三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(5)

2019年01月17日 | 死刑

中川智正さんと何度も面会したアンソニー・トゥー氏は『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』に、中川智正さんのことをこのように評しています。

中川氏は死刑囚であるが、接触した人は皆「いい人」だと言う。私も同感で、運の尽きは麻原に会ったことである。もし彼が麻原に会っていなかったら、良いお医者さんになっていただろう。そう思うと残念である。

私もそう思います。

中川智正さんの俳句。

先知れぬ身なれど冬服買わんとす
証人として出廷することになった。スーツを買うよう現金を差し入れて下さった方があった。
「無駄だね」と友に笑えど医書残り
今もなお医学書を手元に置いている。


中川智正さんだけではなく、林泰男さん、端本悟さんたちも、本人を知っている人の話だと、すごくいい人だそうです。
死刑囚に限らず、犯罪を犯した人のほとんどはごく普通の人だと思います。
だからといって、いい人だから処刑すべきではないということではありません。
犯罪を犯すに至ったのか、その背景を考えるべきだと思います。

オウム真理教の場合は神秘体験が大きいです。
多くの犯罪者は、貧困、虐待、障害、アルコールや薬物などの要因があります。
恐怖も背景の一つです。

2018年12月12日、大阪府警は、傷害や恐喝未遂などの疑いで半グレ集団「アビスグループ」のメンバーの10~30代の男女49人を逮捕・送検したと発表しました。
ナンバー2は「リーダーの指示にそむけば集団リンチに遭う。やるしかなかった」と供述しているそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASLDD535NLDDPTIL018.html
オウム真理教でも、地獄に落ちるという恐怖がありました。

また、教育も大きな要因です。
戦争において捕虜や民間人を拷問したり虐殺した兵士たちは、それはしてはいけないと教えられていたかどうか。
また、上官の命令には従わざるを得ませんでした。
麻原彰晃が最終解脱者であり、超能力を持っていると信じ込んでいる信者にとって、麻原彰晃の指示は絶対だったでしょう。

カエサルの言葉に「どんな悪い結果に終わったことでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった」というものがあります。
麻原彰晃たちは救済のつもりだったのです。

また、夏目漱石『こゝろ』には「悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているのですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にある筈がありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです」とあります。
どんなにいい人であっても、さまざまな条件が組み合わされば何をするかわからない。
それが人間だと思います。

人間は、天使でも、獣でもない。そして、不幸なことには、天使のまねをしようとおもうと、獣になってしまう。 パスカル『パンセ』

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オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(4)

2019年01月11日 | 死刑

なぜオウム真理教は事件を起こしたのか。
なぜオウム真理教は凶悪な宗教になったのか。

アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』は、お金の問題、そして麻原彰晃が絶対的な力を持っていたことをあげています。
麻原彰晃に絶対の服従を要求し、生活の規則も厳しかった。
どの団体でも活動するのに資金がいる。
オウム真理教の一番大きな資金源は、信者にすべての財産を寄付させることだった。
これに不満を持つ人、疑問を持つ人が出たので、そういう人たちを拷問、はては殺人までするようになった。

しかし、教祖が絶対者で、お金にうるさい宗教はいくらでもありますが、殺人まですることはありません。
では、なぜあんな事件が起きたのか。
藤田庄市「死刑大量執行の異常 宗教的動機を解明せぬまま」(「世界」2018年9月号)を参考にして私なりにまとめると、麻原彰晃の誇大妄想、そして神秘体験と被害妄想が大きいと思います。

自分は神によって選ばれたのだという誇大妄想。
その背景には麻原彰晃の神秘体験がある。

「アビラケツノミコトを任じる」という1985年に麻原が受けた神託が、彼の宗教的妄想と使命感を決定した。神託の意味は、麻原が「神軍を率いる光の命」であり、ハルマゲドンにおいて彼は修行によって超能力を得た信徒たちを率いて戦う存在だった。


信者も神秘体験を経験して麻原彰晃を信じ、その指示に従うようになった。
麻原彰晃は国家権力を覆そうとして武装化に走り、通常兵器だけではなく、生物兵器や化学兵器を作ろうとした。

麻原彰晃は自分やオウム真理教がフリーメーソンなどによって毒ガス攻撃されているという被害妄想を持っていました。
1990年2月、衆議院選挙でオウム真理教は全員が落選した。
必ず当選すると信じていた麻原彰晃は当局による妨害があったと思い、4月、「マハーヤーナではなくヴァジラヤーナでゆく」と宣言。

広瀬健一さんはヴァジラヤーナについてこう書いています。

麻原はヴァジラヤーナの救済として「ポア」を説きました。当初ポアは、麻原が前記神秘的な力によって、信徒の精神を解脱の状態、あるいは幸福な世界に転生する状態に高めることでした。それが転じて、人々を殺害することによって、より幸福な世界に転生させることとして説かれるようになったのです。


藤田庄市氏は、オウム真理教は神秘体験を重視したが、麻原彰晃は正式に師についてきちんとした修行をしていない、つまり師匠に教えを授かるという師資相承を受けていなかったことを指摘しています。
そのため、神秘体験が真実なものか、幻覚にすぎないかの判断ができていなかった。

ヨーガでは修行がもたらす身体および意識変容を麻原の霊的能力によるものと信徒に思い込ませ、盲目的なグル=麻原信仰の道具とした。


1審で裁判官に名前を聞かれたとき、土谷正実は「私は麻原尊師の弟子です」と答えた。
トゥー氏はこのように書きます。

1審の頃は土谷は麻原をまだ尊敬していたのは間違いないという。土谷は獄中で明るい光に囲まれるという神秘体験をしたそうだ。麻原の威光が空間を超えて自分に伝わったのだと、土谷は思ったそうである。


藤田庄市氏は「事件の底を流れる宗教的動機は無差別大量殺人による救済だった」と結論しています。

現代人は悪業を積み続け地獄へ堕ちる。その彼らを救済するには彼らの命を絶ち、麻原がそのカルマを背負いポアするしかない。ポアのポイントはここにある。麻原一人が人の死に時を見切ることができ、その者と縁をつけ、カルマを代わりに負い、高い世界へ転生させるのである。ここに無差別大量殺人すなわり救済という信仰内容が確立した。

