三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

キネマ旬報ベストテン予想

2014年12月31日 | 映画

恒例の「キネマ旬報」ベストテン予想です。

画のベストテン
『紙の月』
『そこのみにて光輝く』
『私の男』
『愛の渦』
『0.5ミリ』
『WOOD JOB!神去なあなあ日常~』
『舞妓はレディ』
『小さいおうち』
『百円の恋』
『野のなななのか』

11~20位
『蜩ノ記』
『家路』
『ぼくたちの家族』
『ほとりの朔子』
『るろうに剣心 伝説の最期編』
『渇き。』
『5つ数えれば君の夢』
『ミンヨン 倍音の法則』
『柘榴坂の仇討』
『ふしぎな岬の物語』

石井裕也『バンクーバーの朝日』
山下敦弘『超能力研究部の3人』
園子温『TOKYO TRIBE』
大森立嗣『まほろ駅前狂騒曲』
入江悠『日々ロック』
河瀬直美『2つ目の窓』
緒方明『友だちと歩こう』
などは監督の名前で上位に入れたかったのですが、外しました。

主演男優賞は綾野剛か浅野忠信、主演女優賞は宮沢りえ、助演男優賞はやたらと出てる池松壮亮、助演女優賞は門脇麦か二階堂ふみ。


時間の無駄だと思った映画です。

『ふしぎな岬の物語』
モントリオール映画祭審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞を受賞してますが、ろくな作品が出品されてなかったのかと思いました。
『春を背負って』
景色はすばらしくても、物語がどうしようもなく、ラストシーンなんかは見てて気恥ずかしくなりました。
『偉大なるしゅらぽん』
ちゃち。
『小野寺の弟・小野寺の姉』
キネマ旬報のKINENOTEでは80点でしたが、キネ旬の読者も当てになりません。(今日は76.9点)

洋画のベストテン
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
『それでも夜は明ける』
『ジャージー・ボーイズ』
『6才のボクが、大人になるまで。』
『リアリティのダンス』
『ゴーン・ガール』
『アデル、ブルーは熱い色』
『ブルージャスミン』
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
『アクト・オブ・キリング』

11~20位
『イーダ』
『her/世界でひとつの彼女』
『グランド・ブダペスト・ホテル』
『ある過去の行方』
『エレニの帰郷』
『プリズナーズ』
『ドラッグ・ウォー 毒戦』
『インターステラー』
『グレート・ビューティー 追憶のローマ』
『イロイロ ぬくもりの記憶』

アメリカ映画だけで軽くベストテンができてしまいます。
『ネブラスカ』
『アメリカン・ハッスル』
『ダラス・バイヤーズクラブ』
『猿の惑星:新世紀(ライジング)』
『フランシス・ハ』
といった作品も悪くはないです。

それからベストテン常連監督の作品で外したものもあります。
賈樟柯『罪の手ざわり』
王兵『収容病棟』
アンジェイ・ワイダ『ワレサ 連帯の男』
ロマン・ポランスキー『毛皮のヴィーナス』
ダニス・タノヴィッチ『鉄くず拾いの物語』
『ニンフォマニアック』や『パラダイス』は一作として扱われるのでしょうか。

2013年のベストテン予想は、邦画が7作、洋画が3作あたりましたので、2014年のベストテンは洋画は5作が目標です。

現時点での私のベストスリーは
『怪しい彼女』
『ラッシュ/プライドと友情』
『誰よりも狙われた男』
今年読んだ本では今村夏子『こちらあみ子』がダントツですばらしかったです。

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インド仏教と日本仏教(3)

2014年12月29日 | 仏教

正木晃『お坊さんのための「仏教入門」』に、東日本大震災によって与えられた影響を4つ取り上げてある中で、2番目「ほとけ」とは何か、正木晃氏は3つあげている。
しかし、正木晃氏の説明を読むと、5つに分けたほうがいいと思う。

