三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

日本は景気がいいのか

2017年09月29日 | 日記
茂木経財相、景気回復期間「いざなぎ超えた可能性高い」 
茂木敏充経済財政・再生相は25日午後の記者会見で、国内景気について「戦後2位のいざなぎ景気(1965年11月~70年7月の57カ月)を超える景気回復の長さになった可能性が高い」との認識を示した。
政府が同日にまとめた9月の月例経済報告では、国内景気の基調判断を「緩やかな回復基調が続いている」とし、3カ月連続で据え置いた。今月も回復すれば、2012年11月から58カ月と「いざなぎ景気」を上回り、戦後2番目の長期回復局面となる。(日本経済新聞2017年9月25日)

土木、建築関係の仕事をしている人の話だと、仕事はいくらでもあるそうです。
しかし、景気がいいという実感がないという人は多いと思います。
実際、賃金労働者の4割、女性は58%
が非正規だそうですし、貧困率は相変わらず高いです。
http://www.garbagenews.net/archives/1954673.html

ネットを見てたら、「各国のGDP推移(1995年を100とする)」の表がありました。
http://i.imgur.com/VVt4VL1.png

  
1995年 → 2015年
中国 100 → 2001.56
インド 100 → 766.16
ルーマニア 100 → 624.14
ロシア 100 → 507.39
韓国 100 → 322.14
アメリカ 100 → 301.71
イギリス 100 → 298.35
イタリア 100 → 199.75
フランス 100 → 193.50
ギリシャ 100 → 180.65
ドイツ 100 → 167.21
日本 100 → 99.31
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52012

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/1001/shiryou_03_1.pdf


名目GDPが20年間で下がっているわけで、これでは景気がいいとはとてもじゃないけど言えません。

ただし、名目GDPは物価の変動を受けるので、単純に諸外国は景気がいいが、日本は不景気だということでもないそうです。

それと、日本の名目GDPの推移です。
1992 3,898,138
1993 4,467,123
1994 4,907,582
1995 5,450,805
1996 4,834,019
1997 4,415,715 
 ・
 ・
 ・
2008 5,037,910
2009 5,231,384
2010 5,700,099
2011 6,157,460
2012 6,203,213
2013 5,155,716
2014 4,848,733
2015 4,382,420
2016 4,938,644
https://www.globalnote.jp/p-cotime/?dno=8860&c_code=392&post_no=1409

1995年の名目GDPはその前後よりも高かったのに対し、2015年は逆に低かったわけで、2002年と2012年を比較すれば数字は違ってきます。
1992年を100とすると、2012年は159.13です。
どの年度の数字を比較するかで違ってくるわけです。

もっとも、民主党政権は2009年9月から2012年12月までです。
民主党政権では名目GDPが増えたのに、安倍政権になってからは下がり続け、ようやく2016年に盛り返したわけです。

アベノミクスの効果があったとは言えないようです。
ところが、安倍首相はアベノミクスに自信を持っているらしく、9月19日、ニューヨークで「アベノミクス」をアピールして対日投資を呼びかけています。
http://www.sankei.com/politics/news/170920/plt1709200006-n1.html
今度の衆院選で、景気の浮揚を求める人は安倍自民党には投票しないほうがいいと思います。

(追記)
名目GDPについてはこの記事をごらんください。
http://blog.monoshirin.com/entry/2017/10/12/184218

『マガジン9条』(2017.10.11)に雨宮処凛が「安倍政権の5年間を、『生活』から振り返る」を書いています。
http://maga9.jp/karin171011/
安倍政権の5年間で、貯蓄ゼロ世帯が激増した。
「家計の金融行動に関する世論調査」を見ると、単身世帯で貯蓄ゼロは33.8%。13年は37.2%、14年38.9%、15年47.6%、そして16年が48.1%と増えている。
2人以上の世帯では、12年に26.0%だったのが、16年には30.9%まで増えた。

「金融資産保有額」の中央値も下がっている。

単身世帯では12年で100万円が、16年では20万円まで下がった。
80万円も中央値が下がっている。
2016年の国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」と感じている世帯は56.5%。
ちなみに母子家庭では82.7%、児童のいる世帯では61.9%が「生活が苦しい」と回答している。

2012年の全体の貧困率は16.1%、子どもの貧困率は16.3%が、今年6月に発表された2015年の貧困率は全体で15.6%、子どもの貧困率は13.9%と下がった。
しかし、貧困ラインそのものが下がったこと、つまり全体が地盤沈下したからこそ、貧困率が改善したという見方もある。