麻原彰晃も神秘体験の犠牲者と言えるかもしれません。

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2018年キネマ旬報ベストテンの予想

2018年12月31日 | 映画

毎年恒例のキネマ旬報ベストテンの予想です。
まず日本映画から。

『万引き家族』
カンヌ映画祭パルムドールなので。
『寝ても覚めても』
ヨコハマ映画祭第1位だが、主人公にまったく共感できず腹が立った。
『カメラを止めるな!』
『菊とギロチン』
『日日是好日』
『止められるか、俺たちを』
『孤狼の血』
『ニッポン国vs泉南石綿村』
『斬、』
『きみの鳥はうたえる』
佐藤泰志原作の映画はこのあたりが定位置。
以上がベスト10。

『鈴木家の嘘』
『生きてるだけで、愛。』
『愛しのアイリーン』
『モリのいる場所』
『教誨師』
『ギャングース』
『素敵なダイナマイトスキャンダル』
『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』
『ここは退屈迎えに来て』
『リバーズ・エッジ』
これで20位まで。

『海を駆ける』
『犬猿』
『ちはやふる ー結びー』
『焼肉ドラゴン』
『検察側の罪人』
『来る』
『ハード・コア』
これらもいいところに入るのではないでしょうか。

私のベスト5
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
『カメラを止めるな!』
『生きてるだけで、愛。』
『ここは退屈迎えに来て』
『リズと青い鳥』

外国映画です。
『スリー・ビルボード』
『シェイプ・オブ・ウォーター』
『ファントム・スレッド』
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
『15時17分、パリ行き』
クリント・イーストウッドだが1位は無理か。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』
『レディ・バード』
『ボヘミアン・ラプソディ』
『心と体と』
アメリカ映画ばかりではなんなので。
『犬ヶ島』
ウェス・アンダーソンだし、日本を舞台にした映画は上位に来る。
以上がベスト10。

『運命は踊る』
『1987、ある闘いの真実』
『君の名前で僕を呼んで』
『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
カンヌ映画祭パルムドールだけど。
『判決、ふたつの希望』
『2重螺旋の恋人』
フランソワ・オゾンはこのあたりが定位置。
『ハッピーエンド』
ミヒャエル・ハネケもこのあたり。
『苦い銭』
王兵もこのあたり。
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
これで20位まで。

上位候補です。
『ナチュラルウーマン』
アカデミー外国語映画賞だけど。
『ラッキー』
『アリー/ スター誕生』
『リメンバー・ミ-』
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』
『華氏119』
『女と男の観覧車』
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
などなど。
ホン・サンスの作品が何本の公開されましたが、どれが上位に入るかはわからなかったので。
『ROMA/ローマ』は劇場公開ではないから対象外ということなんでしょうか。

私のベスト6
『スリー・ビルボード』
『アンダー・ザ・シルバーレイク』
『ラブレス』
『アイ,トーニャ』
『心と体と』
『ぼくの名前はズッキーニ』

旧作はこの4本がよかったです。
『狐が呉れた赤ん坊』
『赤ちゃん教育』
『ラストワルツ』
『スパイナル・タップ』

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オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(3)

2018年12月29日 | 死刑

江川紹子さんはオウム真理教事件について、「個々の事件の動機、どういう方向に教団が進んでいたのか、という点もほぼ分かりました」と言っています。(2018年8月22日の対談、『年報死刑廃止2018』所収)
しかし、早川紀代秀さんはこのように書いています。

共同共謀正犯といっても、オウム事件のような、グルと弟子という関係性の中で行なわれた犯行は「共謀」という概念にはなじまないものです。私の判決に出てくる事件の動機や目的にしても、グルの動機や目的を推察したものであり、それらは、私達、弟子の犯行の動機や目的とはまた違います。私達弟子は、なぜあのような犯行を命じたグルの指示に従ったのかということを語れても、なぜあのような犯行の指示を出したのかということは推測でしか語れません。これを本当に語れるのは、グルであった松本死刑囚だけです。(略)
このまま刑が執行されたなら、〝正解〟は永遠に謎のままとなるでしょう。
ぜひとも、ご本人の意見を聞いてから、死にたいものです。


アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』にもこのように書かれています。

中川氏は、「自分は麻原氏にかなり信用があり、多くの相談を受けた。しかしそれでも麻原氏しか知らないことがまだたくさんある。麻原氏が裁判で自らいろいろ話してくれるといいのですが」と話してくれたことがあった。

オウム真理教事件がなぜ起きた、麻原彰晃は何を考えていたのか、死刑執行によって事件の真相が明らかにならないまま闇に葬られたわけです。

麻原彰晃だけではありません。
菊地直子さんは都庁小包爆弾事件において原料をアジトに運んだが、それが何だったか知らなかったと主張。
中川智正んは菊地直子に対してむしろ有利に証言した。
ところが、井上嘉浩さんは菊地直子さんが運んだ中身が何であるか知っていたと証言している。
高橋克也さんの裁判でも井上嘉浩さんと中川智正さんの証言は正反対になっている。

そして、アンソニー・トゥー氏はこのように書いています。

井上は、検察側に協力すればまた無期に戻されるかも知れないと思っているのだと、中川氏の弁護士は私に話した。私は「それは無理でしょう。死刑が確定している上に、井上は15人の殺人の罪に問われている身ではないですか」と話した。その弁護士は「私も無理とは思っていますが、本人はそう思わず、何とかして死刑を回避したいと願っているので、あらゆる機会を通じて検察側に有利なように証言しているのです」と話してくれた。(略)
井上は中川氏、遠藤をはじめ他の多くの信者の事件への関わりを重くしようとしたようだ。

