頭の化石が4ポンド、4フィート3インチのイクチオサウルスが20ポンドの価格をつけている。
この年でメアリーの発掘活動は終わる。

1844年、訪れたザクセン王の一行は、6フィートの完全なイクチオサウルスの化石に15ポンドを要求される。

映画のメアリーは疲れた顔をしており、客にも愛想がなく、不機嫌そうな態度で応対します。
同時代の記録は、メアリーは取りすました衒学的で気むずかしそうな痩せた女と書いたものがありますが、親切で生き生きとした性格と書かれているものもあります。
化石を売ることで生計を立てているのですから、無愛想では食べていけません。
実際のメアリーは、化石を売るためにお世辞をふりまき、観光客に海岸を案内しています。
もっとも、映画で描かれたころは収入が減り、先の見通しも立たなくなっているということもあり、生活に疲れていたのかもしれません。

1945年、胸のしこりに気づく。
痛み止めのため阿片チンキを使う。
1846年、地質学会が年金25ポンドの支給を可決。
ということは、年収100万円程度で生活していたことになります。
1847年、乳ガンで死亡、47歳。

ダーウィンの『種の起源』が出版されのは1859年です。
化石はノアの大洪水で絶滅した生物だと考えられていましたが、自然は長い時間でゆっくりと形を変えるという考えも唱えられていました。
メアリーは化石や古代生物についてどのように考えていたのかと思います。

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『アンモナイトの目覚め』と『メアリー・アニングの冒険』(1)

2021年05月23日 | 映画

フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』の主人公メアリー・アニングは実在の人物で、化石を採掘し、観光客に販売します。
もう一人の主役シャーロット・マーチソンは包丁が使えないが刺繍はできる若奥様。

泥だらけになった服は誰が洗濯するのか。
マーチソン家を訪れたメアリーは女中に勝手口に回れと言われる。
イギリス社会の身分や収入の格差はどれだけ大きいのか、当時の事情を知りたいと思ってたら、吉川惣司、矢島道子『メアリー・アニングの冒険』という本がありました。
 

メアリー・アニングは1799年にイギリス南部ドーセット州のライム・リージスの貧しい家に生まれた。
メアリーはドーセット方言だったそうですが、ケイト・ウィンスレットはどうなのでしょうか。

『高慢と偏見』が1813年、『嵐が丘』が1847年で、ほぼ同時代です。
メアリーはジョン・ファウルズ『フランス軍中尉の女』のモデル。

10人兄弟だが、成人したのは兄とメアリーだけ。
1800年に5歳までに亡くなる子供の割合(乳幼児の死亡率)は44%。
明治時代中期の農村では成人になるまで生きられたのは、多めに見積もっても10人中7人だそうです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3e64f99d8925688ffdcf89acdb63b02378798f10?page=1
メアリーの兄弟が特に早死にしたというわけではありません。

アニング家は非国教徒だが、信仰心が強かったメアリーは後に国教徒に改宗する。

農業小作人など未熟練労働者は週8シリングほど、よくて年収20~30ポンド程度。
当時の紳士階級がメイドと馬車を備え、体面を保つのに最低1000ポンドの年収が必要だった。
ロンドンには年1万ポンド以上の成金紳士がざらにいた。
地質学者・古生物学者のウィリアム・ダニエル・コニベア(1787~1857)は祖母から年収500ポンドを遺贈され、1805年にオクスフォード大学に進学するが、学費は300ポンドを上回らないと手紙に書いている。

1830年頃の50ポンドは現在の2000ポンド(40倍説)、あるいは約1万ポンド(200倍説)に該当し、日本円で50万円と250万円の間ぐらい。
アニング家の年収が25ポンドだとすると25万円~125万円。
紳士階級の1000ポンドは1千万円~5千万円です。
マーチソン家の年収はアニング家の40倍以上だと思われます。

そんなアニング家でも、メアリーには子守女(既婚者)がいました。
『アンモナイトの目覚め』で、年輩の女性がメアリーを教会に誘って拒まれ、「稲妻メアリー」と苦笑するシーンがあります。
稲妻メアリーは激しい性格からついたあだ名かと思いましたが、メアリーが1歳の時、子守女がメアリーを抱いて木の下で雨宿りをしていたら、雷が落ちて子守女は死亡、メアリーは助かるという事件があったからのようです。

この女性は、3人の娘のためにライム・リージスに家を買った、ロンドンで弁護士を開業していたフィルポットの末娘エリザベス・フィルポット(1780~1857)です。(3人とも未婚)
三姉妹は多くの化石を収集しており、ウィキペディアにはエリザベス・フィルポットは古生物学者だとあります。
映画でメアリーはエリザベスから軟膏を買います。
これはフィルポット家自家製のどんな怪我にも効く軟膏とのこと。

ライム・リージスの人口は、メアリーの時代から倍増しても3300人という小さな町だが、夏の盛りには避暑客で人口が数倍に増えた。
また、煤煙公害がひどいロンドンから引っ越した裕福な住民、長期滞在する客もいた。

映画では医者が自宅で開く音楽会にメアリーが招かれます。
小さな町に中流階級以上の人がそんなにいるのかと疑問に思いましたが納得。
メアリーは居心地が悪そうでした。

ライム湾の崖にはジュラ紀の地層から化石が露出している。
メアリーの父親は家具職人だが、化石を探しては観光客に売っていた。
ジェーン・オースティン(1775~1817)は1804年にライム・リージスを訪れており、おそらくメアリーの父親と会っている。

