三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

高部雨市『君は小人プロレスを見たか』

2005年04月29日 | 

ずっと以前、小人プロレスのポスターを見たことがある。
いやな感じがした。
障害者を見せ物にするなんて、という気持ちである。
しかし、これは無知からくる傲慢だった。

高部雨市『君は小人プロレスを見たか』を読むと、小人プロレスラーはプロとしてのプライドを持ち、観客に楽しんでもらおうと一生懸命努力している。
しかし、彼らはテレビには出れなかったし、試合の結果をスポーツ新聞で報道されることはなかった。
なぜなら、小人たちがテレビに出ると、必ず非難の投書が来るからである。

『てなもんや三度笠』の白木みのる氏は、紅白歌合戦に藤田まこと氏が応援として出場したのに、出られなかったという。

白木みのる氏はこう言う。

テレビに、その小人プロレスのちっちゃい人が出ると、新聞なんかの投書でたたくっていうのがおかしいんだよね。良識とか言って、本当は見たくない、エゴなんだよね、差別なんだよね。

小人プロレスに対して不快な気持ちを持つのは、小人を笑いものにし、差別していることが不快というより、単に、小人を見ることは不快なので自分の目の前から消えてほしいだけのことではないか。

解説を書いているは、脳性マヒの身体障害者によるプロレス団体「ドッグレッグス」代表である。
ドッグレッグスはテレビのニュースやドキュメンタリー番組に何度となく取り上げられているそうだが、小人プロレスはメディアから閉め出されている。
それはドッグレッグスがボランティア活動の一環だという戦略をとっているからだそうだ。
小人プロレスは駄目でも、身障者プロレスなら安心して同情できるというわけだ。
亀井勝一郎は、同情は傲慢だというようなことを言っているのだが。

高部雨市氏はこう言う。

人間の高慢さからくる無知、これこそが、このドロドロとして、いつまでも消えさらない差別という奴の、深層の流れではないのだろうか。


高慢さと無知、これは差別問題だけではなく、死についても同様である。

死を間近にして苦しんでいる(ように見える)人、あるいはチューブを身体中につけている人、そうした人に対して、かわいそうだ、早く楽にしてやりたい、尊厳死を、と同情することは、無知と高慢ではないだろうか。
その人が気の毒だというのではなく、そうした姿を見るのがイヤだから、見なくてすむようにしてほしいというだけだと思う。
森津純子氏がスパゲティ状態の患者を初めて見たときの気持ちを話した講演には、そういった偽善を感じた。

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アレハンドロ・アメナーバル『海を飛ぶ夢』とスパゲティ状態

2005年04月25日 | 映画


アレハンドロ・アメナーバル『海を飛ぶ夢』は、初めて安楽死を正面から取り上げた映画かもしれない。
今年のベスト1候補だが、いささか困った映画でもある。

実話をもとにしている。
主人公は26年前に首の骨を折って、首から下が動かせなくなり、寝たきり。
彼は尊厳死を支援する団体に接触して、安楽死が認められるよう裁判で訴える。

そういう内容なのだが、安楽死が認められる条件の一つが「肉体的、精神的苦痛が耐え難い場合」である。
しかし、主人公がどうして安楽死を望むのか、映画を見ていてその耐え難さがよくわからない。
家族(父と兄一家)はやさしく接し、友だちもたくさんいる。
だからこそなのかもしれないが、こういう生は尊厳がないというようなことを主人公は言う。

裁判を行う過程の中で、新しい関わりが生まれ、詩集を出すという目的もある。
しかし主人公の意志は変わらない。
なぜなのだろうか。

安楽死とは結局のところ自殺である。
基本的に私は安楽死には反対ではないが、しかし安易に使われる「生の尊厳」という言葉にはうさんくささを感じてしまう。
だったら重度の身体障害者、知的障害者、あるいは認知症や植物状態の人は、人間としての尊厳がないから死んだほうがいいのかということになる。

この映画ではそういう問題には突っ込まない。
死を目の前にした人が、親しい人に別れを告げ、穏やかに死を迎える、そういう美しい話にしてある。

いい人ばかり出てくる中で、ただ一人の悪役ともいえるのが「家族の愛情がないから、安楽死を願うんだ」と言う神父である。
もっとも、この神父も同じ四肢麻痺でありながら生を選んでいる。
神父が主人公に対し、強圧的、教条的な言い方ではなく、自分はなぜ生を選んだのかを語ったならば、物語にもっと深みが出たように思う。