誰の証言が正しいかということもわからないままになってしまいました。

リチャード・ダンジッグ元海軍省長官が中川智正さんや広瀬健一さんたちと面会し、テロについて聞いたと、『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』にあります。
ところが、日本では行政の人や専門家がオウム真理教事件の死刑囚に会ったとは寡聞にして知りません。
仮に日本人研究者からそうした要望があったとして、法務省や拘置所が許可を出すかは疑問です。
なぜアメリカからの要望には応じたのかと思います。
こうした事件を繰り返さないために、日本政府も研究者に依頼すべきでした。

だからといって、オウム真理教事件がなぜ起きたのか、死刑執行によって真相が闇に葬られた、だから執行すべきではなかったと言いたいわけではありません。
それだったら、真相が明らかになれば処刑してもかまわないということになります。

トゥー氏はこんな話を書いています。

私は毎日新聞の警視庁付の記者からこんな話を聞いた。警察も中川氏がオウムに関する知識が豊富でかつ協力的であることを知り、彼を呼んで警察の人達に講義してもらいたいと思っているという。確かに中川氏の講義を受ければ、警察にはたいへん有益だろう。しかし、道義的によくないと私は思った。利用するだけ利用しておいて、後で殺してしまうのは道義に反するのではないかと思ったのである。

そのとおりだと思います。

『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』に、「地下鉄サリン事件21年の集い」では、同じ死刑でも罪の大きさに不公平があるから、これを契機に是正する方法を考えるべきだという意見が出たとあります。
すると、「中国の死刑判決を参考にしろ」と誰かが言ったそうです。
中国では、すぐに執行される死刑判決と、2年の執行猶予がつく死刑判決がある。
後者の死刑判決では、執行するかどうかを、2年の執行猶予期間の犯人の悔悟の具合、服役中の態度を見て決める。
態度がよければ無期懲役に減刑される場合もある。

死刑廃止論者ではないという江川紹子氏も。死刑にも執行猶予をつけられるように、法改正すべきだと説いています。

たとえば、死刑を宣告時に、一定期間(たとえば5年)の執行猶予をつける。その間は執行はせず、期間終了時にもう一度裁判所が判断を行い、反省の態度によっては無期懲役などに変更することを可能にする。そうでない者は、実刑としての死刑確定者として扱う。あるいは、最後の執行猶予をつけて、さらに見極めるのもありかもしれない。

https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20181228-00109396/
中国の死刑制度は悪くないと思いました。

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オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(2)

2018年12月22日 | 死刑

村上春樹氏はオウム真理教死刑囚の大量処刑について、「胸の中の鈍いおもり 事件終わっていない オウム13人死刑執行」を書いており、その中でこんな文章があります。

一般的なことをいえば、僕は死刑制度そのものに反対する立場をとっている。人を殺すのは重い罪だし、当然その罪は償われなくてはならない。しかし人が人を殺すのと、体制=制度が人を殺すのとでは、その意味あいは根本的に異なってくるはずだ。そして死が究極の償いの形であるという考え方は、世界的な視野から見て、もはやコンセンサスでなくなりつつある。また冤罪事件の数の驚くべき多さは、現今の司法システムが過ちを犯す可能性を--技術的にせよ原理的にせよ--排除しきれないことを示している。そういう意味では死刑は、文字通り致死的な危険性を含んだ制度であると言ってもいいだろう。
ただ、遺族感情というのはなかなかむずかしい問題だ。たとえば妻と子供を殺された夫が証言台に立って、「この犯人が憎くてたまらない。一度の死刑じゃ足りない。何度でも死刑にしてほしい」と涙ながらに訴えたとする。裁判員の判断はおそらく死刑判決の方向にいくらか傾くだろう。それに反して、同じ夫が「この犯人は自分の手で絞め殺してやりたいくらい憎い。憎くてたまらない。しかし私はもうこれ以上人が死ぬのを目にしたくはない。だから死刑判決は避けてほしい」と訴えたとすれば、裁判員はおそらく死刑判決ではない方向にいくらか傾くだろう。そのように「遺族感情」で一人の人間の命が左右されるというのは、果たして公正なことだろうか? 僕としてはその部分がどうしても割り切れないでいる。みなさんはどのようにお考えになるだろう?

https://mainichi.jp/articles/20180729/ddm/003/040/004000c

たしかにオウム真理教事件の判決は公正とはいえません。
アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』も不公平さを指摘しています。

山形明 VX事件の実行犯。被害者が死亡したが、自首して懲役20年。
林郁夫 地下鉄サリン事件実行犯で2人が死んでいる。教団で果たした役割も大きかった。逮捕されると、すぐに全部しゃべり、警察の罪状糾明に役に立ったので無期懲役。
中川智正氏の弁護士「林はたくさん警察に真実を述べたと言っているが、でたらめなこともしゃべっている」

ところが、自首した人、人を殺していない人が死刑になっています。
岡崎一明 田口事件と坂本弁護士一家殺人事件の実行犯の1人。自首したが、自首が遅すぎるという理由で死刑。
横山真人 地下鉄サリン事件実行犯だが、死者はいないのに死刑。
中川「林郁夫さんが極めて話すのが上手なのに対して、横山君はひどく口下手でした。横山君が林郁夫さんのようなコミュニケーション能力があれば、死刑にはならなかったかも知れません」
土谷正実 サリンを製造したが、何に使われるのか知らなかった。
中川「土谷君は、一連の事件の首謀者ではなく、しかも化学兵器の使用にも直接関わっていないのですが、死刑判決でした」
松本サリン事件では「何に使われるか知らなかった」ので殺人幇助罪とされたが、地下鉄サリン事件でも知らなかったのに、殺意があったとして殺人罪に問われて死刑になった。
井上嘉浩 謀議に加わったが殺人はしていない。
これら死刑になった人たちは、山形明・林郁夫の2人と比べて罪が重いのでしょうか。

中川氏は、死刑か無期懲役かのボーダーラインにいる人の場合、判決の基準があいまいだと何回も言った。中川氏の考えでは、生きるか死ぬかの裁判の違いは、被告人の話し方の上手下手、裁判官のそのときの気持ちによる。裁判官によって違った判決をする。社会の怒りの度合い、そしてランダムな「運」に左右されると話していた。裁判は所詮人が人を裁くものである。裁判官は誠意と確信をもって決断するが、ものさしできちんと測れるようなものではないのである。私も彼の言い分に同感する。


