関東地方は春の雪。
窓から外を見ると、幻想的な雪景色が広がっています。
冬の最後の抵抗といったところでしょうか。
雪が降ると必ず思い出す歌があります。
「万葉集」のなかでも特に有名な歌。
聖武天皇と藤原夫人の歌です。
わが里に 大雪ふれり大原の 古(ふ)りにし里に ふらまくは後(のち)
聖武天皇の御製で、私の居る飛鳥に雪が降りましたよ、あなたのいる大原の古い里に降るのは、もっと後の事でしょう、といった、雪を自慢する歌です。
これに対し、藤原夫人は、
わが岡の 龗(おかみ)に言ひて 落(ふ)らしめし 雪の摧(くだ)けし 其処に散りけむ
と、返しています。
こちらの里の竜神に言いつけて降らせた雪のかけらが、そちらにちらついただけでしょう、という、敵対心をむき出しにした歌です。
そこは気心が知れ合った夫婦のこと。
雪を肴にじゃれあっているのでしょう。
大体大原にしたって飛鳥にしたって、場所柄そんな大雪が降るはずないので、うっすら積ったくらいのものでしょう。
それを大雪と詠う聖武天皇。
無邪気に喜んでいるのでしょう。
小犬のようですね。
そしてそれに反論してみせる藤原夫人。
夫婦の関係性がわかるようで、微笑ましくもあります。
聖武天皇の時代は長屋王の変があったり、藤原広嗣の乱が起こったり、大仏造営工事を断行したりと、気の休まる間がない忙しい日々であったろうと思います。
そんな日々のなかで、のどかな和歌のやりとりを夫人と交わしていたことを知ると、なんだかほっとします。
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