いささか驚いたのは、私はスペインはカトリック教徒が多い国だから、キリスト教や神父に対する畏敬の念が強いのかと思っていた。
ところが、この神父に対する扱い、あるいは主人公が「死んだら終わりだ。死後の生はない」と言うのを見ると、スペインでも宗教離れが進んでいるのだろうか。
安楽死(すなわち自殺)についてもそうで、安楽死を認めない人が多いのかと思っていたら、尊厳死を認める人が68%もいるというセリフには驚いた。

もう一つ、映画の字幕では、安楽死と尊厳死という言葉の両方が使われていた。
二つの言葉は意味が違うからきちんと使い分けるべきだが、どうもごっちゃにされていたように感じる。

私はNHK取材班『安楽死』と『脳死移植』を読み、尊厳死についての考えが変わった。
そして、森津純子という、ホスピスに関わっている女医さんの話を聞いて、尊厳死にうさん臭さを感じるようになった。

森津純子氏はいつも一番でなくてはいけない思っていて、一生懸命勉強して中学高校は一番を守り、国立大学の医学部に入ったそうだが、医師になって最初に驚いたのが、チューブをつけている患者が多いことだと話していた。
それでホスピスに関心を持つようになったというが、そりゃ、初めてチューブを身体中につけた、いわゆるスパゲティ状態の患者を見たら、げげげっとは思う。

救命維持装置につながれて、管いっぱいつけられとるのがマカロニ症候群、スパゲティ症候群である。
スパゲティ状態の人を見て、これでは尊厳がない、こうまでして無理矢理生かすよりはというので、尊厳死が主張されるわけだ。
だけども、スパゲティ状態になることがどうしていけないのか。

私の叔父は胃ガンが見つかったときは手遅れで、半年後に亡くなった。
食べられないので栄養補給のための点滴、痛み止めのモルヒネ、腹水を出すためのチューブ、小便のチューブ、酸素マスクをしていた。
他にもつけていたかもしれない。
この何本もあるチューブを一本でも取ってしまえば、叔父は苦しみながら死ななくてはいけない。
患者が苦痛を感じないようにするためには、スパゲティ状態もやむを得ない。

聞いた話だが、死を間近にした患者の家族に、医者が「どうしますか」と聞き、「お願いします」と家族が言う。
そういう阿吽の呼吸みたいなもので、安楽死(という殺人)が行われているそうだ。
この話が本当かどうかは知らないが、家族が早く楽にしてやってくださいと医師に頼み、医師が手を下す事件がある。
しかし、かわいそうだからとか、尊厳性がないとか言うのは、生者の無知と傲慢、そして勝手な思い込みである。

(追記)
森津純子氏はスピリチュアルの世界に行ってしまったそうです。
さもありなんです。

尊厳死については他にも書いています。
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%B9%E2%C9%F4
http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/32925bfe43e9c7954be39adf78bd89e3
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%C5%B5%CE%E9
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%C2%BA%B8%B7%BB%E0

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最近見た映画

2005年04月21日 | 映画

映画を見ると原作を読みたくなることがある。
アホな映画だと、原作はどれくらいアホなのかと確かめたくなるし、物語に納得のいかない部分があると、どういうことなのか原作で確認したくなる。

ジャプリゾ『長い日曜日』を読んだのは、『ロング・エンゲージメント』が面白かったからである。
『ロング・エンゲージメント』は『アメリ』のジャン・ピエール・ジュネが監督。
ジャン・ピエール・ジュネの作品は物語そのものよりも、話があちこちに飛び、どうでもいい細部に凝っていて、そこが魅力である。
そして、とにかく饒舌。

で、原作はどうなのかが知りたくて読んだわけだが、『長い日曜日』もきわめて饒舌でした。
主人公の家庭のこと(映画とは全然違う)、特に不細工な兄嫁のこととか、娼婦とヒモのこと(映画ではヒモが単なるオッサンで、どうして美人の娼婦があれほどいれこむのかわからない)とか、主人公の婚約者探しとは直接関係のないことがあれこれ細かく書かれていて、先が読めないので、映画を見た人にも十分楽しめる。
オドレイ・トトゥ扮する主人公は全裸でマッサージをしてもらう。
すっぽんぽんになる必然性はないのだが、眼福であります。