格差もより開いている。

国税庁の調査によると、2016年の平均給与の差は、正社員と非正規で315万円の差がある。
正社員の平均給与487万円に対し、非正規は172万円。
2012年には、この差は300万円だった。
非正規雇用率も安倍政権に入って上がり続け、働く人の4割、2000万人を越えている。
年収200万円以下のワーキングプアは、安倍政権になってから100万人以上増えている。
安倍首相は「雇用を増やした」とことあるごとに強調するが、安倍政権になってから正社員は27万人減り、非正規は167万人増えている。

安倍政権で増え続けているのは企業の内部留保だ。

この5年間で100兆円以上増えた。

このように雨宮処凜さんは書いています。
衆議院選挙には、アベノミクスの功罪についても考えて投票してほしいです。

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映画の中の風景

2017年09月24日 | 映画

マーレン・アデ『ありがとう、トニ・エルドマン』はドイツの映画で、お節介焼きの父親がルーマニアのブカレストで働く娘を訪問するという話。
娘はコンサルタント会社に勤めるキャリアウーマン。
どんな仕事をしているかというと、社員を退職させ、外部委託することで、経費を削減すること。
顧客の社長にルーマニアについて聞かれた娘は、若い人は修士を出て数カ国語が話せるとほめます。
これは愛想半分だろうけど、ヨーロッパ最大のモールがあるというので、父親を連れて行きます。
『ありがとう、トニ・エルドマン』を見ると、ルーマニアはこれからどんどん発展していくように感じます。

 

ところが、クリスティアン・ムンジウ『エリザのために』というルーマニア映画では、警察医の父親が、この国はダメだからと、娘にイギリスの大学に留学させようと苦闘します。

 

娘は白昼、高校のすぐそばで襲われるし、アレクサンダー・ナナウ『トトとふたりの姉』では、スラムに住むロマの姉弟のまわりはヤク中だらけ。

 

こういった映画を見ると、ルーマニアは治安が悪いとしか思えない。
同じルーマニアの映画でも、そこで描かれる風景が違うわけです。

高野秀行さんのブログに片桐はいり『わたしのマトカ』が紹介されていて、どういう本かも知らずに読みました。
http://aisa.ne.jp/mbembe/archives/3873
「マトカ」はフィンランド語で「旅」という意味。
『かもめ食堂』の撮影のためにフィンランド1カ月滞在したときの見聞録です。
フィンランドだけでなく、ニューヨークの地下鉄、カンボジアの朝日などにも触れられていて、ほほーと思います。
北海道のホテルでマッサージを頼むと、しなしなのおばあさんが現れる。

そもそもはじめから大して力が入っているわけでもないから、わたしもついうとうととしてしまう。うつぶせで、背中越しにとぎれとぎれのおしゃべりを聞きながら、すっかり寝入ってしまった。どれくらい眠ったろうか。はっと気がつくと、なんだか背中が生あたたかい。こわごわ見るとわたしの上で、おばあちゃんが寝息をたてていた。親亀子亀のような形である。


フィンランドの遊園地でのこと。
それなりに人出があり、胃袋が裏返るような新種のアトラクションもあった。
しかし、である。

フィンランドの人たちはみごとにみんな無表情なのだ。お面のような顔のままで、たてにななめに振り回されている。おもしろいのかこわいのか、見た目からでは判断できない。特に叫び声をあげるでもなく、降りたとたんにさんざめくでもなく、淡々と安全ベルトをはずし、何ごともなかったみたいな顔をして次の乗り物に向かう。でも実際体験をしてみると、これがかなりの難易度なのである。声も出さず、表情も変えずに楽しむことは、わたしにはできなかった。

アキ・カウリスマキの世界ではないか!
映画に出てくる登場人物は現実の人たちだったのか!
アキ・カウリスマキはリアリズム作家とは知らなんだ。

片桐はいりさんの弟さんがグアテマラに住んでいて、1993年にグアテマラに行ったときのことも書かれています。
テレビの時報で時計の時間を合わせようとしたら、局によって時間が違うと弟さんが言います。
それで『グアテマラの弟』も読みました。
というのが、グアテマラでは1960年から内戦が始まり、1996年に終わりますが、内戦についてどういうふうに書かれてあるのかと思ったからです。

『グアテマラの弟』は2006年にグアテマラを再訪したときの紀行です。
そのためか、1992年にリゴベルタ・メンチュウがノーベル平和賞を受賞していることや内戦のことははまったく触れられていません。
『私の名はリゴベルタ・メンチュウ』とは別の国の話のように感じます。