村上春樹氏はこんなことも言っています。

正直に申し上げて、地裁にあっても高裁にあっても、唖然とさせられたり、鼻白んだりする光景がときとして見受けられた。弁護士にしても検事にしても裁判官にしても、「この人は世間的常識がいささか欠落しているのではないか」と驚かされるような人物を見かけることもあった。「こんな裁判にかけられて裁かれるのなら、罪なんて絶対におかせない」と妙に実感したりもした。

裁判官や弁護士に当たり外れがあるわけですが、死刑かどうかが決まるわけですから、運不運ではすみません。

では、麻原彰晃だったら死刑にしてもいいのでしょうか。
地下鉄サリン事件当時、東京地検刑事部副部長だった神垣清水氏はこう語っています。

麻原が生きている限り、オウム事件は国民の心のひだに引っ掛かってくる。死刑を執行しないことが風化を防ぐのではないか。(高知新聞2018年3月21日)


アンソニー・トゥー氏と高橋シズヱさんのやりとり。

トゥー「地下鉄事件でご主人がなくなったのは、林郁夫がサリンの袋を破いたからですから、高橋さんは林郁夫を最も恨みますか」
高橋シズヱさん「いいえ、一番恨んでいるのは警察です」
トゥー「それはなぜですか」
高橋「坂本事件のときも、上九一色村の施設建設のときも、警察への訴えはみな無視された。もしあのとき警察が行動を起こしていたら、地下鉄事件も起こらず、主人がなくなることもなかったのです」

そうか、と思いました。

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オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(1)

2018年12月03日 | 死刑

2018年1月25日、高橋克也さんの刑が確定し、オウム真理教事件の裁判が終結しました。
そして、半年後の7月6日と7月26日に13人の死刑囚が処刑されました。

逃亡していた高橋克也、平田信、菊地直子の3名が逮捕されるや、死刑執行までの具体的な日程が検討されたのだと私は思っていました。
というのも、2017年に再審請求中の死刑囚3人が死刑執行をされていますが、このことについて安田好弘弁護士が「昨年の3人の死刑執行は今年のオウム死刑執行を射程距離において、再審請求しているオウムの人たちを執行できるための地ならしとしか思えません」(「FORUM90」VOL.160)と語っているからです。

しかし、アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』によると、もっと早い時点で執行の準備がなされていたようです。
アンソニー・トゥー氏は1930年生まれ、毒性学および生物兵器・化学兵器の専門家です。
中川智正さんとは拘置所で15回ほど会っています。

2011年11月21日、遠藤誠一の死刑が確定した。
毎日新聞の記者から、法務省は13人のオウムの死刑囚の死刑を2012年の初めに執行する予定だったと聞いた。
そのため2012年3月に、東京拘置所にいる13人のオウムの死刑囚を絞首刑の設備がある7つの拘置所に移送する予定だった。

2012年の初めに中川氏は移転するのだとの通知を受け、荷物の整理を始めたとのことである。

しかし、執行しようとしていた矢先、2011年12月31日、平田信が警察に自首したので、死刑執行ができなくなった。
共犯の裁判が終わるまでは死刑は執行できないからである。

私見だが、司法当局は3人の逃走犯の裁判を早く決着させたいので裁判を簡単にしたのではないか。この3人の逃走犯の裁判が終わらないと、死刑が確定した13人のオウム幹部を処刑できないからである。


トゥー氏の推測が正しければ、オウム真理教事件が審理されているころから、執行の日程が考えられていたのでしょう。

オウム幹部の裁判は、本稿執筆中の2017年の時点でほとんど終わりに近づいてきた。逃亡犯3人の裁判も終了した。上告などでまだ完全には終わっていないが、これもまもなく終わると思う。そうなれば死刑が確定した13人の死刑が執行される。

このように言い切るからには、トゥー氏には情報がどこかから入っていたのでしょう。

2018年1月、高橋克也は最高裁によって無期懲役が確定した。
トゥー氏は3月に訪日することにしていた。

中川氏から「よそに移されたら、規則も違うから3月にお会いできないか」というメールを頂いた(中川智正さんから直接メールをもらったわけではない)。中川氏の頭の中にも死刑について真剣に考え始めたのだと思った。これが最後の面会かもしれないと思った。3月13日に東京拘置所で面会した。


中川氏はこう言った。

近日中に移されるかもしれません。勿論何時かとかはわかりませんが、近い内に起こるかもしれません。その時に備えて私は関連の書類を拘置所の倉庫から取り寄せて、自分の独房に置いています。移動の通知は朝の9時ごろに来て、すぐに移動ということになるらしいです。

翌14日に中川は広島拘置所に移動した。

どうして中川智正さんは移送が近いことを知っていたのでしょうか。
トゥー氏によると、死刑囚は自分の将来や仲間の消息については案外詳しい。
弁護士を通じてほとんど誰とでもやり取りすることができる。
獄中ではパソコンは使えないので、書いたものを弁護士に渡し、弁護士がメールをする。
そして、他の人の弁護士が代理でタイプしたものが送られてくる。

このようにトゥー氏は書いています。
しかし、早川紀代秀さんはこのように書いています。

この間の移送は、時期が時期だけに、てっきり執行かと思いました。
夕方の点検が終わってしばらくしたころ、ちょうどリンゴを食べようとしていたやさきに、突然数人が来られて「移送」と告げられ、即房内の荷物全部、ダンボール箱詰めです。入れ終わったものはすべて持って行かれ、後には、お茶もコップもなく、もちろんリンゴは食べそこねて、がらんとした房内で一夜をすごしました。
行き先を尋ねても教えてもらえなかったので、「ひょっとしたら明朝執行か??」と思いつつ寝ました。(『年報死刑廃止2018』)

