一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

荒地の恋

2011-05-19 20:55:46 | 読書


     どうしてこうなったかというと、昨年まで朝日
     新聞の論説委員をされていた河谷史夫氏の
     『本に偶う』を読んでいて、そこで書評に取り
     あげられていた本書を読みたくなったのである。

     ねじめ正一著『荒地の恋』
     田村隆一、北村太郎、鮎川信夫……など、いずれ
     も戦後詩を代表する詩人が、すべて実名で書かれ
     ている評伝、どちらかというと硬派の恋愛小説な
     のである。
     マスメディアにも登場し、記憶に新しい現代詩人だ
     けに、その手法には驚くほかない。

     朝日新聞の校閲部長の任にある北村は「荒地」の
     同人だが詩作は少ない。
     そんな北村が53歳のとき、無二の親友である田村
     隆一の妻・明子と恋に落ち、同棲生活をはじめる。
     北村にも健全な生活があったのだが、妻子を捨て、
     社にもいられなくなった。
     
     家庭も職場も棄てて択んだ明子との生活。
     あらすじだけ追えばスキャンダラスな話だが、そこ
     には人間とはなにか、詩とは、生きるとは……と
     いったようなことを考えさせられるものがある。

     田村といえば無頼派の詩人。
     親友と元・妻の駆け落ちを容認するような、そんな
     2人に尚も甘えてくる田村隆一という不思議な人物。
     一方、北村はそれを機に堰を切ったように創作意欲
     が湧き詩集も次々と出て、高い評価を得る。

     著者であるねじめ正一は直木賞作家、さすがに読ま
     せるだけのものがあるが、プライバシーの問題は
     どうなっているのか。
     インタビューではこう語っている。

     「家族の方が読んだらどう思うかという気持ちはあ
      りましたから、ずいぶん取材もしました。
      (北村の恋人となる)第2、第3の女性など、登場
      人物の女性たちにしょっちゅうお会いしてこちらの
      意図を汲んでもらいました」

     異論はなかったのかーー

     「(連載した)雑誌は必ず送っていたし、生原稿も
      読んでもらって、何か問題がありますか、と聞いて
      いました。とくに北村さんの娘さんなどは回が進む 
      につれ、変わってきて、父親の北村さんが家を出て
      からどういう生活をしてきたのか、どんな思いで
      生活していたか小説のなかで知りたい。そういう風
      に意味合いがちがってきました」
  
      個人情報云々というまえに、これほど踏みこんだ
      小説を実名で書くパワーに脱帽である。それは著者
      自身の力量というか人間性というべきのものなの
      だろう。
      
      それにしても、
      「家庭人として日々をまっとうしていては詩は書け
       ない」という正気と狂気ーー
      「詩は道楽では書けない」
      箴言としてはドスがききすぎる。

      明子とも別れた北村は、こんどは若い女性を得て
      新たな創作意欲を復活させたかに見えたが、腎不
      全で死去。69歳であった。