しかし考えてみると、内戦の間だって、マヤ文明の遺跡に観光客が訪れていたわけです。
『ブラックレイン』の大阪や『ロスト・イン・トランスレーション』の東京が現実の大阪や東京だと思う日本人はいないでしょう。
ルーマニアにしろフィンランドにしろ、そしてグアテマラにしても同じ。
いろんな顔をしていて、そのうちのある一面でしか映像はとらえることができない。
あたりまえのことに、今さらながらなるほどと思った次第です。

(追記)
「ユニセフニュース」vol.255に、グアテマラで働くユニセフ職員の篭島真理子さんが「治安の悪さや貧富の差、男性優位や先住民への差別などが存在することが普通で当たり前」と書いています。

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ナチスとソ連

2017年09月17日 | 映画

映画(特にハリウッド映画))における絶対的な敵役はソ連であり、ナチスでした。
思いついたところでは、『レイダース/失われたアーク』『イングロリアス・バスターズ』『007 ロシアより愛をこめて』などなど。

強制収容所のような実際の話をもとにしたものならともかく、娯楽映画でドイツやソ連が悪役なのは、おそらく文句を言われないからだと思います。

『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』ような実在の国をバカにした映画なら、当然のことながらあちこちからクレームが出ます。

 

ソ連の崩壊後、ソ連は悪役の座を降りましたが、相変わらずナチスは絶対的悪として君臨しています。
最近の映画では、ナチスドイツではないけど、パティ・ジェンキンス『ワンダーウーマン』は第一次世界大戦時のドイツが悪役です。
ドイツが毒ガスを使用したことは事実ですが、当然ながら第一次世界大戦でアメリカやイギリスが絶対的善だというわけではない。
なのに、ドイツ兵がバタバタと殺されて、それでメデタシというのはあまりにも脳天気です。
ドイツ人が見たらどう感じるのか気になります。

史実を描いた作品としては、アンヌ・フォンテーヌ『夜明けの祈り』は、ポーランドに侵攻したソ連軍兵士が、修道院に押し入って修道女たちを強姦し、7人が妊娠したという実話をもとにしたもの。

ショーン・エリス『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』は、プラハの虐殺者と言われた親衛隊大将のラインハルト・ハイドリヒ暗殺計画を描いています。



実際にあったこととはいえ、70年以上前のことを今さらほじくり出さなくてもと考えるドイツ人、ロシア人がいるかもしれません。


ただし、この2つの映画は、単純にソ連やナチスを非難しているわけではありません。

『夜明けの祈り』では、院長は修道女たちのことを考えて産まれた赤ん坊を捨てます。
修道女たちは人に肌を見せること、触られることを禁じられており、自分は地獄に落ちるのではと苦しみ、自殺した修道女もいます。
杓子定規な教えへの批判だと感じました。

そして、ハイドリヒを暗殺すれば、ヒトラーはチェコスロバキア人への報復を必ずすることは間違いないので、レジスタンスの中でも暗殺への反対意見がありました。

実際、5千人(ウィキペディアによると1万3千人)が殺され、絶滅させられた村もあるので、レジスタンスの行動を美化しているわけではありません。

これらの映画がどの程度まで史実通りなのか、どこをどのように創作しているのか、そこは問題だと思います。

たとえばホ・ジノ『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』は高宗の皇女である徳恵翁主が主人公ですが、ネットで調べると、徳恵翁主の描かれ方は史実とはかなり違っています。

 

中国では抗日映画が作られているそうですが、どの程度史実に忠実なのでしょうか。

関東大震災における朝鮮人虐殺はなかったと否定する人がおり、それどころが朝鮮人の暴動は事実だという主張さえあります。

「ナチスのホロコーストはなかった」というような歴史修正主義が日本では大きな力を持っている一例でしょう。
日本で朝鮮人虐殺を主題とする映画を製作することは無理だろうし、韓国で作られたとしても日本での上映はできないと思います。

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パトリック・キングズレー『シリア難民』

2017年09月12日 | 戦争

パトリック・キングズレー『シリア難民』の原題は「The New Odyssey」。
題名から、シリアからの難民だけかと思ったら、サハラ砂漠以南やエリトリア、アフガニスタン、イラクなど他の国からの難民も取り上げています。
難民は、リビアやエジプトから密航船でイタリアへ、あるいはトルコからギリシア、バルカン半島を経由してドイツ、スウェーデンへ。