その他、感想をいくつか。
『エターナル・サンシャイン』
この二人、結局はまたケンカするんだろうなと思う。

『マニシスト』
体重を30キロも減らして骨と皮になったクリスチャン・ベイルもさることながら、41歳で娼婦役をやって裸になり、肌のたるみを見せつけたジェニファー・ジェイソン・リーも大したもんだと思う。

『アンナとロッテ』
仲良しの双子姉妹が引き裂かれ、妹は金持ちの家に、姉は貧しい農家で働かされるという、昔の少女漫画によくあったようなお話。

『トニー滝谷』
宮沢りえ、ナレーターの西島秀俊は現実から離れたような透明感にぴったりだが、イッセー尾形はこの映画には似合わない。
私はイッセー尾形のファンなので残念。

『コーラス』
『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じような導入部で、製作と年をとって有名になった主人公はどちらもジャック・ペラン。
二匹目のドジョウをねらったか。

『陽のあたる場所から』
口を閉ざしてしゃべらない精神病者を演じたディッダ・ヨンスドッティルはアイスランドの詩人。
今年の女優賞はこの人に。

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ダロルド・A・トレファート『なぜかれらは天才的能力を示すのか』

2005年04月19日 | 

 

私の次男はかつて天才少年だった。
三歳のころ、暇さえあればカレンダーを見ていたが、いつの間にか何月何日は何曜日かを覚えてしまった。
たとえば、「8月7日は何曜日?」と聞くと、「日曜日!」という具合に、ぴたりぴたりと当てる。
こりゃすごい、レインマンじゃないか、テレビに出れると思いましたね。
しかし、年が変わって正月になったらもうだめで、次第にカレンダーにも興味を持たなくなり、普通の少年になってしまったのでした。

『レインマン』のダスティン・ホフマン演ずる主人公は、電話帳を見て名前と電話番号をすべて覚えたりといった、そういう記憶力の天才だった。
精神遅滞はあるにもかかわらず、こうした驚異的記憶力、あるいは複雑な計算を瞬時に行う、聞いただけの音楽をすぐにピアノで弾けたりする、そうした才能の持ち主がいるそうで、サヴァン症候群という。

ダロルド・A・トレファート『なぜかれらは天才的能力を示すのか サヴァン症候群の驚異』はこうした天才サヴァンについて書かれた本である。
何月何日は何曜日かをすぐさま当てるのは、カレンダーをイメージとして覚えるのかと思っていたら、そうではなく、計算しているらしい。
だったら、何十桁の素数を覚えているサヴァンはどうやっているのだろうか。
ということで、そうした驚くべき能力を示す原因はよくわかっていないそうだ。

『グッド・ウィル・ハンティング』では、主人公は数学の天才で、恋人のテスト用紙をちらっと見ただけで瞬時に答えを言うなど、天才のすごさをうまく描いていた。
その他、『ボビー・フィッシャーを探して』はチェスの天才少年、天才子役だったジョディ・フォスターが監督した『リトルマン・テイト』の天才児など、天才映画が作られるというのは、天才は美男美女と同じように凡才にとっての憧れの対象だからだろう。
このごろ物忘れが激しくなっている私としては、特に記憶力の天才には嫉妬を感じてしまう。

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西村肇『日本破産を生き残ろう』と邪命説法

2005年04月12日 | 仏教

西村肇『日本破産を生き残ろう』は日本経済の破綻について書かれた本かと思ったらそうではなく、主に教育問題について書かれている。
西村肇氏は東大工学部の元教授であるが、はっきりとものを言う人らしい。
たとえば、田中さんのノーベル賞受賞はおかしいと、ずけずけ書いている。
田中さんには申し訳ないが、なるほどもっともと思いました。
昭和天皇の戦争責任についてもチクッと書いているが、ノーベル賞にしろ、権威が嫌いなのかもしれないし、まして付和雷同する気は全くないように感じる。
こういう人は日本の社会では嫌われるんでしょうね。

educationとは本来「外へ引き出す」という意味で、福沢諭吉が「教育」と訳したのは間違い。

教師が教えたいことを教える

ではなく、

学生が習いたいことを教える

これがeducationということだという。
なるほど。
子育ても同じなんでしょうね。

話は飛ぶが、某氏に頼まれて、古田和弘先生の『観経疏』講義をテープ起こししている。
10数年にわたる講義をテープ起こしして、本にしようということらしい。
もちろん全部を私がやるわけではなく、大勢で分担してである。
古田和弘先生の話は巧みな話術と幅広い話題、そして余談、雑談が相まって飽きさせることなく、聞くぶんには大変結構なのだが、テープ起こしをしていると早く終わってくれと思う。(^_^;)
特に雑談の部分。
本にするとしたら、ここは省かれるんだろうなと思いながら、しかし私が勝手に省略するわけにもいかない。