父親は1810年に44歳で亡くなり、アニング家は1810年から1816年まで貧民救済を受けた。
そのころのイギリスはナポレオン戦争の終結で不況となって失業者が増え、おまけに飢饉に加えて穀物法の制定が一層の貧困をもたらしています。

メアリーは学校へ通えなくなった。
メアリーの手紙には解剖学用語などは豊かだが、綴りや句読点の間違いが多く、初等教育が充分でなかったことがうかがわれる。

映画の冒頭はイクチオサウルスの化石が博物館に収められる場面です。
そして、メアリーが11歳の時に発掘したと語られます。

http://mini-post-uk.blogspot.com/2014/09/blog-post_18.html

実際は1811年にメアリーの兄がイクチオサウルスの頭骨を掘り出した。
残りの骨格は土中深くにあったので、地中から現れるのを待ち、1812年にメアリー(13歳)が骨格が地中からのぞいているのを見つけた。
全長5.5mの骨格を急傾斜の崖から掘り出すことはメアリーだけでできることではない。
現在、自然史博物館に保存されているのは頭骨だけで、胴体部分は行方不明とのこと。

この化石は領主のヘンリーが23ポンドで買い取った。
アニング家の年収と同じくらいの金額です。
1820年、アニング家の化石の競売で105品が400ポンド以上で売れた。
諸経費を差し引いた金額がアニング家に渡された。

化石の値段は高額のようだが、発掘の手間や販売期間の苦労を考えれば非常に安いかもしれない。

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宗教コミューン

2021年05月21日 | 問題のある考え

ゲイ・タリーズは『汝の隣人の妻』(1981年)で、「ニューヨーク・タイムズ」の記事を紹介しています。
それによると、1970年には大小さまざまな共同体がほぼ2000あると推定されていた。
場所もさまざまで、農場、都市の商業ビル、山間部、砂漠、貧民街など。
それらの施設には、ヒッピーの園芸家、瞑想的な神秘論者、生態学の伝道者、引退したロック・ミュージシャン、平和活動家、ウィルヘルム・ライヒやアブラハム・マズローの信奉者などが集まった。

ゲイ・タリーズは、1848年にジョン・ハンフリー・ノイズが創始したオナイダ・コミュニティについても詳しく書いています。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/a7e3f976af581505a58a186b1252b33d

『心憑かれて』に載っているマーガレット・ミラーへのインタビュー(「ミステリー・シーン」1989年5・6月号)に、宗教コロニーについて語られています。

わたしはもう長いことああいった宗教集団というものに興味をひかれてきたの。南カリフォルニアにはそれこそごまんとあるわ。わたしの友人の中には子供を連れて、そういった集団のひとつに参加した人たちもいるわ――なにもかも彼らにさしだしてね。中の一人はスタンダード石油のあと取り息子と結婚して、それこそ贅沢ざんまいな生活を送っていたのよ。(略)
それまでの贅沢に囲まれた生活を捨てて、そんなふうに筆舌に尽くしがたい場所に飛びこむなんて。おまけにまだ彼女はそこにいるのよ。私の別の若い友人は、「ブラザーフッド・オブ・ザ・サンズ」という宗教集団に加入したわ。そこではいっさいの私的所有を認めないの。びた一文の報酬もなく一日じゅうこき使われるうえに、生殖以外のセックスが一切禁止されてるんですって。一体どうやってそれを区別するのかしらね。そのドンという名のわたしの友人は結婚して、奥さんも同じ集団に入信させ、子供が二人できたの。でもついに彼の目が覚めるときがきて、そこを出ることにしたのね。でも教団の方では子供たちや妻を引き渡そうとしなかったわ。奥さんもまた教団を出ようとしなかった。


人民寺院やマンソン・ファミリーが有名ですが、知られていない反社会的なコミューン(共同体)も少なくないようです。

ゲイ・タリーズは、ジョン・ウィリアムソンが主宰するサンドストーンのフリーセックス、ヌーディスト共同体に滞在し、何人もの人にインタビューをしています。
ジョン・ウィリアムソンたちは職を捨てたり、本業を怠ったりして、汗を流してサンドストーンを建設する。

妻のジュディスがジョン・ウィリアムソンの虜になったジョン・ブラロはこのように考えます。

ウィリアムソンがみんなを支配する権力とは、いったい何だろうか、と頭を悩ませた。そして、それはウィリアムソン夫妻の英知やダイナミックな行動力よりも、むしろ彼らがそういう人びとの人生を特徴づける、はてしない空虚につけ入る能力の方に関係があるのだ、と結論するにいたった。
ほとんどの連中は生まれながらにして追随者であり、道案内をもとめる放浪者である。したがって理論家や神学者、独裁者や麻薬の売人、あるいは、口あたりのよい治療や解決策を約束するハリウッド界隈のヒンズー教の呪術師、そういう輩にいともかんたんにだまされる従順な門弟なのだ、とブラロは思う。カリフォルニアの根なし草のような、すこぶるファッショナブルな風土は、新しい思想や流行に対する抵抗力がとりわけ弱い。だから、もしここに決断と行動力に富んだ目先のきく人間がいて、ほかの人間の理想や空想を巧みに自分の野望と一致させることができれば、そして、曖昧でとらえどころがない態度をいつまでも崩さないでいれば、その男は遅かれ早かれ応分の弟子を惹きつけることができるだろう。ウィリアムソンはその種の人間だ、とブラロは断定した。罪やあやまちを度外視して快楽を祝福する哲学を信奉する呪術師だ。彼は自分の信奉者を〝変革者〟と呼んでおだてている。ちょうど彼らがウィリアムソンのセックス理論の先駆的実践者に変えられたように、彼らにほかの人びとを変える力をあたえようとしているのだ。

