蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

名もなき毒

2006年09月22日 | 本の感想
名もなき毒(宮部みゆき 幻冬舎)

いきなりネタバレで恐縮だが、「名もなき毒」とは、人間が持つ悪意のことを指している。この物語には青酸カリをはじめとして様々な毒物が登場するが、人それぞれに異なった形を持つ悪意には名前がつけられない(類型化できない)ゆえに恐ろしいのだ、と作者はいう。

人間が持つ毒が吹き出して他人を害してしまう典型例として示される、中盤でのエピソード(敵役の女性の兄の結婚式での話)が非常に衝撃的で、読んでいて気分が悪くなるほどだった。その内容自体は今時よくある話なのだが、提示の仕方があまりにもうまくて、人間の毒の恐ろしさを「これでもか」というほどに実感させてくれる。作者の腕力みたいなものを見せ付けられた感じ。
こんな話を思いつけるなんて、と、作者の性格を疑ってしまうほどだった。

ところで、本書は「誰か」に続いて巨大オーナー企業の妾腹の娘の婿養子が探偵役として活躍する。「誰か」を読んだ時にも思ったのだが、恵まれすぎた環境にあるこの人を主人公にする必然性が感じられない。暗喩のようなものがあるような感じがするのだけれど、私が鈍いのかそれが何かわからない。宮部さんの多くの作品のように、清く、貧しく(はないことも多いけれど)、美しい、けなげな少年を主人公にしても十分になりたつ気はする。

筆力の高い作家にありがちなように、宮部さんの作品も「ミステリらしさ」みたいなものは薄れてきていると思うが、圧倒的なストーリーテリングでラストまで引っ張られてしまう優れた物語だった。
コメント
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