①悟りを開いた如来(釈尊、阿弥陀仏、観音菩薩)
②死者
③遺体
④死者の霊魂
⑤仏の力で成仏した霊魂

東日本大震災から明らかになったことは、僧侶に求められたことの第一は死者供養、さらには「鎮魂」と「供養」と「回向」だったと、正木晃氏は言う。

鈴木隆泰『葬式仏教正当論』に、日本人の死者観念についてこのように説明されている。
古来、日本人は死者や祟り神の鎮魂に大きな畏れと関心を抱いてきた。
死者の魂には死穢が付着する。

死穢は死者の魂を蝕み、生者に危害を加える悪霊・祟り神へと変異させます。また、死者の魂には生前の個性が反映されるため、怨みを抱いて死んだ人の魂は、よりいっそう、悪霊になりやすいと考えられました。


死に際が問題なわけで、浄土宗の聖光(『口伝鈔』に書かれている三つの髻の人)は『念仏名義集』で、臨終がよくないと三悪趣に墜ちるのであって、臨終がどんな様子でもみな浄土へ往生できると主張する一派があるが、明らかな誤りだと書いてると、正木晃氏は紹介している。

魂にはどうやっても死穢が付着してしまうから、怨みを抱いて死んだ人の魂でなくても悪霊・祟り神へと変異する。
死者の魂が祟り神へと変異するのを止めるためにはどうしたらいいか。

そうです。死者の魂をきちんと祀ればよいのです。死者の魂をきちんと祀れば、浄化されて祖先神(ご先祖さま)となり、祟るどころか、かえって子孫を守護してくれるようになります。


鈴木隆泰氏はこう言うが、柳田国男は先祖神も災いをもたらすことがあると書いていて、そもそも苦しみをなくすことは不可能だから、いくら先祖祀りをしようと災いは起きてしまうわけで、いくら霊をきちんと祀ったつもりでも、これでよしということにはならないはずです。

東日本大震災に話は戻って、災害で亡くなった人は非業の死であり、自分の死を納得していない、霊魂が迷っていると私たちは考える。
東北地方、とりわけ北東北に生まれ育った人は霊魂の存在を疑わない傾向があり、霊魂があるのは当たり前、幽霊が出るのも当たり前という雰囲気がある。
お化け、妖怪とは神のことであり、日本の神は人々から崇められていないと、ぐれて不良化し、その果てがお化けであり、妖怪である。
幽霊は、何らかの理由で成仏できず、この世にとどまったままの人間の亡魂のこと。

もっとも、浅野誠氏は、幽霊を見せているのはサバイバーズ・ギルト(自分が生き残ったことを後ろめたく思う心理、自責の念だ)と説明しているそうで、東日本大震災の遺族も身近な人の死を受け入れることができないから幽霊を見る。

そして正木晃氏は、幽霊を成仏させる必要性を説く。
迷っている霊魂を僧侶が成仏させることによって、遺族は家族の死を受け入れるようになる。

ところが小谷みどり氏によると、「鎮魂」はマイナスの極に沈んでいる死者の霊魂をプラスマイナスゼロにすること、「供養」と「回向」はプラスマイナスゼロのものをさらにプラスにすることである。
マイナスをプラスマイナスゼロに引き上げるのはとてつもない力量(「仏力」や「定力」)が必要だが、鎮魂ができる僧侶は稀にしかいないと、正木晃氏は問題を提起しているわけです。

この正木晃説は日本人の宗教観としてはもっともな気もするが、浄土真宗が盛んな西日本だったら、幽霊云々ということは気にしないだろうし、震災による死の受け止め方は違ってくる気がします。

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インド仏教と日本仏教(2)

2014年12月26日 | 仏教

鈴木隆泰『葬式仏教正当論』にはまずこのように書かれてある。
日本仏教とインド仏教は大きな溝、ギャップがあるとされている。
本来の仏教は高度に哲学的な教義を持ち、理性的で合理的であり、儀礼的要素も呪術的要素もほとんどないと、近代仏教学は描き出した。
それに対して、日本の仏教は漢訳の大乗経典を依りどころとし、阿弥陀仏や久遠実成の釈尊を信仰し、葬儀や祈禱などの儀礼・呪法に携わってきた。
しかし鈴木隆泰氏は、日本仏教はインド仏教と表面的には違って見えても、本質は同じだと言う。