このように洞察したブラロですが、なぜかジョン・ウィリアムソンに心から謝罪して受け入れてもらいます。
ここまで客観的に考えることができているのに、どうしてサンドストーンに戻ったのか不思議です。

日本ではどうでしょうか。
小田誠「妙な空き家」(「連続無窮」25号)にはいささか驚きました。

山形県の県境付近の、高齢者ばかりの新潟県の村に住む親類が、家や土地を売り払い村を出て、別の土地で仲間たちと共同生活を送っていることを菩提寺の住職から聞く。
住職の話だと、キリスト教原理主義を掲げ、大学で信者を勧誘したり、霊感商法で名指しされている、韓国に本部を置く宗教団体が関係している。

高齢者が友人知人との関係を絶ち、家や土地を放り出して教会という名の共同生活拠点に住み込む。
家族に脱会を強制された信者が自宅に火を放ったこともある。

なぜ過疎の村で老人ばかりを入信させるのか。
家や土地があるので、金に替えさせる。
ある市内の共同生活場にいるのは70代、80代がほとんど。
以前は学生や主婦を主眼にしていたが、今は高齢の信者が身近な高齢者をターゲットにする。
老老勧誘で、場所も介護施設や病院、村役場の催しなどである。
月日の流れとともに信者は高齢化し、中には寝たきりと思われる信者もいる。
この付近では信者の数は増え続けている。
山形、福島でも同様のことが多い。

かつての勢いを無くすなかで、今度は身近な場所と人に目を付けてそこで静かに勢力を維持しようとしている。しかし勧誘する側、される側ともに体力も衰え維持できなくなっている。家を飛び出し共同生活をするが、衣食住を自身で満足にできなかったり重い持病があったりで、資金を稼ぐこともままならない事もある。家や土地も家族から売却を阻止されると、結局は資金が枯渇し立ち行かなくなる。(略)
弱った者同士があつまり、そこで最後の一滴まで搾り取ろうとしている象徴がこの村の荒れた家々だ。


貧困ビジネスならぬ高齢者ビジネスです。
これも一種の宗教コミューンでしょう。
オウム真理教は地域との軋轢を起こして知られるようになりました。
こうした目立たない集団はあちこちにあるのかもしれません。

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臨終の悪相と堕地獄(2)

2021年05月10日 | 問題のある考え

臨終の悪相と堕地獄について、『今昔物語集』「僧蓮円修不軽行救死母苦語」に書かれています。
蓮円という僧の母は邪見が深く、因果の道理をわきまえなかった。いよいよ死ぬ時に悪相を現し、はっきり悪道に堕ちると思われる状態で死んだ。蓮円は歎き悲しみ、何とかして母の後世を弔おうと思い、常不軽菩薩の行を修し、法華八講を行った。蓮円は夢の中で地獄の鬼に「私の母がいるでしょうか」と問うと。鬼は「いるぞ」と答えた。母に会うと、母は「私は罪報が重く、地獄に堕ちて言いようのない苦を受けている。しかし、あなたが私のために長年不軽の行を修し、法華経を講じてくれたので、地獄の苦から免れて、忉利天に生れることになった」と言った。すると夢から覚めた。(馬淵和夫訳参照)
https://yatanavi.org/text/k_konjaku/k_konjaku19-28
これは『法華経』による滅罪譚です。

無住『沙石集』「妄執に依りて魔道に落つる人の事」にも臨終の悪相が書かれています。
高野の遁世聖たちが臨終を迎える時は、仲間が寄り合って評定するが、一通りのことで往生する人はいない。ある時、端座合掌し、念仏を称えて息を引き取った僧がいた。「これこそ間違いない往生人だ」と評定したが、恵心房の上人は「本当に来迎にあずかり、往生する者は日ごろ悪しからん面をしていても、心地よき気色になるはずなのに、眉すぢかひて物すさまじげなる面をしている。魔道に入ったに違いない」と申された。一両年の後に、その僧は人に託して魔道に落たことを語られた。
http://yatanavi.org/text/shaseki/ko_shaseki09b-08

もっとも、臨終の相がよくても、往生したかどうかはわかりません。
高野山に隠居した道心者(菩提を求めて修行をしている人)として評判が高かった某は「最後の時には心を澄ませて念仏を唱え、そのまま息を引き取りたい」と念願していた。その願いのとおりに念仏して息を引き取った。一、二年して仲間の僧が物狂いし、某とそっくりな声で話し出した。僧たちは「臨終がめでたかったので往生されたと安堵していたのに、どうしたわけでしょうか」と問うと、「長年願っていたことなので十念は唱えたが、妄念が残って往生をしそこなった。近ごろの政治が濁っていることが気にかかり、「自分がその官職にあり、取り仕切っていたらこれほどのことはないだろう」と考え、人に知られない妄執が忘れ難く、魔道に入ってしまった」と語った。(小島孝之訳参照)

