三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

日本会議

2017年05月29日 | 

上杉聰『日本会議とは何か』、菅野完『日本会議の研究』、青木理『日本会議の正体』を読み、日本はきわめてヤバイ状況にあるのではないかと不安になりました。
青木理氏は、日本会議を「戦後日本の民主主義体制を死滅に追い込みかねない悪性ウィルスのようなものではないかと思っている」と批判しています。

日本会議が結成されたのは1997年。
会員は個人が約35000人、役員総数62名のうち、24名が宗教関係者によって占められている。
日本会議に関わっている、神社本庁、霊友会、念法眞教、崇教真光、解脱会、黒住教、佛所護念会教団、オイスカ・インターナショナル、倫理研究所、モラロジー研究所などの宗教団体は、日本会議や関連団体が実施する数々の運動やイベントに多数の信者を動員する。

この動員力こそが日本会議の特徴で、日本会議は、選挙に際して公言したとおりの数字を確実に出すから、政治家は日本会議に魅力を感じる。
第三次安倍内閣の全閣僚のうち16人、84.2%が日本会議国会議員懇談会に参加している。

オーストラリア・ABCテレビ「日本会議とは、日本の政治をつくりかえようとしている極右ロビー団体である」
フランス・『ル・モンド』紙「日本会議とは、安倍氏も所属し、1930年代の日本の帝国主義を擁護する強力な超国家主義団体である」
ケネス・ルオフ(ポートランド州立大学教授)は、アメリカのキリスト教原理主義と日本における宗教右派の新たな台頭を比較し、「アメリカの最右派団体、キリスト教連盟と同じ」と言っている。

日本会議の実態は宗教右派団体に近い政治集団である。
こうした宗教勢力の台頭という様相は、中東のイスラム原理主義運動などにも及ぶ世界的な動向の一環として見るべきであろうと、上杉聰氏は書いています。

日本会議の源流となったのが生長の家に出自を持つ右派の政治活動家たちであり、組織運営面で生長の家の出身者が日本会議の中枢を支えている。
動員面、資金面、影響力など主柱的に支えているのが神社本庁である。

日本会議と関連団体が長年にわたって続けてきた「草の根市民運動」は、
・国旗国歌法の制定
・外国人の地方参政権反対
・教育基本法の改正
・女系天皇容認の皇室典範改正反対
などで成果をあげている。
育鵬社の歴史と公民の教科書が大阪で採択された経緯のえげつなさが、『日本会議とは何か』に書かれてありますが、これも市民運動の成果でしょう。

日本青年協議会の会長で日本会議事務総長の椛島有三、日本政策研究センターを率いる伊藤哲夫は、「生長の家学生運動」の出身である。
「生長の家原理主義」の中心団体である「谷口雅春先生を学ぶ会」には、稲田朋美、衛藤晟一などの安倍側近の政治家、百地章、高橋史朗など御用学者・言論人が参加している。

生長の家の教祖である谷口雅春を信奉する人たちは、日本国憲法やそれに象徴される戦後体制を嫌悪し、憲法「改正」運動は憲法の存在を認めるものであり、納得できないらしい。
憲法と戦後体制を突き崩すため、小異を捨てて大同につき、日本会議という政治集団に結集したと、青木理氏は書いています。

もっとも、生長の家は政治活動から離れ、2016年6月には「今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針」という声明文の中で、「当教団は、安倍晋三首相の政治姿勢に対して明確な「反対」の意思を表明するために、「与党とその候補者を支持しない」ことを6月8日、本部の方針として決定し、全国の会員・信徒に周知することにしました」と、はっきり宣言しています。

では、谷口雅春はどういう思想の持ち主なのか。
「極右的で、超復古主義としか言いようのない政治思想であり、自民族中心主義に陥りかねない」と青木理氏は書き、谷口雅春の著書から文章を引用しています。
『皇道霊学講話』(1920年)

全世界の人類が幸福な人間らしい生活を送るためには神から先天的に首脳者として定められたる日本皇室が世界を統一しなければならないのである。それは日本自身のためではない。全世界の人類の永遠の幸福のために必要なのだ。

