先日、定期検診で眼科を訪ねた。
昨年までは、杉並区の健康診断の中に、眼科検査が入っていた。
今年から、糖尿病および糖尿病が疑われる人のみが、眼科検診を受けることに変更になった。
社会保険・健康保険の実情の逼迫さからすれば、自費で受けることもいたしかたない。
女医先生の検査を受けて、終わりかと思っていたら、有無を言わさず「眼底検査」をすることになった。
あっという間に目薬をさされた。
「お近くなので、30分したら戻ってきてきください。足元に気をつけて、転ばないように」
行きつけの眼科医院は、この9月に自宅から1分のところに移転してきた。
医院を出た時には、視覚にそれほどの変化はなかった。
しかし、28分後に自宅を出て、商店街にある5階建ての白い建物を見上げた。
そこには今までに見たことがない風景が広がっているではないか。
最上階に向かって真っ白な輝きがそのまま空に溶け込んで行く。
描きかけの絵のように、建物の途中からキャンバスの白が残されている状態に見えた。
「なんてシュールだ!」
ダリの絵画かと見まごう町が出現している。
とにかく眩しい。
かれこれ40年以上前に一度眼底検査を受けたことがあった。
その時は、30分の間に何回か点眼して、瞳孔が開くのを病院で待っていた記憶が蘇った。
今回は、たった一回の「散瞳薬」で、見える世界が変わった。
正直言って、ちょっと恐ろしい感じがしなくもないが・・・・
それはそれとして、検査の結果は何事も問題ないということだったが、視野検査を予約して帰宅した。
しばらく自宅にこもっていたが、じっとしていられずスーパーに買い物に出かけた。
「おー」
駅前の横断歩道の白線が、眩しいことと言ったらない。
光が、目に、痛いほどの勢いで刺さってくる。
思わずさしていた日傘の先を鼻まで下げて、影を作って歩いていた。
不謹慎ながら、ピカドンを見た時は、こんなだったのだろうか?
ことさら慎重に歩きながら、あらぬ想像をめぐらしてしまった。
カメラのレンズの絞り操作を思った。
目の前に広がる風景は、極端にハレーションを起こした写真のようだ。
瞳孔が開きっぱなしになると、世界の見え方がこんなにも違う。
それを起こしたのは医薬品だ。
たった一滴で、人間の体・感覚を、一瞬にして変えてしまった。
本を読むことも、デジタル機器を見ることも、する気がおきず、何と無く思い巡らせながら午後を過ごした。
夕方になって再び町に出た。
目の前に現れた町は、いつもの見慣れた風景に戻っていた。