お話の中に邪命説法についての説明があり、そこを引用してみます。

説法に対する警戒心はインドの大乗仏教ではものすごく強烈です。説法すればいいというものではない。自分の聞いたこと、学んだことを法として伝えることは非常に大切なことなんですが、しかしそれは警戒しなければならない。意識する、しないにかかわらず、邪命説法になるおそれがあるので、説法については細心の注意を払わなければならない、ということを警戒しております。

では邪命説法とは何か。
さらに引用します。

邪命説法とはよこしまな生活の説法ということですが、これはどういうことかというと、たとえば名誉を得るために説法するとか、あるいは物質的なものを得ようとするために説法するとかいうことです。

私は話をする時に、いい話だとほめてもらいたいと常に思う。
あるいは、上に立って間違いを糺し、教え導こうという傲慢な気持ちがある。
あるいは、自分でも何をしゃべっているかわからない時がある。
あるいは、同じ話をしてしまうことがある。etc
これらは邪命説法でしょうね、自分のために話すわけだから。

また話は飛んで、吉川英治が軍隊の慰問に行って講演した時のこと、炎天下の野外に集まった何百人もの兵隊が聴衆である。

マイクなどというものはない。
吉川英治はモゴモゴと小さな声でしゃべるそうで、決して上手な話し手ではない。
それにもかかわらず、兵隊たちは話を聞き逃すまいと、一生懸命に耳を傾けていたそうだ。
どのように話すかという技術も大切だが、何を伝えたいかということがもっと大切なんだと思う。

吉川英治の座右の銘は「我以外皆師」である。
普通の人がこの言葉を使うとうさんくさい感じがするが、吉川英治はeducationの気持ちで話をしていたのかもしれない。

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宮迫千鶴『少女物語』

2005年04月09日 | 

 

宮迫千鶴『少女物語』(1990刊)は昭和22年生まれの著者によるヰタセクスアリスだが、期待したほどではないです。

昭和29年生まれの群ようこ氏の『都立桃耳高校』と比べると、7歳しか違わないのに時代の差を感じる。
宮迫千鶴氏が通ったのがカトリック系のお堅い私立中・高等学校ということもあるが、そのころ(1960代前半)には性についての情報が格段に少なかったらしい。
母親が持っている婦人雑誌の、ページが綴じてある付録にその手のことが書いてあり、それが唯一の情報源だったそうだ。
昭和40年以降、性の情報が容易に手に入るようになったのだろう。

アンネ・ナプキンが発売されたのが宮迫千鶴氏が高2のときというのだから、昭和39年。
それまでは、脱脂綿を自分で切って、ちり紙で包み、「黒いゴムの月経帯パンツ」をはいていたという。

ちなみに、昭和39年というと東京オリンピックの年、そして「平凡パンチ」が創刊された年でもある。
関係ないけど、花粉症の症例が最初に報告されたのが昭和40年。
我が家の近くの交差点に初めて信号機が設置されたのも昭和40年。
その時に記念祝典(?)があり、町内の子供会の鼓笛隊がパレードした。
今から考えると嘘みたいだが、信号機が設置されるということが進歩の象徴だったんでしょうね。
未来が輝いていた時代だったわけです。

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大山誠一編『聖徳太子の真実』

2005年04月06日 | 仏教

『聖徳太子の真実』に収められている各論文には、編者である大山誠一氏が序を書き、説明をしている。
脊古真哉「浄土真宗における聖徳太子信仰の展開」の解説で、大山誠一氏はこんなことを書いている。

どうやら、親鸞は、貴族の出身でも、法然の弟子でもなかったらしい。東国の太子信仰の始祖だったのである。


いや、驚きました。
親鸞は貴族の出身でも法然の弟子でもなく、太子信仰の始祖だという説がすでに出されているのだろうか。

だけど、脊古真哉氏は論文にそんなことを一言も書いてない。
聖徳太子の実在を否定した大山誠一氏には、今までの親鸞像を覆す研究を発表してもらいたいと、冗談ではなく、真剣に思う。