 

先天的に日本国が世界の首脳国であり、日本人が世界の支配者として神から選ばれた聖民である。


谷口雅春『占領憲法下の日本』(1969年刊)

神武天皇建国以来、二千六百有余年、連綿として天皇を統治の主権者として継承奉戴し来った。建国の理想と伝統とを、一挙に破壊放棄して、占領軍の〝力〟関係で、「主権は国民にありと宣言し」と主張してまかり通って、その罷り通った憲法が今も通用しているのである。

 

ここにただ一つ、自民党政権が起死回生する道がある。それは(略)、天皇に大政を奉還することである。すなわち「主権は国民にありと宣言し」の現行占領憲法の無効を暴露する時期来れりと宣言し、「国家統治ノ大権ハ朕か之ヲ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ」と仰せられた本来の日本民族の国民性の伝統するところの国家形態に復古することなのである。


谷口雅春の唱える、国民主権の否定と天皇主権、祭政一致へのかぎりない憧憬と政教分離の否定、明治憲法への復元、国家重視と人権の軽視は、右派系の文化人、政界主流の与党幹部、財界人らに信奉されているそうで、三島由紀夫、鳩山一郎、三木武夫、平沼赳夫たちが谷口雅春に私淑したそうですが、信じられない話です。

政治的な力を持つ人たちが、今も谷口雅春を信奉しており、日本政策研究センターの目的は、憲法の緊急事態条項の追加、家族保護条項の追加、9条の改正だけでなく、最終的な目標は明治憲法の復元にある。
安倍政権が実現させようとしてのがまさにこれですから恐い。

天皇、皇后、皇太子への誹謗中傷を書く右派ブログがありますが、この人たちは、天皇や皇太子が「憲法を遵守する」と明言しているのが気にくわないのかもしれません。

日本会議などで実務を担当している谷口雅春信奉者たちは、きわめて真面目であり、勉強熱心で、富や名声を求めず、時には裏方に徹して尽力する。

何よりもそうした者たちの根っこには「宗教心」がある。一般の感覚ではなかなかはかりしれないが、幼いころから植えつけられた「宗教心」は容易に揺るがず、容易に変わることがない。変わることもできない。人からどう見られようと気にせず、あきらめず、信ずるところに向かってひたすらまっすぐ歩を進めていく。


鈴木邦男氏は大学時代、生長の家の学生道場で生活しています。

朝は早くから木刀をもった先輩たちに叩き起こされて、正座や国旗の掲揚、体操、掃除などさまざまな行事がある。夜もお祈り、学習会などがあって、日曜も平日も生長の家の行事には必ず駆り出されました。宗教の話は当然ですが、毎日のお祈りの後には先輩たちから『このままでは共産革命が起きる。われわれ愛国者が立って国を守らなければ』とアジられる。毎日そういう話を聞かされると、自分がこれから出撃する特攻隊員のような気分になってくるんです。(略)
生長の家というのは当時、僕ら右派学生にとって、『宗教』という以前に『愛国運動をやっているところ』だと思っていました


生長の家が政治家との決別を宣言した後も、生長の家に出自を持つ者たちは、谷口雅春の政治的な教えを信奉しつづけ、右派の組織づくりに全精力を傾けつづけ、現在の日本会議があるわけです。

谷口雅春は自民族優越主義、天皇中心主義であり、明治憲法・教育勅語の復活を目指していました。
ところが、安倍内閣はアメリカの言いなりで、憲法を変えることで国の形を変えたとしても、対米追随という戦後体制は変わらないでしょう。

なのに、そのことに谷口雅春原理主義者はなぜ不満を持たないのか、不思議です。

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改憲、廃憲、反憲

2017年05月25日 | 日記
保阪正康「昭和史のかたち 歴代首相と憲法」
安倍晋三首相はこの5月3日にも、憲法改正の意志をあらわにし、それも2020年という時間を設定しての覚悟を示した。近代日本の首相の中で、これほど改正それ自体を強調し、どこをどのように変えるかの論点を明確にしない首相も珍しい。まず「改正ありき」では、論戦そのものが逆立ちしているように思えるほどだ。(略)(2017年5月13日