無相は臨終の悪相よりも妄念、妄執を問題にします。

仏法は真実の道心ありてこそ、生死を離れ悟りを開くことなれ。いかに学し行ずれども、名利・執着の心ありて、まことの菩提心なければ、魔道を出でず。


名利を求めることが悪道に堕ちる因となるということならわかりますが、家族や弟子の悲嘆も往生の障りとされます。
たとえば『沙石集』「妻、臨終の障りになる事」です。
山法師が病気になった。道心があり、念仏などもしていたから、これで最後と思い、端座合掌して西に向かって念仏を唱えた。妻は「私を捨ててどこへ行かれるのですか。ああ悲しい」と言って、僧の頸に抱きついて引き倒した。僧は「ああ情けない。心静かに臨終させてくれ」と言って、起き上がって念仏すると、妻はまた何度も何度も引き倒した。僧は声を張り上げて念仏を唱えはしたが、妻に引き倒されて組み摑まれてこと切れた。
https://yatanavi.org/text/shaseki/ko_shaseki04b-05

これは笑い話でしょうが、無住は続けてこのように書いています。

妻子並み居て、悲しみ、泣き慕ふを見ては、下根の機、いかでか障りとならざらん。(臨終の時に、妻子が悲しみ泣いて慕う気持ちを見せたら、資質の劣った者には臨終の障害となる)


鴨長明『発心集』「真浄房、暫く天狗になる事」です。
鳥羽の僧正の弟子に真浄房という僧がいた。鳥羽の僧正が病になり、見舞いに行った真浄房は「来世に必ずお会いしてお仕えしましょう」と申し上げた。それからほどなく僧正は亡くなられた。みんなは真浄房が後世者なので必ず往生すると思っていたが、物狂わしい病で亡くなった。真浄房の母が言うには、「真浄房がやって来た。私の臨終の様子を皆が納得できないように思っておられるので、その説明を申そう。私は名誉や利益を捨て、来世に向けての修行をしていたので、迷いの世界に留まる身ではなかったのを、師の僧正が今生の別れをなさった時、「来世で必ずまためぐり会ってお仕えします」と申し上げたことが誓文になり、僧正が「あのように言ったではないか」と解放してくださらないので、魔道に引き入れられた。僧正を仏のごとくに頼りにしていたばかりに、つまらないことを申して思いがけぬところにいる」と、天狗になったことを告げた。そして、この苦しみを抜け出せるよう、後世を弔ってほしいと頼んだ。そこで供養すると、老母が「悟りの境地に到りました。今から不浄の身を清めて極楽に参ります」と言った。これを聞いた人は「修行の徳を積んだ人でも、死後に出会おうというような誓いを立てるべきではない」と語った。(浅見和彦訳参照)

たとい行徳高き人なりとも、必ずこれに値遇せんという誓いをば起すまじけり。(たとえ修行を積んだ人でも、必ずまた会おうという誓いを起こすべきではない)

https://yatanavi.org/text/hosshinju/h_hosshinju2-08
天狗は仏道修行を妨げる魔王の使いです。

親鸞の手紙に「この身はいまはとしきわまりてそうらえば、さだめてさきだちて往生しそうらわんずれば、浄土にてかならずかならずまちまいらせそうろうべし」などと、浄土での再会を約していますが、こういう気持ちも妄念となるようです。

無住は「まことの道に入る時は、法執とて、仏法を愛するまでも、道の障りなり」と、仏法に対する執着も問題にしています。

無住は以下のように追善供養を勧めます。
子供や弟子は父母・師長の臨終が悪いのをありのままに言うのが気の毒に思い、多くはいいように言うものだ。無意味なことである。悪ければありのままに言って、自分がねんごろに弔い、よその人までも憐れみ弔うことこそが、亡魂の助かる因縁どもなる。

親鸞は『教行信証』に元照『阿弥陀経義疏』の

念仏法門は愚痴・豪賎を簡ばず、久近・善悪を論ぜず。ただ決誓猛信を取れば、臨終悪相なれども十念に往生す。

という文章を引用しています。
臨終の悪相と浄土往生は無関係だと元照や親鸞は考えていたのです。

無住は法然の浄土教理解を認めていないそうですが、往生がこれほど困難だとしたら、称名念仏によって往生すると説く法然の教えが人々に受け入れられたのもわかります。

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臨終の悪相と堕地獄(1)

2021年05月03日 | 問題のある考え

淺井昭衞(冨士大石寺顕正会会長)『日蓮大聖人の仏法』の宣伝チラシが郵便受けに入っていました。
こんなことが書かれています。

死後の未来のことなどわからぬ、という人もあろう。しかし仏法は空理・空論ではない。すべて証拠を以て論ずる。
その証拠とは臨終の相である。
臨終は一生の総決算であると同時に、臨終の相に、その人が死後の未来に受けるべき果報が現われる。だから臨終は人生の最大事なのである。(略)
では、地獄に堕ちる相、あるいは成仏の相とはどのようなものかといえば(略)
地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなるうえ、硬く、重くなり、恐ろしい形相となる。
一方、成仏する者は、臨終ののち色が白くなり、軽く、柔らかく、かつ何とも柔和な相となるのである。