死刑囚の弁護士だって、いつ移送されるかは知らないでしょうし、まして執行がいつあるかはわかりません。

安田好弘「13人死刑執行という大量虐殺」(『年報死刑廃止2018』)にこうあります。

(7月6日)午前7時頃の段階で、私のところに電話があり、どうも執行が今日行なわれるという話が入ってきました。これはあとから分かったのですが、前日の段階で被害者遺族の方に法務省から電話があった。そしてさらに別の被害者の方には、当日の朝6時過ぎ頃にに電話があったという話からこういう話がスタートしているわけです。(略)
当の処刑される人たちには、この段階でもまったく知らされていない、ましてや、家族に対しても、また再審弁護人に対しても知らされない。

それと、新実智光さんの妻のメッセージに、7月6日、面会に行ったが会わせてもらえなかった、執行されたと悟った、支援者に電話をすると、昨日の夜にアレフ支部にマスコミがきていたらしい、とあります。
法務省はマスコミにはそれとなく知らせているようです。
死刑囚本人やその家族たちには黙ったままなのに。
おかしな話です。

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入管法改正案とカファラ制度

2018年11月20日 | 日記

「アムネスティ・ニュースレター」vol.478の「ニュースで学ぶ世界の人権」に、カタールのカファラ制度(雇用主による保証人制度)について書かれています。
https://www.huffingtonpost.jp/rengo/international-ilo_a_23444794/

カタールは、移住労働者の出国に雇用主の許可を必要とする規制の廃止を定めた、新たな法律を導入したそうです。
もっとも、すべての移住労働者が自由に出国できるわけではありません。

Q「国を出るのに雇用主の許可が必要だったんですか」
A「許可が必要なのはそれだけではありません。転職にも許可が要ります。認めてくれない場合も多いので、転職したくても契約が終了するまで待たなければなりません。もし、勝手に辞めたら、逃亡したとして、強制送還される可能性もあります。カファラ制度は雇用主の力が強いため、労働者が搾取されやすい制度なのです。実際、契約とはほど遠い低賃銀で働かされ、過度の長時間労働を強いられることも少なくありません。給与の未払いや遅延も起きています。住居も雇用主が指定するのですが、書類を発行しない雇用主もいるため、不法滞在で摘発される危険が常にあります。長年の慣行で今も労働者のパスポートを取り上げる雇用主もいます」
Q「家事労働者はどれくらいいるのですか」
A「約17万人です。労働法に守られていないために、とても悲惨な状況に置かれています。アムネスティが調査したところ、横暴な雇用主の下で過酷な労働を強いられ、外出も認められず、外出を希望すると暴力をふるわれるといった実態が明らかになりました。1日の休みもなく、週100時間も働いたという女性もいました。強かんの被害も報告されています。虐待を訴えても雇用主が裁かれることはほとんどありません」。

この記事を読み、日本の技術修習生制度と同じじゃないかと思いました。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%E6%8A%80%E8%83%BD%E5%AE%9F%E7%BF%92

失踪外国人実習生、月給「10万円以下」半数超
実習先から失踪した外国人技能実習生2870人のうち、7割弱が失踪の動機に「低賃金」を挙げたことが法務省の調査でわかった。実習先での月給については、半数以上が「10万円以下」と回答した。失踪した実習生に対する同省の調査結果が明らかになるのは初めて。「国際貢献」を掲げながら「安価な労働力」に利用されていることが、失踪につながっている構図が浮かび上がった。(読売新聞2018年11月17日)


https://www.yomiuri.co.jp/national/20181117-OYT1T50022.html

さて、入管法改正案が国会で審議されています。

 外国人労働者受け入れ拡大に向けた入管法改正案を巡り、法務省は16日の衆院法務委員会理事懇談会で、失踪した技能実習生への聞き取り調査結果に集計ミスがあったと明らかにした。調査人数や「失踪の動機」の内訳が誤っていたほか、実習生への実際の質問とは異なる集計項目があることも判明し、野党が猛反発。(略)
 法務省はこれまで与野党に示した資料で「2892人を調査し、約87%が『より高い賃金を求めて』失踪した」と説明していた。しかし調査内容を精査した結果、16日に実際の調査人数を2870人と訂正した。失踪動機のうち、「より高い賃金を求めて」の割合は実際には全体の約67%で、大きな食い違いがあった。
 それ以外の動機の割合についても、「実習終了後も働きたい」を約14%から約18%に▽「指導が厳しい」を約5%から約13%に▽「暴力を受けた」は約3%から約5%に--などと、それぞれ訂正した。(略)
 さらに、調査で失踪動機の選択肢だった「低賃金」「契約賃金以下」「最低賃金以下」の三つを、法務省が独自に「より高い賃金を求めて」として合算していたことも判明。(毎日新聞11月17日)。

https://mainichi.jp/articles/20181117/ddp/001/010/006000c
こんなことではカファラ制度とどっこいどっこいのものになるのではと思ってしまいます。

よくわからないのが安倍首相の考え。

安倍晋三首相の所信表明演説に対する各党の代表質問が29日、衆議院で始まった。(略)
 枝野氏は、西日本豪雨など自然災害からの復旧、復興に向けた2018年度補正予算案の編成が遅いと批判。入管法改正案について、移民政策との違いを質問した。安倍首相は「移民政策ではない」、「人手不足の深刻な業種に限り、即戦力となる人材について期限をつけて受け入れるもの」と説明した。(朝日新聞2018年10月29日)

つまり使い捨てということでしょうか。
これじゃ現代の奴隷制である技能修習生制度とどう違うのかと思います。

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マイケル・モス『フードトラップ』

2018年10月28日 | 

マイケル・モス『フードトラップ』によると、糖分、脂肪分、塩分が加工食品に欠かせない三本柱です。
食べたいという欲求の源となる成分ですが、健康のことを考えると摂取を減らすべき。
しかし、それだと商品が売れなくなってしまう。