2015年に取材して書かれた本なので、現在は状況が違っていると思います。
2014年にリビアやエジプトから密航船でイタリアに到着した人は約17万人。
2015年には85万人以上がトルコ経由でギリシアの島を目指した。

難民危機はEUに亀裂をもたらした。

ヨーロッパの人口は約5億人だから、85万人は0.2%なので、適切に対処すれば吸収できる数だし、移民の流れを管理するシステムを立ち上げれば、危険な海の旅に出ずにすみ、難民流入を秩序立てて管理できたはずだ。

西アフリカ、あるいはエリトリアやスーダン、ソマリアからリビアに行くには、サハラ砂漠を1週間かけて越えなければいけない。

ピックアップトラックに押し込められた人たちの中には、荷台から転げ落ちたり、熱中症になって死ぬ人がいるし、道に迷って死ぬこともある。
運び屋に身代金を請求され、家族や知人が支払うまで監禁されて拷問を受けることもある。

リビアに着いても、待機所に監禁され、家族に代金が請求され、支払われるまで監禁と拷問が続く。

食事は1日1回で、女性は強姦される。
口絵の写真に、船にあふれるばかりに大勢の人が乗っている写真があります。
横になることもできず、糞尿や嘔吐のにおいが満ちている。

パトリック・キングズレー自身もトルコからギリシア、バルカン半島を歩いています。

ギリシャへのゴムボートが転覆することもあるが、トルコではニセモノの救命胴衣が売られている。
途中で逮捕されて送還されたり、盗賊に金品を奪われるかもしれない。
運び屋を頼むと、冷凍車の中で窒息死するかもしれない。

そこまでしてヨーロッパ-に行こうとするのはなぜか。

社会福祉制度に寄生し、安楽な生活を求めているからだと考える人がいる。
そして、政府の閣僚やメディアは不安感を煽る。
日本でも、「何の苦労もなく 生きたいように生きていたい 他人の金で。 そうだ 難民しよう!」と書かれたイラストを描いた人がいます。
シリア難民は「なりすまし難民」だというわけです。

だけど
、イギリスのメイ内相(現在は首相)は「彼らは難民だという声があるけれど、地中海を渡ってくる人たちをよく見ると、大部分はナイジェリアやソマリア、エリトリアから来た経済移民だ」と語っているそうで、考えていることはこのイラストレイターと同じでしょう。

しかし、『シリア難民』によると、海を渡ってヨーロッパに来る人の84%が、難民発生国トップ10に入る国の出身。

ナイジェリアの北部はボコ・ハラムによって100万人以上が、ソマリアはアル・シャバブによって100万人以上が避難を強いられている。

アフリカで最多の難民を生み出しているのはエリトリア。

世界最悪の人権弾圧国と言われており、検閲国家ワースト10の第1位、世界報道自由ランキングでも最下位。
総人口に対する難民発生率では世界一で、毎月5千人の難民を生み出し、人口の約9%が難民になっている。(エリトリアの人口は511万人から630万人)
国連によると、2014年半ばまでに約35万7千人が国外脱出している。

エリトリアには憲法がなく、一党独裁で、選挙もない。

警察は裁判を経ずに人々を刑務所に送りこみ、処刑されることもある。
そして、ナショナル・サービスといって、男女を問わず16~17歳以上の国民を政府が無期限に管理する制度がある。
政府は、対象者の住む場所、従事する仕事、家族と会う頻度などをすべて決める。
国民は奴隷の状態に置かれている。
しかし、スパイ網を構築しているので、人々は家族や友達とも政治を話題にできない。
リビアからヨーロッパを目指すのがどんなに危険か知っていても、エリトリアの状況のほうがもっと悲惨だから、エリトリア人はリビアを目指す。

ヨーロッパが難民を保護しないから、命の危険を冒しても密航業者に頼らざるを得ない。

これはエリトリアだけではありません。
パトリック・キングズレーが何百人もの難民に「なぜ命の危険をおかしてでもヨーロッパに行こうとするのか」と聞くと、最も多かった答えは「ほかに選択肢がないから」だった。
ヨーロッパを目指して失敗しても、失うものは何もない。