インド仏教と日本仏教との違いの一つが僧侶のあり方、つまり戒律についてだと思う。
日本の僧侶は結婚しているし、酒は飲むし、破戒坊主だということになっている。
しかし、戒律で禁止されていないこと、たとえばタバコを吸ってもいいのか。

正木晃氏によると、戒は出家者として自ら守るべきことで強制ではなく、律は罰則規定で教団の秩序を保つためのものである。
そもそも戒は「シーラ」で、「気立て」という意味だそうで、戒とは気立てのいい人を育てるため。

『葬式仏教正当論』はこう主張する。

仏教における戒律とはそもそも、「その社会が出家者に期待する事項」を反映させたものです。


櫻部建師によると、インドの出家は特殊な事情によって成り立ったのであって、他の地域では無理だそうです。
櫻部建師の説明をまとめてみます。
異性と接触しない、家庭を持たない、職業を持たない、ひたすら道理を追求するという出家を社会が許容しなければ、出家は存在できない。
出家の生活が成立したのは、古代インドの社会に本当の道を求めて修行する人を敬う気風があったからで、一般社会が出家に食事や着るものをあげる習慣があったからこそ出家の生活が保たれた。
インド以外の社会では、出家を助けて修行を完成させようという気風があんまりなかったから、出家社会というものがインドと同じようには成り立たなかった。
もう一つ、気候風土の影響がある。
インドは暑い国だから、着るものもそんなに必要としないし、木の下に寝ることもそんなに困難でないから、家がなくても修行生活を続けることが可能である。
しかし、他の地域ではそういう生活はできない。
今日の日本で、真の意味で出家的な生活をおくっている人がまれなのにはこういう事情が背景にある。

というわけで、鈴木隆泰氏もこう言っている。

このように、「出家」や「出家者」という〈ことば〉は同じでも、それがどのような状態を指しているかという〈概念〉において、日本における出家とインドにおける出家とは大きく異なっているのです。


それともう一つ、僧侶のあり方が違う要因がカースト制だということ。

インドにおける出家とは、インド社会(=カースト社会)から離脱することを意味します。インドにおいて出家者は、社会的存在ではないのです。ですから彼らが社会活動や生産活動に携わることは一切ありません。在家者が社会的義務として執り行う葬式をはじめとする通過儀礼に、インドの出家仏教徒が関与しなかったのも、この「インドの出家者は、社会活動や生産活動に一切携わらない」ことによります。
一方、現代日本の坊さんは社会的存在です。ですから、日本のお坊さんはお葬式に関わることができます。宗教法人である寺院の役員や職員として給与を受け取り、社会的義務として税金を納めています。教誨師や保護司や民生委員などの社会的役割を担う方もあります。

そういえば、インドの出家は農産物を作るなどの生産活動しないから、托鉢でもらったものは肉でも何でも食べるが、寺院で野菜などを作る中国の僧は肉を食べない。

そして鈴木隆泰氏は仏の教えをこのように説明する。
キリスト教では神の言葉は真理そのものだが、釈尊の言葉は真理に至る手段である。
仏は大医王という別号があるように、病に応じて薬を与える。
仏が与えるのは涅槃(健康)そのものではなく、健康に向かわせる教え(治療、処方箋)である。

何であれ善く説かれたものであれば、それは全て釈尊のことばである。(『増支部経典(アングッタラ・ニカーヤ)』)

真理に至る手段であれば、誰が説いたとしてもその言葉は「釈尊の直説、正法」として認定される。
この意味で、葬式仏教も釈尊の直説、正法だと鈴木隆泰氏は言うのである。

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インド仏教と日本仏教(1)