毎日新聞のこの記事を読み、安倍首相の憲法観はこういうことなのかと納得しました。
というのが、『日本会議の研究』で菅野完氏はこのように書いているからです。

安倍政権は、集団的自衛権などを憲法解釈の変更によって認めている。

憲法が骨抜きになって否定されるのは、日本国憲法と、「憲法を政府が守らなければならない」という立憲主義の根幹もである。
日本会議は、改憲ではなく反憲法、現行憲法を徹底的に否定することが狙い。
「日本国憲法を憲法の改憲規定にもとづいて改憲する」という手法さえ否定する。
日本国憲法の規定にもとづいて改憲すれば、日本国憲法を憲法として認めてしまうことになる。
だからこそ、「改憲」ではなく「反憲」を唱えた。

安倍首相も日本会議のように、日本国憲法をよりよいものに変えようというのではなく、無化しようと考えているのではないかと、私は思ったわけです。

憲法学者の9割が憲法違反だと言っている安保法案を無理矢理成立させたのも、憲法無化の一つのあらわれです。

5月3日、内田樹氏もツイッターでこういうつぶやきをしています。

安倍首相の改憲論は二転三転して焦点が定まらないことにメディアはご不満のようですけれど、あれは「改憲」じゃなくて「廃憲」なんです。草案をみればわかるとおり、「憲法を停止して、国会を閉じて、政令をもって法律に代える」独裁体制を法的に正当化するためのものなんですから。

そして内田樹氏が、安倍首相は「権力者をしばる憲法などというのは時代錯誤だ」と言ってると書いているので、ネットで調べると、2014年2月3日の衆議院予算委員会です。

畑浩治氏(生活の党)の「憲法というのはどういう性格のものだとお考えでしょうか」という質問に、安倍首相はこのように答えています。

憲法について、考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方はありますが、しかし、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であって、今まさに憲法というのは、日本という国の形、そして理想と未来を語るものではないか、このように思います。


平川宗信『真宗と社会問題』に

「憲法」という言葉が何を意味するかを考える場合には、日本語の「憲法」という言葉を探究しても無駄で、元の西洋語である〝constitution〟の意味を探究しなければなりません。そして、この〝constitution〟が何を意味するかと言えば、最近よく「この国のかたち」という言葉が使われますが、いわば「この国のかたち」を決めた法規を意味します。もう少し正確に言えば、「国家という統治機構のあり方を決めた基本的な法規」ということになります。

とありますから、「憲法というのは、日本という国の形」ということは間違えではないです。
しかし、平川宗信氏は先の文章に続けてこのように述べています。

さらに、現在では、「憲法」という言葉は、単に「この国のかたち」を決めている法規としてだけではなく、「立憲主義」と結び付けてとらえられています。「立憲主義」ということが、「憲法」というものの本質とされているのです。「立憲主義」とは、憲法によって国家権力を制限して、国民の権利を保障するという考え方です。国家権力を制限して国民の権利を保障するために憲法を作った、憲法とはそういうものだというのが、立憲主義の考え方です。これは近代のヨーロッパで生まれた考え方で、そのような憲法でなければ近代憲法とは言えないというのが「立憲主義」です。


「憲法は国家権力を縛るものだという考えは古い」と言って立憲主義を否定する安倍首相は、どういう「国の形」を考えているのか。
憲法のどこを、どのように変えるのかを明確に言わないわけですから、安倍首相の考える「国の形」はわかりませんし、ひょっとしたら安倍首相は持っていないのかもしれません。
立憲主義を否定するわけですから、国家権力を縛る憲法がない国、すなわち独裁国家だということになりますが。

