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判決概要
事件番号 平成24(行ヒ)202 事件名 水俣病認定申請棄却処分取消,水俣病認定義務付け請求事件
裁判年月日 平成25年04月16日 法廷名 最高裁判所第三小法廷 裁判種別 判決
結果 棄却 原審裁判所名 福岡高等裁判所 原審事件番号 平成20(行コ)6 原審裁判年月日 平成24年02月27日
判示事項 裁判要旨 公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法3条1項に基づく水俣病の認定の申請を棄却する処分の取消訴訟における審理及び判断の方法
判決全文
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平成24年(行ヒ)第202号 水俣病認定申請棄却処分取消,水俣病認定義務
付け請求事件 平成25年4月16日 第三小法廷判決
主 文 本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
第1 事案の概要
1 亡A(昭和52年7月▲日に死亡。以下「本件申請者」という。)は,昭和
49年8月1日,上告人熊本県知事(以下「上告人知事」という。)に対し,公害
に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年法律第90号。昭和48年
法律第111号により廃止。以下「救済法」という。)3条1項の規定に基づく水
俣病の認定の申請(以下「本件認定申請」という。)をしたところ,上告人知事
は,平成7年8月18日,本件認定申請を棄却する処分(以下「本件処分」とい
う。)をした。
本件は,本件申請者の子である被上告人が,上告人知事を相手に,本件処分の取
消しを求めるとともに,上告人熊本県を相手に,上告人知事において,救済法3条
1項に基づき,本件申請者のかかっていた疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水
質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求める事案で
ある。
2 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 救済措置に係る法令制定前の状況
(2) 救済措置に係る関係法令等の定め
(3) 本件訴訟に至る経緯等
ア 本件申請者は,明治32年の出生以来水俣湾周辺に居住して日常的に魚介類
を摂食していたところ,昭和47年頃から味覚鈍麻や手足のしびれ等を訴え,同4
9年8月1日,上告人知事に対し,救済法3条1項の認定の申請(本件認定申請)
をしたが,同52年7月▲日,死亡した。その死因は,死亡診断書上,腸閉塞,腹
膜炎,腎不全と記載されていた。
イ 平成7年7月15日,熊本県公害被害者認定審査会は,本件申請者につい
て,判断できる資料がそろっていない場合に当たる旨の答申を行った。
ウ 上告人知事は,上記答申を受けて,平成7年8月18日,有機水銀に対する
ばく露歴は認められるが,水俣病と判断できる資料は得られなかったとして,本件
認定申請を棄却する処分(本件処分)をした。
エ 本件申請者の子である被上告人は,平成7年10月13日,環境庁長官(当
時)に対し,本件処分の取消しを求めて審査請求をしたが,環境大臣は,同13年
10月29日,同審査請求を棄却する裁決をした。
オ 被上告人は,平成13年12月19日,本件訴えを提起した。
第2 上告代理人青野洋士ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたもの
を除く。)について
1 原審は,上記事実関係等の下において,救済法及び救済法施行令にいう水俣
病にり患しているか否かの判断は,事実認定に属するものであり,医学的知見を含
む経験則に照らして全証拠を総合検討して行うものであると判断した上,本件申請
者は昭和52年判断条件には適合しないものの上記の総合検討によれば救済法及び
救済法施行令にいう水俣病にり患していたものと認められ,本件処分は違法である
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として,被上告人の本件処分の取消しを求める請求及び救済法3条1項の認定をす
ることの義務付けを求める請求をいずれも認容すべきものとした。
これに対し,上告人らの論旨は,
① 救済法等にいう水俣病は,一般的定説的な
医学的知見からしてメチル水銀がなければそれにかかることはないものとして他の
疾病と鑑別診断することができるような病像を有する疾病をいい,救済法等は,あ
る者が水俣病にかかっているか否かの判断を一般的定説的な知見に基づく医学的診
断に委ねているのであって,このような一般的定説的な医学的知見に基づいて水俣
病にかかっていると医学的に診断することの可否が専ら処分行政庁の審査の対象と
なり,そのような医学的な診断が得られない場合における個々の具体的な症候と原
因物質との個別的な因果関係の有無の詳細な検討まではその審査の対象となるもの
ではない旨,
また,② 本件処分が適法か否かの判断は,処分行政庁の判断の基準
とされた昭和52年判断条件に水俣病に関する医学的研究の状況や医学界における
一般的定説的な医学的知見に照らして不合理な点があるか否か,熊本県公害被害者
認定審査会の調査審議・判断に過誤・欠落があってこれに依拠してされた処分行政
庁の判断に不合理な点があるか否かという観点からされるべきである旨をいうもの
である。
2 以下,救済法等にいう水俣病の意義並びにそのり患の有無に係る処分行政庁
の審査及びその判断に関する裁判所の審査の在り方について検討する。
(1)…・・・(略)・・・
(2) また,救済法等において指定されている疾病の認定に際し,都道府県知事
が,公害被害者認定審査会又は公害健康被害認定審査会の意見を聴いて申請に係る
疾病が指定された地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるか
どうかの認定を行うことになるが,この場合において都道府県知事が行うべき検討
は,大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかについて,個々の
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患者の病状等についての医学的判断のみならず,患者の原因物質に対するばく露歴
や生活歴及び種々の疫学的な知見や調査の結果等の十分な考慮をした上で総合的に
行われる必要があるというべきであるところ,救済法等にいう水俣病の認定に当た
っても,上記と同様に,必要に応じた多角的,総合的な見地からの検討が求められ
るというべきである。
そして,上記の認定自体は,前記(1)アのような客観的事象としての水俣病のり
患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為であって,この
点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではないとい
うべきであり,前記(1)ウのとおり処分行政庁の審査の対象を殊更に狭義に限定し
て解すべきものともいえない以上,上記のような処分行政庁の判断の適否に関する
裁判所の審理及び判断は,上告人らの論旨のいうように,処分行政庁の判断の基準
とされた昭和52年判断条件に水俣病に関する医学的研究の状況や医学界における
一般的定説的な医学的知見に照らして不合理な点があるか否か,公害被害者認定審
査会の調査審議・判断に過誤・欠落があってこれに依拠してされた処分行政庁の判
断に不合理な点があるか否かといった観点から行われるべきものではなく,裁判所
において,経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に
検討し,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等を審理
の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すべきものと
解するのが相当である。
上記の認定に係る所轄行政庁の運用の指針としての昭和52年判断条件に定める
症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないと
いう科学的な実証はないところ,昭和52年判断条件は,水俣病にみられる各症候
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がそれぞれ単独では一般に非特異的であると考えられることから,水俣病であるこ
とを判断するに当たっては,総合的な検討が必要であるとした上で,上記症候の組
合せが認められる場合には,通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症候と
原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がないとするも
のであり,いわば一般的な知見を前提としての推認という形を採ることによって多
くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限
度での合理性を有するものであるといえようが,
他方で,上記症候の組合せが認め
られない場合についても,経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討
した上で,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係
る個別具体的な判断により水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないとい
うべきである。
昭和53年事務次官通知が,水俣病の範囲に関する昭和46年事務
次官通知の趣旨は,申請者が水俣病にかかっているかどうかの検討の対象とすべき
全症候について,水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づいて総合的に検討
し,医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には,その者の症候
が水俣病の範囲に含まれるというものであるとし,昭和52年判断条件はこの趣旨
を具体化及び明確化するために示されたものであるとしているのも,上記と同一の
理解に立つものであると解される。
(3)・・原審の判断は,以上と同旨をいうものとして,是認することができる。・・・
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官
大谷剛彦 裁判官 大橋正春)
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