2014年12月22日 | 仏教

正木晃『お坊さんのための「仏教入門」』は、東日本大震災によって与えられた影響を4つあげている。
①仏教の役割は第一に死者供養だった
②日本人にとって「ほとけ」とは何か
③成仏・先祖供養・墓を再考する必要がある
④なぜ火葬にこだわったのか

まず葬式と墓について。
葬式仏教と揶揄されるが、正木晃氏はそれは間違いだと言う。

葬式こそ仏教にとってもっとも重要な要素だと事実を再確認する必要があります。


正木晃氏は鈴木隆泰氏の説を紹介しているので、『葬式仏教正当論』と『本当の仏教』第1巻を読む。

釈尊は僧侶が葬式を執行するのを禁じたというのは、原典の誤読・誤解によるものだと鈴木隆泰氏は言う。

1,釈尊は出家者が葬儀を執行することを禁止しなかった。
2,しかしインドではカーストの制約があるため、行為主義に立つ仏教は在家者の葬儀に関わることができなかった。

行為主義とは、生まれでなく、その人の行為によって決まるということで、「生まれによってバラモンとなるのではない。行為によってバラモンともなる」というあれですね。

鈴木隆泰氏によると、「シャリーラプージャー」とは葬儀(遺体供養)ではなく、(1)遺体の装飾と納棺、(2)火葬、(3)遺骨塔(卒塔婆)の建立、という三要素からなる一連の遺体処置手続きのこと。

釈尊が阿難に対して、お前は葬儀に関わるなと命じたのは、阿難は修行が足りず、未熟だったからで、十分に修行を積んだ仏弟子は葬儀に関わってもいい。
葬儀専門の人が火をつけようとしたが、いくら努力してもつかないのに、摩訶迦葉が点火したら燃え上がった。

ただし、出家者は出家者の葬儀に関わることはできたが、在家の葬儀に関わることは禁じられていた。
なぜかというと、カースト制と関係がある。
出家した仏教徒はカースト制の外側にいる。
インドにおける出家とは、社会的な権利も義務も全て放棄し、一切の生産活動にも社会活動にも携わらないことを意味する。

カーストのあるインド社会においては、宗教家が在家者の葬式を含む通過儀礼に携わると、その宗教集団は凝集力のある一つのカーストと見なされます。

在家はなんらかのカーストに属しているから、出家者が在家仏教徒のために仏教式で通過儀礼を行うと、葬儀に関わる特定のカーストに属していると見なされてしまう。
釈尊の教団は生産活動、農業をしたり、ものを作ったりすることは禁止されていたのも理由は同じで、生産活動をすれば何らかのカーストに組み込まれてしまう。
それを仏教は断固、拒否した。
インドで仏教が亡んだ大きな要因がカースト制を拒否したことだと、鈴木隆泰氏は説いているが、それはまた今度。

墓についても、正木晃によると、日本の墓は中国の先祖崇拝の影響もあるが、原点が釈尊にあるそうだ。
立川武蔵氏によると、釈尊の遺体は荼毘にふされ、完全に燃え尽きる前に、水をかけて骨が残るようにした。
火葬にしたのは、遺骨を残すためだった。

仏教徒が釈尊の遺骨を祀るストゥーパを崇拝することに対して、ヒンズー教からは死者を崇める不気味な宗教だと批判されている。
ヒンズー教は遺骨に関心が薄い。
遺骨は霊魂の再生とは関係ないから、ヒンズー教徒にとって重要な意味を持たなかった。

テーラワーダ仏教にしても、僧侶は積極的に俗人の葬儀に関わっている。
とはいえ、釈尊は先祖供養や追善供養に否定的だった。
釈尊の入滅後、そう遠くない段階で仏教は先祖供養に舵を切った。
釈尊が産まれて間もなく死んだ生母のために、釈尊が説法したという説話がある。
紀元前3世紀のアショカ王の時代には、死んだ父母に対する報恩行が推奨されていた。
ということで、インド仏教は葬儀、法事、墓と無関係というわけではないそうです。