宮本輝『春の夢』にも、臨終の恐ろしい形相が書かれてあります。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E8%BC%9D

「地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなるうえ、硬く、重くなり、恐ろしい形相となる」ということの典拠は何かと調べたら日蓮でした。

「妙法尼御前御返事」
大論に云く「臨終の時色黒き者は地獄に堕つ」等云云、守護経に云く「地獄に堕つるに十五の相・餓鬼に八種の相・畜生に五種の相」等云云、天台大師の摩訶止観に云く「身の黒色は地獄の陰に譬う」等云云、(略)先臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、一代聖教の論師・人師の書釈あらあらかんがへあつめて此を明鏡として、一切の諸人の死する時と並に臨終の後とに引き向えてみ候へばすこしもくもりなし(『大智度論』に「臨終のとき色の黒い者は地獄に堕ちる」とあり、『守護国界主陀羅尼経』には「地獄に堕ちる臨終の相に十五種の相があり、餓鬼に生ずるのに八種の相があり、畜生に生ずるのに五種の相がある」とあり、天台大師の『摩訶止観』には「身が黒色なのは地獄の闇に譬える」とある。(略)
まず臨終のことを習って、後に他のことを習おうと思い、釈尊一代の聖教と論師や人師の書や釈を考え集め、これを明鏡として、一切の人の死ぬ時と臨終の後とを引き合わせてみたところ、少しも曇りがない)

https://nichirengs.exblog.jp/23976368/

「日蓮大聖人と私」というサイトにある説明を要約します。
「臨終の時色黒き者は地獄に堕つ」の文は『大智度論』には見当たらず、出典ははっきりしない。
『摩訶止観』に「『正法念』に云わく「画師の手の五彩を画き出すが如し。黒・青・赤・黄・白・白白なり。画手は心に譬え、黒色は地獄の陰を譬え、青色は鬼を譬え、赤は畜を譬え、黄は修羅を譬え、白は人を譬え、白白は天を譬う」と」と、六道の境界を黒・青・赤・黄・白・白白でたとえている。
http://aoshiro634.blog.fc2.com/blog-entry-150.html?sp

『守護国界主陀羅尼経』は雑密経典です。
Toyoda.tvというサイトに「地獄に堕つるに十五の相」が書かれてあります。
阿闍世王が釈尊に「悪衆生は死後、地獄に堕ちると知ることができるのでしょうか。また、死後に餓鬼界や畜生界に堕ちる、あるいは人界や天界の衆生として生ずることをどうして知ることができるのでしょうか」と質問し、釈尊は臨終の相について説く。

大王よ、いずれをかまさに地獄に生ずべき十五種相と為すと名づくや。
一は自の夫妻男女眷属を惡眼もて瞻視す。
二はその両手を挙げて虚空を捫摹(悶絶のこと)す。
三は善知識の教えに隨順せず。
四は悲號啼泣嗚咽(悲しみ、大声をあげ、さけび、むせび、泣くこと)して流涙す。
五は大小便、利を知らず覚えず。
六は閉目して開かず。
七は常に頭面を覆う。
八は臥して飮噉(噉=喰らう)す。
九は身口臭穢。
十は脚膝戰掉。
十一は鼻梁欹側(欹=い そばだてる。そば立つ)
十二は眼[目*閏]動。
十三は両目變赤。
十四は面仆臥。
十五は踡身(身が縮こまる)して左脇を地につけて臥せる。
大王よ、まさに知るべし。もし臨終に十五相具する衆生、此の如く阿鼻地獄に生ずと。

餓鬼、畜生、人、天におもむく相は略しますが、黒色の相はいずれも出てきません。
http://toyoda.tv/ajaseo.jukihon.10.htm

経や論には「地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなる」ということは説かれていないように思われます。

現在は納棺を専門とする人が死に化粧をしてくれるので、亡くなった人は生きているような穏やかな表情をしています。
しかし、昔は痛み止めがあまりなかったので、苦痛にさいなまれ、苦悶の表情で亡くなることは珍しくなかったと思います。
また、病気によっては身体が黒ずむこともあったでしょう。
今でも寝たきりの人、紙おむつの人は少なくありません。

そもそも、死んでからどこに行くか、いかに日蓮であってもわかるはずがありません。
臨終の相で死後の行く先が決まると決めつけるのはいかがなものかと思います。

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宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(2)

2021年04月24日 | 厳罰化

非行少年に共通する特徴5点+1の続きです。

④ 不適切な自己評価
問題を抱えているのに、〝自分には問題がない〟〝自分はいい人間だ〟と信じていて、自己の姿を適切に評価できないから、「自分を変えたい」という動機づけも生じないので、誤りを正せず、不適切な行動につながる。

・自分のことは棚に上げて、他人の欠点ばかり指摘する。
・ひどい犯罪をしても、自分はやさしい人間だという。
・プライドが変に高い、変に自信を持っている。逆に極端に自分に自信がない

⑤ 対人スキルの乏しさ
対人スキルが弱い子どもが特に困ること
・嫌なことを断れない
・助けを求めることができない

認知機能の弱さが対人トラブルにつながることもある。
・聞く力が弱い→友だちが何を話しているかわからず話についていけない。
・見る力が弱い→相手の表情やしぐさが読めず、不適切な発言や行動をしてしまう。
・想像する力が弱い→相手の立場が想像できず、相手を不快にさせてしまう。

