羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

最近の進捗状況

2015年02月10日 08時31分54秒 | Weblog
 いつもはリュックを背負って外出することが多い。そして時間も判で押したように決められた中で動く次第。
 腕時計は必須のものとなった。

 ところが1月最終週からこれまでの2週間は、開放感に浸れる外出や、来客で過ごしている。
 ザックリした時間の行動だけに、時計はあまり必要ではない。

 まず、幡ヶ谷にあった東京体育専門学校が東京教育大学体育学部となり、筑波大学になった際、渋谷区に割譲されて、現在は「渋谷区スポーツセンター」になったことは以前にも書いた。そこを再び訪ねたのは1月26日月曜日だった。行ってみると休館日だった。そこでこの周辺を歩き回って、どのような施設があるのか、どのような住宅地なのか、そして新宿まで徒歩でどのくらいの時間がかかるのかを測ってみた。
 玉川上水緑道に整備されて、川は姿を消していた。ただ昔からかけられている橋はそのまま残されている。新宿に近づくにつれて、喫煙所がかなりの数設置され、近くの会社につとめている人や、他からくる喫煙者で結構満員状態だった。

 翌日は、遠縁にあたるものが訪ねてくれた。連れ合いが若年性認知症になった。59歳の発症で、8年間彼が介護を続けているという。今では会社を定年退職したこともあって、介護の傍ら三つの若年性認知症の会に所属して、さまざまなお手伝いをやっているということで、話を聞いた。
 丁度、時同じくして、国でも戦略を立てて、認知症の問題に取り組むことになった、と新聞報道がされた。

 29日には、「東京大空襲・戦災資料センター」に出かけた。細かい報告は後に譲りたいが、昭和20年、終戦の秋から調査をはじめて翌年に出版した「戦災焼失区域表示 35區分地図帖」から「渋谷区」と「淀橋区」の地図のコピー手に入れた。元になった地図帖の復興版もAmazonから手に入れることができた。
 そこで明治神宮周辺と東京体育専門学校のあった代々木西原町は焼け残ったことが判明。

 2月2日は、国会図書館で半日過ごした。昭和29年~30年代の「美容体操」について調べていた。「NHK美容体操」がテレビで放送された時の音楽を聞くことができた。最初の一本目は「歴史的音源」で本館のパソコンから、あとの二本は新館にある「音楽・映像資料室」で聞いた。全て同じ曲だった。平井康三郎作曲、竹腰美代子指揮(指導)、田中美恵子ピアノ。運動のやり方のコピーできた。

 本日は、東京体育専門学校で野口先生に習った?らしい方のご自宅を訪問する予定になっている。かなりのご高齢のかたなので、どのようなお話が伺えるのか、まったくわからない。

 という合間を縫って、原稿書きをしている。今は、バラバラ状態である。
 ざっとこんな感じで、過ごしてます。
コメント (1)
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