日本で仏教は鎮護国家、国の安泰を祈禱するものとして受け入れられたから、僧侶は国家公務員として疫病、災害、侵略などから国を守るのが仕事であり、修行して悟りを開くということはほとんど関心が払われなかった、と正木晃氏は言う。

こういう傾向は神道も同じで、伊勢神宮の神職や神官たちにとって、伊勢神宮における神事は公的な仕事だった。
神職や神官たちは国家を安全に導くための祈禱を日常的にしていたが、個人的には仏教を信仰し、現世においては密教、来世のことは浄土教を信仰していた。

鈴木隆泰氏によると、一般庶民とは無関係だった仏教が、平安後期から鎌倉期以降には民衆へと解放され、根付いていったが、その背景には、仏教葬祭の民衆への浸透がある。
というのが、天災、戦争、疫病で死んだ人の遺体の前で僧侶(遁世僧)たちが読経し、供養するようになった。
このことによって、仏教が民衆へ浸透した。

日本人が仏教に最も強く望んだのは、その呪術的力をもって除災招福をもたらすとともに、死者の魂を浄化し、祖先神を強化することでした。そして、そのような日本人の願いに応えることができたので、仏教は日本に根付き、今日まで生き残ってきたのです。
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川名壮志『謝るなら、いつでもおいで』(2)

2014年12月17日 | 厳罰化

御手洗恭二さんと次兄は佐世保小6女児同級生殺害事件事件の被害者遺族として、加害者や加害者の家族に対してどういう感情を抱いているでしょうか。

『謝るなら、いつでもおいで』のエピローグで川名壮志氏はこう書いています。

この父子は怜美ちゃんを失った喪失感を、憎しみで埋め合わせようとはしなかった。

孫を殺された男性が「(加害者と)同じ空気を吸いたくないんだ」(『死刑』)と森達也氏に語っていますが、御手洗さん親子の気持ちはそれとは違うようです。

あの子に死んでほしいと思うかって? ひどいこと聞くね。とんでもない。僕と同じように娘を失うという苦しみを、あの子の家族に与えたくはないし。

御手洗恭二さんにどういう質問をしたのかわかりませんが、加害者の死を望んでいません。
厳しく罰すべきだという意見でもないらしいです。

少年法の厳罰化とか言われているけど、それはねぇ、僕にはわかんないんだよね。少なくとも厳罰化が、これから起こりうる事件の抑止力になるかはわかんない。


ちっちゃい子でもオイタをすれば、パチンとたたかれるっていう、一番低レベルの話からあるじゃない。じゃあ、殺人というオイタに見合うものって一体なんだろうか。それは、どういう意味なのか。それが僕にはわからない。
……結局やっぱりそこで、自分のやったことと向きあわせるってことがなきゃいけないのかな。

許しているわけではありません。

向こうの親からは月1回のペースで手紙がきてます。向こうの親も非常に苦しんでいると思う。でも、「だから許します」というほど単純にはならないんです。


では加害者がどうなることを望んでいるのか。

あの子がどういう風に生きていくのかということを、僕は被害者側から求めるべきではないとも思っているんです。本人が考えて、本人が生き方を選ぶしかない。

 

あの子にも、生きていれば楽しいことや嬉しいことがあると思う。それを否定する気はないんです。背負ってほしいけど、でも人生そのものは全うしてほしいというか。あの子への思いを聞かれると、それはいつも僕にとって、自己矛盾なんです。


次兄も加害者に対する憎しみや恨みを語っていません。

あの子を憎んでも仕方がない。何というか、こっちが疲れるだけですから。親父さんも軽々しく復讐とかは言わないですよね。
相手にウジウジと悩まれるのも嫌なんですよ。お互いにひきずりたくないというか。こちらも、今までのことを断ち切って前に進みたいという思いがある。諦めじゃなくて、結果として僕が前に進めるから、一回謝ってほしい。謝るならいつでもおいで、って。それだけ。
結局、僕、あの子に同じ社会で生きていてほしいと思っていますから。僕がいるところできちんと生きろ、と。