+1 身体的不器用さ
発達障害や知的障害をもつ子どもは身体的不器用さを併せもつ比率が高いとされる。
・皿洗いのアルバイトをしていたが、何度も皿を割ってしまってクビになった。
・客に料理を出すときに、ドンッと勢いよく置いてしまい、客とトラブルになる。
・建築現場で親方に危ないと怒鳴られてばかりで、嫌になった辞めた。

発達性協調運動症といって、協調運動とは、別々の動作を一つにまとめる運動のことで、たとえば皿を洗う時は、皿が落ちないように片方の手で皿をつかみ、もう一方の手でスポンジで洗うのだが、それができない。

少年院に入る少年たちは、こうしたサインを出し続けている。
これらの特徴は小学2年生くらいから少しずつ見え始めるようになる。
学校にいる間はまだ大人の目が届くが、卒業すると支援の枠から外れてしまう。
本人が支援を求めることはほとんどない。
子どもの問題を理解しようとしない親もいる。
理解ある会社に勤めても、言われた仕事がうまくできない、覚えられない、職場の人間関係がうまくいかない、時間通りに仕事に行けないなどの問題を起こして辞めてしまう。

 知能指数
知能指数70未満が知的障害とされ、約2%いる。
70~84の境界知能の人を含めると16%いる。

知能指数によって知的能力がどの程度かがわかるわけではない。
知能検査では10個の検査項目で知能を測っているが、能力の一部しか見ておらず、柔軟性、対人コミュニケーションの能力、臨機応変な対応などは測れない。
知能指数が98でも、語彙力や理解力、暗算などで必要なワーキングメモリがとても低い場合がある。
能力の偏りは知能指数検査ではわからないから、学習や行動で困った様子があっても、知的には問題がないとされる。

知的に問題があるようではないのに、学校では授業中も先生の指示を聞かず、騒いでしまう子に個別知能方式で知能検査を実施したところ、視覚的な情報の記憶やその情報を基に行動することは問題なくできるのに、聴覚的な情報の記憶や処理が苦手である、いわば「見る力」は普通程度である一方「聞く力」が弱いため、口頭での指示の聞き漏らしや聞き違いが多く、授業についていけずに、授業と関係ないことをしてしまうことがわかった。(「更生保護」8月号)


軽度の知的障害は日常生活をする上では一般の人と変わった特徴は見られず、高校や大学を卒業する、自衛隊に入隊する、大型一種免許を取るなどは可能。
しかし、軽度知的障害者や境界知能の人たちは支援を必要としているのに、普通の人と区別がつかないため、要求度の高い仕事を与えられて失敗し、怒られたり、自分のせいと思ってしまう。

軽度知的障害や境界知能をもった人たちと健常者との違いが出るのは、困ったことが生じた場合で、いつもと違ったことや初めての場面に遭遇すると、どう対応していいかわからず、柔軟に対応することが苦手。

 軽度知的障害者の特徴
・所得が少ない。貧困率が高い。雇用率が低い。
・片親が多い。
・運転免許証を取得するのが難しい。
・栄養不足、肥満率が高い。
・友人関係を結び、維持することが難しい。孤独になりやすい。
・支援がないと問題行動を起こしやすい。

 子どもを虐待する親の特徴
・生真面目で〝こうあるべき〟という固定観念が強い。
・自分の弱みを人に見せない。
・困っていることを人に相談できない。
・孤立している。
・対人関係が苦手。
・経済的な困窮。
これらは軽度知的障害や境界知能の人たちの特徴と似ている。

 少年への支援
どのようにして非行を防ぐか、非行化した少年にはどのような教育が効果があるか。
困っている少年には、社会面、学習面(認知面)、身体面の具体的支援が必要。

少年たちは「少年院に来て、どう感じているか」と尋ねると、「まあまあ」「楽しい」と答え、自分の置かれている立場が理解できない。
「ほめる」「話を聞いてあげる」ことは大切だが、それだけでは子どもの問題を先送りするだけで、効果は薄くなり、根本的な解決策にはならない。

「自尊感情が低い」という言葉がよく使われるが、大人でも自尊感情が低い人のほうが多いが、それでも社会人として生活している。
問題は自尊感情が低いことではなく、自尊感情が実情と乖離していることにある。

・何もできないのに自信をもっている
・できるのに全然自信がもてない

ありのままの自分を受け入れていく強さ、社会面での支援が必要。
感情コントロールや挨拶などは自然に身につくものだが、発達障害や知的障害をもつ子どもが自然に身につけるのは難しいので、系統的に学ぶしかない。

SSTは認知行動療法に基づいているので、言葉を理解する力、想像する力、判断する力など認知機能に問題があれば、何をやっているか理解できない。
脳機能、特に前頭葉の機能低下と反社会的行動とは関連性がある。
脳機能の障害に対応した認知機能へのトレーニングは必要である。
被虐待児や反社会的行動についても、認知機能トレーニングが子どもたちへの治療となる可能性がある。

そこで宮口幸治さんは、見る力、聞く力を養うためのグループトレーニングであるコグトレを紹介します。
https://cog-tr.net/cogtr/
もっとも、素人が簡単に手が出せるものではないようです。