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青草民人「巨大ショッピングモール」

2005年04月04日 | 青草民人のコラム

春休みとなり、家族で旅行に出かけた。楽しみにしていた旅行なのに、天気はあいにくの雨模様。さっそく予定していた遊園地を翌日にまわした。

さて、雨の中一体どこに行こうかと思案の末、宿の人の話を聞いて、新しくできたという巨大ショッピングモールに行くことにした。わざわざ旅先に来てまでも買い物なんかしなくてもとも思ったが、雨に中の旧跡めぐりなんて子どもには、ブーイングのたね。ほしいものを一つだけ買ってもよいという条件で、商談成立。

畑やビニールハウスを横目に走ること三十分。突然視界に巨大な建物が出現した。都会に住んでいると、逆にこんなに大きな建物に出くわすことに驚きを感じる。ノアの方舟とかスペースコロニーといった感じ。

中に入るとそこには一つの町が形成されている。まず驚いたのは、広さである。店の中というよりも、歩行者天国の新宿を歩いているような気分になる。まさに店内は街路である。一角にはレストラン街があって、世界の料理が味わえる。

大規模な店鋪と小売りのテナントが共存し、それぞれの特色を生かして調和を図っている。たいていのものはそろえることができ、子どもを飽きさせない工夫もあちこちにあり、巨大なアミューズメントが階ごとに仕掛けられている。駐車場は三五〇〇台。県内だけでなく他県からも買い物に来ている。

ふと思い出したのが、『インディペンデンスデイ』という映画だ。巨大な宇宙船がやってきて都市を壊滅していく話。

のどかな田園風景にそびえたつこの巨大なスペースコロニーは、まさに巨額の富を吸い尽くす異星人の宇宙船のようだ。田舎にない都会の雰囲気は、訪れるものをセレブな感覚へといざなう。
不思議な空間に私たち家族もいつの間にか餌食にされていた。

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期待外れの映画と儲けものの映画

2005年04月02日 | 映画

藤原健一『イズ・エー』は、大量の死者を出したレストラン爆破事件の犯人である、14歳の少年が4年ぶりに出所してきた、という映画です。
加害者の家族と被害者の両方の立場から描いているというので、期待して見に行きました。

少年が少年院から出てすぐに、少年の同級生一家3人(火薬店を経営している)が殺されるんですね。
事件で妻子が死んだ刑事は少年が犯人だと思い込んで捜査を始めます。

こういう場合、たいていの映画では疑われる人は無実ということになっています。
だもんで、更生しようとしているのに信じてもらえない少年の苦しみがテーマかいなと思ってたら、なんとこの少年は出所してすぐに同級生の一家を皆殺しにして火薬を盗み、そしてまた爆破事件を起こすわけですよ。

それはそれでいいけど、だったらこの少年の内面をきちんと描いてほしいところですが、寛容な私でも、このアホは何を考えとんなら、と思いました。
ダメな奴はもう絶対にダメなんだ、更生なんてできない、殺してしまえ、ということでしょうか。

そして細部が実にいい加減。
少年は少年院から出たばかりなのに、なぜか事件を起こした4年前と同じ髪型、しかも長髪。
おまけに保護司の養子となっているんですが、実際そこまでする保護司さんがいるんでしょうか。
加害者の人権ばかりが大切にされているというプロパガンダです。

少年の両親は離婚していて(これはわかる)、父は安アパートに住み、ゴミ収集車で働いている。
しかし、母と妹とは一戸建てのこぎれいな家に住んでいるんですよ。
被害者への賠償金は払わなかったのでしょうか。

そして被害者。
妻子を殺された刑事は酒ばかり飲んで荒れた生活をしている。
ところが、部屋の中は散らかってはいても、汚くはない。
低予算映画だから、汚く撮るということが難しかったのかもしれませんが。

加害少年と被害者遺族を描いたダルデンヌ兄弟『息子のまなざし』のような映画を期待したのですが。
正直なところ、見に行って損をしたというのが感想です。

中原俊・高橋ツトム『苺の破片』は、漫画を書けなくなった漫画家の死と再生の物語。
今のところ今年のベスト1。
漫画家として再生するのではなく、人間として再生する話だからこそ感動しました。