『謝るならいつでもおいで』という題名は次兄の言葉からとられています。

僕は彼女に仕事をして、結婚して、子どもを産んでほしいとも思っている。何の仕事であろうが、きちんと……。何でそう思うかと言われると、いつのまにかそういう結論に流れ着いた。「結局、自分が何事もなく生活を送るためには、それが一番いいんじゃないか」って。


こんなふうに言えるのは妹の死だからで、子供を殺された親の気持ちは違うと思う人がいるかもしれません。
兄弟との死別は軽く思われがちですが、それは誤解です。
悲しみをどのように表現するかは人それぞれですから、心の傷はまわりの者にはわかりません。

事件が起きた時、次兄は中3でした。
福岡に引っ越して高校に入学しますが、6月に退学、翌年、別の高校に入り、ギリギリで卒業します。
事件の後、次兄は父親を見て「余計な負担をかけてはいけない」と思い込み、「感情を殺しちゃった」と話しています。
警察や家庭裁判所も、学校の先生もスクールカウンセラーも、次兄には事件の話はしないし、聞くこともなく、「ああ、僕の話は聞かないんだな」とガッカリしたそうです。

あのころの僕に一番必要だったのは「話をすること」だったんじゃないか。事件の話。怜美の話。そういうのを話した方が、楽だった。自分の中にため込んでいる膿をはき出せるというか。話すことができれば、負担が軽くなる部分があると思うんです。



加害者の家族はどういう気持ちでいるのでしょうか。

要するに、あの子とあの子の家族はやり直しができるんですよね。でも、僕のところはやり直しができない。失ったまま。(略)
あの子の親だって、大変だと思うよ、本当にね。それでもやり直しができるということは、向こうにとっての「救い」だよね。もちろんそれはイバラの道かもしれないけど。

このように御手洗恭二さんは話していますが、加害者の父親はこんなことを語っています。

本当にマスコミの方と同じぐらいたくさん、宗教の方も来ました。仏教でもキリスト教でも、何でもいいから、救ってくれるならそれにすがりたいんですけどね。そうできるなら、のどから手が出るほどそうしたいんですけども、それはできない。ずっと悩んでいくしかないと思います。

 

テレビなんかで、家族そろってご飯を食べる和気あいあいとしたシーンがありますよね。あぁ、うちの娘がいればなってフッと思うんです。
でも、ちょっと待て、御手洗さんはそういうことも考えられないんだって、我に返るんです。そうすると、どうしていのか、わからなくなる。一生そんな風に考え続けるんだろうな、ついて回るんだろうなって思います。自分の子育てが間違っていたんじゃないかと思う。すべてのことに自信をなくしてしまいました。

やり直しができるのだろうかと思いました。

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川名壮志『謝るなら、いつでもおいで』(1)

2014年12月13日 | 厳罰化

『謝るなら、いつでもおいで』の著者川名壮志氏は、2004年に起きた佐世保小6女児同級生殺害事件の被害者の父親である御手洗恭二さんが毎日新聞佐世保支局長だったときの部下で、被害者の怜美さんをよく知っていて、当事者とも言えます。
本の後半には、御手洗恭二さんと御手洗さんの次男(事件当時中学3年生)、そして加害者の父親へのインタビューが載っています。
御手洗さん親子の言葉は身近な方を亡くされた人の話に共通することがたくさんあります。

僕は怜美のことをずっと思い続けるだろうな。だって、スパッと割り切れないから。

御手洗恭二さんは音楽や食べ物で娘さんのことを突然思い出すと言われます。

考えようと意識しなくても、突然怜美の記憶が蘇ることはしょっちゅうあるわけで。
怜美が好きだった曲がコンビニで流れたり、怜美が好きだった食べ物が食堂で出てきたり、そんなことがきっかけになったり、会社帰りの夜道を一人でぽつぽつ歩いているときに突然、思い出が噴きだすこともある。記憶のスイッチのオン、オフが自分で制御できない。
思い出が薄れていくということはないよ。だって、薄れないもん。