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宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(1)

2021年04月16日 | 厳罰化

少年法などの改正案が衆議院法務委員会で可決されました。
18歳と19歳を特定少年と位置づけ、家庭裁判所から検察官に逆送致する事件の対象を拡大すること、起訴された場合には実名報道を可能とすることを盛り込んでいます。

少年犯罪は減っているし、凶悪化もしていないのに、なぜ厳罰化するのでしょうか。
精神科医であり、医療少年院で法務技官として勤務していた宮口幸治さんの『ケーキの切れない非行少年たち』は、「丸いケーキがあります。これを三等分にしてください」という問題に非行少年は答えられないということから題名がつけられています。
厳罰化は再犯防止や更生につながらないことがわかります。

 非行少年の生育歴
小学校2年生くらいから勉強についていけなくて、友だちから馬鹿にされたり、イジメに遭ったり、先生から不真面目だと思われたりする。
親や本人に障害があったり、家庭内で虐待を受ける子もいる。
学校に行かなくなり、暴力や万引きなどの問題行動を起こし始める。
小学校では厄介な子として扱われ、障害があっても、その障害に気づかれることはほとんどない。
社会に出ると、要求度の高い仕事を与えられ、失敗すると責められ、嫌になって仕事を辞め、職を転々としたり、対人関係がうまくいかずひきこもりになったりする。
自分は普通だと思っているので、自分から支援を求めようとはしない。

 少年院の子はどんな少年か
・簡単な足し算や引き算ができない
・漢字が読めない
・簡単な図形が写せない
・短い文章すら復唱できない
「今の首相は誰?」「オバマです」

大岡由佳さんは少年院に入った少年について、「表面的には言葉にできても、なぜそうしたのか、自分の行動を説明するのが困難なようです。本人にもよく分からない場合も多いと思われます」(「更生保護」12月号)と書いています、

海外の文献では、少年院入院者の75%から93%が何らかのトラウマの犠牲になっていると報告されており、日本でも少年院入院者の被虐待経験率は身体的虐待が男子21.9%、女子28.9%、少年鑑別所入所者は被虐待経験率が35.7%に見られ、トラウマが背景にあるかもしれない。

非行少年に、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育を行なっても、ほとんど意味がない。
反省以前の問題で、岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』を読んだとき、「反省できるだけでも上等ではないか」と宮口幸治さんは感じたそうです。

 非行少年に共通する特徴5点+1
① 認知機能の弱さ
見る力、聞く力、想像する力が弱く、不適切な行動につながる。
見る力の弱さ 相手の表情を見ることができない。
聞く力が弱さ 誰かが独り言を言ってるだけでも、悪口を言ってると誤解する。
想像する力が弱さ 五感から入った情報の歪みを修正できない。
このため、勉強が苦手、話を聞き間違える、周りの状況がよめなくて対人関係で失敗する、イジメに遭うなどする。

想像力が弱ければ努力できない。
バイクを買うためには何か月もアルバイトをし、生活を切り詰める必要があるが、他人の努力が理解できないと、努力してバイクを手に入れたことに思い至らず、簡単に盗んでしまったりする。

時間の概念が弱い子どもは〝昨日〟〝今日〟〝明日〟の3日間くらいの世界で生きています。場合によっては数分先のことすら管理できない子どももいます。このような子どもは、
〝今我慢したらいつかいいことがある〟
〝1か月後の部活の試合や定期試験に向けて頑張る〟
〝将来、○○になりたいから頑張ろう!〟
といった具体的な目標を立てるのが難しい。
目標が立てられないと人は努力しなくなります。努力しないとどうなるでしょうか。二つ困ったことが生じます。一つは、努力しないと成功体験や達成感が得られないため、いつまでも自信がもてず、自己評価が低い状態から抜け出せないことです。もう一つは、努力しないと、〝他人の努力が理解できない〟ことです。

「今これをしたらこの先どうなるだろう」といった予想も立てられず、その時がよければそれでいいと、後先考えずに周りに流されてしまったりする。

② 感情統制の弱さ
気持ちを言葉で表すのが苦手で、すぐ「イライラする」と言う、カッとするとすぐに暴行や暴言が出るという子どもたちは、何か不快なことがあると、心の中でモヤモヤするが、自分の心の中でどんな感情が生じているのかが理解できず、モヤモヤが蓄積してストレスへと変わっていく。
厄介なのは、「ストレス発散に○○したい」という文章の○○に〝万引き〟〝痴漢〟などの不適切な言葉が入る場合。

③ 融通の利かなさ
お金が必要だが、お金がないという状況で、
A アルバイトをする
B 親族から借りる
C 宝くじを買う
D 強盗する
という選択肢があっても、融通が利かないのでDの解決案しか出てこない。
解決案が一つしか出てこないと、それが最適な解決法かどうかわからないし、同じ失敗を何度もしてしまう。

・思いつきでやることが多い→いったん考えることをせずにすぐに行動に移してしまう。気づきが少ない。見たものにすぐに飛びつく。だまされやすい。過去から学べず同じ間違いを繰り返してしまう。

・一つのことに没頭すると周りが見えなくなる→やる前から絶対こうだと思って突き進む。思い込みが強い。一部にしか注意を向けられず、ヒントがあっても注意を向けられない。見落としてしまう。