ランチャブルズという子供向けの人気商品があります。


https://ameblo.jp/onigawarawin/entry-12242293663.html

1988年に発売されたもので、トレーにボローニャソーセージ、クラッカー、チーズが入っています。
ネットで調べると、こんなの誰が食べるのかというようなシロモノですが、子供には人気があるそうです。

https://ameblo.jp/topicos/entry-12223701402.html

母親たちの最大の問題は時間。
忙しい母親たちは、健康的な食事を子どもに食べさせようと苦心しているが、食べ物を用意する時間がなくなってきた。

母親たちは、悪夢のような毎朝の狂乱について延々と話した。テーブルに朝食を並べ、学校にもたせるランチを用意し、靴ひもを結び、子どもを送り出す。

1955年には女性の38%近くが働いていた。
1980年には51%。
1999年、25~54歳の女性のうち、77%が仕事に就いている。

もう大変。何もかもが大慌て。子どもたちは、あれはどこ、それはどこ、って聞いてくる。私だって出勤の準備をしなくちゃいけない。ランチを3人分用意しなきゃならないのに、どんな食材が残っているかさえ覚えていない。子どもたちは平凡なランチじゃ満足しない。私だって子どもが喜ぶものを持たせたい。それに、私もちゃんとしたランチを食べたい。でも食品棚にまともな材料が残っていないかもしれない。

そこで、子供が喜ぶし、親も楽ができるしというので、ランチャブルズが売れるというわけです。

子供だけではありません。
ベビー・ブーマー世代のスナック消費が増えた理由。
きちんと食事を取ることは過去のものになった。
ブーマー世代は朝食・昼食・夕食という昔ながらの概念を放棄してしまったようだ。
少なくとも、3度の食事はかつてのような日常の習慣ではなくなった。
まず、早朝ミーティングが普及して、朝食が抜かれるようになった。
ミーティングがほかの仕事にも響き、遅れを取り戻すため昼食が抜かれるようになる。
夜は夜で、子どもが野球の練習に参加して帰宅が遅くなる。
それに大学生にもなれば自宅を離れてしまう。
親は次第に夕食を取らなくなる。
しかし、ブーマー世代が空腹を抱えたわけではない。
彼らは食事を抜いた分をスナック類でまかなうようになった。

格差が広がっている。新鮮で健康的な食品を食べるほうがお金がかかる。肥満問題には大きな経済問題が関わっているのだ。そのしわ寄せは、社会的資源に最も乏しい人々、そしておそらく知識や理解が最も少ない人々にのしかかってくる。


日本でも同じような問題があります。
子供食堂がはやっています。
2000か所以上あるとか。
貧困のため食べられない子供、あるいは一人で食事をする孤食の子供に、みんなと一緒に食事をする場を提供していると言われます。
しかし、日曜学校の延長みたいなところもあると聞きますし、子供たちが来ないので集めるのに苦労しているところもあるそうです。
お母さんが忙しかったり、疲れて帰ってきたりした時に、子供食堂を利用する人が多いとも聞きました。
それでも、コンビニ弁当がある日本のほうがいささかましなのかもしれません。

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藤田庄市『修行と信仰』

2018年10月23日 | 仏教

広瀬健一氏はオウム真理教の極厳修行についてこのように書いています。

第3次極厳修行は97日間だった。この修行では、睡眠を3時間の瞑想として座法を組んだままとり、姿勢が崩れると監督に起こされた。食事は1日1食であり、米が200g、野菜煮が200gだった。丹(そば粉を蜂蜜で練り焼いたもの)200g、ヨーグルト180ccのときもあった。
この生活の結果、体重がかなり減少し、顔の肉がなくなり、皮膚が突っ張る感じがした。また、居眠り防止のために立って修行しても、立ちながら眠ってしまい何度も倒れるなど、身体が極度に衰弱した。
この状況で、立位礼拝(ほぼ1日の礼拝を約1か月間続け、計500時間行った)、呼吸法(ヴァヤヴィヤ・クンバカ・プラーナーヤーマとアパンクリヤを1日につき計6時間)、小乗のツァンダリーの瞑想(注 1日につき3時間。睡眠に充てた瞑想とは異なる)、「欲如意足No1」や、「懺悔の詞章」などの詞章の詠唱(1日につき、各詞章をそれぞれ30分間から1時間)を行った。(略)
身体がかなり衰弱したために、このまま肉体が駄目になるのではないかという、肉体に対する執着も出てきた。しかし、修行の最後の時期に、肉体的には疲労して何度も倒れているのにもかかわらず、精神的には天にも昇るような解放感を感じ、何事もなく修行をこなす状態になった。


藤田庄市『修行と信仰』は天台、真言、東大寺、禅、修験、神道などの修行が取り上げられています。
読みながらオウム真理教の修行や、修行によって得る体験とどう違うのかと思いました。

比叡山で十二年籠山を行ずるには、懺悔滅罪すべく一日に三千回の礼拝を行い、仏が出現するまで好相行を続けねばならない。
それが成就してはじめて戒を受けることができる。

礼拝の動作は五体投地である。映像でよく流れるチベット仏教の身体を地に投げ出す礼拝法と酷似していると思えばよい。右手で焼香し、樒の葉を散華し、大声で一仏一仏の名を唱えるごとに磬を打つ。そして、一日に三千仏、つまり三千回の礼拝をくり返すのである。三度の食事と用便のほかは原則として不眠不休で続ける。仮の休息は縄床にてとるが、横臥することは一切できない。なにより緊張状態のため、眠ってもすぐ目ざめてしまう。身体はアセモだらけになり、手の甲は固いタコだらけ、脛毛はちぎれて無くなってしまう。疲労の蓄積はいうまでもない。これをたった一人で遂行するのである。期間についても、回峰であれば千日という限りがある。しかし好相行では、常識的にはあり得べくもない仏の顕現という奇瑞まで行の終結はない。