亡くなられた人のことを忘れることができないのは犯罪被害者遺族に限りません。
『銭形平次捕物控』の作者である野村胡堂の「K子と野薔薇」という随筆に、次女の死について書かれています。
シューベルトの歌曲「野バラ」のレコードが好きだった次女は、結婚して三年目に腹膜炎で死にます。
久しぶりに「野バラ」を聴く野村胡堂。

肘掛椅子にもたれて眼をつぶったまま、私の頬を涙が洗っていた。水兵服を着て、多い毛をお下げ髪にして、私の膝をゆすぶりながら、このレコードをねだったK子の幼な顔が今あるごとく私の眼に浮かぶのである。

野村胡堂は「耳から来る連想の鮮明さ」に我慢できず、途中で蓄音機のスイッチを切る。
そして「果てしもないのは、まことに愚かしい親の悔いである」と随筆は締めくくられます。
桜の花を見ると亡くなった人と花見をしたことを思い出すとか、映画を見た後に食事した店の前を通ると、そのとき見た映画の記憶がよみがえると聞きます。
私たちは亡くなった人のことを身体全体で覚えているんだなと思います。

時間が薬だ、悲しみは時間とともに薄らいでいくと言いますが、東日本大震災の大津波で家族を亡くされた方は、悲しみは何年たっても薄れないと話されていました。
悲しみは何年たっても突然ぶり返してくる、そのたびに悲しみがつのってきて、「ああすればよかった」「こうすればよかった」という悔いも出てくる、と。

アイツ(次男)も僕も怜美のことを思い続けることに別に努力は必要ないんです。逆にいうと努力しないと切れない。

このように御手洗さんは話しますが、次兄も同じことを言っています。

「立ち直っているか」と聞かれたら、立ち直ってはいないです。立ち直るというのがどういうことをいうのかわからないですけど、それはこの先もないかもしれない。だれかの支えがあって何とかやっていくというか。ずっとこういう状態が続くんだろうな、と思います。


身近な方を亡くした人から「未来がない」と聞きます。
あれをして、こうなってという未来を私たちは持ちますが、死によって未来を共有することができなくなります。
御手洗恭二さんもこんなことを話しています。

親としては、親が描く娘の未来があるわけですよ。恋人をつくって、結婚して、子どもを産んで、というような。それを考えると、どうしていいかわかんなくなるから考えないようにしているんですよ。そこに落ち込んでしまうと、何もできなくなる。それはもう、底なし沼みたいなものだから。


そして自責の念、「もっと早く大きな病院に連れて行ってたら」とか、「あんな叱り方はしなければよかった」といった罪悪感はほとんどの人が持つように思います。
怜美さんの家に加害者が遊びに来たこともあり、次兄は加害者を知っていたし、ネットでのトラブルがあることも怜美さんから何度か聞いていました。

知ってたのに止められなかったのは、やっぱり悔しい。

トラブルは誰にでもあるしとは思っても、そうは割り切れない。
御手洗恭二さんは加害者とのトラブルを知りませんでした。

娘がトラブルに遭っているときに、僕が話を聞ける状況であれば、しゃべることによって、娘の気持ちが和らいだかもしれないし。何かアドバイスができたかもしれないし。全然知らなかったということが後悔の原因です。

もうちょっと気配りをしてあげれば、ちゃんと向き合えていたかどうか、接する時間を増やしていれば。

それを考えると、本当に出口がなくなってしまう。

罪責感は残された人の心を蝕むこともあるように感じます。

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「産めないのが問題」と釈明 麻生財務相

2014年12月09日 | 日記
「産めないのが問題」と釈明 麻生財務相
 麻生太郎財務相は8日、少子高齢化に伴う社会保障費増に絡み「子どもを産まないのが問題だ」とした自身の発言について、保育施設などが不足し産みたくても産めないのが問題との趣旨だったと釈明した。
 衆院選立候補者が岐阜県笠松町で開いた個人演説会で述べた。
 麻生氏は発言に批判が出ていることに触れた上で「私が言っているのは産みたくても産めない(ということだ)」と説明。同時に「子どもが育つ段階で預ける所がないから結果的に産まないのが問題で、高齢者が長生きするのが問題というのは話をすり替えている」と述べた。(共同通信2014年12月8日)

