蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

旅する力 深夜特急ノート

2008年12月03日 | 本の感想
旅する力 深夜特急ノート(沢木耕太郎 新潮社)

昔、つらいことやいやなことがあると、本宮ひろ志さん作のマンガ「俺の空」とか「サラリーマン金太郎」とかを読んだ。
「こんなことあるわけね~よな」とかいいつつも、主人公たちの超人的な運の良さに支えられた活躍を見ていると、なんとか立ち直れそうな気がしてきた。単純な人間なのだろう。(これが島耕作になると、(同じようなストーリーなのに、なぜか)生臭さが漂ってかえって萎えてしまうのが不思議だった)

本書は「深夜特急」の舞台となったアジアからヨーロッパの旅の前後のエピソードや裏話をエッセイ風に綴ったもの。

そこで語られる筆者自身の出世物語は、まさに安田一平や矢島金太郎もたじたじの華麗さがある。
大学を卒業して一日で会社を辞めてぶらぶらしていると、大学のゼミの教授がルポの仕事を紹介してくれて、そのルポを読んだテレビ局の業界誌の編集長が「ぜひうちで仕事を」と申し出て、その編集部は著者の文章を徹底的に磨き上げる手伝いに労を惜しまず、海外に取材に行きたいといえば黙って取材費をくれ、一方で総合誌に大学時代に書いた論文を手直ししたものを載せることになると堂々の巻頭を飾り、そうこうするうち磯崎新に見込まれて、ただ雑談するためだけにハワイに大名旅行する・・・。

うーん、これだけの人が寄ってたかって筆者の才能にほれ込むのだから、よっぽど輝くものがあったのだろう。

しかし、まあ、いってみれば、これはすべて自慢話である。おそらく他の人が書いたら鼻持ちなら無い、読み続けるのに苦痛を感じるほどの内容だ。というか、「深夜特急」自体が長大な自慢話に他ならない。

だが、しかし、そういう自慢話も沢木耕太郎さんの手にかかると、「俺の空」とか「サラリーマン金太郎」なみの(マンガと比べられては不本意だろうが)さわやかな読後感をもたらす読み物になってしまうのだから不思議。
「深夜特急」ではドラマチックな事件(例えばゲリラに拉致されたとか)は全く起きない。ただのフーテン青年がバスを延々と乗り継いでいるだけなのだ。
なのに面白い(私が、「深夜特急」で特に面白かったのはマカオの大小とパキスタンのバスの話だったが、本書によると、やはり大抵の人がこの場面が好きなようだ)。
まさに文章に力があるということに違いない。

しかし、「深夜特急」シリーズは、そうした魅力ゆえに極めて危険な書でもある。本シリーズを読んだら、まず、間違いなく海外放浪旅行に行きたくなる。たいていの人は実行しないものの、あとがきに書いてあるように、本当に出かけてしまう人も多いらしい。もともとが旅好きの人は要注意だ。

私は、ハードカバーの本を買うこと自体が珍しく、また、本を買っても、その本が面白そうなほど、読まずに後回しにするクセがある。
しかし、本書は買ってすぐに読んだ。「深夜特急」の完結編と聞いては、そうせざるを得なかった。そしてその期待に十分応えてくれる面白さだった。

「深夜特急」はそれくらい面白い。未読の方は、これからこんな面白い話が読めるのだから、とても幸運である。
そして、私自身も、「敗れざる者たち」「テロルの決算」「人の砂漠」「一瞬の夏」「チェーンスモーキング」「凍」などなど、沢木さんの本をもう一度(3度目、4度目になるものもあるが)読むことになりそうだ。
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