融通の利かなさが被害感につながり、目が合っただけで「にらんできた」と思ったり、肩が触れただけで「わざとやった」と思う。

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福沢諭吉『脱亜論』

2021年04月08日 | 戦争

永江朗『私は本屋が好きでした』の続きとして福沢諭吉『脱亜論』について書こうと思ってて忘れてました。
というのが、嫌韓嫌中本の元祖は『脱亜論』(『時事新報』明治18年3月16日)ではないかと思うからです。

『脱亜論』の現代語訳はネットで読むことができます。
https://ja.wikisource.org/wiki/%E8%84%B1%E4%BA%9C%E8%AB%96
後半にこんな主張がなされています。

わが日本の国土はアジアの東端に位置するのであるが、国民の精神は既にアジアの旧習を脱し、西洋の文明に移っている。しかしここに不幸なのは、隣国があり、その一を支那といい、一を朝鮮という。(略)
人種の由来が特別なのか、または同様の政治・宗教・風俗のなかにいながら、遺伝した教育に違うものがあるためか、日・支・韓の三国を並べれば、日本に比べれば支那・韓国はよほど似ているのである。この二国の者たちは、自分の身の上についても、また自分の国に関しても、改革や進歩の道を知らない。(略)
その古くさい慣習にしがみつくありさまは、百千年の昔とおなじである。現在の、文明日に日に新たな活劇の場に、教育を論じれば儒教主義といい、学校で教えるべきは仁義礼智といい、一から十まで外見の虚飾ばかりにこだわり、実際においては真理や原則をわきまえることがない。そればかりか、道徳さえ地を掃いたように消えはてて残酷破廉恥を極め、なお傲然として自省の念など持たない者のようだ。(略)
今の支那朝鮮はわが日本のために髪一本ほどの役にも立たない。のみならず、西洋文明人の眼から見れば、三国が地理的に近接しているため、時には三国を同一視し、支那・韓国の評価で、わが日本を判断するということもありえるのだ。例えば、支那、朝鮮の政府が昔どおり専制で、法律は信頼できなければ、西洋の人は、日本もまた無法律の国かと疑うだろう。支那、朝鮮の人が迷信深く、科学の何かを知らなければ、西洋の学者は日本もまた陰陽五行の国かと思うに違いない。支那人が卑屈で恥を知らなければ、日本人の義侠もその影に隠れ、朝鮮国に残酷な刑罰があれば、日本人もまた無情と推量されるのだ。事例をかぞえれば、枚挙にいとまがない。喩えるならば、軒を並べたある村や町内の者たちが、愚かで無法、しかも残忍で無情なときは、たまたまその町村内の、ある家の人が正当に振るまおうと注意しても、他人の悪行に隠れて埋没するようなものだ。(略)
支那、朝鮮に接する方法も、隣国だからと特別の配慮をすることなく、まさに西洋人がこれに接するように処置すべきである。悪友と親しく交わる者も、また悪名を免れない。筆者は心の中で、東アジアの悪友を謝絶するものである。


日本が初めて外国と戦争をしたのは日清戦争(明治27年8月1日~明治28年4月17日)です。
甲午農民戦争(東学農民戦争)をきっかけに日本は6月2日に朝鮮に軍隊派遣を決定、7月23日に王宮を占拠、25日に清国軍と豊島沖海戦、8月1日に宣戦布告をします。

福沢諭吉は朝鮮の内政問題、日清戦争などに対する強硬論を「時事新報」に書いています。
記事の題名をいくつかあげてみます。

6月5日「速かに出兵す可し」
6月9日「支那人の大風呂敷」
6月19日「日本兵容易に撤兵す可らず」
7月3日「大使を清国に派遣するの必要なし」
7月4日「兵力を用るの必要」
7月20日「牙山の支那兵を一掃す可し」
7月27日「支那朝鮮の両国に向て直に戦を開く可し」
8月1日「満清政府の滅亡遠きに非ず」
8月5日「直に北京を衝く可し」
8月9日「必ずしも北京の占領に限らず」
8月11日「取り敢へず満州の三省を略す可し」

「日本臣民の覚悟」(明治27年8月28日)

今度の戦争は根本より性質を殊にし、日本国中一人も残らず一身同体の味方にして、目差す敵は支那国なり。我国中の兄弟姉妹四千万の者は同心協力してあらん限りの忠義を尽し、外に在る軍人は勇気を奮て戦ひ、内に留主する吾々は先づ身分相応の義捐金するなど差向きの勤めなる可けれど、事切迫に至れば財産を挙げて之を擲つは勿論、老少の別なく切死して人の種の尽きるまでも戦ふの覚悟を以て遂に敵国を降伏せしめざる可らず。


9月15日「半途にして講和の機会を得せしむ可らず」
9月23日「支那の大なるは恐るゝに足らず」
12月14日「旅順の殺戮の流言」
明治28年
1月9日「戦勝の大利益」
1月17日「容易に和す可らず」
3月12日「償金は何十億にても苦しからず」
3月29日「平和の機会未だ熟せず」

福沢諭吉は明治34年に亡くなっています。
明治37年に起きた日露戦争、韓国併合(明治43年)、さらには満州事変(昭和6年)からの中国侵略、対米戦争も、それ行けどんどんと対外強硬論を訴えたでしょうか。

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