相変わらず軽率な発言をするというか、本音がつい出てしまう人だと思います。
子供を「産まない」のが問題か、「産めない」のが問題か、趣旨がどっちかはともかく、政治家として「産みたくても産めない」現状に何かしてきたんでしょうか。
そういえば元兵庫県議の野々村竜太郎氏も、記者会見で「少子化問題が」と言ってましたが、どういう取り組みをしたんだろうかと思いました。

「反貧困ネットワーク」の会報の山田延廣弁護士の文章にこんなことが書いてあります。
大企業(資本金10億円以上)の内部留保(儲かって貯めているお金)は、270兆円を超えており、1997年よりも130兆円も増えている。
ところが、20代の非正規社員の男性のうち、既婚率は4.1%、30代でも5.6%。
欧米のように、非正規であろうが正規であろうが、同一の労働を行うならば、同一賃金を支払うべきである。

知りませんでした。

「子どもが育つ段階で預ける所がない」ということは保育所の待機児童の問題でしょうが、まずは非正規社員が結婚できるような給料を払うべきだと思います。
結婚し、そして出産できる収入がないと、産みたくても産めません。
女性の貧困率も非常に高いわけで、財務大臣にはそこらを何とかしてほしいものです。

「反貧困ネットワーク」の会報に、戸籍がない(らしい)という22歳の男性の手記が載っていました。

その男性は物心ついた時から父親と車上生活していました。
父親はパチプロで、車で全国を旅し、食事はコンビニ弁当、寝泊まりは車の中、風呂は時々スーパー銭湯に。
小学校に行ったことはなく、読み書きは父親が教えてくれたそうです。

町山智浩『教科書に載っていないUSA語録』に、フード・デザート(食べ物砂漠)について書いてありました。

ファスト・フードの店はあっても、一番近いスーパー・マーケットまで1マイル以上離れているのがフード・デザート。

貧困層にはシングル・マザーが多く、料理する余裕もないために毎日ファスト・フードで済ませる。かくして貧しい子どもほど肥満で、そのくせビタミンやカルシウム不足になる。

そういえば、ホームレスの中に糖尿病の人がいると、片山さつき氏は発言していましたし、フード・デザートはよその国の話ではないんですね。
だけども衆議院選挙は自民党の圧勝という話です。
安倍政権の政策に賛成している人がそんなに多いのか、ほんとに不思議です。

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井上章一『パンツが見える』

2014年12月05日 | 

「近ごろの若い者は」という言葉、古代アッシリアの粘土板に書かれているという説がある。
尻の割れ目が見えるぐらいにズボンを下げているの見かけると、私も「近ごろの若い者は」と思ってしまう。
井上章一『パンツが見える』によると、女がパンツの見えることを恥ずかしがる、男がそのことをうれしがるのは、1950年代後半からのことだそうだ。

『パンツが見える』は、白木屋百貨店の火事(昭和7年)がきっかけとなって、女性がパンツをはくようになったというのは伝説であり、実際は違う、ということを事細かに、なおかつ興味深く論証している。

戦前まではパンツをはかない女のほうが多かったし、陰部が見えることをさほど気にしなかった。
戦後、パンツをはくようになったが、パンツが見えることをさほど気にしなかった。
だもんで電車やバスの車中で足を開いて座っていたから、パンツが見えていたとのこと。
車中で膝をそろえて座るのが礼儀だとされたのは、なんと昭和30年代から。
昔は良かったとつい思ってしまった。

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