好相の様子は入行者によって異なるそうです。
堀澤祖門師(天台宗)の体験です。

三カ月も過ぎた頃、一礼一礼、ただ拝するのが精一杯となった。雑念はおろか考えることもできなくなった。「はからい」はすべて捨てさせられた。自己が「洗い流された」時、それは起こった。真夜中の一時過ぎ。堀澤師が疲労困憊の身を縄床に置き、うとうとしていた時だった。突如として一メートルほどの仏身が現れた。衝撃以外のなにものでもない。目を明けたが、その姿は厳然として空中に立っている。灯明のみの暗闇に掛け軸から抜け出たようにそこだけが明るい極彩色であった。


法然の宗教体験の記録が『三昧発得記』です。

二月四日の朝、瑠璃地分明に現したまふと云。六日後夜に、瑠璃宮殿の相、これを現すと云。七日朝に、またかさねてこれを現す。すなはちこれ宮殿をもて、その相影現したまふ。(略)始正月一日より、二月七日にいたるまて、三十七箇日のあひた、毎日七万念仏。不退にこれをつとめたまふ。 これによりて、これらの相を現すとのたまへり(略)。
元久三年正月四日、念仏のあひた、三尊大身を現したまふ。また五日、三尊大身を現したまふ。(建久9年(1198)2月4日早朝に極楽の瑠璃の大地がはっきりと見えた。6日の後夜に瑠璃の宮殿のすがたが現れた。7日にもまた重なって現れた。そうした様々な極楽の光景は正月1日から2月7日までの37日の間、毎日7万遍の念仏を称えたことにより、これらの光景が現じた。(略)
元久3年(1206)正月4日、念仏中に阿弥陀仏、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が大身を現した。五日にもまた現れた)

20時間×60分×60秒=72000秒
7万回念仏を称えるためには1秒に1回のペースが必要です。
法然が比叡山から下りて吉水の草庵で生活するようになったのが承安5年(1175年)ですから、専修念仏に帰した後も仏の相好を観じる行を続けているわけで、いささかがっかり。

堀澤祖門師の好相行に対する認識。

戒律、特に大乗戒を受ける際に、汚れたままの心身で戒律を授かることはできないわけで、誰でも生きているからには心身が汚れているわけで、まずこの汚れをすっかり洗い落としてから、神聖な大乗戒を授けていただこうというのである。(略)そして懺悔を繰り返してついに心身が全く汚れを離れた時に、「好相」が現れるのである。好相というのは一口に言って、「仏に関する種々の神秘現象」といってよいかと思う。


藤田庄市氏は五来重「東大寺二月堂のお水取り」から引用しています。

日本人の庶民信仰では、苦行による滅罪が重視される。これは仏教からきた理念ではなくて、日本の原始宗教に、人間のすべての不幸や禍は人間の犯せる罪と穢のむくいとする論理があるためである。
したがって飢饉や疫病や災害などの不幸をまぬがれるためには、その原因となる罪穢をほろぼさなければならない。しかも滅罪には苦行による贖罪が第一であるから、宗教者が代受苦者となってこれを実践するのである。


「汚れ」「穢」とは業(カルマ)と同じだと考えていいのではないかと思います。
「汚れを離れた」とか「宗教者が代受苦者」するということ、オーム真理教のカルマの浄化、カルマの交換、カルマ落としといった教義と違うのかと思います。

カルマの浄化

解脱、つまり輪廻からの開放に必要なのは、転生の原因となるカルマを消滅(浄化)することになります。ですから、オウムにおいては、カルマの浄化が重視され、修行はそのためのものでした。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/d6d3a340f9f9659d7c9a8a7ef2e69d2c

カルマの交換

麻原は、私たちに「エネルギー」を注入して最終解脱状態の情報を与え、また私たちが蓄積してきたカルマを背負う――つまり、カルマを引き受ける――とも主張していました。このようなカルマの移転は、「エネルギー交換」あるいは「カルマの交換」と呼ばれていました。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/2b0dcc7613655d08633c4409736150fd

カルマ落とし

麻原は、竹刀で信徒を叩くことがありました。竹刀が折れるほど強く。また、様ざまな〝働きかけ〟をして、信徒を精神的に苦しめることもありました。よく聞いたのは、信徒の苦手とする課業を故意に指示し、信徒が強いストレスにさらされる状況を形成することです。このような方法で対象のカルマを浄化することを、「カルマ落とし」といいました。

https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/cd331bfbd4debe96de283f7a614bbd39

藤田庄市氏は「死刑大量執行の異常 宗教的動機を解明せぬまま」(「世界」2018年9月号)の中で、「麻原がヨーガもチベット仏教も正式に師についてきちんとした修行をしていない」と書いています。

釈尊も独りで覚りましたが、2人の師匠に瞑想を習ったり、苦行者たちとともに6年間の修行をしています。
その体験を通して快楽と苦行という道を否定しました。
そして、サンガが成立すると、少しずつ戒律をみんなで定め、新しく入った出家者の指導を整えました。
麻原彰晃は師資相承を受けていないことがポイントだと思います。

藤田庄市氏も「神秘主義的修行が高位にあると理解してはならない」と注意しているように、神秘体験=悟りではありません。
天台宗では、好相行を終え、十二年籠山を行ずる侍真となる。
先輩の侍真たちに報告を行い、その吟味によって好相の真偽は判定される。
堀澤祖門師の得た好相は真であった。
オウム真理教はこうした組織、指導体系ができていなかったのでしょう。

もっとも、元禄から明治時代までの侍真106人のうち22人が途中病死しているそうです。
修行によって死ぬ人は少なくなかったわけですから、釈尊はどう思うか。

死者が出たときの対応にも違いがあります。
オウム真理教では1988年9月、真島照之さんが修行中に死亡しており、その死を隠して遺体を処分したことが田口さんの殺人につながりました。

それでもやはり、オウム真理教がなぜ多くの事件を起こしたのか、他の宗教はどうなのかという疑問は残ります。

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ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』

2018年10月16日 | 映画

外国映画の場合、描かれる物語の背景を知っていないと、何のことかわからないことがしばしばあります。
たとえば、テイラー・シェリダン『ウインド・リバー』。



先住民居留地で死んでいる女高生を見つけ、主人公はFBI捜査官と捜査をするという話。
町山智浩氏の解説を読み、こういうことなのかと思いました。
https://miyearnzzlabo.com/archives/50620