全体主義を大貫恵美子氏は次のように定義しています。

国家は国民の社会的・文化的生活のあらゆる側面を支配すべきであるとする。

共謀罪も国民支配の手段として考えているのでしょう。

安倍首相の支持率は50%前後です。

しかし、国会の審議で、安倍首相自身が野党議員の発言にヤジを飛ばし、5月8日には、衆院予算委員会で、2020年までに憲法を改正したいとする安倍首相の発言について、長妻昭氏の質問には答えず、「読売新聞を熟読してほしい」と言う。
そのくせ、森友学園問題や加計学園問題のように自分の都合の悪いことを質問されると、気分を害したのか、感情をむき出しにして長々と反論するけど、論点をずらして質問には答えない。
たとえば↓の記事。

http://www.asyura2.com/17/senkyo222/msg/326.html

あるいは首相のヤジ。
「いいかげんなことばっかし言うんじゃないよ」(安倍晋三首相)
「閣僚席から不規則発言はやめてください」(委員長)
「答弁させてくださいよ」(安倍晋三首相)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170605-00000041-jnn-pol
首相が国会の審議でヤジを飛ばす国は「美しい国」とは言えないでしょう。

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鵜飼秀徳『寺院消滅』(2)

2017年05月11日 | 仏教

鵜飼秀徳『寺院消滅』、水月昭道『お寺さん崩壊』、村井幸三『お坊さんが隠すお寺の話』によると、なぜ寺院が衰退しているか、その理由は3点あります。

①廃仏毀釈
廃仏毀釈により多くの寺が廃寺になったが、特に鹿児島県は熾烈だった。
江戸末期には1066ヵ寺あった寺院が、明治7年には寺院と僧侶がゼロになった。
打ちこわされたり、首を切られたりして山や川に遺棄された仏像の一部が、土木工事や山作業の際に今も出てくることがある。
中国の文化大革命やタリバンのバーミアン石仏破壊と同じことを、日本では幕末から明治初期に行なったわけです。

1872年(明治5年)、「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事」という太政官布告が出され、僧侶の世俗化、弱体化が図られた。
伽藍などの物的破壊に加え、僧侶を俗化していく一連の弾圧により、仏教は骨抜きにされた。

②農地解放
戦後の農地改革によって、田畑や山林を保有する寺院は小作料が入らなくなり、大打撃を受けた。
布施収入だけでは生活できない寺院は、住職が兼業をせざるを得ない。
また、土地を奪われた寺は、小作人だった檀家との関係が悪化し、地域や檀家からの支えを失った。

③過疎による人口減少、高齢化
現在の寺院の衰退は、大都市圏への人口集中による家の弱まり(若い人は家の宗教とは考えない)と地方の疲弊が大きな原因である。

そして、宗教への無関心。
戸松義晴(全日本仏教会元事務総長)の話。(鵜飼秀徳『寺院消滅』)
ハワイの日本寺院がどうなったかを見れば、日本の宗教の未来をある程度予測することができる。
寺院は地域のコミュニティーの中核で、日本人のアイデンティティーの柱でもあった。
ところが日米開戦で、日系二世はアメリカ人であることを証明するためにキリスト教に改宗し、祖国アメリカに忠誠を誓った。
戦争を契機にハワイの日本仏教は「家の宗教」から「個の宗教」へ転換したのである。
日系三世は宗教に無関心になったが、父母が亡くなると、日本の寺で葬儀をする。
しかし、次の世代は、信仰は家で継承するものではなく、自分たちで決めるという。
三世以降は「私たちはアメリカ人だ」と割り切っている。

今後の寺院、僧侶のあり方としては、住職個人の資質、そして寺院の取り組みが大切となってくる。
会津坂下町の浄土宗寺院住職斎藤裕慈さんの話(鵜飼秀徳『寺院消滅』)。

空き寺を整理していく宗門の方向性は、筋違い。確かに、田舎で無住寺院が増え、多くの問題を抱えていることは否定しません。しかし、信仰が失われたがために空き寺になったのではない。田舎ほど寺の存在を大事にしていると思います。だからこそ、空き寺になっても、ムラの人が掃除をし、草取りを続けている。そうした姿を見れば、寺という存在がいかに田舎の人にとって愛おしい存在かが分かります。その点は都会とは大きく違うところです。
それと僧侶の資質とはまた別の問題としてあります。特に、大きな寺の住職は上から目線で檀家さんに対してモノを言うことが多い。『寄付は檀家の務めだ、義務だ』と平気で言う。『多めに寄付を出してもらえれば、いい戒名を付けてあげる』などと、〝取引〟もやっている。僧侶がそんな体たらくだから、住職はいらない、自分たちだけで守っていく、ということになっているのです。

