震災でこれほど多くの人々が無念の死を遂げ、また遂げつつある様をみて、私は古く、姥捨山の伝説を思い出しました。
104歳の老婆が避難所に逃げ込んで、逃げ込んだときには歩けたのに、翌朝には足腰が立たない状況になっていたとか。
それでも命はどうにか長らえています。
長幼の序はわが国の美風。
老人を救助するのは当然のことです。
にも関わらず、かつて信濃国更級では姥捨が行われていたと、多くの書物にあります。
「楢山節考」は当時の山村の貧しい暮らしぶりを寒々と描き、白骨でいっぱいの山中に母親を棄てに行く緒方拳演じる主人公が哀切でした。
わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 照る月を見て
「古今和歌集」に所収された読み人知らずの歌ですが、これは「大和物語」にも見られます。
悪妻に唆されて伯母を山中に捨てた男が、後悔して詠んだ歌です。
また、紀貫之は「拾遺和歌集」に、次のような和歌を残しています。
月影は 飽かずみるとも 更科の 山の麓に ながゐすな君
どちらも姥捨の里である更級の月を題材にしています。
面白いのは、更級の月は妖しい輝きを放っているというのに、その月の美しさは心を慰めない、または長居して月を見てはいけない、とそれぞれが詠んでいることです。
姥捨山に照る月は老人たちの苦痛に満ちた死によって毒されているとでも言いたげです。
恋やもののあはれを華やかに詠んだ平安歌人たち。
しかし上記の歌からは、死への恐怖、悪行への畏怖、悪行と知りながら口減らしを行わなければならない庶民の貧しさへの畏れのようなものが感じられます。
いつの世も私たち生物は死と隣り合わせ。
一分後に訪れるかもしれない死を、それとは知らずに呑気に生きているのですね。
最後に、「伊勢物語」のモデルにして稀代のプレイボーイ、在原業平の辞世の歌を。
いつか行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを
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