ウィンド・リバー先住民居留地は鹿児島県と同じぐらいの面積があり、2万人以上の先住民が住んでいるのに、警察官が6人しかいない。
アメリカの警察は連邦警察(FBI)、州警察、市警察がある。
保安官は郡に所属していて、警察官ではなく、政治家に近い人。
州とか市を超えるとそれぞれの警察はそれ以上追跡できない。
州を超えた犯罪の場合には連邦警察が出てくる。
この先住民居留地は連邦政府の土地だから、殺人事件だとFBIが出てくる。

レイプは連邦法には規定がなく、州の法律で規定されている。
州警察や市警察は居留地では行動ができないから、レイプ犯は裁くことができないし、捜査することもできない。
だったら、先住民居留区でレイプをしても逮捕されないということでしょうか。

先住民の失業率は80%。
平均寿命は48才。
10代の自殺率が全米平均の2倍以上。
先住民の女性がレイプされる率が全米平均の2.5倍以上。
先住民が殺人事件の被害者になる率は全米平均の5倍から7倍。
もっとも、こうした先住民の置かれた状況を知ってるアメリカ人がどれだけいるかと思います。

ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
レバノンのことは知らないので、わからないことが多いので、ネットで調べました。



ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
主人公2人が何を考えているか、映画を見てもわかりません。

自動車修理工場を営むレバノン人のトニーはレバノン軍団(キリスト教マロン派の民兵組織・右派政党)の熱心な支持者。
レバノン軍団の集会に参加し、家には党首の写真を掲げ、仕事場ではいつもテレビで「パレスチナ人を追い出せ」というアジ演説を聞いている。

トニーが住んでいるアパート(2階)のベランダ(違法なもの)で水を流して掃除をしたので、排水のホースから水が道路に流れ落ち、下で働いている人たちが水を浴びてしまう。
現場監督のヤーセル(パレスチナ難民)は、ベランダの排水管を新たに作って、水が下に流れ落ちないように補修した。(住人であるトニーの承諾は得ていない)
なぜか激怒したトニーは配水管を壊してしまう。
ヤ―セルは「クズ野郎」とトニーに向かって言う。(大声ではない)
すると、トニーは怒り、ヤーセルにしつこく何度も謝罪を要求する。

ごたごたを怖れた工事会社の所長がヤーセルに謝罪するよう説得し、トニーの自動車修理工場に行く。
ところが、なかなか謝罪しないヤーセルにトニーは「お前なんかシャロンに殺されていればよかった」と言ったので、ヤーセルはトニーを殴り、トニーの肋骨が折れてしまう。
裁判に訴えたが、トニーの父親からは「もとはお前の言葉からだ」とたしなめられるし、妻も夫を非難する。

この裁判が日本とは違っています。
傷害事件だから刑事裁判かと思ったら、検事も弁護士もいない。
トニーが裁判長に訴え、質問に答えます。
二審では双方の弁護士が相手をさえぎっては自分の考えをしゃべりまくる。
レバノンの裁判はこんな感じなのでしょうか。

大統領が仲介しますが、怒りのおさまらないトニーはこれまた拒否。
トニーはずっとこんな調子ですから、たちの悪いクレーマーとしか思えません。
ヤーセルにしてもどうしてそこまでかたくななのかと思います。

しかし映画の最後に、トニーが生まれたダムール村は、1976年の内戦で村が襲われ、500人が虐殺されたことがわかります。
『判決』の背景にはレバノン内戦があるわけです。

1975年から1990年までレバノンで内戦がありました。
ファランヘ党(キリスト教徒)、イスラム教徒・パレスチナ解放機構、シリア、そしてイスラエルなどが争った戦いです。

ウィキペディアにはダムールの虐殺についてこのように記されています。
1976年1月18日、レバノンのキリスト教徒の民兵組織はベイルート東部のカランティナ地区を制圧し、パレスチナ人とイスラーム教徒を殺害(最大1500人)した。
1976年1月20日、レバノン国民運動と提携したパレスチナ人の民兵がカランティナの虐殺の報復としてダムールの村のキリスト教徒の民間人150~582人を殺害した。
1976年8月12日、レバノンのキリスト教徒の民兵がテルザアタルの難民キャンプに侵入し、1500~3000人を殺害した。

1982年のイスラエルによるレバノン侵攻作戦では、レバノン軍団は自由レバノン軍などと共にイスラエル軍の補助部隊としての役割を担っています。
1982年9月16~18日、サブラーとシャティーラの住民(主にパレスチナ難民とレバノンのシーア派)が難民キャンプで、地域を取り囲んでいたイスラエル軍の助けを得たキリスト教徒の民兵組織「レバノン軍団」により700~3500人が殺害された。国連総会は虐殺を非難し、ジェノサイド行為と宣言した。
イスラエルの国防相だったシャロンは引責辞任する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

トニーがパレスチナ人を嫌うことは理解できるし、ヤーセルが「シャロンに殺されていればよかった」という暴言に怒ることも当然のことです。

1990年にレバノン内戦が終結すると、レバノン軍団は政党化され、パレスチナ難民排斥を訴えています。
トニーの修理工場の入り口にシオンの星をペンキで描かれます。
レバノン軍団とイスラエルはつながりがあるわけです。

トニーがつけているテレビでレバノン軍団のパレスチナ人を非難する声は、1994年のルワンダ虐殺を描いたテリー・ジョージ『ホテル・ルワンダ』で、ラジオのディスクジョッキーがツチ族を「汚くて病原菌を撒き散らすゴキブリ」などの攻撃を思い出しました。



在特会が「死ね」とか「殺せ」と言ってるのと同じです。



レバノンの内戦が終結して30年弱。
光州事件から30~40年たって、チャン・フン『タクシー運転手』、チャン・ジュナン『1987、ある闘いの真実』 という映画になりました。
若松孝二が連合赤軍や三島を映画にしたのもそれくらいかかっています。
歴史として語るには時間がかかるということでしょう。

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