空き寺の中には、檀家が寺の維持・管理をしており、住職がいないほうが金がかからないと、後継者を探さない寺もあるそうです。
水月昭道氏は、地方寺院の一般住職は法座で自分が法話をすることはまれで、葬儀や法事でも読経するだけだと書いていますが、法話をしない坊さんがそんなに多いのでしょうか。

定年退職した人を僧として迎え入れるべきだ、年金があるので小さなお寺に入っても生活には困らない、と村井幸三氏は提案しています。

臨済宗妙心寺派では、仕事を退職してから僧侶を資格を取る人が増えてきた。
長野県千曲市の開眼寺(妙心寺派)住職 柴田文啓さん(80歳)を鵜飼秀徳氏が取材。
柴田文啓さんは横河電機の元役員で、ヨコガワ・アメリカ社の社長も務めた。
65歳の時、永源寺で修行に入り、2001年、13年間、空き寺だった開眼寺の住職になる。
開眼寺の檀家は1軒、建物は傾き、ホコリだらけだった。
「檀家数の少なさがかえって都合が良かった。法事や葬儀などのスケジュールに縛られず、自由に活動できるからだ。それに退職金と年金があれば、贅沢はできなくとも生活に困ることはない。だから、ビジネスマンの余生の送り方として、寺の住職は理想的だ」と柴田文啓さんは語る。

臨済宗妙心寺派は、2014年、リタイア組専門の修行道場を開いた。
60歳以上なら誰でも入れ、僧侶の資格を得る者は20人に上がる。

僧侶の資質について玄侑宗久氏がこんな意見を述べています。(鵜飼秀徳『寺院消滅』)

読経の際には、無意識状態で、瞑想と言える境地に入ります。(略)
人間が目や耳などの感覚器で把握しているのは、本当に狭い世界です。見えない世界や霊的な世界に想像を巡らせることが、どれほど大事なことか。
この無意識の力を引き出すのが僧侶の役割なのです。宗教的技術をもって、阿頼耶識に入っている、ありとあらゆるものを引き出す技術は、僧侶以外には不可能なことです。
こうした宗教的な叡智を僧侶が広く提示できるかどうか。提示できていないから、「葬式仏教」とか言われるんです。


これはちょっとなあと思いますが、戸松義晴(全日本仏教会元事務総長)の話にはうなってしまいました。

アメリカでは僧侶に対して、人徳と清貧を求めている。
アメリカ人の宗教者に対する尊敬の念は強く、その分、宗教者に多くの制約を求める。
人徳と清貧とは何か、こんな話を戸松義晴氏はします。

タイのエイズ患者を収容するホスピスに戸松義晴氏が行った時のこと、ホスピスは寺院が運営しており、僧侶は、感染するかもしれないのに、躊躇なくエイズ患者の手を握って回る。
手を差し伸べる患者の手を握り返すことができず、悲しくて泣いてしまう戸松義晴氏に、タイの僧侶はこう言った。

当然ですよ。あなたには守る家族がいて、守る寺があるのでしょう。でも、タイでは僧侶として出家したということは、支えてくれる人々に命を預けたということを意味するのです。だから私には妻も子供もいません。仮にエイズに感染して死んでも弟子が後を継いでくれます。何の問題もありません。


戸松義晴氏は「私はその時、初めて分かりました。出家、つまり僧侶の独身主義には意味があったんだなと」と語り、このように延べます。

日本の多くの僧侶は命を賭してまで、本来の「宗教者」にはなり切れない。

うーん、大きな問いかけです。

コメント (2)
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