脚本は主役の二人が書いたものだそうです。
そのためか、日常生活の細かなことを何も知らない、自分勝手とも言える漫画家と、彼女を支え、何とか再び漫画がかけるように世話をするマネージャー、ほんとにぴったり役に当てはまっていました。

夕方だけの上映だったので、本当は見に行くのが面倒でした。
そう大したこともあるまいと思ったけど、中原俊の作品だからというので出かけたわけです。

こういうことがあるから、つまらない映画だろうとなんだろうとにかく映画は見ないといけない。
ま、映画中毒者の言い訳です。

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平成新山不登頂記

2005年04月01日 | 日記

春休み恒例の家族山歩き旅行に行ってきた。
といっても、上の子どもたちはもう来てくれないので、一番下の娘(小4)と二人である。
いやはや、寂しいことである。

行き先は雲仙、日本200名山である。
雲仙の最高峰は以前は普賢岳だった。
しかし、平成2年の噴火で平成新山が誕生した。
普賢岳よりも150m高い1,486mである。
平成新山に登らなくては雲仙に登ったことにはならない。
しかし、平成新山は立ち入り禁止である。

ところが、ネットで検索すると、ちゃんと登っている人がいた。http://www.4410.com/_main/2000_chronicles/2000050506.html
そこで、行けるところまで行ってみよう、ということで、3月31日に雲仙岳に登った。

普賢岳からは昔の登山道を進む。
ヤブでいささか歩きにくいし、道がはっきりしないところもある。
「霧○沢」(○の部分がどういう字だったか忘れた)と書かれた木柱を過ぎると、普賢岳と平成新山との鞍部である。
平成新山は岩を積み重ねたような山で、ここからガレ場をよじ登ることになる。
娘が怖いから登らないと言うので、ここで待っとけと言って、私だけが行くことにした。
いつものことだが、自分勝手な人間だと思う。

急ではあるが、岩は割としっかりとしていて、浮き石は少ないようだ。
落石しないよう気をつけながら、ぐいぐいと登る。
登り切ると、なだらかな、結構広い場所に出た。
黄色のペンキでG2などと書かれている。
観測のために人が登っているんだろう。
山頂部分は鋭角二等辺三角形のような鋭鋒である。

何人目の平成新山登頂者になるのかいな、うふふ、と山頂のすぐ近くまで行ったが、ガスが出ている。
タオルを鼻と口のところに巻いて突き進むが、ガスを吸い込んで息ができない。
山頂まであとほんの少しなのだが、無理して万一のことがあってもいけないので、山頂を踏むのはあきらめた。
後から考えると、息を止めて一気に突っ切ればよかったとは思うが、一人だとこういう時に勇気が出ないんですよね。

下りは黄色ペンキのマークに従って下る。
私が登ったところよりは北寄りである。
こちらのほうが斜面がいくらか緩やかだし、岩もしっかりして崩れそうにない。

娘が待っているところに戻ると、なんと娘がいない。
あせった。
お父さんが帰ってこなかったら、ロープーウェイ乗り場のところに行って助けを呼んでくれ、と言いおいたのだが、そんなことを言ったために不安になって、待ちきれなかったのだろう。
そこから普賢岳までだって道はわかりにくいのだから、迷っていやしないかと、娘の名前を呼びながら普賢岳の近くまで戻ると、女の人が「女のお子さんですか」と声をかけてくれた。
そうですと答えると、「お父さんが戻ってこない。ロープーウェイ乗り場に行くと、不安そうな顔で言ってました」とのこと。
泣きそうな顔をした女の子が一人で立ち入り禁止のところからやって来たんだから、女性の方もびっくりしただろうと思う。

お父さんが平成新山へ登ったけど戻ってこないということになると、遭難騒ぎになって、こってり絞られることになるのは間違いない。
何とか追いつこうと走って降りる。
やっとのことで男性と一緒に歩いている娘に追いついた。
やれやれとほっと一息つく。
その時の娘の気持ちを思うと、じわじわと娘に悪いことをしたという罪悪感がわいてきた。

「りぼん」4月号の「ときめき星占い」によると、私は3月30日が全体運のラッキーデー、31日がラブラブ運のラッキーデーである。
私のとってのラッキーとはこういうことなのか。

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