道理にかなった長期的な対策は、莫大な数の難民が安全にヨーロッパに到達できる法的メカニズムを整備することだ。

第二次世界大戦後、そしてベトナム戦争後、ヨーロッパは大勢の難民を定住させているからできないはずはない。

だったら日本はどうでしょうか。

約1億2千万人の人口の0.5%、60万人の難民を日本国民は受け入れるかどうか。

「アムネスティ・ニュースレター」vol.471に「南スータンからの難民を受け入れているウガンダ」という記事があります。


2013年に紛争が始まって以来、これまでに180人超の人たちが南スータンを逃れ、近隣諸国で避難生活をしている。

その半数を受け入れているのがウガンダで、今も日に千人がやって来る。
難民には居住と農耕用の土地が与えられ、医療や教育などの公共サービスをウガンダ国民と同じように受けられる。
しかし、ウガンダは豊かな国ではなく、巨額の負担がのしかかっている。
国際社会に支援を求めているが、2017年に必要な20億ドルには遠く及ばない。

ウガンダだけでなく、2015年の時点で約120万人ものシリア難民を受け入れているレバノン(人口450万人)などの国に必要な援助金を国際社会は拠出すべきでしょう。
日本もせめてそれくらいはしないといけないと思いました。

(追記)
国連UNHCR協会「With You」第38号

「地中海を渡り、ヨーロッパに上陸した人の数の推移」
東ルート(トルコからギリシャ)
2015年 856,723人
2016年 173,450人

中央ルート(リビアからイタリア)
2015年 153,842人
2016年 181,436人

西ルート(モロッコからスペイン)
2015年 3,592人
2016年 4,971人


 

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アレクサンダー・ナナウ『トトとふたりの姉』

2017年09月05日 | 映画

アレクサンダー・ナナウ『トトとふたりの姉』は本当にドキュメンタリーなのかと思いました。

ルーマニアのブカレストに住むトト。
母親は麻薬取り引きの罪で禁固7年の実刑、服役中。

父親は顔も知らない。
保護者のいない三姉弟が暮らす水道もないアパートは、近所のヤク中のたまり場になっていて、目の前で注射を打っている。

長姉(17歳)13歳で大麻をやり、今はヘロインを使用、エイズの陽性。

次姉(14歳)児童クラブで勉強を教わるが、偶数が何か分からず、自分の生まれた年が何年か計算できない。
トト(10歳)児童クラブでヒップホップを習い、大会で2位になる。

次姉とトトは孤児院に入る。

その孤児院に赤ん坊を抱いた小さな女の子がいて、「何人兄弟?」と聞くと、「今は5人兄弟」と答える。
「今?」と尋ねると、「前は8人兄弟だった。お父さんが子供を売った」と言う。
誰に売ったのか、何のために買ったのか、その子たちは何をしているのか。

母親が仮釈放で刑務所から出でくる。

迎えに行ったトトと次姉に、帰りの汽車の中で母親は、両親も兄弟もみんな刑務所に入っていたとかなんとか、機嫌悪そうにぶつくさ言う。
家族のみんなが未来がない。

撮影されたのは2012年ごろ。
5年間でこの姉弟はどうなったか、今はどうしているのかと思うと気がふさぎました。
ネットで調べると、『トトとふたりの姉』は50以上の映画祭に招待され、監督はトトや次姉と一緒に参加することもあるそうで、ホッとしました。
https://cinemarche.net/documentary/totosisters/

ルーマニアはそんな状況なのか、それに比べて日本はいい国だと思ったのですが、考えてみるとそうは言えない。

貧困によって食べることができない子供たちに食事を提供する子供食堂が全国で増えています。
30年以上、子供たちに食事を作ってきた中本忠子さんの話だと、やって来る子供のほとんどは親が薬物依存だったり刑務所に入っており、子供の目の前で覚醒剤を使用する親もいるそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=By5_GkYh7Us
トトの環境とさほど変わらない生活をしている子供たちが日本にも少なからずいるわけです。

ロバート・チャールズ・ウィルスン『時を架ける橋』はタイムトラベルもののSF小説。

未来から来た男が「この先20年くらい、かなり荒れた時代になるだろう」と言います。
『時を架ける橋』は1989年の作品ですから、2009年までは世界は荒れた状態が続くということで、ええっ、えらい悲観的だと私は思ったわけです。
たしかに、1989年にはベルリンの壁が崩壊、1991年のソ連崩壊と、米ソの対立はなくなったけど、1992年はボスニア・ヘルツェゴビナの内戦、1994年のルワンダでの大虐殺、2001年にアメリカで同時多発テロ、そしてアフガニスタン侵攻、2003年にはイラク戦争によりフセイン政権の崩壊というふうに、世界はたがが外れてしまったようです。
だけども、私のまわりでは同じような日常が続いていて、荒れた時代、荒れた社会であっても、それとは無関係に暮らしている。
そして、トトや姉たちはその世界からはじき出されているわけです。

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